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仲尼弟子列伝（2）
公冶長は齊の人、字は子長。孔子曰く、長は妻（めあわ）す可し。累紲の中に在りと雖もその罪非ず。以って其の子之に妻す。（公冶長篇）
南宮括、字は子容。孔子に問いて曰く、羿（げい）は射を善くし、奡（ごう）は舟を盪（うご）かす。倶（とも）に其の死然るを得ず。禹（う）・稷（しょく）は躬（みずか）ら稼して天下有り。孔子荅（こた）えず。容出る。孔子曰く。君子かな若人。德を上げるかな若人。（憲問篇）國に道あれば、廢せず。国に道なくば刑戮を免れる。（公冶長篇）白珪の玷（てん）を三復す。（先進篇）其の兄の子を以って之に妻す。（明治書院）
累はつなぐ紲は牢につなぐ縄、公冶長は鳥が死人をついばみにゆく相談をしているのを聞き、行方不明の幼児の所在を家人に伝えたのであるが、逆に殺人の嫌疑で投獄され、鳥のことばの分ることが実証され放免されたという話が伝えられている。（義疏＜論釈の引用＞）
羿は10個の太陽のうち9個を射落としたとされる弓の名手であるが家来の寒浞（かんさく）に謀殺される、奡は羿の夫人と寒浞の子、陸地に舟をゆかす力の持ち主、後に夏の少康に誅せられる。まともな死に方をしていない。禹は全土を覆う洪水を自ら治めて夏を開き、稷は穀類を植えることを始めて周の遠祖となった。稼は穀類が稔ること、ともに自ら農耕にたずさわり民を益し天下を有した。この故事を問われた孔子は何も答えず、子容は子容で退出してしまう。問うとあるが問いでないので何も答えない。それが分っているので答えを求めず立ち去ったのである。その子容を孔子は君子と云い、また、徳の価値を上げる人とも述べた。
廢は投げ捨てられてたえること。刑戮は刑法によって罪人を罰すること。禹・稷の世なら捨てられることなく、羿、奡の世でも罪人となることのない心構えがある人間。白珪は「詩経」大雅の抑篇の句、「白き珪（たま）の玷（か）けたるは、尚お磨く可きなり、斯の言の玷（か）けたるは、為す可からざるなり。」（玷（か）けるはきずのつくこと。玉のきずは磨くことができるが、言葉のきずはなしてはならない。）己の言葉に三復する人間が子容と司馬遷は解説する。
孔子は子長に自分の娘を嫁がせ、兄の娘を子容に嫁がせた。曲礼に
男女は雑座せず（別々に座す）。椸枷（衣かけ）を同じくせず。巾（手拭）櫛（くし）を同じくせず。親授せず（自ら受け取らず）。嫂叔（兄嫁と兄の弟）問を通ぜず。諸母（父の正妻以外の母）裳を漱（洗わ）ず。外言は梱（門の内外の仕切）より入らず。内言は梱より出ず。女子許嫁（両方の親が取り決めた結婚の約束）して纓（五色の紐、婚約した女子のしりしの頭飾り）すれば、大故（重大な訳）有らざれば、その門に入らず。姑（父の姉妹）、姉、妹、女子、子すでに嫁ぎ反れば、兄弟與（とも）に席を同じくして坐さず、與に器を同じくして食さず。父子席を同じくせず。男女行媒（媒酌人）有らざれば、名（本名）相知らず、幣（結納）を受けざれば交わらず親しまず。故に（婚礼の）日月以って君に告げ、齋戒（心身を清め、食を慎み、汚れをさる）以って鬼神に告げ、酒食を為して以って郷党僚友を召し、以ってその別を厚くする（結婚したことを周知する）。妻を取るに同姓を取らず。故に妾を買うに其の姓知らずば、則ち之を卜す。寡婦の子、見（みどころ）有らざれば、與に友と為さず。妻を取る者を賀すは曰く、某子某を使わし、子に客有りと聞き、某をして羞（すすめ）しむ。貧者は禮を為すに財貨を以ってせず、老者は禮を為すに筋力を以ってせず。子に名す（名前をつける）は、國を以ってせず、日月を以ってせず、隠疾（隠れた病）を以ってせず、山川を以ってせず。男女長を異にす、男子二十、冠し字す。父の前は子名、君の前は臣名す。女子許嫁し、笄（こうがい：かんざし）し、字す。とある。
嫁ぐといっても、平成の世に生きる人の常識と上記は異なる
。人は生まれると名をつける。白川静氏によれば、名とは夕（肉）と口（祝詞を入れる器）、祭肉を供え祝詞を奏して、命名の儀礼を行なう字、生子はこれによってはじめて家族、氏族の一員としての資格が与えられる。（漢字の世界:東洋文庫）
名は実体の一部、実名を知られることは、実体であるその人格にも支配が及ぶ。名を知られることは、呪詛の対象ともされる恐れがあり、常には字（あざな）を用いた。実名を忌むことから、実名は諱（いみな）ともいう。男は二十歳で冠（成人）し字があたえられ、女は結婚して（15歳から）笄し字が与えられる。男の字に子を付ける（子長、子容）のは殷の風習とされる。
男が女に名を問うても、女はこれを秘す、名を告げることは、相許すことを意味した。「儀礼」の「士昏礼」によれば、婚儀は、まず夫家より納采として雁を礼物として贈り、ついで女子の名を問う。婦家ではその使者に酒食を出して接待する。夫家ではその凶吉を卜してまた納吉に雁を贈り、婚約のしるしに結納として織物十端を届ける。女子は許嫁してのち笄して字を称し、三ヶ月にわたって婦としての心得を教えられる。こうして日取りをきめ、親迎の準備ができると、夫が自ら婦をその家に迎える。いよいよ婚礼がはじまり、酒食を祭り、それぞれ三爵し礼を終わる。その翌朝早く、婦は夫の両親に挨拶する。そして、両者の間に、また酒食の礼が交される。みな共餐の意義をもつ。入嫁後三月にして、はじめてその家の祭祀に参加する。（漢字の世界）
宗家の繁栄は自らの繁栄 、先祖の祭りを絶やさず、子孫を絶やさぬことが根本にある。結婚がそれを可能にする。同族結婚は種の劣化を招くと判っているため、同姓間の婚姻を避ける。平成の世に至り、孔家はなんと300万人の広がりを維持しているといわれる。妾腹の子であれ、工夫をして同姓を避ける。実のところ、色に抗えず、この掟が破られることがあった。不義密通は珍しくもない。男と女の交わりに節度、礼を定めるが、仏陀のごとく生まれことの因、交わりを断つことを目指すことはない。交わりなくして子孫の繁栄はない。
｢色を好むように徳を好むものをみたことはない。｣（子罕篇）色はク（人）と巴（卩）からなる。卩は人がひざまずく様。犯は獣と卩からなり、獣と交わるが原義。尾は獣と獣の交わること、交尾。したがって色はひざまずき交わるが原義（漢字の世界）。色はまた容姿の良い婦人を指す。色を好むは人の性（生まれながらに持つ心）也。
公晳哀、字は季次。孔子曰く、天下行ない無し。多くは家臣となり都において仕える。唯、季次未だ嘗て仕えず。（公冶長篇）
曾蒧（そうてん）、字は皙。孔子に侍す。孔子曰く、爾の志を言へ。蒧曰く、春服既に成り、冠者五六人、童子六七人 沂(水)に浴し、舞雩に風し、詠じて歸る。孔子、喟爾として歎じて曰く、吾は蒧に與（くみ）す。（先進篇）
顔無繇（よう）、字は路。路は顏囘の父。父子嘗て各々時を異にして孔子に事す。顏囘死す。顏路貧し。孔子に車以って葬すを請う。孔子曰く。材不材、亦（また）各々その子を言う。鯉や死す。棺有りて槨無し。吾之を槨に為すに徒行せず。吾、大夫の後に從うに、徒行を以ってべからざる。（先進篇）（明治書院）
天下無行、多為家臣仕於都とは実に寂しい心境である。季次は「國に道有るに穀し、國に道無くして穀すは恥なり」これを実践した人間という。
曾蒧は曽點ともされる。先進篇では子路、冉有、公西華も孔子に侍し、各々自分ならかくのごとくして国の政や祭を行なうと抱負を述べるのであるが、皙はちがった。春服は春の装い。冠者は成人。沂水は魯の曲阜の郊外を流れる川、沂水の城門に接した所に雨乞いの台がある。雨吁は雨乞い。風は元来は鳳で鳥が神意を伝える義。儒とは雨乞いをする男巫。詠じるものは詩か。春の装いで、若者を引き連れ、川で禊をし、雨乞いの舞で神意を伺い、詩を詠じて帰る。喟爾はため息をつく、感心する義。皙と一緒したい、韶を聞いたときあまりのことに三月肉の味が分からなかった、という孔子らしい反応であった。
顏囘の父が顔無繇、顏路。孔子も子の鯉を亡くした。二人は、材（才）にせよ不材(顏囘を才鯉を不才)にせよ子を亡くした。槨は棺を容れるもの礼記檀弓上第三に「孔子が中都で四寸之棺、五寸之槨を定めた」とある。先進篇では顏路も槨を作るために、孔子に車を請うている。孔子は、鯉の時も槨のために車を手放すことはなかった。大夫の後に従うとは、大夫を務めた者としての義、徒歩では礼を失するとなす。孔子が中都の宰となったのが52歳であった。槨を用意することも礼であろう。顏囘の葬儀に関しては、先進篇に門人が厚く葬らんとするのを孔子が不可としている。しかし、門人は厚く葬った。孔子は「回は予を父と視ていた、予は回を子と視なし得なかった。（厚く葬ったのは）我でなく門人である」と歯切れの悪い物言いをしている。門人は孔子の一番弟子として、孔子に相応しい葬儀と考えての厚い葬儀としたものであろう。葬儀を重んじる孔子であり、門人の行動は当然と思われる。孔子もそれに列席したであろうが、内心、顏囘の葬儀には相応しくないと気恥かしい思いをしている。子を失った父としての気持ちで葬儀に臨めなかったことを悔いる孔子であった。
商瞿（しょうく）は魯の人。字は子木。孔子より少きこと二十九歳。孔子易を瞿に傳う。瞿楚人馯臂子弘（かんぴしこう）に傳う。弘は江東の人矯子庸疵（けうしようし）に傳う。疵は燕人周子家竪（しうしかじゅ）に傳う。竪は淳于（じゅんう）の人光子乗羽（じょうう）に傳う。羽は齊人田子莊何（そうか）に傳う。何は東武の人王子中同に傳う。同は菑川（しせん）の人楊何に傳う。何は元光中、易を治むを以って漢の中太夫と為る。
高柴（こうさい）、字は子羔（しこう）。孔子より少きこと三十歳。子羔、長（たけ）五尺に盈（み）たず。業を孔子に受ける。孔子以って愚となす。子路、子羔をして費の宰となす。孔子曰く、夫の人の子を賊（そこな）う。子路曰く、民人有り、社稷あり。何ぞ必ず書を讀みて然る後に學をなさんや。孔子曰く、是の故に夫の佞者を惡む。（明治書院）
史記「儒林列伝」によれば、漢の武帝の時代になって、学問に堪能な人物をそれぞれ政府に招聘をしている。詩経は魯の学派では申培公、斉の学派では轅固生、燕の学派では韓太傳があり、尚書の学は斉南の伏生から、礼の学問は魯の高堂生から、易の学問は菑川（山東省寿光県）の田生から、春秋の学は斉と魯では胡毋生から、趙では董仲舒からでてくる。「朕おもうに、人民を指導するには礼により、これを教化するには樂による。婚姻は家族を形成する基礎である。しかるに、いま礼の定めは捨てさられ、正しい音楽は崩れはてた。それゆえ、天下の品行正しく学識ゆたかなる人物をあまねく招聘し、ことごとくこれを政府に登用せよ。」（世界の名著）元光元年は前134年、武帝が19歳で即位したのが後元3年前141年。建元5年前136年に五経博士が設置されている。元朔元年は前128年であり元光中とは前134～128年間となる。（原文では元朔を明治書院筆者は元光に改めている。）太史公自序に司馬遷の父、談は楊何から易の教授を受けたとある。
更に太史公自序に、易の繋辞伝の文に「天下は究極するところひとつであるのに、思想は凡百に分れ、同じところに帰着するのに、経路はそれぞれ異なる」。陰陽家、儒家、墨家、名家、法家、道家というのは、みなよき政治を目ざすものにほかならない。ただ、説の立て方が異なり、良いところと良くないところがあるにすぎない、とある（世界の名著）。易は伏義の八卦にはじまり、西伯（文王）が64卦となし、文王と周公が彖辞と爻辞とを作り、孔子が十翼を作ったとされる。（易経:岩波文庫）司馬遷は易が上記思想の源流にあり、孔子に受け継がれ、自らがそれを継承せんとする意志を示したのであろう。
（周易繋辞上伝に孔子曰く、易はそれ至れるかな。それ易は、聖人の徳を崇（たか）くし業を広むる所以なり。知は崇く礼は卑（ひく）し。崇きは天に効（なら）い、卑きは地に法（のっと）る。天地位を設けて、易その中に行なわる。性を成し存すべきを存するは、道義の門なり。（易経：岩波文庫）
君子の道、あるいは出であるいは処り、あるいは黙しあるいは語る。二人心を同じくすれば、その利（するど）きこと金を断つ。同心の言は、その臭（かおり）蘭のごとし。
書は言を尽くさず、言は意を尽くさず。聖人は象を立てて以って意を尽くし、卦を設けてもって情偽を尽くし、辞を繋けてもってその言を尽くし、変じてこれを通じもって利を尽くし、これを鼓しこれを舞しもって神を尽くす。）
孔子は外見にこだわるところがある。子羔が五尺以下の小男で愚かに見え、宰として人を導くに無理があり、子路の抜擢が子羔を損なう危険があると忠告する。澹臺滅明のケースと似ている。子路は実践の人である。「文(王)武(王)の道未だ地に墜ちずして人に在り。賢者はその大なるものを識り、不賢者はその小なるものを識る。文武の道あらざること莫し。夫子焉にか学ばざらん。而して、亦何の常師かこれ有らん。」(子張篇)民人、社稷に学ぶは孔子の辿った道であると子路は孔子を皮肉る。孔子は子路を佞、弁才があって正しくない、と不機嫌であった。先進篇で孔子は「羔は愚、由(子路)は喭（いやし：粗暴）。」と述べている。費は魯の南方の要所で季氏の本拠となる荘園があり、堅固な城が築かれ多数の兵士が配備されている。これを背景に、逆に季氏に反旗を翻すこともあり、このような所の宰に必要な資質を見分ける眼は孔子より、子路の方が確かであったと司馬遷はいいたい。
漆彫開、字は子開。孔子開を仕え使む。對えて曰く、吾斯之を未だ信(まこと)能わず。孔子説（よろこ）ぶ。（公冶長篇）
公伯繚（りょう）、字は子周。周、子路を季孫に愬（うった）ふ。子服景伯以って孔子に告げて曰く、夫子固（もと）より志惑う有り。繚や、吾力猶能く諸れを市朝に肆（さら）さん。孔子曰く、道の將に行なわれるや命なり。道の將に廢（すた）れるや命なり。公伯繚其れ命を如何せん。（憲問篇）
司馬耕、字は子牛。牛、多言にして躁。仁を孔子に問う。孔子曰く、仁者其の言や訒（じん）す。曰く、其の言や訒す、斯に之を仁と謂うべきか。子曰く、之為し難し。之を言うに訒す無きを得るや。君子を問う。子曰く、君子憂えず、懼（おそ）れず。曰く、憂えず、懼れず、斯に之を君子と謂うべきか。子曰く、内に省みて疚（やま）しからず。夫れ何をか憂え、何をか懼れる。（顔淵篇）（明治書院）
孔子が子開を仕官させようとすると、「私は之にいまだ信あたわず」と応えた。一方、未熟と思う自分に信あると見てくれていることが嬉しかった。孔子もその心構えを悦んだ。
孔子55歳の時、定公の君権を強化するために、三桓子の居城の城壁を撤去させる政策をとる。子路を季孫氏の家宰にし、費邑の城壁を破壊させようとした。子周はこの謀を季武子に通報したのであろう。叔孫子の一族である子服氏、景伯が孔子にこれを告げる。孔子に惑いがあるのではないか、私なら子周を捕らえて処刑して広場にさらすことができると決断を迫った。孔子は道が行なわれるも行なわれないも天命であり、子周がどうこうできるものではないと応えた。この顛末は、費の城壁破壊、次いで、叔孫氏の郈の城壁撤去を成功させたが、孟孫氏の郕の城壁解除には拒絶され、武力に訴えるが失敗する。孔子は斉に亡命した定公を追うことになった。
司馬耕の兄は、樹を抜いて孔子を殺さんとした宋の司馬桓魋（かんたい）。子牛に仁を問われ、よくしゃべり、落ち着きがない子牛に仁は訒、たやすくじゃべらない、口の重いこと、と皮肉った。訒ならば仁かと切り返す。仁は為し難いもので、たやすく言えるものでもない。今度は君子を問われ、お前のように憂えたり懼れたりしないことだと再度皮肉ると、憂えず懼れずば君子かと同じ論法で牛は、返してきた。心に疚しいことがあるから憂え懼れるのであると指摘する。兄の桓魋は宋で反乱を起こし国外追放をされ、子牛は領地を返還して斉に亡命する。桓魋はその斉に亡命してきたために、牛は魯に逃げてきたという。牛は孔子を殺そうとした兄、その後の不祥事を心の負担としていたのであろう。
樊須（はんしゅ）、字は子遲（しち）。孔子より少きこと三十六歳。樊遲、稼を學ぶを請う。孔子曰く、吾老農に如かず。圃を學ぶを請う。曰く、吾老圃に如かず。樊遲出づ。孔子曰く、小人哉、樊須や。上、禮を好まば則ち民敢えて敬さざるなく、上義を好まば、則ち民敢えて服さざるなく、上信を好まば、則ち民敢えて情を用いざるなし。夫れ是の如く、則ち四方の民、其の子を襁負して至る。焉ぞ稼を用いん。（子路篇）樊遲、仁を問う。子曰く、人を愛すこと。智を問う。曰く、人を知ること。（顔淵篇）（明治書院）
稼は穀物を栽培すること、圃は野菜を栽培すること。樊遲は生きるうえで農耕を学ぶことが根本であると思い、孔子の學が生きるうえでどう役立つかを愚直に問う。樊遲は「私は農耕のことなら専門家には及ばない。」という孔子の応えにどう対応してよいか判らず、退出した。小人とは君子の反。残っていた弟子に向かって、むっとして、孔子は、「上が禮、義、信を好むなら、民は敬し、服し、情を用いないことはなくなり、あちこちから民が子を背負ってでもやって来ることになる。（人の心における稼、圃が自らの学である。）焉ぞ稼を用いん。」と言い放った。
この樊遲が仁、智を問う。愛人、知人、とこれまたそっけない返答である。樊遲は意味が判らず、顔淵篇によれば、孔子は「直（まっすぐな人）を挙げ諸枉（まがった人々）を錯（とが）せば、能く枉者を使（し）て直す。」上が正直者を登用すれば、（不正直な者は登用されたいから）正直者になろうとする。錯とは鍍金（めっき）する、鑢（やすり）で研ぐ義である。樊遲は、人を理解せよ、という孔子の言葉の意味が判らず退出し、子夏に会いその意味を尋ねた。子夏が言うに、「なんと含蓄深い言葉であろう。舜が天下を有したとき、衆（あまね）く皐陶（こうよう）を選び、不仁者は遠ざかった。湯が天下を有したとき、衆く伊尹（いいん）を選び、不仁者は遠ざかった。」
孔子より少きこと三十六歳、おそらく諸国遍歴から帰国してからの弟子であろう。孔子を用いる君主なく、その学は空転するばかりであるが、その主張を変えない孔子の姿がある。実学たらんとする若い樊遲は、孔子の応えにいまひとつ納得がゆかない。先にみたように現実政治の場では、漢の武帝に時代にやっと評価される孔子の学である。
有若、孔子より少きこと四十三歳。有若曰く、禮の用和を貴しと為す。先王の道斯美と為し、小大之に由るも、行なわれざる所有り。和を知りて和すも、禮を以って之を節せざる、亦行なわれ可からざる。信は義に於いて近く、言復す可きなり。恭は禮に於いて近く、恥辱に遠きなり。因し其の親を失わざる、亦宗すべきなり。（学而篇）孔子既に没し、弟子思慕す。有若の状孔子に似る。弟子相與（くみ）し共に立て師と為し、之を師とするは夫子の時の如きなり。（孟子、滕文公篇）他日弟子進みて問いて曰く、昔夫子行くに當り、弟子に雨具を持た使む。已に果して雨し、弟子問いて曰く、夫子何を以って之を知る。夫子曰く、詩に云わずや、月畢に離し、滂沱俾す。（詩経、小雅・漸漸之石篇）昨暮、月畢に宿さずや。他日月畢に宿し、竟（つい）に雨せず。商瞿、年長じて子無し。其の母室を取らんとす。孔子、之を齊に使わす。瞿の母之を請う。孔子曰く、憂う無かれ。瞿年四十の後、當に五丈夫の子有り。已に果して然り。敢えて、夫子に何ぞ以って此れを知る。有若、黙然とし以って應える無し。弟子起ちて曰く、有子、之を避け、此れ子の座に非らず。（明治書院）
有若は、禮が何かということでなく、禮を用いるに和が貴いという。”和を貴しとなす”は日本人に聖徳太子十七条の憲法の第一条を想起させる。応用に巧みな日本人向きである。先王とは伝説の堯や舜、周の文王、武王等をさし、和をもってなされる禮を美となし、小大これによるが、行なわれない所が有る。和を認識して和すも、禮を以って和を節せずば、行なわれることができない。つまり、禮を用いるに和が貴く、和するに禮で節せよとなろうか。信は義に近く、言で繰り返すことが出来る。恭は禮に近く、恥辱から遠ざかる。因（たよる）とも親（自ら行なう）を失わずば、宗す（一族を率いる）ことができる。とまあ何を言っているのか判りかねるが、禮を実践することに関して、一日の長ありと自他とも認めるところがあった。有若の禮の処し方が孔子に似ていたことを以って、師として孔子に事えるごとく事えた。弟子が孔子を思慕したと司馬遷は解説する。
孟子、滕文公篇曰く、人に分つに財を以ってす、之を恵と謂う。人に教えるに善を以ってす、之を忠と謂う。天下の為に人を得るは之を仁と謂う。この故に天下を以って人に与えるは易く、天下の為に人を得るは難しい。・・・孔子没後・・・子夏、子張、子游、有若聖人に似るを以って孔子に事する所を持って之〈有若）に事するを欲し、曽子に強いる。曽子曰く、不可。孔子の道を有若に与えるは易いが孔子の道の為に人を得るは難しい。曽子は何も手を加えず、空白にしておくべしと述べたとの孟子の判定である。
他日弟子進みて以降は戦国時代の雑説とされるが、司馬遷は有若が任を果たせなくなった顛末を収録した。昔孔子が出かけようとして弟子に雨具を持たせた。果して雨となった。弟子がどうして雨が降るとわかったかを問うと、孔子が詩を引用した。畢は二十八宿の一つ、昴と觜の間、離は宿ること、滂沱は涙がぼろぼろこぼれる様で大雨の降る様。俾は使に同じ。月が畢に宿ると大雨を降らしむ。昨暮月が畢に宿っていなかったかね。他日、月畢に宿るも雨降らなかった。商瞿はいい年となっても子がないため、母が室（妻）を取ろうとすると、孔子は瞿を斉に派遣する。孔子は瞿は四十を過ぎれば五人の子持ちとなるから心配ないという。果してそうなったので、何故孔子はこれらを知っていたかを有若に弟子が問うた。有若は黙り込んで応えがなかった。弟子は立ちあがり、有若を避け、これは貴方の座ではないと言ったそうである。孟子にあるごとく、有若を師とした時点から、これに反対する弟子も多かったのであろう。
教団を維持するためには、後継者を定める必要に迫られたのであろう。しかし、これは見事に失敗した。まさに、天下の為に人を得るは難しい。その力量ある人が先人の業を継承できる、さもなくば空白にするしかないのが現実である。
公西赤、字は子華。孔子より少きこと四十ニ歳。子華、齊に使いす。冄有其の母の為に粟を請う。孔子曰く、之に釜を與へよ。益すを請う。曰く、之に廋（ゆ）を與へよ。冄子之に粟五秉（へい）を與う。孔子曰く、赤の齊に適くや、肥馬に乗り、輕裘（けいきゅう）を衣る。吾聞く、君子は急を周すも富を繼がず。（雍也篇）
巫馬施、字は子旗。孔子より少きこと三十歳。陳の司敗、孔子に問いて曰く、魯の昭公、禮を知る乎。孔子曰く、禮を知る。退して巫馬旗に揖（ゆう）して曰く、吾聞く、君子は黨せず。君子は亦黨す乎。魯君、呉女を娶り夫人と為す。之を命じ孟子と為す。孟子の姓は姫。同姓を稱するを諱む。故に之を孟子と謂う。魯君にして禮を知る、孰れか禮を知らざる。施、以って孔子に告ぐ。孔子曰く、丘や幸いなり。苟くも過ち有れば、人必ず之を知る。（述而篇）臣は君親之悪を言うべからず。為に諱むは禮なり。（明治書院）
釜は当時の六斗四升（約20リットル）、廋は十六斗、秉は十廋。（世界の名著）子華の母のために冄有は孔子に粟を支給するよう願う。孔子は釜分の粟を与えよという。それでは少ないので増やすように要請する。孔子は廋分を与えよという。結局冄有は、あまりに少ないので五十倍を与えた。結果、子華が齊に行く時、肥えた馬、軽い毛皮の上着を着ていた。つまるところ、冄有は、子華に使者としての仕度を整えさせるために、その母をだしに使ったが、孔子はそれを察することなく、君子は急を周（すくう）すも富を継（ひきうける）がず、と聞く。と述べた。冄有は、苦笑するしかなかったろう。
陳では司寇（司法大臣）のことを司敗と称す。揖は両手を胸の前で組み挨拶すること。黨すはこの場合には仲間同志かばいあうこと。魯君も呉君も共に姫姓で同姓の女を娶ることは禮に反している。魯の昭公がこれを誤魔化すために夫人を孟子と称している。陳の司法大臣が孔子に魯君は禮を知るかと問うと孔子は知ると答えた。孔子が退出すると子旗に率直に、君子はかばいあいをしないと聞くが、孔子は魯君をかばっている。あの魯君を禮を知るというなら禮を知らぬ者はないと孔子を批判した。子旗がそのことに孔子に告げると、孔子曰く、自分は幸いである。過ちがあれば、人必ずこれを知る。論語はここで終わっているが、司馬遷は、臣は君や親の悪口を言うべからず、其のために言わないのが禮である。という文を収録した。だが、これは孔子の真意ではなかろう。孔子はやはり迂闊な応えをしたと反省したのではないか。率直に批判いただかなかったら、自分の言動が相手に与えた不信の度合いを認識できなかったと思い至ったとみたい。
梁鱣（りょうせん）、字は叔魚。孔子より少きことニ十九歳。顔幸、字は子柳。孔子より少きこと四十六歳。冄孺（ぜんじゅ）、字は子魯。孔子より少きこと五十歳。曹卹（そうじゅつ）、字は子楯。孔子より少きこと五十歳。伯虔、字は子析。孔子より少きこと五十歳。公孫龍、字は子石。孔子より少きこと五十三歳。子石より已右（既に上述）の三十五人、顕らかに年名（年齢名前）あり。及び業を受け書傳に聞見する。其の四十有ニ人、年無く、書傳に見えざる者は左（以下）に紀す。（明治書院）
冄季、字は子産。公租句茲（こうじ）、字は子之。秦祖、字は子南。漆雛哆（しつてうしや）、字は子斂（しれん）。顔高、字は子驕。漆雛徒歩。壌駟赤（じゃうしせき）、字は子徒。商澤。石作蜀、字は子明。任不齊（じんふせい）、字は選。公良孺、字は子正。后處（こうしょ）、字は子里。秦冄、字は開。公夏首、字は乗。奚容箴（けいようてん）、字は子哲（しせき）。公肩定、字は子中。顔租、字は襄。鄥單（けうぜん）、字は子家。句井疆（こうせいきゃう）。罕父黑（かんほこく）、字は子索。秦商、字は子丕（しひ）。
申黨（しんたう）、字は周。顔之僕、字は叔。榮旂（えいき）、字は子祈。縣成、字は子祺（しき）。左人郢（さじんえい）、字は行。燕伋（えんきふ）、字は思。鄭國、字は子徒。秦非、字は子之。施之常、字は子恆（しこう）。顔噲（がんくわい）、字は子聲（しせい）。歩叔乗（ほしゅくじょう）、字は子車。原亢籍（げんこうせき）。樂欬（がくがい）、字は子聲。廉絜（れんけつ）、字は庸。叔仲會、字は子期。顔何、字は冄。狄黑、字は晢。邦巽（ほうそん）、字は子斂。孔忠。公西輿如（こうせいよじょ）、字は子上。公西箴（こうせいしん）、字は子上。
太子公曰く、學者多く七十子の徒を稱す。譽（ほ）める者或いは其の實を過ぎる。毀（そ）しる者或いは其の眞を損なう。之を鈞し、未だ厥の容貌を覩（み）ずして、則ち言を論ず。弟子籍は孔氏の古文に出ず。是に近し。余、弟子の名姓文字を以って悉く論語弟子問より取り、并せ次いで篇を為す。疑わしきは焉を闕く。（明治書院）
鈞は元来陶器をつくる際の”ろくろ”で、物事がそれを中心にまわる要である。覩は確かにこの目で見ること。孔子弟子、七十子の徒と称す学者（儒者）が褒めるは過大、貶すは真実を損ない、ぐるぐる回るばかりで、容も貌も確かめず、言を論じている。司馬遷は古文が読めたし、孔家の壁から現われた古文を編纂した孔安国に師事したこともある。弟子籍はその古文に近いものと述べている。司馬遷は相当古いテキストにも接して論語を読んだのであろう。論語の弟子の問いを併せ次いで篇をなし、疑わしいところは削除したのが、司馬遷の編纂の方針であった。司馬遷流の論語解釈にいかばかりかでも迫れていれば幸いである。
2004.01.10
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