近世初期における�~宮復興の運動　　上田　勝彦　昭和十五年十二月二十八日　 卒業論文-１

目次 緒言 本論 　第一章　　�~宮の衰微　　　　第一節　　斎宮の廃絶 　　　　　　　　　　　　　　　第二節　　�~領退転 　　　　　　　　　　　　　　　第三節　　造替の停滞 　　　　　　　　　　　　　　　第四節　　祭祀の廃絶 　第二章　　�~宮観の混乱 　以下卒業論文-２ 　第三章　　�~宮崇敬の普及　　第一節　　崇敬普及の外的由縁 　　　　　　　　　　　　　　　第二節　　�~宮側の活動 　　　　　　　　　　　　　　　第三節　　参宮の盛行 　　　　　　　　　　　　　　　第四節　　�~明社の創建 　　　　　　　　　　　　　　　第五節　　�~領寄進 　以下卒業論文-３ 　第四章　　�~宮の復興　　　　第一節　　�~宮復興の志 　　　　　　　　　　　　　　　第二節　　正遷宮の復興 　　　　　　　　　　　　　　　第三節　　�~領再興 　第五章　　�~宮観の純化 結言

緒言 　「保元平治ヨリ此方、天下乱テ武用盛二有テ王位カロク成ヌ。今モ太平ノ世二帰ラサルハ名行ノヤフレソメシ二ヨレル事トソミエタル」（白山本�~皇正統記四、二条院条）とは源准后のいみじくも道破された哲言であるが、天下乱れて武用盛に王位輕きは、実に中世を通じての現象であった。保元平治と云う未曾有の名行破壊の惨劇を発端とする中世は、上代末期の人心悪化のあとを承けて道義蹂躙の時代相を現出したのである。名行破れる処正しい秩序は壊れ、国体は遂に不安動揺を免れる事が出来ぬ。今建武中興の失敗を深刻に体験せられた公にとっては、深く由来する所を回顧して如上の感慨特に深いものがあったろう。 　然るに希求すべき「太平の世に帰」る事は期し得ず、世相は公の没後益々悪化の一路を辿るばかりで、遂には室町戦国時代の出現を見るに至った。而して之は足利高氏の大義蹂躙に胚胎するは固よりの事乍ら、それは同時に国民の由来久しい道義心の滅却、利己第一主義の跳梁跋扈の然らしむる処と言ふ事が出来る。されば内義満の皇位��覦あり外屈辱外交あり、しかも当時之を深く咎める者もなく、又足利一家に於ける骨肉相食む相克は進んでは主従の反噬に及び、下剋上は一世の風潮となったのである。かく道義心は利己心に取って代られ、武力横行の世となっては足利の覇業も全き能わず、威令は空しく破綻は百出し、遂に極まって応仁の大乱となりその儘干戈結んで解けざること一百年所謂戦国時代を現出し、天下乱れて武用盛なること古今にその比を見ざるに至る亦自然の勢であった。 　斯の如き時代に於て、皇室の御式微の極まった事は、最も悲痛な問題として国史の力を込めて詳述する処である。それは朝廷に於ける最重儀たる御即位式すら十年廿年後に辛うじて執り行はせ給ふたと言う一事を以てして、その全般を推知する事が出来る。正に仏法王法ともに破滅の相を現出したと云ふ事が出来る。而して、皇室の御衰微の極まった事は、その関係する所至重至大であり、正しき秩序によって維持され立ち来った古き権威・伝統は、悉く或いは衰微し或は破壊されねば止まなかった。而してその最も大なるものの一つとして伊勢�~宮の御衰微を見出し、慨歎之を久しうするのである。 　蓋し�~宮は、皇祖�~を祀る所の宗廟にして、日本国の泉源にまします。日本国生命の根源にまします。実に日本の日本たるは、上、�~宮を祭って御�~意を継承顕現し給ひ、下、�~宮を崇敬し奉って天日嗣に報恩の誠を捧げるにある。即ち「天下を治むるの本は�~を敬ふより大なるはなく、�~を敬うの本は、皇祖天照大�~を斎き奉るより先なるはなし。蓋此大�~光華明霊の徳六合に照徹し給ふを以て、生を此土に禀るものみな其恩徳を被らざる事なき時は、此大�~は実に道の本也、是以、天皇此�~を祭て政を施し給へば天下皆其号令を奉じ、此�~を敬て教をなし給へば蒼生皆其教化に従はずと云事なし」（栗里先生雑著−伊勢大�~宮�~領考巻頭）と言ふ所以であり、この故にこそ�~宮の祭祀は　天皇御親政の根本先務とし給ふ所のものである。されば、禁秘鈔には、「凡禁中作法先�~事後他事旦暮敬�~之叡慮無懈怠白地大�~宮并内侍所方不為御跡」（群書類従四六七巻）と宣ひ、花園天皇は、「余雖性拙智淺　粗学典籍　欲成徳義興王道　只為宗廟不絶祀・・・五刑之属三千　而韋莫大於不幸　々々之甚　不如於絶祀」と太子を誡め給ふてゐる。（皇道軌範、御撰之巻） 　斯の如くであるから、�~宮一切の事は特別の御叡慮に基き国家の殊に厚き保護を以て維持運営せしめ給ひ、恒例臨時の祭祀を厳重に興行し給ひ、相俟って大孝の誠を尽させ給ふたのである。 　されば�~宮の御衰微は、上に於かせられては最も深刻な問題であり、御自らの大事はさしをいて之が為に御軫念あらせ給ふたのである。而して、之は決して、上御一人のみの問題ではなく、凡そ心あるものの総じての憂ひであった。「天下の兵革は王道の衰微なりとなげき侍りしに、世上の擾乱は宗廟の荒廃にもおよびけると、例のなみだ袖にあまるほどなり」（坂士佛大�~宮参詣記）とは単なる一参宮者の言葉であった。 　斯の如く、日本国の基く処、これあるによってこそ日本国の日本国たる絶対の存在である�~宮が、荒廃の極地に立至った事は、中世史に於ける一つの深刻なる問題たるを失わぬ。 　本論分は、先づ�~宮衰微の由来する所を略述し、次で�~宮がかゝる状態にあって如何に維持されたか、更に如何にして復興されて行ったかを究明し、中世末期より近世初期に於ける�~宮復興運動の歴史的意義の一端を明らかにしたいと念願するものである。 本論 第一章　�~宮の衰微 第一節　斎宮の廃絶 　崇仁天皇伊勢に天照大�~を斎鎮し給ひ、次で雄略天皇豊受大�~をその外宮に奉還し給ふてより以来、御歴朝の御崇敬弥々篤きを加へさせ給ひ、�~宮の制度組織も次第に整備されて来た。而してこれらは国政の要務として厳重に行はれ来った。然るに中世に入るや此等の制度組織は次第に崩れる事となったが、その第一として斎宮の廃絶を見る事が出来る。天皇の�~宮を祭り給ふに当り、御自らの代わりとして之を斎き祭らしめ給ふもの、即ち斎王である。 　御歴代は御即位になるや　原則として　皇女を卜定して斎王となし、三年の潔斎精進をなさしめ給ふた後、大�~に対し奉り「皇御孫之尊乎天地日月止共尓（常磐尓）堅磐尓平気久安久御座坐志米武止　御杖代止進給布」（延喜式巻八�~祀）のである。従って、斎王は古来�~官奉仕の職掌として最高の位置にあり、三時祭には親しく太玉串を捧げ給ふのである。而して、斎王の伊勢に於ける御座所を斎宮と称した。 　偖て、御歴朝の中には例外として斎王を進め給はぬ事もあったが、承久の変以後その事次第に多くなり、亀山天皇の御代を最後として事実上の奉進は停滞し、其後は唯後二条天皇が卜定の儀を行はせ給ふたが、それも天皇崩御によって群行に至らず、其儘、御醍醐天皇の御代に至った。天皇は、皇国中興の聖業を進め給ふに当り深く�~宮を御崇敬遊ばされ、此の為斎王の復活には特に御叡慮ましました。 　先づ、元徳二年十二月十九日、第一皇女懽子内親王を卜定して斎王となし給ひ（続史愚抄元徳二年十二月条）元弘元年八月廿日には野宮入御の運びとなった（続史愚抄元徳二年八月条）。然るに、時恰も中興の御計画失敗に帰し、同廿四日には、天皇は�~器を奉じて東大寺に行幸あらせられ遂には大乱に及ぶ状況となったので、斎王は自然野宮より退下せられたのである。然るに軈て中興なり元弘三年六月車駕還幸あらせらるゝや、十二月廿八日再び第二皇女、祥子内親王を以て斎王に卜定し給ふた（続史愚抄元弘三年十二月条、皇代暦）。然るに、建武二年早くも中興は瓦壊する事となったので、斎王は久しい間の野宮に於ける御精進にも拘らず、涙を飲んで退下せられることとなった。 　新葉和歌集に見える祥子内親王の歌は、�~宮へのおもひ心をうつものがある。「野宮より退下の後雪をみて　忘れめや�~のい垣のさかきばにゆふかけをへし雪のあけぼの　野宮に久しく侍りける頃夢のつげありて大�~宮へ百首の歌よみて奉りける中に　いすゞ川たのむ心はにごろぬをなど渡るせのなほよどむらむ」而して此後斎王卜定の事の行はれることがなくなったのは余儀のない事であった。 　坂士佛の大�~宮参詣記は次の如く述べてゐる。「斎宮と申は　たえて久敷跡なりしを　ちかごろ再興有べしとて　花やかなる風情など有しかども　芳野山の桜　常なき風にさそわれ　嵯峨野の原の女郎花　あだなる露にしほれしかば　野宮の名のみ残りて斎宮の御下にも及ばず　�~慮のうけおぼしめさぬ政なりけりとは　此時こそおもひ合せ侍りしか」蓋し此の記は建武を去る七八年興国三年（康永元年）の記である。事情は斯の如くであった。 　かくて三院十三司広壮を以て聞こえた斎宮は唯朽損に任せられ、古を知る参宮者にとっては無限の哀愁を催さしめるものであった。同記は云ふ「いとゞかはれる世の有様もかなしくて斎宮にまいりぬ。いにしへの築地の跡と覚えて　草木の高き所々あり　鳥居は倒て朽残りたる柱の道によこたわれるを　人だにもかくと知らせずば　只ふし木とのみぞ見てすぎなまし。・・・」実に�ﾄ子内親王退下の文永九年より七十年、その間修理すら行はれず唯荒蕪に委ねられたる情景を知り得る。 　而して降って応永三十一年の室町殿伊勢参宮記には「斎宮の御跡は此あたりにて侍るよし人の申によそながらみたてまつれば　木竹いみしくしげりあひたるばかり也　時しあらばいつかいつきの宮はしらもとのむかしにたちかへるべき」とあって、旧跡は此頃遂に草木の中に没してしまった事がわかる。（耕雲紀行応永廿五年・堯孝伊勢参宮紀行永享五年・谷重遠東遊紀行）而して、応仁以後は遺跡すら殆ど世人の関心から失われてしまったようである。 　之を要するに、足利高氏の叛逆は、御醍醐天皇の斎宮再興の御志をも踏み躙り、�~宮衰微の決定的端緒となったと云ふ事が出来よう。 第二節　�~領退転 　�~宮経済は国庫支辧を原則とした。従って古来公の�~領があり、其の収入を以て祭祀造替其他一切の維持経営の財源とした。延喜式に依れば�~領として度会・多気・飯野の三�~郡があり、其外伊勢国内外に�~田�~戸（封戸）若干があった。然るに御歴朝の寄進により�~領は次第に増加し、鎌倉初期承元四年までに�~郡は八郡となり、諸国�~戸�~田も著しく増加し、別に伊勢国に限り御厨御園合計四百五十余処が置かれてゐる。(�~宮雑例集第一�~封事・・・承元以前の記録なること考証済） 　しかし、之は名目上の増加であって必ずしも実収の増加とはならなかったようである。何故ならば上代末期以後の郡県政治の弛緩、荘園発達の為に�~戸�~田は多く庄保中に編入せられ�~税の納入不可能となったからである。かく土地制度変革し公経済の基礎が動揺して来たので、�~宮側としても荘園制度に基礎を置く私的収入を図る必要に迫られた。是れが御厨御園の発達を促した反面の事情であったらう。 　軈（やが）て御厨御園は、或は在来の�~戸�~田の地に立券され、或は新に寄附せられ（一）鎌倉時代末期には四十ヶ国八百四十余処に及び、これに�~戸�~田名田等を加えると一千三百四十三処に達した。此間に於ける�~宮側の活動と国民の�~宮奉賽観念の普及発達を見る事が出来る。 　然し乍ら此の制度は土地そのものの寄進でなく、貢物を口入の�~主を通じて両宮の宮庁に納めるに過ぎなかったので対捍は容易であり、加え（二）武士の�~領押領あり、又、�~領の権門に寄托される事もあって、寄進の増加にも拘わらず、実収は時を追ふて減少したのである。先人の多くは鎌倉時代末期を以て�~領の最も発達した時としてゐるが、しかし実収入の乏しかった事は、�~領非違せられて用途缺乏し、�~宮の諸儀を行ひ得ぬと云ふ、（三）文保三年の万一記が之を物語る。 （一）�~鳳鈔-御厨御園は奥羽・九州・土佐及び長門以外の四国西中国を除く四十ヶ国に設けられてゐる。 （二）通海の大�~宮参詣記-浜名�~戸弘安八年大江助朝横奪、尾張�~戸も武士押領して�~役に隨はず、外宮の阿曽御杣山が当宮権祢宣により権門に寄せられ京都人領となり後守護領となる。 （三）万一記文保三・正・十三条　内宮心御柱去年為鼠喰落云々　内宮別宮滝原宮等殿舎及朽損御体被侵雨露外宮別宮月読宮盗人参昇盗取�~宝　有假殿遷宮司被奉献�~宝　而先御代無沙汰也　当代又然　是則用途無其足之故歟　�~宮領闕所事・・・ 　元来（一）御厨御園の寄進には、�~領の名によって自己の所領の安全を図らんとする利己心に基くものが少なくなかったと言ふ。従って�~領が同じ利己心によって濫妨される事は当然である。（二）源頼朝ですら部下の�~領非違の体勢を喰ひ止めるに腐心した。されば、承久の変継いで元弘建武以後の全国的戦乱無秩序の時代に入るや、此の勢は最早や制し得ぬものとなった。それは�~宮の御座所たる�~三郡の地にもあらはれた。 　（三）有名な正平の頃の伊勢守護仁木左京大夫の�~郡押領掠奪事件である。之は�~三郡の冒された最初であり、その�~宮を無視し上を憚らぬ暴逆無道の振舞は、国民精�~の危機として世に隠れもない事であった。而して彼は足利高氏の寵臣であったと云ふ。時代は足利の天下であり、その臣斯くの如くであるから、�~三郡は其後引続き守護の押領する処となった。而して、（四）永享十二年北畠教具国司として将軍と和するや守護によって押領されてゐた�~郡は悉く国司の分領となり、僅に残存してゐた度会郡山田三保宇治六郷と多気郡斎宮寮跡及び飯野郡相可庄のみが安堵され、しかもそれらも国司の奉行する処となったのである。�~三郡すら斯の如くである。他の郡及び諸国の�~領の押領されること夥しいものがあり、軈て勃発した応仁文明の大乱、引続く戦国時代が此の趨勢を決定的ならしめたのである。 （一）渡辺世祐博士「戦国時代の�~宮」 （二）吾妻鏡　寿永元より建久元の間十六項目 （三）西源院本太平記第三十六巻 （四）史籍集覧通記第十一、南方紀伝下永享十二・七・廿九条 　そこには夥しい公然たる（一）�~領押領が、更に（二）上分貢租の不納が見られる。而して�~税不納は（三）武士の課税によるもの（四）武士の上分米押留によるもの、又（五）上分を外方より分取する事による外、遠国よりのものは（六）海陸交通の妨害に起因するもの少なくないのは此の時代の特色であらう。特に（七）海上に於ける違乱は著しく、�~役船及び上分米は海賊者流の最も有力な好餌であった。かゝる事態は�~官祀官を窮乏の底に陥れ、為に（八）祀官にして�~領を押領し之を生活の資に供する者を出すに至ってゐる。 （一）内宮引付　文明元年前沢某土羽禅師御厨を、同年高橋右京亮福永御厨を、文明五年岡田源左衛門尉伊佐奈岐宮�~田を、同年伊勢守護一色義直南職田押領 （二）内宮引付　応仁二年子良�~田滞租、文明五年松本御厨・国分寺御厨、文明七年三河�~戸�~役、永正八年上野青柳御厨年貢未進、其他多数例あり （三）内宮引付　文明八年伊勢守護�~宮領に半済を課す （四）親元日記別録　文明七年浜名�~戸代官押取 （五）内宮引付　文明六年楠原御厨上分米他方へ分遣 （六）外宮引付　文明七年木曽家豊ら�~役通行押留 （七）内宮引付　文明八年幡頭崎に於て�~船押領 （八）荒木田守晨引付　永正五年九月　内宮�~主等同宮領南職田押領 　此の事態に対し�~宮側の執るべき手段は大�~の御�~威を背景とする庁宣解状以外にはなかった。一般社寺の如く武装する事のない�~宮としては唯�~威を恃み奉るばかりであった。而して、最後の手段は所謂�~宮の法、即ち御榊を向け奉る事、又�~灰を蒔くことを庁宣に載せて反省を求め、必要に応じてそれを実行する事であった。 　�~宮の法を行ふべきことは、屡々庁宣に載せられ時には実行もせられた。（内宮引付　文明八年伊勢守護�~宮領に半済を課するに対し�~宮法行使の庁宣）然しこれとても何等の力を持たなかった事は次の数字が之を物語ってゐる。 　皇大�~宮御領は、享徳元年までには十六国二百四十三ヶ所に減少してゐたが（享徳元年庁宣注文）、応仁文明の乱を経た大永六年には六国八十六ヶ所に激減し（大水庁宣）、天文五年には五国五十六ヶ所となってゐる（天文庁宣）。外宮に就ては明微すべきものがないが、延元四年までには約四百五十ヶ所あった�~領（出納所�~領引付）が永祿年間のものではないかと思われる記録には六国三十八ヶ所となってゐて（外宮�~税上分帳）その激減は内宮と規を一にしてゐる。誠に上代に比し驚くべき退転である。かくては�~宮経済は窮迫し厳重の�~事に支障を来す事正に余儀ない事であった。 第三節　造替の停滞 　造替遷宮は�~宮の本体的存在である殿舎に懸り、�~ながらの伝統を無窮に更新存続せしむる所以のもの極めて重事である。従って上代の初め廿年一度の式年制度が制定され、之は持統天皇の御代より実施せられた（延喜式�~祇四伊勢大�~宮、小林厳雄氏「�~宮式年造替の制規に関する概括的考察」参照） 　軈て造替は中一年を隔てゝ内宮を先に行ひ、遷宮は外宮を九月十五日内宮を九月十六日に行ふと言ふ、造替の先後及式月式日の定めが出来、費用は�~税并正税を以てする、即ち国家の手で執行すると言ふ規則も定められた。 　此の諸制度は朝命により厳重に行はれ来ったが平安時代中期に入り、先ず造替費の制度から崩れる事となった。即ち郡県政治の弛緩により造替費を�~税及び正税に得る事不可能となり、荘園に課する役夫工米に依らねばならなくなった。然し此の制度も朝権衰へ又幕威軽くなるや次第に行なはれ難くなる状態であった。 　軈て吉野時代に入ると式年式月式日の制も崩れる事となった。即ち、康永二年癸未十二月廿八日内宮遷宮光明院御宇自元享三年及廿一年　貞和元年乙酉十二月廿七日外宮遷宮崇光院御宇内宮隔中一年（二所大�~宮遷宮次第）是れ式年廿一年に一度となる初例をなし、吉野時代は諸制度悉く乱れ、造替遷宮は延引を重ねたが、その勢の窮る所遂に皇大�~宮第四十回の遷宮を以て、式年遷宮停止する事となったのである。 　今第四十回の内宮正遷宮を見るに、前回の永享三年より十五年の（一）文安二年例の如く造宮使補任の儀あり、幕府も例の如く役夫工米を課した。然るに（二）幕命に応ずる者なく、又（三）幕府は有力社寺に役夫工米免除の特権を与える有様であり、遂に用脚を（四）地口銭関銭に求めるに至った。 （一）寛正三年造内宮記　文安二・八・廿一宣旨 （二）蔭涼軒日録　長祿四年・寛正二年同三年条 （三）蔭涼軒日録　大乗院寺社雑事記 （四）碧山日録　蔭涼軒日録 　かくて月日は徒らに延引したので、朝廷では三十一年目の（一）寛正二年造宮使を改補し給ひ、而して新造宮使藤波秀忠の調法により（二）翌寛正三年十二月廿七日、三十二年目にして辛うじて正遷宮が行はせられたのである。然るに其の造替は（三）別宮以下の諸殿舎に及ばず、（四）又装束等の遺失の多かった事は祠官達の慨歎する通りであった。又本来ならば中一年を隔てゝ行はれるべき（五）外宮の第四十回正遷宮は、寛正二年十二月廿九日に立柱上棟を見たが遷宮は行なはれず、前永享六年を以て正遷宮は停滞したのである。 　かく御�~躰を奉鎮する宮居を維持する途すら絶たれた事は、斎宮の廃絶�~領の退転以上に深刻な問題であって、祠官等は時勢の推移に暗澹たるものを感ぜざるを得なかった。（六）此時重大事が突発した。寛正四年潤六月一日皇大�~宮古殿の心御柱が折れたのである。当時心御柱「守天下治国霊威御柱也」として御�~躰に次で信仰せられてゐた。従って此事は国家変動の不吉な前兆であると信じられた。 　更に凶事は続いた。（七）寛正五年九月十七日�~嘗祭の夜祭庭に於て喧嘩出来刃傷に及び、其血正殿を汚し奉った事件である。是は宮立以来例のない希代の凶事であった。之に対し、上としては当然假遷宮を行はせ給ふべきであったが、行ひ給ふ能はざる内に応仁の大乱の勃発となった。 （一）寛正三年造内宮記 （二）�~宮遷宮記 （三）内宮引付　応仁元年三月 （四）皇大�~宮解状 （五）寛正三年造内宮記 （六）氏経�~事記寛正四年条 （七）氏経�~事記 　当時祠官達は此の事態を次の如く認識した。（皇大�~宮�~主解状　文明元年九月）右条々（一、心御柱顛倒　二、刃傷　三、正殿御表葺所損　四、諸殿舎并諸別宮顛倒）者雖為一事不打過、被行假殿遷宮、被奉直事毎度例也・・・殊心御柱事恒存間、度々雖令注進、御沙汰及停滞之刻、喧嘩不浄事、是併不被立、心御柱御訝之凶事令顕然者哉・・・果而天下公心（憤）劇出来之条、前表無所疑・・・ 　かくて此意を以て假殿遷宮を請ふ解状は頻に奉られた。茲に於て、大乱鎮定を願ふこと切なる幕府は、文明三年になって造内宮料役夫工米を関東諸国に課し頻にそれを督徴した（内宮引付　文明三年、五年）。しかし、是の行はれる時は既に過ぎてゐた。 　茲に内宮は、正殿も次第に朽損する事となったが、特に著しいのは外宮であった。未だ第四十回の正遷宮を行はず、為に応仁二年には内宮の荒木田氏経をして次の歎を発せしめてゐる。「外宮御遷宮馳過式年既及十七ケ年、御坐假殿之条�~鑑恐不少･･･外宮山口祭去年相当式年、於遷宮延引事者、雖有其例、山口祭延引事、両宮共無例、今度延引希代珍事也」（大日本史料応仁二年三月条）外宮山口祭とは第四十一回のそれであらう。 　遷宮は延引しても山口祭のみは式年通り行はれてゐたが、前回の遷宮が行はれずして次回の山口祭を行ふ事は無意義となる。かゝる形式的儀式さへ完全に行詰り、御�~躰は享徳の假殿の儘にまします。外宮方の慨きは想像に余る。されば、文明九年暮京都の大乱一段落を告げた時の外宮側の喜びは一入であった。「既御敵没落天下靜謐之儀当宮時節到来�~宮披喜悦之眉処也」（大日本史料文明九年十月外宮�~主解状）しかし、此の造替運営の期待の裏切られた事は内宮と同様であった。 　かくて殿舎の荒廃は募るばかりであったが、�~宮は皮肉にも之を守護すべき�~宮側�~人の手で殆ど壊滅の域に立ち至らしめた。即ち有名な両宮兵乱の惨事である。抑々�~宮職員の堕落は由来久しい事であり、鎌倉時代末期より両宮の抗争を現出した。加ふるに下剋上の思潮は�~役人の�~人圧迫を招来し、内外上下相対抗して�~境を汚す内訌戦を繰返したのであるが、両宮間の対立抗争は特に根強いものがあった。 　而して其の確執の最大の爆発は（一）文明末より長享延徳にかけての衝突であった。直接の動機は文明十七年山田の�~人等岡本に番屋を設けて皇大�~宮への通路を塞ぎ、参宮者の賽銭を独占したと言ふ問題であるが、それは内宮方に同情した国司の山田征伐へと進展し、文明十八年十二月廿二日外宮は同宮の�~人の手にかゝって焼亡すると云ふ未曽有の珍事を現出した。これは流石に国民も恐懼し、（二）内宮の荒木田氏経は之が為に「愁歎不斜存命口惜由ヲ被甲自当日及病気」廿日後に逝去したのであった。しかも事件は続行した。 　三年後の（三）延徳元年六月廿二日宇治は山田�~人の復讐に遭ひ、火焔宮中に及んで諸殿舎多く灰燼に帰し、正殿のみ辛うじて免れたと云ふ内宮未曽有の惨事となった。（四）朝廷に於かせられては非常に驚かせ給ひ、外宮焼失に当っては御�~躰の有無を検知せしめられんとし、更に廃朝改元あらせられた。（五）幕府も驚いて北畠政郷を責問した。 （一）皇代記附年代記　延徳以来内宮注進状　外宮子良館記　親長卿記 （二）史料綱本文明十八年十二月 （三）延徳引付　内宮子良館記 （四）親長卿記　十輪院内府記　長興記 （五）大乗院寺社雑事記長享二・二・廿三条 　軈て内宮焼けるや、その影響は（一）延徳元年十月吉日吉田兼倶の密奏事件ともなって現れた。（二）時恰も「天照大�~者丹後久世戸二飛給之由」の浮言もあったのである。斯く�~官に於ける御�~躰の有無が問題にされ飛�~明の説が信じられると云ふ事は、�~官にとっては致命的な問題である。かくて此の数年を以て�~宮衰微の頂点とされてゐるが、事実は是より弥々深刻となってゆくのである。 　先づ之を（三）内宮に見るに、一乱以前より正殿の所損追曰倍増し、御�~躰は雨露に浸り給ふ有様であったが、（四）長亨三年の宇治没落以後新に正殿の心御柱が退転し、延徳三年には御殿正に傾倚顛倒の兆を見せ、（五）同四年八月には風雨の為大被害があった。（六）禰宜等は筆を極めて造替を請ひ、せめても假殿を是非造進し御�~躰を奉鎮すべきを上陳した。然し何等の御沙汰を蒙る事が出来なかったので、此の儘では私の調法を以て儲殿遷宮する外に御�~躰守護の途がなくなった。元来�~宮の事を私の沙汰を以て処置する事は断じて許されぬ。（七）然し事態止むを得ずとし、遂に御鬮（くじ）を以て�~慮を窺ひ奉り、明応六年十月十二日、前遷宮より三十六年にして儲殿遷宮を行った。全々国家の保護を失った当時止むを得ぬ処置であらう。かくて、�~宮は恰も一般社寺と撰を異にせざる実状となった。 （一）延徳記 （二）大乗院寺社雑事記文明十九･七条 （三）延徳記 （四）延徳以来内宮注進状 （五）延徳引付 （六）延徳引付・宣秀卿記 （七）内宮臨時儲殿遷宮記 　外宮は、（一）文明十八年の焼亡に当っては直ちに古殿に假遷宮が行はれ、翌長亨元年九月三日新造の假殿に奉遷申上げた。軈て（二）同三年八月十一日には古殿が炎上し、更に延徳二年九月十四日には又御殿火あり、為に御�~躰は一時調御倉に遷御し奉り同十六日に別の假殿遷し奉った。（三）重々の不祥事に　天皇は廃朝を宣下あり、尋で軒廊御卜を行はせ給い、更に祈謝の為一社奉弊使を発遣せさせ給ふた。外宮はかゝる状態であるから、（四）盗人屡々正殿及び御饌殿を荒すと云ふ事があった。かくて粗末な假りの御�~殿は次第に朽損を加え、又相継ぐ火災によって遷御すべき假りの御殿もなくなった。（五）軈て地震があって御�~殿の破損大なるものがあったので、遂に私の沙汰を以て假殿を造進し奉り、文亀元年九月十六日を以て儲殿遷宮を行ひ奉った。 （一）伊勢遷宮次第記 （二）外宮子良館旧記・内宮子良館記・遷宮次第記 （三）後法興院記・実�骭�記 （四）外宮子良館記 （五）実�骭�記・遷宮次第記 　斯の如く両宮共に僅に儲殿遷宮による外御�~躰を保護し奉る途のなかった事は、�~宮の衰微至れりと言う事が出来よう。而して此の状態は此後長く続いたのである。之は国体の乱れた時、�~宮の辿らねばならなかった必然の姿であった。 第四節　祭祀の廃絶 　凡そ�~事は肇国以来朝政の基調とせられて尊重せられてゐる所であるが、特に�~宮の祭祀はその根幹たり枢軸たる地位にあるものである。されば、天皇は皇女を御杖代と進めて大�~を奉斎せしめ給ひ、四時祭には更に勅使を派して奉弊せしめ給ひ、事あれば臨時に奉弊して公の祈願を籠めさせ給ふ。 　而して恒例祭祀の目的は、「天皇我御命尓坐御為乎手長乃御寿止湯津如磐村常磐堅磐尓伊賀志御世尓幸倍給比阿礼坐皇子等乎毛恵給比百官人等天下四方国能百姓尓至万天長平久作食留五穀乎毛農尓令栄給比護恵比幸給止」（延喜式祝詞）と祈らしめ給ふにあった。即ち天皇政治の根本の御祈願である。臨時祭も之に基く特殊事態に関する祈願である。かくて祭祀は天皇政治の本勢として厳重に行はれ来ったのである。然るに斎王の制度先づ廃れ、朝廷では唯四度の官幣を遅滞なく派遣せられるばかりであったが、応仁の乱後は重要な朝儀殆ど退転する有様であったから、奉幣使差遺の儀も自然延引停止の止むなきに立ち至った。 　四時祭とは二月九日の祈年祭、六月十七日の月次祭、九月十七日の新嘗祭、十二月十七日の月次祭である。今之に就いて見るに、奉幣の延引は寛正四年の九月の例幣より見られる。（氏経�~事記以下同じ）寛正六年には六月月次幣及び十二月月次幣延引、文正元年には祈年祭幣延引、十二月の月次幣使は下向の途中山門の訴訟に依って通路塞がれて帰洛、応仁元年には祈年幣延引、然るに六月九月十二月の宮幣は京都合戦に依って全々御沙汰がなかった。 　而して応仁二年には一として官幣の御沙汰がなかった。応仁元年祈年幣までは延引しても奉幣せしめ給ふたが茲に官幣全く停止となった。かくて恒例の祭祀は朝廷の御儀退転して唯�~宮の�~事のみが型ばかり行はれる事になったが、奉幣の儀のみの祈年祭は奉幣なき為自然廃絶する事となった。四時祭すら斯の如くであるから、臨時祭の奉幣も御即位奉幣・一社奉幣を除いては悉く典廃したのである。 　かくて応仁以後は�~宮では私に代品の幣物を調進し、型通り定曰の祭祀を行ったが、既に祭祀御料を徴用すべき�~領は乏しく、祭祀を行ふべき殿舎の荒廃亦甚しい戦国時代にあっては、祭祀に幾多の非違生じ、又延引停止に及ぶ事も少くなかった。 　戦国時代に出された夥しい（一）庁宣解状は、大半祭祀の退転を憂へて�~税を催促するを目的とするものであった。然し�~供は著しく闕乏したので御饌の供進疎になり、時には態々祭祀を延引せねばならぬ事さへ起ったのである。更に殿舎の荒廃によって祭祀に非違の生じた事も稀れでなかった。 　（二）一例を挙げれば明応五年の新嘗祭に当り、内宮の正殿朽損して昇殿を遂げる能はず、為に祭典退転に及び、（三）翌明応六年にも同様参昇を遂げ得ずして形の如く式計りを執行したのであった。（四）又外宮に於ては天文八年九月十六日夜の祭礼に於て、御殿の御戸鏁等落下し開き難いので方便を廻らして刻を移した事が見えてゐる。況や屡々に亘る不祥事の為、祭祀退転に及んだ事は極めて多かった。（五）文明十八年の山田没落に於ては其穢両宮に及ぶに依り、共に三十日の触穢となり内宮に於ても翌年正月朔日御饌七日十五日の�~事悉く延引し、（六）明応二年再び山田没落の際は両宮共に三十日の触穢となって新嘗祭は九月廿九日に延引した。 　而して此等は�~宮内部の堕落にも依る極めて深刻な問題であるが、同時に（七）祠官中に多くの牢人流離者を出し正員禰宜の闕を補う事が出来なかった事も重大である。 　かくては天下の御祈祷を全うする事は出来ぬ。�~宮の衰微窮まれりと云ふべきであらう。かゝる状態で�~宮は如何にして守護され得るか。又復興される事が出来るであらうか。 （一）内宮引符 （二）宣秀卿記 （三）内宮臨時儲殿遷宮記 （四）外宮引符 （五）延徳引付 （六）内宮子良館記 （七）延徳引付 第二章　　�~宮観の混乱 　前章に於ては�~宮の衰微を形式の方面より瞥見したのであるが、此章に於ては之を思想の方面より�~宮観に於て考察したいと思ふ。 　天照大�~は　皇祖�~として古来絶対の崇信を受けさせられた。日本書紀は天下の主として生れ給ふた大�~を光華明彩六合の内に照り徹らせりと形容し奉り、日�~としての信仰を捧げてゐる。而して大�~が　皇孫に三種の�~器を賜ひ御�~勅を宣はせ給ふた事は、皇統君臨の大義を明らかにし、万世を通じて動くことなき　皇国の国体の根本を定め給ふたものであって、従って�~宮の宗廟としての絶対的存在は国民の深く認識する所であった。 　されば「天照大�~惟祖惟宗尊無二自余諸�~者乃子乃臣孰能敢抗」（古訓古語拾遺）と言ふは古来より一貫した信念であって、これは上代のみならず中世に於ても又公家の間に於けるだけでなく、武家に於ても同様であった。吾妻鏡は「天照大�~者豊秋津洲本主　皇帝祖宗也」と言ひ、源頼朝は「凡吾朝六十余州雖為立針之地伊勢大�~の御領ならぬ所あるべからず」（栗里先生伊勢大�~宮�~領考中頼朝在判文書）と云ふ認識を有したと言はれる。かく�~宮は国体観念の上より正しく認識され崇敬せられて誤る所がなかったのである。 　然るに仏教は此の伝統的な観念に著しい混乱を齎(もたら)す事となった。即ち�~仏習合本地垂迹の思想である。此の萌芽は奈良時代に伊勢�~境内に大�~宮寺の出来た処に見られる（続紀天平�~護二年七月条）。軈て�~宮寺は�~境より取り払らはれたが〈大�~宮諸雑事記宝亀六年条）これより大�~と仏との習合が馴致される事になった。而して日�~としての天照大�~信仰と日輪としての大日如来の信仰を媒介として、或は�~道の王としての天照大�~信仰と仏法の王としての大日如来の信仰を媒介として、天照大�~は大日如来の垂跡であるとの習合説が成立するに至った。而して大日如来の本地を盧遮那仏とし、亦日輪是毘盧遮那也とする考えは直ちに盧遮那仏を天照大�~の本地とする事となって「東大寺の大仏は盧遮那仏也、天照大�~の御本地也」との所説を生んだのである〈大�~宮諸雑事記・元亨釈書・大和葛城宝山記･通海大�~宮参詣記）。 　是等は中世大いに流行し、更に之を理論づけた真言�~道が成立する事となった。真言�~道は大�~を大日如来の垂迹とする説を分化させ、内外両宮を密教の胎金両界の中尊と観じ、以て両宮を大日に統一するにあった。ーーー「今両宮則両部大日、色心和合成一躰」（麗気記）而して此際両宮を以て「一大三千界主］又「一切衆生父母�~」なりと見做し、更に「天照大�~最尊�~、無比干天下諸社、大日靈尊照天下、無晝夜通内外無息」（麗気記）と云って大�~に�~としての最高の形容を与えてゐるが、茲には、皇祖�~としての認識が見られぬばかりでなく、本地垂迹の思想から大�~を以て本躰盧遮那が衆生を度せんが為に、空天を飛んで来て伊勢に鎮座されたものと説く。即大�~は大日の垂迹たる意味に於て始めてその権威を認められ（輝天記）、その本質は仏性に転換せしめられたのである。 　 　又此の一派の三輪�~道を三輪大明�~縁起によって見るに、天照大�~の本地は大日尊であり、その垂迹は三処によって名を異にし、天上では天照、大和三輪山では大�~大明�~、伊勢では皇大�~であり、一躰三名である。又両所大�~とは伊勢大�~宮と三輪であるが、その関係は三輪が本で伊勢は末亦は迹であると。之は一面大�~�~社の�~宮化を物語るが、名分を擾る事著しいものがある。而して之は本地仏を同じ大日とする所より導かれたもの、かくては�~宮も諸社と相対的地位に立たねばならなくなった。 　此の垂迹説は天台宗にも入った。天台�~道は日吉�~社を中心とするもので、釈迦の垂迹とされる大宮権現によって、諸仏菩薩の垂迹である一切の�~々を統一し、大宮権現を最高絶対�~とするものであるが、其れは軈て日本の最高�~である天照大�~と結合し、耀天記に依れば、大宮権現は天照大�~の分身更には垂迹と考へられる様になった。その場合天照大�~は大日応化身であり、それは釈迦の善巧方便として垂迹されたものであった。「昔ヨリ此日本国ヲ天�~七代地�~五代シロシメシテ後二、天照大�~伊勢国二アトタレ給テ、内宮ヲバ皇大�~宮ト申、外宮ヲバ豊受（脱ク）光ヲ並べテ遠クハ百王ヲマボリ、寛クハ万民ヲ助ケテ、其後ハヤウヤウ賀茂春日松尾住吉ヲ始メ奉ッテ、四方ノ�~ダチノ国々所々ヲトシテ、王城ヲマボリ民宅ヲハグクミ給ヘルヲ、世ノ中ノ人日本国ハ�~国トナリケレバナドヲモヒナラハシテ侍ハ、釈迦如来ノ御本意ヲ知ラザルガ故也、釈迦如来本ヨリ大慈大悲深クシテ、三界ハ皆有也ト思食ス故二、然モ一代ノ教主二テヲハシマセバ、其計ナラズシテハ、何レノ仏菩薩聖王トテモ、日本国ノ中二地ヲトシテ、利益衆生ノ願ヲ遂ゲ給ハン事ユメユメコレアルベカラズ、マシテ光ヲ塵二同ジテ社壇ヲナシテ瑞籬ヲ顕ス程ノ大事ナレバ、�~タチモ皆釈迦以来ノ善巧方便ヨリヲコレル事ナルベシ・・・」（耀天記） 　かくて大�~は釈迦の計らひにより、他の�~々と共に、鈍根なる�~州の民を仏見に入らしめんが為の方便として垂迹されたもので、又同宗擁護の役を果たされるに過ぎなくなった。�~宮の本質は全く没却せられてしまったのである。而してかゝる本跡観は更に�~宮にも学界にも入った（沙石集巻一）。釈日本紀すら「天照大�~御本地、大日之条炳焉者」と云ってゐる。かくては大�~は単に仏の影たるに過ぎず、此の思想の普及する所国民は�~宮の本質を誤認し、正しい崇敬を失うことになったのである。 　又大�~を観音の垂迹とする説が、上代末期より行はれた事をも附記する事にする（江談抄第一）。 　�~宮観の混迷は鎌倉新興仏教に於て更に著しい。絶対の理法としての末法思想の自覚に起り、或は之に反抗し或は之に順応して、末世の大衆救済を第一義として仏教の現実化大衆化を計ったのが新興仏教であった。而して此の場合人心救済を偏に仏力に求めるものと�~の護国思想に棹すものとがあった。前者は禅宗･浄土宗･一向宗等であり、後者は日蓮宗である。 　前者に於ては勢ひ�~々と没交渉であり、�~宮観を見出す事は出来難い。否此等の宗派にあっては�~々は多くの実類の一種と考えられ、せめて護法の善�~として容認されても、決して崇敬すべきものではなかった（蓮如上人六箇条･一言芳談）。否�~々こそ逆に仏者に随服すべきものであった。親鸞は次の如く云ふ「念仏者は無礙の一道なり、そのいはれいかんとならば　信心の行者には天�~･地祇も敬服し、魔界外道も障礙することなし」と。 　又存覚は言ふ。（諸�~本懐集）「フカク本地ヲアカムルモノハカナラス垂迹二帰スルコトハリアリ、本ヨリタル、迹ナルカユヘナリ、ヒトヘ二垂迹ヲタフトムモノハ、イマダカナラスシモ本地二帰スルイヒナシ、迹ヨリ本ヲタレサルカユヘナリ、コノユヘ二垂迹ノ�~明二帰セントオモハバタダ本地ノ仏陀二帰スベキナリ」而して大�~は権者の霊�~の一つであり、仏の変化垂迹に過ぎない。かくて一向宗では大�~の実在は認められても、崇敬は無意義として否定されてゐるのである。 　然し法華経を以て国を護らんとした日蓮に於ては事情は稍二異なる。彼は末世に於て宗廟社禝�~の国を護られる事を信じ、八幡の百王守護の誓天照大�~の威霊を説き（�~国王書）、又念仏行者の不敬�~を反駁する程であった（聖愚問答抄上･日蓮御書三十六念仏者追放宣旨状）。然し乍ら彼の�~宮観の実体は一般と異る所はなかった。即ち眞の三界の国王である仏に比しては「僅ノ天照大�~･正八幡ナンド申スハ此国二ハ重ケレドモ　梵釈日月四天二対スレバ小�~ゾカシ」（種々御振舞御書）と云って問題にならぬとして居り、更に法華経の行者たる日蓮の前では天照大�~･正八幡は頭を傾け手を合せて伏座すべしとまで云ってゐる。国の柱たらんと絶叫した彼ではあったが、法華経の行者たる彼の前では大�~は単なる国家守護の善�~に過ぎず、それも法華経の勝徳によってのみその威力を顕すことが出来るのであった。 　かくて大�~は軈て法華経守護の三十番�~の一となり、後世�~道家から厳重な抗議を受けねばならなかった。法華宗に於てすら斯くの如しである。況や�~々を無視する新興仏教が清新活発な布教を展開しつゝあった事は、思想史上注目すべき事であらう。 　思想界の指導者であった仏教家がかく�~宮観を混乱せしめつゝあったに対し、�~宮側は�~宮の本質を宣明すべきであった。殊に早くも�~宮寺を拒み表面どこまでも仏教を忌んだ�~宮側としては、かゝる事態に対し自覚発奮する処あるは当然であった。加ふるに内宮の荒木田氏に対する外宮の度会氏の対抗意識は、度会氏に於ける外宮の地位向上への学的研鑽を導き出した。かくて茲に度会�~道の出現を見る事が出来る。 　先ず外宮の地位を高める事は、書紀を改作して豊受大�~を天御中主�~亦は国常立尊と同一�~で別名であるとする事によって達成された（�~道五部書）。又本地垂迹説に対しては天照大�~の出現を天地開闢以前の混沌に遡って求め、こゝに宇宙の元霊とも云ふべき大元�~「虚而霊、一而無体」ものを国常立�~とし、天照大�~を此�~の形体具備の最初の�~であるとする事によって大�~に本地仏のない事を主張したのである（豊受皇大�~宮御鎮座本紀）。 　即ち宇宙の元霊�~の認識に到達する事によって、�~宮観に一元的な不動の根拠を求め得たのである。而して此の根拠に立って「両宮者天�~地祇大宗･君臣上下元祖也、惟天下大廟也、国家社稷也」（御鎮座伝記）を宣明し、更に大日本国は�~国であり�~皇一躰である所の大義を説き、元々本々「宝祚之�體沫^天壊無窮矣」所以の道を唱導したのである。かく伝統的な�~宮観を維持発展せしめて日本道義を明かにした事は、一は直接建武中興の源動力となり、一は正学の源泉となったのである。 　然し乍ら外宮の祭�~即ち本来天照大�~の御饌津�~であられる豊受大�~を、天御中主�~は国常立�~に附会した事は新たなる�~宮観の混乱歪曲であった。（一）此事は豊受大�~を豊受皇大�~更に天照止田気皇大�~とも称する事ともなり、当時に於てすら正学の士の看過容認する処でなかった。これは中世、住吉、賀茂、香取、円生諸社で大�~宮･皇大�~宮の名称が濫用された事と共に大きな名分の乱れであると思ふ。 　以上の混乱は要する処仏教の圧倒的勢力を最大の原因とする。此事は一面�~観の発達を促進せしめる事にはなったが、国民の思想的混迷を来した事重大なるものがある。先づ大�~が和光同塵の仏と観ぜられた事は、宗教至上の中世に於ては却って�~宮信仰を促進普及せしめる事となったが、（二）その信仰内容は個人主義的なものであり、現当二世に於ける霊験の祈願であった。即ち堅く禁断せられてゐた私幣私祷が行はれる様になり、それを普及する思想的な背景が出来上ったのである。 　しかし�~仏習合は�~地変じて仏地たらしめる道理、（三）�~跡変じて寺院となり、（四）�~税転じて仏寺に輸せられる事ともなった。況や新興仏教中には�~官の権威を全く無視し、敬�~をも否認する側のあった事は、�~税不納･�~領押領･役夫工米忌避等利己心の発揮上甚だ好都合であったに相違ない。又かゝる仏教思想は�~宮側にも深く浸潤した。（五）�~宮法楽が容認され法楽寺を始め�~境寺院が建てられ、之が修造を助縁し之に�~領を与える事が�~忠であると考えられた事は、度会�~道の主張にも拘わらず、事実上は彼等の仏教への屈伏を意味してゐると思ふ。 （一）廿二社本縁 （二）耕雲紀行・堯孝伊勢参宮紀行・鏑矢記 （三）永正八年内宮庁宣 （四）文明六年内宮引付 （五）東大寺衆徒参詣大�~官記・通海大�~宮参詣記・文明六年内宮引付・文明十三年外宮引付・永正四年内宮庁宣･永正八年内宮庁宣・豊葦原�~宮和記 　其の事は思想的にも表明されてゐる。即ち「�~明之利生譲仏陀㕝」（豊葦原�~風和記）の説が出来之が行はれた事は、天照大�~を仏より上であり本であるとの主張ではあるが、同時に現実に於ける�~廷での崇仏を説明するもの、仏力の前に自らの無力無権威を告白してゐるものである。 　かくて�~宮の本質を発揮せん事を志とし、又そこに力を尽くした度会�~道は、更に内実の雑駁不徹底を純化すべきであった。而も度会�~道の新たに斎した両宮関係の紛乱は、経済問題と関連して両宮�~人の対立抗争の原因となり、一面御師の対外活動を刺激促進しつゝ、他面幾多の大不祥事を惹起し、�~官の衰微を加へたのである。爰に度会�~道も根本的に批判是正せらるべきものである事自ら明かである。 　概して言へば�~宮観の混乱は直接間接�~宮の形式的衰微を齎す一つの原因となった。然し同時に不純ながら、�~宮信仰を普及発達せしめる要素でもあった。然らば衰微の極にある�~宮の興亡を決定づける国民の�~宮崇敬は当時どの様な状態であり、どの方向に向ふものであったか。次に�~宮の存亡のかゝる所を此の点に於て一瞥したいと思ふ。

卒業論文-１　　　平成9年（1997）.11.27　帰幽