近世初期における�~宮復興の運動　　上田　勝彦　昭和十五年十二月二十八日　 卒業論文-３

第四章　　�~宮の復興　　　　第一節　　�~宮復興の志 　　　　　　　　　　　　　　　第二節　　正遷宮の復興 　　　　　　　　　　　　　　　第三節　　�~領再興 　第五章　　�~宮観の純化 結言 附　神宮に対する私的信仰に就いて

第四章　　�~宮の復興　 第一節　　�~宮復興の志 　戦国時代に入って�~宮衰微の極に陥り給ふた事は、心ある者の限りない悲歎であった。それは我主君として日夜これに奉侍してゐる�~宮祠官に於て特に深刻であった。彼の外宮の焼災に殉じた一代の�~忠者荒木田氏経の事は抑々何を物語るであらうか。 　それは余りにも痛ましい�~宮衰微の産んだ悲劇であった。「臣ノ忠ノ結句二ハ、主憂フル時ハ臣労シミ、主辱シメラル時ハ臣死ストテ、人若シ�~ヲ蔑如シ奉リ、�~慮憂給フシルシ有ラバ、�~官挙テ悲歎シ、眞実二�~威若シ軽シメラレヌトトガメ給ハバ、祠官モ僧侶モ同心二命ヲ捨テ給フベキ者也」（通海大�~宮参詣記）是は今氏経に於て見られねばならなかったのである。而も�~威を軽しめ奉る事は単に�~宮外にあるばかりでなく寧ろ内部にあった。屡々に亘る兵乱は何を物語るか。此時に当って唯�~宮を守護し�~意を安じ奉るべき祠官等さへ　多くは窂人流離し然らずんば私の営みに耽った。爰に�~宮は外より内より衰微し、問題は益々深刻を加えたのである。 　然し此の間、自覚ある祠官は決して絶無でなかった。却って自覚は激発せしめられた。氏経の志が守晨に復活した事は既に明かにした通りである。茲には無限の悲歎は現状に対する烈々たる悲憤に変化してゐる。夫は内宮側に於て特に著しかった（守晨引付上下）。「天照皇太�~者天下無雙之�~霊国家第一之宗廟也」の自覚は強く復活し、此故にこそ�~宮の現状は断じて容認する事は出来ない。 　現状を以て如何にして�~慮を宥じ奉る事が出来るか、如何にして天下国家の祈祷を全うして忠を尽す事が出来るか。茲に�~宮の復興は当面の問題として最も切実なるものとなった。而してその志は夥しい解状となって上申されたが、応々文言激して悲壮であり、是を読む者をして涙せしむるものがあった。永正九年の解状に曰「夫天照大�~者　為君臣元祖　争被乱其礼孝乎　�~宮如今争治天下乎　如此令蔑天照皇太�~給条　�~道破滅之儀　本朝衰微之基　何事如之乎」 　�~宮の衰微は正学ある公卿達に於ても重大な問題であった。一条兼良は樵談治要中に於て次の如く述べてゐる。「かゝるゆへに国司守護などは別に私のいのりなとをしては益なきこと也　かきり有国役なとを厳密に成敗して　昔より有つれたる�~社の修理祭祀の退転せるを申をこなひ侍らば　君には奉公の忠となり�~には帰敬の誠をあらはすべし」 　これは一般的に�~事の厳修復興を説いたものであるが、かゝる考へは�~宮の現状に就ては次の様な慨きとなる。「�~官さうたいの事廿一ねんに御くりのへられ候事にて候に　両宮ともにいくめぐりともなくうちをかれ候事　天下のためあまりあさましき事にて候」（宣胤卿記永正三年） 　況や朝廷に於ける御軫念こそ最も深刻であったのである。�~宮を以て宗廟として日夜御�~意を崇め給ひその祭祀を以て朝政の根本基調とし給ふ朝廷にあっては、�~宮の衰微は朝廷の御式微即ち御自らの事にも増して重大な問題であった。特に戦国乱離の時代、御自ら天日嗣を承け護り給ひ深く民草の身の上を御軫念あらせ給ふに於て、大�~の御加被を恃み奉り給ふ事一段と深いものがあった時、�~宮の御衰微は殊に深き御憂憾であらせられた。 　人或は当時奉幣なく造替の御沙汰滞るを見て、朝廷の�~宮崇敬衰へたりとするのであるが、それは形にとらはれた考えである。寧ろその逆の現象を余りにも屡々に亘る兵革靜謐御祈（内宮引付･伊勢古文書集･宣胤卿記）朝家復興朝儀再興天下安全の御祈り（実�骭�記）天変地異祈禳の御祈祷（内宮引付･大日本史料応仁元年より永祿四年の間五十八回）に、又夥しい回数の�~宮御法楽･官女の代参（御湯殿上日記･公卿諸日記）に見得る。 　此等は「豈非�~明之冥助者　争攘妖災未兆哉」（実�骭�記）又後土御門院御製「�~ならで治めんことやかたおかの森のあらしのさはかしき世を」の御精�~に基づくものであると拝察される。斯く�~慮を仰ぎ給ふ故にこそ�~宮の衰微は一入御軫念あらせられる処であり、為に�~宮の凶事天聽に達するや廃朝を宣下して深く御慎み遊ばされ、更には一社奉幣のみならず、改元まで仰せ出させ給ふたのである。斯の如くであるから神宮側の憂ひは直ちに朝廷の憂ひにましました。否神宮側の非違怠慢を咎めさせ給ふ程であった。 　爰に当然�~宮復興こそ皇居の復興よりさし迫った当面の問題であり、又最も根本的な御政務となったのである。而してその御叡慮は�~宮奏事始の儀に於て最も明かに拝察する事が出来る。是れは�~宮伝奏が毎年祭主を経て上申されて来た�~宮の注進を奏達し、勅諚を窺ひ奉る厳粛な儀であるが、この奏事始の儀は重要な朝儀として　上に於かせられては最も慎しませ給ふ所であった。而してその奏事内容は常に次の三ヶ条に固定していた。 　今明応七年正月のものを例に挙げよう（実�骭�記明応七年正月十四日条）。 祭主伊忠朝臣申造替事　　同申�~領再興事　　　同申加級事 仰　別而早速可申沙汰　　仰　可仰合武家　　　仰　可令宣下 　爰に造替と�~領再興とが、�~宮復興の中心問題二大懸案として天聽に奏達せられる様になり御叡慮を悩まし奉る事となったが、天皇は是れに対し夫々裁許を与え給ひ、而して此の儀を畏み給ふ事は　後土御門天皇は明応七年正月御蟲気にも拘らず之を押して出御あらせ給ふた事（実�骭�記）又　正親町天皇は元亀二年奏事始のおそくなった時之を御催促遊ばされた事によっても明らかであり（京都御所東山御文庫記録）、而して一旦御裁許になった事項に関しては幕府を督促してその実現を期し給ふた事　天文七年の�~宮奏事始記の記事が之を物語る。 　�~宮奏事始の儀に於て斯の如くであるから、臨時の�~宮よりの注進に対しては痛く御軫念遊ばされ、それぞれ御処置を執り給ふたのである。洵に�~宮復興は朝政の重務であり、御歴朝の王政復古の御志の一つの表れと言ふべきであらう。 　かゝる御叡慮亦�~宮祠官達の志は、�~宮の威霊を認識し始めた民心に映ぜぬ筈はない。次に、先ず造替より、�~宮祠官の志は如何に現はれ、御叡慮如何に達せられて行ったかを、順を追うて明かにしたいと思ふ。 第二節　　正遷宮の復興 　内宮は明応六年、外宮は文亀元年、共に儲殿遷宮によって一時の急を避けたが、この假殿も次第に朽損するに至った。朝廷でも御軫念あらせられ（一）永正三年四月「大�~宮造営事　一向被打置之条　為天下国家以不可然」として女房奉書を以て幕府に造替を命じ給ふた。（二）幕府は費用を諸国守護に課す由を奉答したが実行は出来なかった。軈て朽損甚しくなったので（三）永正六年四月内宮�~主連署して「正遷宮之事者　大営而有日時逗留歟　急有造進假殿矣」と請ひ（四）外宮からも同趣の解状を上った様である。これにより内宮側は頻に解状を上り、（五）永正九年三月遂に「�~居御殿　定近々可顛倒歟　顛倒之儀　於当宮者　前代未聞也　�~宮如今者　爭治天下乎」と極言するに至り、（六）更に最近御即位式が行はせられる由であるがそれ以前に御事始めの�~事を行って�~慮を宥じ奉られ、然る後に挙式あるが至当であろうと奏上したから、朝廷では先づ内宮を造替する事を仰せ出されたのである。（七）然るに外宮側は、式年相等の故に外宮を先にせられるべきを請ひ、これより造替の先後争が起り、（八）その結果永正九年六月廿七日巡番相当外宮理運の裁許を下される事となった。之に対し内宮側からは猛烈な反対を試みた。（九）此時同年十一月内宮で玉串門蕃垣瑞垣等が炎上した。 （一）（二）宣胤卿記 （三）守晨引付 （四）壬生家四巻之日記 （五）守晨引付 （六）守晨引付 （七）応永以来外宮注進状 （八）大宮司家古文書･請符集 （九）大日本史料永正九･十一･十九条 　之は内宮側の新たなる口実となったので、祭主藤波伊忠は先後争ひを和解させる事とし、十年十･廿二付（一）幕府の御教書により、造替は同時遷宮は内宮先と定まったのである。（二）軈て永正十二年三月造伊勢大�~宮使補任され、（三）御用脚は二宮分共に細川高国が進上する事となり、更に遷宮日時も定められる運びとなった。（四）然るに先後争ひは再び起こり、遂に遷御は同日同夜外宮を三時計り先に行ふ事に決着し、永正十八年六月十三日両宮共に假遷宮が行はれたのである。 　（五）然るに先後争ひの結果、遷宮に当って祭主宮司は外宮にのみ参勤し、内宮は唯禰宜等計りで勤仕する事になったのは恐れ多い極みであった。又久しい退転の為（六）宮庫退転して御装束の目録なく、為に御装束の非違不足の加はった事は新たなる違例の端緒となったのである。然し細川高国の献資により兎も角も懸案の假遷宮を行ひ得た事は　�~宮側に一道の光明を与へる事となった。（七）細川高国は屡々参宮を遂げ�~宮を崇敬すること深厚な人であったが、�~宮の維持復興は斯の如き一般崇敬者の浄財に俟って可能であると云ふ事が、�~宮側の確信となり得たであらう。 　これより後十六･七年軈て両宮共に次第に朽損が見えて来た。茲に於て（八）天文六年外宮側は先づ造替を請ひ奉った。然るに（九）同年十一月末内宮では再び瑞垣玉垣荒垣炎上の事あり、十二月には�~殿内で怪事が起った。 　朝廷では非常に驚かせ給ひ、（十）翌七年二月直ちに女房奉書を以て造替を武家に仰せ出され、（十一）先づ勅使柳原資定をして恠事祈謝の為の一社奉幣のはからひを武家に命じ給ひ、七･一八造皇大�~宮使を補任あらせ給ふた。 （一）守晨引付 （二）大日本史料 （三）永正十八年内宮假殿遷宮記 （四）外宮遷宮召立記等 （五）永正天文外宮假殿遷宮記 （六）壬生干恒記 （七）後法成寺尚通公記ー四回 （八）（九）�~宮奏事始記 （十）御湯殿上日記 （十一）�~宮奏事始記 （十二）壬生家四巻日記 　（一）幕府は再三の催促により一社奉幣のみを十月廿九日になって奉行したが、造替の御叡慮には応へ奉らなかったので、（二）内宮側は直接江州の永原氏に請ひその寄進に依って造替を行ふ事となった。（三）之を知った外宮方は永正九年の綸旨御教書を楯にとり、天文九年三月外宮先たるを請ひ奉り、（四）五月になって内宮側更に佐々木六角殿に造進料を懇望するや、外宮方は直接織田信秀に運動し、（五）六月六日直ちに金子十三枚の献金を得、翌天文十年引続き合計七百貫文の献納を得た。（六）かくして外宮は天文十年九月廿六日内宮に先立って假遷宮を行はせ給ふた。（七）内宮假殿遷宮は翌十一年十二月一日になって行はれたのである。 　此度の用脚は従前の如く上よりの下行の形式を執るものでなく、�~宮側の直接交渉によって得られたものである事は、此間に於ける�~宮側の積極的な対外活動とその成果を物語るものである。（八）天文十一年十月廿六日荒木田守武より竹田我得に与へた書状の一節は、此の事情を明かにしてゐる。「内宮御遷宮御沙汰候へと都へ毎々注進申処　御大儀之由承　仰一禰宜何様にも調法可仕承候間　江州永原と申方を頼候　其も料足一度渡候いて去卯月二日御殿造立候へ共　于今御遷宮御延引候　重々注進申候処　十一月下旬かた可有遷宮候哉定候かくれ有べからず候　京都さへ御大儀候事勝手のみ御座候　其方ひろく御座候きこしめし分られ御合力有様に何様御かたへも御物語頼入候･･･」 （一）一社奉幣申沙汰記 （二）豊受皇太�~宮遷御近例 （三）外宮引付･�~宮奏事始記 （四）（五）外宮引付 （六）（七）外宮引付･遷宮次第記 （八）�~宮文庫 　今や�~宮造替の総ての用脚は、直接�~宮崇敬の特志家仰がねばならなくなった。而して�~宮側の交渉に対し、（一）信秀の如きは「諾を以て之に応じ、献金を非常な名誉としたと云ふ。彼は功によって三河守を宣下されてゐる。かくて�~宮崇敬の普及する所�~忠者輩出する道理、爰に�~宮復興の気運序々に起り来った。」 　而して此の気運は先づ外宮の正遷宮復興を齎らした。（二）天文廿年外宮側は造替要請の解状を上ったが、その理由は「内宮正遷宮以勧進聖可奉成御造営　有其聞」に対し、例の如く外宮先たるべしと云ふにあった。之は殿舎の朽損が理由であった従前に比し、大なる時勢の進運を示すもので、既に正遷宮復興の気運の起った事を物語る。 　是より先き勧進聖慶光院清順は（三）内宮に正遷宮の募資を申し出たが長官は之を謝絶した。そこで清順は外宮に之を申し出た。外宮側は一旦は拒否したが結局之を依頼する事とした。（四）清順尼は慶光院三世であって、既に天文十六年勅命を承って国家安全宝祚延長を祈って居り、同十八年には宇治大橋を架してその供養を行う等の忠厚の者であったから、（五）上に於かせられては外宮長官の注進により、（六）廿二年三月彼女に諸国に募縁して造替に務むべきを命じ給ふた。幕府も之に奉加すべきを諸国守護に下知した。（七）清順は勅を奉じて募資に務め天文廿四年二百十三貫余を頭工に付し、其後随時浄財を�~宮側に渡した。（八）山田の御師足代弘興も色々斡旋した。両人は資金の調達以外造営一般に関しても終始�~忠を抽んでた。 （一）外宮遷宮記 （二）外宮引付 （三）外宮遷宮記 （四）伊勢大�~宮古記抜萃 （五）（六）外宮引付 （七）（八）�~宮遷宮記 　（一）永祿二年には山之内大功間氏大久保氏は御萱を進納した。同六年には　上に於かせられては御奉加として金二万疋を清順に附し給ふた。かくして同年九月廿三日、百三十年目にして正遷宮の復興を見たのである。（二）清順は天朝より褒せられ、足代弘興は権禰宜従五位に叙せられた。（三）尼僧の尽力で正遷宮の復興を見た事は、�~宮側にも公卿にも不快とする者があったが、尼僧の身ですら�~宮を憂へる事斯の如くであって、勅命に感激して此の大事を成就した清順の偉功は没すべからざるものである。清順は更に内宮の正遷宮を復興させる志を持って居たが、間もなく没したので、四世周養が遺志を継ぐ事となった。 　是より先（四）永祿二年二月十九日内宮忌火屋殿等焼けたので、（五）朝廷に於ては造営の御思召あり。同九年三月十九日山口祭の日時定の儀を執り行はせ給ふた。（六）天皇は更に周養の勧化に応じて三百疋を贈ひ、又彼女の播磨豊後薩摩日向四国募緑に対して勅許の綸旨を下し賜はった。（七）永祿十二年上杉謙信は遷宮費を越後国内で棟別三銭課した。（八）元亀元年五月には勅して武田信玄･根来寺等に奉加せしめ給ふた。（九）同三 年九月には正式に周養に対し假遷宮の勧進を命じ給ふた。かくして天正三年三月十六日内宮假遷宮行はせ給ふ事が出来たのである。蓋し之は天下統一への波動に伴うもので、時代の波動の落付く処正遷宮の復興に及ぶは当然の勢であった。 （一）�~宮遷宮記 （二）皇年代略記･公卿補任その他 （三）惟房公記 （四）壬生四巻日記 （五）御湯殿上日記･言継卿記 （六）御湯殿上日記 （七）伊勢古文書集 （八）大日本史料 （九）大�~宮古記抜萃 （十）中山家記･遷宮次第記 　永祿六年正遷宮の復興をみた外宮は、（一）同七年正殿の御萱が朽損したので（二）同八年六月九日一時古殿へ假遷宮あらせられたが、（三）用脚は織田信長の寄進であった。軈て天正に入り殿舎次第に朽損して来たので、（四）天正八年十月外宮�~主は解状を上って正遷宮を請ふた。翌九年二月にも解状を上った。文中に云ふ。「於正遷宮御造替者　弥御武運長久四海ハ埏一統泰平之御祈　何事如之乎」と。天下統一を期待して式年復活の意志を表明したものであらう。 　然し御殿の朽損著しいので（五）外宮方は同年八月直接信長に用脚を依頼した。信長は直ちに之を承諾しなかったので、（六）取敢えず十月廿七日信長の子信雄の献資によって一時的に古殿に假遷宮が行はれた。然し式年遷宮の復活を意図する外宮側は（七）翌十年正月再び信長に交渉した。（八）茲に於て彼は直ちに之を承諾し、使者の上部泉永に家臣の平井久右衛門を副へて両宮の造営奉行とし、命を信忠に伝へて用脚三千貫文を交付せしめたのである。 　太田牛一の信長公記は、此時の信長の態度を次の様に述べてゐる。「何程之造作に而可調と御尋之処に千貫御座候はゞ其外は勧進を以而可仕と言上候　其時御諚には去々年八幡御造営被仰付候に三百貫可入と候つれ共千貫に余りて入申之間　中々千貫にて不可成候　民百姓等に悩を懸させられて候ては不入之旨被成御諚　先三千貫を被仰付　其外入次第可被遺旨に而･･･」内宮側の要求なきに拘わらず、両宮のことを考へた事と共に、その風格を想見せしめるものである。然るに天正十年六月信長は本能寺に斃れた。 （一）応永以来外宮注進状 （二）遷宮次第記 （三）�~社協会雑誌大西源一氏論文 （四）外宮天正遷宮記 （五）応永以来外宮注進状 （六）外宮遷宮記 （七）（八）外宮天正遷宮記 　上に於かれては、（一）翌年六月周養に勧進を命じ給ふた。（二）内宮側は七月正遷宮の執行を秀吉に請ひ、而して周養にその斡旋を依頼した。（三）秀吉は之を承諾し、十二年三月両宮分一万貫分としての金子五百枚と別に千石を寄進する事とし、先づ金子二百五十枚を上部大夫に交付した。 　わさと申候いせ御せん宮の事　すなはちおもひたち　まづ五千くわんの分に　きのふ弐百五十枚うはべにわたし　やうたい申ふくめ候てつかはし候　よろづうはべとそのはうだんがう候て　よきやうにさたあるべく候　なをなをくはしくかさねて申ヘく候　かしく　三月十七日　ひて吉（花押）周養上人（宛）面目躍如、茲に信長の遺志は秀吉に依って完全に継承されたのである。 　（四）かくて両宮は夫々六千五百貫、別に周養の勧進若干を以て造営着々と進められ、内宮は天正十三年十月十三日、外宮は同十五日に夫々正遷宮を見た。内宮に於ては実に百廿四年目の事であった。而して両宮正遷宮の復興は織豊両雄の別して篤き�~忠の賜物であったのである。斯くして遂に正遷宮は、形式的には一応の復興を見たが、此事は戦国時代以前とは逆に伝統復興の気運の起こった事を意味するものであらう。而して此の気運は正遷宮に於ても、総ての内容制度を正しい形に復興せしめんとする復古の精�~となって現れてゐる。 （一）慶光院文書 （二）�~宮引付 （三）慶光院文書 （四）天正十三年造営記 　それは（一）祭主藤波慶忠の書状に「大�~宮奉備御土器御�~事へ懈怠之由不可燃　如往古無相違様に有度候」とあるが如き、又（二）両宮遷宮の先後相論に於ても朝廷では「任往古之�~蹤内宮理運之趣被聞食」秀吉も之に同意し奉り、茲に先後関係が正常化した事の如きそれである。而して此の意識は此後更に著しくなった。 　（三）次回慶長十四年九月の両宮正遷宮に於ては、慶長十四年二月家康が造営料米六万俵を寄進するに当って天正の度は悪例であって、「如上代可沙汰」と云ふのが家康及び祭主の考へであり、又起った先後争に於ては外宮方の非分の望に対し、内宮方は論理整然正遷宮の歴史より説き起こして之を反駁して居り、朝廷に於ても判然之を裁断し給ふて居り、遷宮後の一社奉幣発遺の儀に就ては「如上代可有御沙汰」の原則より�~祇官の事が真剱に問題にされゐる如きはその一例である。 　然らば天正十三年の正遷宮に於て、その内実はどの様な復興を見せたのであらうか。（四）内宮側の記録によれば、前回寛正度のそれとの比較に於て用脚の不足を痛く慨歎し、理非なき時代の際で止むを得ぬが、洵に「時代之風俗恐々�~慮叵測」と云ってゐる。即ち用脚は決して十分ではなかった。況や諸殿舎別宮以下に及ぶ正式の正遷宮復興の為には遙に用脚が不足した。しかし当時止むを得ぬ事であって、織豊二公の�~忠は当時としては特筆さるべきものであった。而も用脚不足を歎く�~宮側に於てこそ復興の志弱く、眞の復興への用意が整へられてゐなかった。 （一）外宮天正遷宮記 （二）壬生四巻日記 （三）大日本史料 （四）天正十三年造営記･御遷宮記 　（一）それは殿舎の寸法を記した記録が長官方にも禰宜方にも失われた儘になってゐて、僅に作所に懇望して誤りなきを得たと云ふ一事を以てしても明かである。かゝる状態であるから居玉居殿の相違を齎したばかりでなく東西宝殿の位置及び向きを誤ると云ふ失態を来したのである。 　宝殿は正殿に次で重要な建物であるが、外宮に於ても永祿の正遷宮以来その向きを誤り、内宮に於ては方向だけでなくその位置も誤りを来した。此の事は必然的に瑞垣以下にも及んだのである。況や御装束以下の違例の改められる事もなかった。 　かくて「如往古」と云ふ理想が実現せられる為には、更に多額の費用と�~宮内部の自覚･学問の勃興に待たねばならなかった。況や国家の制度としての式年式月式日の規定は、未だ考察の対象とすらなって居らず、更に�~宮造替が勅命による国家の事業として行はれるべき、根本義への復帰には遙に距離があったのである。 　否徳川氏は豊公の形式は踏襲したがその精�~は無視し、山田奉行を以て一々正しい復興への努力に掣肘を加へたのである。 　かくて天正十三年の正遷宮復興は、長い復興運動の一結実であったが、それは未だ眞の復興を意味するものでなく、将来の眞の復興への端緒をなすものであったのである。 （一）天正十三年造営記･御巫清直氏「二宮宝殿位置考」 第三節　　�~領再興 　戦国時代以前には未だ多少残ってゐた�~領が、応仁文明以後に激減して行った事は既に明らかにした通りである。是れに対し�~宮側は出来る限りの手段を講じたが無駄であった。�~三郡押領に対する幕府の譴責さへ、国司に対しては無力であった（大乗院寺社雑事記）。茲に於て�~宮側は勢ひ御師として活動を強化せねばならなかった。而してそれは、戦国末期に及んで、地方武将の所領寄進を齎す事となったが、それらは悉く師職家に附せられたものであって、�~宮�~用に供される事は殆どなく、�~宮の経済的不如意は決して改善される事はなかった。然し乍ら�~領の再興は、かゝる風潮気運を背景として初めて緒に就く事が出来たのである。 　織田信長の出現によって天下は統一に向ひ、新時代への気運は漸く濃化する事になったが、此の気運は軈て�~領の上にも及ぶ様になった。信長によって伊勢に封ぜられた滝川一益は、先づ天正七年十一月�~宮側より伊勢に於ける�~領の本水帳を上申せしめた（内宮�~領本水帳･外宮�~税上分帳）。軈て北畠信雄（織田信雄）が伊勢長嶋に移って伊勢経営を始める様になると同様の要求を�~宮側に提出し、�~宮側は天正十一年八月同じく�~領本水帳を上申した（内宮�~領本水帳）此の事は領主として�~領に新しい安堵保証を与える為の準備であったと思はれる。然るに織田信雄は伊勢の�~領を収公して家臣に与へんとしてゐる由の噂が起った。外宮側は非常に驚き、同年九月書を信雄に送って�~領安堵を請うたのである（外宮引付）かくて信雄は十月八日付を以て二千五百貫文の地を両宮に寄進し奉った（藤波文書･大日本史料） 　　　目録 一、斎宮　　一、同上野　　一、竹河　　一、有爾中村　　　已上 右四ケ郷合貮千五百貫文　大�~宮内外　為御供料奉�~納畢　全社務不可有相違之状如件 　　　　　　　　　　　　　　　　　信雄朱印（文威加海内） 　天正拾壱年拾月八日 　　宮司殿　一�~主殿　同�~主中 　これは�~領が朱印高を以て武士によって保証せられた最初のものであった。然し此れは新しい寄附ではなく、伊勢に於ける�~領を一所に集めたものに過ぎない事は、先に上申せしめた�~領本水帳との比較によって明かである。 　軈て十二年正月秀吉は同地を蒲生賦秀をして管せしめたが、賦秀は同年十月朔日、同上の多気郡四ヶ郷の諸役免除を安堵したのであった（大日本史料天正十二・十二・一・）。然るに此頃になると各地に漸次検地が行はれる事となった。検地は地方残存の�~領にも及ぶは当然であって、その結果�~領は領主の支配となり、漸次�~宮との関係が切れる様になる事は�~宮側の新たなる慨きであった（応永以来外宮注進）。而して秀吉の文祿の検地も行はれる様になり、伊勢に於ては文祿三年に行はれる事となった。 　而して七人の検地奉行は北方より丈量しつゝ南下し、愈々宮川以東�~境の地に竿を入れる運びとなった。元来アジールを否定する此の検地は如何なる大社寺領にも及ぼされたのであったが、茲に特筆すべきは宮川以東の地に限り之を停止せしめた事である（文祿�~領検地沙汰文）。是は�~宮側の屡々に亘る懇請に依る所であるが、之を停止せしめた事は秀吉の�~宮崇敬の致す所であり、宮川より内は�~宮の敷地であるとの認識に基づくものであった。又秀吉は此件に就ての再三の交渉により、�~宮の経済的困窮を知ったので、検地免除の下附に先立ち先づ新地を寄進し奉った。　即ち文祿三年九月廿一日従前の二千五百石に百四十石を加えて二千六百四十石を両宮に、別に内宮に五百二十六石五斗の地を寄進した（文祿�~領検地沙汰文）。是亦�~忠と言ふべきであらう。 　然し乍�~宮の不如意は決して解消しなかった。�~宮敷地たるの故を以て免租の特典を得た広大なる宮川以東の地の住民は、本来ならば�~領民として�~役を奉仕すべきであった。然るに彼等は自治制を布いて寧ろ祠官に対立し、政治的にも経済的にも全く独立してゐたのである。されば内宮�~主は尚�~領の不足を訴え出たので、慶長元年十二月秀吉は斎宮社領出米九百石を両宮に寄進し奉ったのである（文祿�~領検地沙汰文）。茲に�~領は合計四千六十六石五斗となったのである。かくて�~宮経済は秀吉によって新しく保証せられ、兎も角も小康を得る事が出来た。而して此の総高は其の儘徳川氏に踏襲せられ、近世に於ける�~領石高の基礎となったのである。 　今信雄･秀吉の政策を見るに、一般社寺に対すると同様　散在の�~領を没収してその代償を与へる方策に出たものである。而して信雄の与へた総高は従前の伊勢国内の�~領の合計に相当し、秀吉の与へた全朱印高は大体全国のそれに当る積りのものである。然し秀吉の与へた総朱印高は伊勢以外の�~領に就て過少評価されて居り、従前の実収入より可成り少いものであったと思はれる。外宮注進によれば検地の結果千四石余減収になったと慨歎してゐる、内宮もそうであらう。固より一般社寺に比較すれば特別の待遇であった事は明瞭であるが、実質的に減収を来した事は確かなようである。されば厳重の�~事に充てられる費用は維然として過少を免れなかった。 　遙か後の例ではあるが、今これを元祿九年の覚え（�~宮文庫蔵�~領帳）によって検するに、当時両宮の御朱印高は三千五百四十石に減少してゐる。その内内宮給人持高は合計千八百九十四石四斗六舛余であって、その大部分は長官以下祠官の家料に配分され、二百二十石弱は寺院に寄附したり買収されたり御師の預りとなってゐて、�~事料に宛てられた高は僅に二十一石一斗五升に過ぎず、外に二十七石が�~宮雑用に充当されてゐるに過ぎない。斯の如き状態にあっては祭祀を復興厳修し、�~宮の本務を全うする事は出来ない。されば�~宮内部に眞の自覚がおこり、�~宮の本格的復興が期せられる為には、�~領再興は一層切実な問題となるのであった。然し徳川幕府は何等の誠意も雅量もなかったのである。 　かくて�~領再興は信雄によって緒に就けられ、秀吉によって一応の成就を見た。而して此の両人の処置は当時としては適切なもので、大いなる�~忠の志に出たものであった。是によって�~宮の経済は新しく保證せられ安定するを得たのである。けれどもそれは、実質的には決して再興と云ふに価ひするものではなかった。況や�~宮側が要求する如く「以勅命�~領令寄附給者」（応永以来外宮注進）と云ふ�~領本来のあり方には遙に距離の遠いゝものであった。その為には総てが御叡慮によって裁決せられる眞の王政復古を了する事が必要であったのである。 　以上兎も角、信長によって打ち出され秀吉によって一応の完成を見た近世初頭に於て、而も此の両公の力によって、永い間の懸案であった�~宮復興は一応の成就を見た。それまでには長い間の祠官の眞心･御師の活動・慶光院の斡旋･地方武将以下特志家の�~忠が見られた。 　而してそれは御叡慮によって指導され、この御光によっての実現であった。即ちこれは　皇室に於ける王政復古の御運動の成就であり、微温的ながら国民精�~の自覚によって齎されたものである事明かである。されば此の復興成就の背景には、思想的なる国民精�~の復興が見られねばならぬ。而してそれは�~宮観に於て最も端的に表明せられるものである。 　次に�~宮復興の力となるべき、中世後期の�~宮観の純化を一瞥したいと思ふ。 第五章　　�~宮観の純化 　中世に於ける�~宮観の混乱は、主として仏教に依って惹き起された。又それを批判した度会�~道からも齎された。而してそれらは夫々中世に於ける最高権威と見做され、学界思想界に支配的な影響を与へたのである。 　然し鎌倉時代末期から、度会�~道の精髄を承けて次第に破邪顕正が行はれる様になった。而してその最も鮮かなものを、先づ北畠親房公の所論に見る事が出来る。「大日本者�~国也　天祖始基ヲ開キ　日�~永ク統ヲ伝ヘ給フ　我国ノミ此事アリ　異朝二ハ其類無シ　此故二�~国ト云也」（白山本）と�~皇正統記の劈頭に喝破された北畠准后は、此の血史に於て天照大�~を説かれること最も懇切丁寧である。 　蓋し王政復古に一命を傾け尽された公が、その指導原理を元々本々国体の根本に求められ、而して国体の本源を天照大�~に於て把握認識せられたからであると思ふ。されば久しく忘却せられてゐた天壌無窮の�~勅并に三種の�~器は、総ての根本として力強く復活し来り、此の国体観の上より�~宮の本質を明かにされてゐるのである。従って当時の誤れる�~宮観に関しては苟くもせず、名行に係る所を考へられ、一々之を闢破する用意に出て居られる。 　先づ天照大�~は大日の垂迹であるとする仏教による混乱に対しては、「我�~（天照大�~の意）大日ノ霊二マシマセハ　明徳ヲモテ照臨シ給フ事陰陽二オキテハカリカタシ。冥顕二ツケテ憑アリ。君モ臣モ�~明ノ光胤ヲ受ケ　或ハ正シク勅ヲ受シ�~達ノ苗裔也。　誰カ是ヲ仰キ奉ラサルヘキ。此理ヲ覚リ其道二タカハスハ内外典ノ学問モ爰二極ルヘキ二コソ」（天忍穂耳尊条）と言って先づ天照大�~は大日の垂迹でなくして、逆に大日の魂であり本質であるとして本迹関係を逆転せしめ、更に一般の迷妄幣風を衝いて�~宮尊崇観念の自覚を迫って居られる。 　又一部に於ては夙に支那学によって天照大�~観に混乱を来してゐたが、之に対しては「異朝ノ一書ノ中二日本ハ呉太伯カ後也ト云　返々アタラヌ事也。昔日本ハ三韓ト同種也ト事ノアリシガ　彼書ヲ桓武ノ御代二焼ステラレシ也。天地開テ後　素戔鳥尊韓ノ地二イタリ給キナント云コトアレハ　彼等ノ国々モ�~ノ苗裔ナラン事アナカチ二クルシミナキ二ヤ。ソレスラ昔ヨリ用サル事ナリ。天地�~ノ御末ナレハ　ナ二シ二カ　代クダレル呉太伯カ後二アルヘキ」（応�~天皇条）と截然之を否定して居られる。 　かく仏儒二教による思想の混迷に対し、又度会�~道すら、大�~託宣を停めて教を如来に譲り給ふの論を説いた時、准后は次の如く大道を啓示された。「応�~天皇ノ御代ヨリ儒書ヲヒロメラレ　聖徳太子ノ御時ヨリ尺教ヲサカリ二シ給シ　是皆権化ノ�~聖二マシマセハ　天照大�~ノ御心ヲ受テ我国ノ道ヲ広メ深クシ給ナルヘシ」（第二代天忍穂耳尊条） 　斯の如く親切に破邪顕正を行ひ、�~宮の本質を明かにして来られた力は洵に偉大な光明であった。唯豊受大�~を天租天御中主�~とする度会側の説に対しては、「天孫瓊々杵尊此宮ノ相殿二マシマス」と云ふ宣伝に誤まられ、正しく批判し得られなかった事は惜しむべき事であった。（雄略天皇条参照） 　是れより�~宮観は次第に純化の道を辿り来ったが、中世末期の思想界に君臨し、影響する所の大きかった吉田�~道に於て之を一瞥したい。 　仏教の本迹観に対し、天地開闢に先行する絶対界（混沌･機前）に宇宙の元霊（大元�~）を認め、之を�~の本躰となし、之より一元的に�~宮観を導いた度会�~道を承け、之を一段と発展させたのが兼倶によって大成された吉田�~道であった。 　�~道由来記によればこの�~道にあっては「�~とは常の�~に非ず、天地に先立てる�~を云ふ」のであるが、それは同時に宇宙に遍満する絶対の本躰であった。而して之を人格�~即ち信仰の根本対象に見立てゝ「此を虚無大元尊�~と名」づけ吉田の祭る根本�~としたのであるが、その場合、此�~を古典の国常立尊に当てたのであった。 　即ち世界の�~･宇宙の支配�~たる大元尊�~は日本に本拠を置き日本に体系を垂れられたのである。茲に我国は万国の根本、�~道は万法の根源となり、儒仏二教は�~道の分化に過ぎず、釈迦も孔子も日本の�~の教示によって出現されたものとなった。かくて儒仏二教を脚註とする�~道本位の一元説が出来上ったのである。而して此の見地を基として次の如き天照大�~観が主張されたのである。「国者是�~国也　道者是�~道也　国主者是�~皇也　租者是天照大�~也　一�~之威光　遍照百億之世界　一�~之附属　永伝万乗之王道　天無二日　国無二主　故曰�~在天之時　月星不双光」（唯一�~道名法要集） 　爰に�~宮の本質は明かにされ、その本源は宇宙の根本�~に基づけられたのである。斯の如きであるから�~宮に本地仏を立てる説の如きは断じて執る所でなかった。二十二社註式によれば、天照大�~の条にも豊受大�~の条にも。夫々「兼倶云　无本地沙汰」の註が加へられてゐるのである。而して外宮の祭�~に就ては、豊受大�~を天照大�~の御食津�~であると認識してゐる事は一段の純化であり進歩であると思はれる。 　以上の主張は後の吉田兼右に於ても之を徴する事が出来る。彼の著「�~祇正宗秘要」に依れば「先ツ�~ノ宗庿ハ天照大�~宮ト八幡宮ト也　社稷ノ�~ハ此二�~ノ余社ヲ云也　　･･･シカル二･･･　吾国者千界源ト万国ノ為元　故二以此�~千界ノ為宗庿其余�~ヲ万国ノ定社稷也」の主張が行はれて居り、亦仏者の本地垂迹説に対しては、之を転用して「天照大�~ヲ為本地伊勢大�~宮　為垂迹」と云ひ、更に両宮関係に於ても内宮の方が御位の高いことを認識して居る。 　斯の如き主張は、古典の研究に依って齎された所であるが、同時に時代の要求に棹し時代の風潮を代表したもので、当時の�~宮崇敬普及の現象と表裏をなすものであると思はれる。而して此等の主張は国家的自覚であり、伝統精�~の復活であって、政治的には王政復古の指導精�~となり、近世を生み出した力の一つとなったと思はれる。 　然し乍ら吉田�~道もその意欲にも拘わらず、内実は未だ仏教の支配から脱却し得ては居なかった。それは�~祇正宗秘要に見へる�~宮観に関はる次の説によって明かである。「法性ノ�~者法身ノ如来同躰二テ而今ノ宗庿ノ内証是也」「天照大�~八幡大菩薩等�~ノ仏ト云テ衆生ヲ利益スルヲ権現者ノ�~ト云也」即ち中世的学理を超克して、眞に�~官の本質を明かにするには至って居ないのである。かくて吉田の説は一段と純化を要求せらるべきものであったのである。 　中世末期に於てはかゝる伝統精�~の復活と共に、儒教特に宋学の発達が目覚ましかった。此の風潮は僧儒の間に�~儒仏三教合一の思想を普及させる事となったが、それも軈て儒教本位に論ぜられる事となった。而してこの風潮に沿って�~宮観にも大きな変化が齎される事となった。 　其の代表を藤原惺窩に見得る。千代もと草に曰く「天照大�~は日本の主なれとも宮作りは茅葺なり。御供は黒米なり。家居を飾り給はず。食に珍しきものを整へすして天下の万法をあはれみ給ふ。･･･�~道には正しきをもはらとして万民をあはれむを極意とするなり。」と。即ち大�~は正しきをもはらとし万民をあはれむ�~道の元、日本の主となったのである。而してその�~道は次ぎの如き意味に於けるものであった。「日本の�~道も、我心をただしうして万民をあはれみ慈悲を施すを極意とし、堯舜の道もこれを極意とするなり。もろこしにては儒道といひ、日本にては�~道といふ、名はかはり心は一なり。」 　即ち彼の�~宮観は王道を媒介とする、即ち儒教の立場に立つ�~儒合一の思想に基づくものであった。従って爰には皇祖�~としての自覚はなく、王道の源君徳の基準としての認識があるばかりであった。かくて仏教的に祈祷の対象であった�~宮は儒教的に道徳の本源と考へられる様になったので、必然的に中世を通じての�~宮信仰は否定せられねばならなかったのである。「こゝろだに誠の道にかなひなば　いのらずとても神や守らん　誠の道とは天道の誠なり。神仏に金銀を進上して我身のうへをいのる事　おろかなる事の第一なり」（千代もと草） 　此等の主張は中世思想界に対する画期的な批判と云ふ事が出来よう。 　藤原惺窩の思想は林羅山によって継承発展させられた。彼は師説を一歩進め、三教合一の立場より超出して遂に仏教と訣別し、更に根本的に之を否定するに至った。従って神仏習合・本地垂迹の説は仏教の所産として痛く排撃される事になったのである。彼は本朝神社考序に曰く。「夫本朝者神国也　神武帝継天建極已来　相続相承皇緒不絶王道惟弘　是我天神之所授道也　中世寝微仏氏乗隙移彼西天之法変吾東域之俗　王道既衰神道漸廃　而以其異端離我而難立故設左道之説曰　伊弉諾伊弉冄者　梵語也　日神者大日也　大日ノ本国ナルガ故名曰日本国　或其本地仏　而垂跡神也　大権同慶　故名曰権現　結縁利物　故曰菩薩　時文王公大人国之候伯刺史信伏不悟　遂至令神社仏寺混雑而不疑巫祝沙門同住而共居　嗚呼神在而如亡　神如為神其奈何哉･･･庶幾　世人之崇我神而排彼仏也　然則国家復上古之淳直民俗致内外之清浄　不亦可乎」と 　かくて中世思想界に君臨してゐた仏教は、彼によって始めて決定的に否定され、従って中世を通じて支配的であった仏教による神宮観の混乱はーその克服は中世神道家の懸案であったがー神仏分離によって一応の解決を得る事が出来た。而して彼を大宗と仰ぐ近世思想界では、此の問題は漸次徹底した解決へと向ったのである。 　然らば斯の如き神仏分離の主張は如何なる原理に拠るものであったか。それは惺窩の場合と同様、神道の衣を着た儒教であったのである。是に於て彼に顕正を期待する事は出来なかった。否定した神宮観に代るべき正しい神宮観の宣明を求める事は出来なかった。寧ろ此の門流からは神宮の本質を認識し得ぬばかりか、新たなる混乱を起こす者さへ出て来たのである。万治三年度会延良の「神宮秘伝問答」に云ふ。「外宮ハ后稷ノ御廟ナラン歟」と云ふ説は「内宮ハ太伯ノ御廟」と云ふ過去の儒説に対応する新しい儒説であろう。 　茲に於て伝統の精神は強く復活すべきであった。本地垂迹説も之によって克服せらるべきであった。又新たなる儒教による混乱も之によって批判され、眞に神宮の本質が明かにさるべきであった。かくて不徹底であり雑駁不純であった伊勢神道吉田神道が、史的批判を経て復活継承される事となり、更に度会神道の持つ謬説は国学によって批判され純化されねばならなかった。 　これを要するに、神宮観の混乱は中世の中頃より次第に批判せられ克服せられつゝあった。而して不徹底雑駁ながら神宮の本質を把握し之を宣明せんとする意識は次第に強くなりつゝあった。此事は国を危機から守り之を復興せしめる力となり、神宮の衰微を復興へ赴かせる所以のものであった。然し未だ眞に王政復古の力となり、神宮の本質を宣明する程に純化せられてはゐなかった。加え新しい混乱さへみられた。茲に於て眞に国家を正姿に還し神宮をして神宮たらしむべき神宮観の純化即ち正学の興隆を必要とした。 結言 　中世は誠に暗黒の時代であった。それは末法説や百王説の権威を有する時代であった。果して闘諍堅固の時代　軈て　皇統絶えて国家滅亡すべしと思はれる時代は訪れた。応仁後記は次の如く言ふ。「諸国ノ騒動諸所ノ戦乱凡ソ日本六十余州前代未聞ノ戦国ト成ケレハ諸人一日モ安堵ノ思ヲナス者無シ」此の絶望すべき時に何の道義であらう。人々は利己に赴くか然らずんば世を儚み後世を祈った。 　かくては総ての権威はその力を失はねばならぬ。天壌と共に窮りあるべからざる　皇統すら　前途は絶望である。爰に皇室の存在し日本国の滅びざる限り、絶対の存在である神宮もその全きを保する事が出来なくなった。 　先づ万世と祈る斎宮廃絶し、不易の宣旨を以て寄せ奉られた神郡滅亡し、万代更新の式年運営も絶え、剰へ神殿は屡々灰燼と化した。今や御神躰は僅に祠官数輩の手を以てのみ守護せられねばならなかった時「二宮ノ神恩頂戴シテ身二余ル故二　命ハ義二依テ軽ケレバ　尊崇ノ礼儀肝二銘シテ忘レザルカ故二　争カ神明ヲ捨奉テ　山中二モ入海上二モ浮ヒ給ヘキ」（通海参詣記）と言ふ二百年前の戒めは現前に破られ、牢人流離する祠官が出てくる有様となった。加え一般思想界に於ては神宮の権威も本質も夙に仏教の為に滅却され否定されて居り、人々は眞の崇敬を失ってしまった。 　国の秩序乱れてだに、公の保護はなくなり人々は利己に赴いて神宮の衰微は極まるのである。まして国民の神宮観混乱して、神宮は如何にして保全するを得よう。陽復記は云ふ。「心を虚にして味へて見よかし、両部習合は強て合せたる物なり。それを世の人さとらぬ故に、日本国の神社は次第々々仏氏のはからひとなれり･･･中略･･･我神宮領も世々経て仏寺のみ盛になり、末社などは名のみ残て、畑と成田にすかれけるにや、あとかたもなく其所心造にしれる人なきも多し。かく成もてゆくも何ゆへぞ、神道と云名をだに知人もまれなり･･･」 　然し神宮は遂に滅亡する事がなかった。否、神宮は軈て五十年百年にして復興の緒に就いたのである。此の奇蹟は抑々如何なる力によるのであるか。茲に先づ神宮崇敬の国民的普及を一瞥した。即ち古来国家的崇敬の対象であった神宮が、此の戦国動乱の時代に於て国民的信仰の対象となられたのを見た。此事は国民の精神生活に於て新たに神宮の威霊の畏まれて来た事を物語るもの、御神徳の民心への光被と云ふ事が出来る。而してこれは衰微の極にある神宮を支え、之を救ふ有力な力となるものであった。 　然し乍らその多くは神宮の本質を滅却した私的信仰であったから、決して眞の復興の力となるものではなかった。然らば神宮の維持復興は如何にして成し遂げられたか。是を神宮復興の経過に於て眺めた時、そこには先づ極く少数ではあったが、復興の志に燃える祠官、君辱めらるれば臣死すの気魄を持つ祠官のあらはれたのを見る事が出来た。之が或は衷情を上に訴え、或は御師を活動せしむる直接の源動力であった。 　然し之だけで神宮を復興せしめる事は出来なかった。吾人は最後に眞に神宮を畏み、神宮を憂ひ給ふ唯一の御叡慮を拝察する事が出来た。それは国の為民の為に亦唯一の　皇統の為に、偏に神慮を仰ぎ給ふ御叡慮であった。茲に神宮の現状は何よりも御叡慮に堪へさせられぬ処となった。茲に於て深く御神慮を畏み給ひ、或は誠意なき幕府を励まし、或は志ある慶光院に勅を賜って勧進を命じ給ひ、或は広く武将寺院に綸旨を下して奉加を命じ給ひ、或は御式微の極にあらせられ乍ら多額の御奉加あらせ給ひ、神宮復興運動の中心に立たせ給ふたのである。 　此の御叡慮が漸く神宮を認識し始めた民心に通ぜぬ筈はなかった。爰に祠官は一段と神忠を励むを得、慶光院は感激して募縁に務め、国民之に応じて夫々赤心を表はし、以て神宮復興の御運動を扶翼し奉ったのであった。斯の如くであるから、戦乱打続く間は何事も僅かにしか御叡慮に副ひ奉る事が出来なかったが、軈て天下統一し国の秩序恢復された時、神宮は一応の復興を見たのである。 　かくて戦国時代　皇統を守護し給ふ力は唯一の列聖の御聖徳であった如く、神宮にして滅亡する事のなかったのは、偏に御聖徳の力･国体の余光の然らしむ所と云ふべく、その復興は列聖の崇高なる御叡慮に依ったのであった。 　然し乍ら此の御叡慮に副ひ、御運動を扶翼し奉った力を更に深く探るならば、是を神宮観の純化に見る事が出来ると思ふ。神宮崇敬の普及した事は、神宮観の混乱のまゝでも神宮を支へる力とはなり得た。しかし神宮の復興は此の間に於て次第に神宮観が純化し、その本質その権威が力強く民心に浸透した処に求められねばならぬ。即ち中世末に於ける神宮観に於て、国体の自覚伝統への意欲が見られるが、これが人心を宗教的には神宮へ、政治的には皇室へと向はしめ、こゝに神の為君の為忠誠を捧げる力が出て来たものと思ふ。 　斯くして織田氏豊臣氏の出現によって神宮は一応の復興を見、御叡慮に副ひ奉る事が出来た。これは長き運動の一つの結論であった。然し同時に緒論であった。其処には未だ眞の復興を見出す事が出来なかった。造替に於ても、神領に於ても、而して最も重要なる祭祀は未だ復興の志さえ見られなかった。之は神宮側の不満であり、御叡慮亦安んじ給ふ所でなく、況や御神慮快然たり得ぬ事明かである。加え徳川氏は御叡慮を無視して眞の復興を掣肘する態度に出た。而してその態度は林家の学問･林家の神宮観に由来するものであったと思はれる。是に於て神宮をして眞の神宮たらしめる為には、先づ林家の学問を批判し正しき学問正しき神宮観が宣明せられねばならなかった。而して後に国体が本然の姿に還った時　神宮は御叡慮によって正しく復興され、神慮初めて快然たり得るのである。 　かくて上代末より三百年四百年に亘って衰微した神宮は、列聖の御叡慮と特志家の神忠により、近世初頭に一応の復興を見たけれども、眞の復興は更に三百年を待たねばならなかったのである。 註は史料名のみにとどめた。史料集は四四二ページに及ぶ膨大なもので採録不通と判断 本稿は二回に分けて史学雑誌に発表するよう平泉先生より指示を受けながら、宮地教授より託された出雲大社史料収集に没頭して書き直しの暇なく、そのまま入営して発表の機を失して今日に至る。残念 附　神宮に対する私的信仰に就いて　昭和十五年十月 　自己の幸福のための神宮崇敬は無意義なり。眞の幸福は天皇･国家を祈り、それにより国家が本然の姿になる事によってのみ齎らされる。天下天朝を祈ってのみ眞の敬神の意義あり。これが立前なり。 　祭祀も奉幣も祈祷も本質は一つでないか。祭祀は恒例祭と臨時祭に分けられる。臨時祭は〈一）皇室の大事に関する奉幣（田奉幣･御不例祈願）（二）国家の大事に関する奉幣（天変地異其他）（三）神宮の大事に関する奉幣（造替･変異）に分けられる。この内、戦国時代に行はれた臨時祭の〈一）は一社奉幣で、朝廷で儀式を行って使を出して奉幣が行はれたが（二）（三）は若干の例外を除き実際には祈祷のみで、奉幣が行はれていなかった様に思はれるが如何。三時祭の奉幣が出来なかった当時、臨時の大事とは云へ実際の奉幣は行はれず単に上の思召を奉じて神宮側が御祈祷するだけではなかったか。此の意味で奉幣･祈祷を広義の祭祀の一つの場合と考へれば、これらの事は皆上御一人の計らひによってなされる本質的には一つの事ではないか。 　唯是等の事は上の思召によってのみ権威がある。即ち祭祀の大権は上御一人にのみあって下々の僭すべき事でないと云ふ事である。たとへ国家を祈るとは云へ幕府が勝手に祈祷を命ずる事は誤りである。若し祈祷の要ありと認めれば上に奏し上の思召でなすべきである。私幣私祷は乱世で国体が忘れられた時の事である。私幣の禁は参拝の禁ではない。下々に許される事は参拝して心中で天朝天下を祈り奉る事のみである。 　近世初頭に於ける神宮復興は正しい復興ではない。私的信仰の所産であって天皇の手によるものでない。従って眞の復興は明治維新によって実現したのであるが、明治以降果して私幣私祷は根絶しありや。 以上平成十四年八月二十一日　勝彦五年祭に向け作成　啓之

卒業論文-３　　　平成9年（1997）.11.27　帰幽