神日本磐余彦天皇 神武天皇
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造祭祀具の斎部
神籬を建て神々を祭る
即位大嘗祭
斎蔵と斎部
国家祭祀と氏族
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(岩波文庫 日本書紀 坂本太郎･家永三郎･井上光禎･大野晋 校注 を読む。)
本文に使用した漢字テキストについては古代史獺祭からダウンロードさせていただいている。
神日本磐余彦天皇 神武天皇
三月辛酉朔丁卯 下令曰 自我東征 於玆六年矣 賴以皇天之威 凶徒就戮 雖邊土未淸 餘妖尚梗 而中洲之地 無復風塵 誠宜恢廓皇都 規摹大壯 而今運屬屯蒙 民心朴素 巣棲穴住 習俗惟常 夫大人立制 義必隨時 苟有利民 何妨聖造 且當披拂山林 經營宮室 而恭臨寶位 以鎭元元 上則答乾靈授國之德 下則弘皇孫養正之心 然後 兼六合以開都 掩八紘而爲宇 不亦可乎 觀夫畝傍山【畝傍山 此云宇禰縻夜摩】東南橿原地者 蓋國之墺區乎 可治之
是月 卽命有司 經始帝宅
三月（やよひ）の辛酉（かのとのとり）の朔（ついたち）丁卯（ひのとのうのひ；7日）（ＢＣ662.03.07）に、令（のりごと）を下（くだ）して曰（のたま）はく、「我（われ）東（ひむがしのかた）を征（う）ちしより、玆（ここ）に六年（むとせ）たり。頼（かうぶ）るに皇天（あまつかみ）の威（いきほひ）を以（も）てして、凶徒（あた）就戮（ころ）されぬ。辺（ほとり）の土（くに）未だ清（しづま）らず、余（のこり）の妖（わざはひ）尚（なほ）梗（あ）れたりと雖（いへど）も、中洲之地（うちつくに）、復（また）風塵（さわぎ）無し。誠に皇都（みやこ）を恢（ひら）き廓（ひろ）めて、大壮（おほとの）を規（はか）り摹（つく）るべし。而（しか）るを今運（よ）屯（わかく）蒙（くらき）に屬（あ）ひて、民（おほみたから）の心（こころ）朴素（すなほ）なり。巣（す）に棲（す）み穴（あな）に住（す）みて、習俗（しわざ）惟（これ）常（つね）となりたり。夫（そ）れ大人（ひじり）制（のり）を立（た）てて、義（ことわり）必ず時に隨（したが）ふ。苟（いやし）くも、民（たみ）に利（かが）有（あ）らば、何ぞ聖（ひじり）の造（わざ）に妨（たが）はむ。且当（まさ）に山（やま）林（はやし）を披（ひら）き払（はら）ひ、宮室（おほみや）を経営（をさめつく）りて、恭（つつし）みて宝位（たかみくら）に臨（のぞ）みて、元元（おほみたから）を鎭（しづ）むべし。上（かみ）は乾霊（あまつかみ）の国（くに）を授（さづ）けたまひし徳（みうつくしび）に答（こた）へ、下（しも）は皇孫（すめみま）の正（ただしきみち）を養（やしな）ひたまひし心（みこころ）を弘（ひろ）めむ。然（しかう）して後に、六合（くにのうち）を兼（か）ねて都（みやこ）を開（ひら）き、八紘（あめのした）を掩（おほ）ひて宇（いへ）にせむこと、亦（また）可（よ）からずや。観（み）れば、夫（か）の畝傍山（うねびやま）【畝傍山、此をば宇禰縻夜摩（うねびやま）と云ふ】の東南（たつみのすみ）の橿原（かしはら）の地（ところ）は、蓋（けだ）し国の墺区（もなかのくしら）か。治（みやこつく）るべし」とのたまふ。
是の月に 即ち有司（つかさ）に命（みことおほ）せて、帝宅（みやこ）を経（つく）り始（はじ）む。
注に、この文は文選、魏都賦「爰初自臻 言占其良 謀亀謀筮 亦既允臧 修其郛郭 繕其城隍 経始之制 牢籠百王 ･･･思重爻 摹大壯 ･･･𠊩拱木於林衝 授全模於梓匠 （李全注「大壯、易卦名也 易曰 上古穴居而野処 後世聖人易之以宮室 上棟下宇以禦風雨 蓋取諸大壯 謂壮観也」）」を基にしたとある。
漢字の世界(白川静氏）によれば、「中国の古代は三皇・五帝の世にはじまり、人王の世に至るとされている。 ･･･王は巫祝王であり、祭祀王であった。卜兆に占断を加え、その吉凶を定めるものは王であった。祭祀を主宰し、多くの犠牲を供えるものも王であった。王が子のようにしてつかえる神は帝である。この絶対的な主宰神はまた上帝ともいい、卜辞に『上帝は堇を降さんか』のようにいう。 ･･･上帝は自然的世界のみならず、地上のすべての営みについて、完全な支配権を持つ。その支配を行なうには、百神を使役した。 ･･･王はいわば受肉せる人間神である。王の宗教的、また、政治的権威は、帝とのこのような関係において成り立つ」。皇天之威とは中国では上帝をさすのであるが、ここでは天照大神となろう。中味は異なるが、中国のモデルを採用して、日本風現人神、天皇のバックグランドとしている。中国では上帝の意を王が実施するには、「卜兆に占断を加え、その吉凶を定める」ことが必須であるが（天文観測をして暦を管理し、10日＜旬＞毎に次の旬の帝の行動を卜する）、我が国では、さやうに暦に基づき厳格に上帝の意を問ふ卜兆のシステムはなかった。丹生川上での「躬自齋戒祭諸神」が、このシステムを意識させる始りであった。
頼は財貨利福が与えられること（字統）、”かうぶる”は、（神仏のめぐみ）をかぶる、こうむる、受けること（三省堂古語辞典）。就縛は捕われて縛られること、就戮は捕われて戮（殺した死体をさら）されること（角川漢和中辞典）。楚辞、天問に「妖夫曳衒（ようふえいげん）す」といのは、神の憑く形で、そのような憑き人は、衒媚（げんび）呪詛をなすものとして恐れられた（字統）とある。梗は山にれ、棘のある木で強く抵抗するものを強硬、叛乱者を梗寇という（字統）。
都の者は聚落にめぐらしたお土居の中に呪符(曰；えつ）を埋めておくことで、その土堤を堵という。堵は後に城壁の意となる。邑の周囲に堵をめぐらしたところを都という。説文に「先君の舊宗廟有るを都と曰ふ」とするが、都は堵をめぐらした武装都市（字訓）。”みやこ”は宮のあるところ、皇居のある地、”みや”は本来は神霊の居るところで、”みやこ”は”みや”がすでに皇室の意となったのちの語（字訓）。皇都は、漢文では、上帝の都で天にあるべきものであらうが、ここでは、天皇の都の義に用ゐられている。恢も廓も広い義（字統）であるが”ひらく””ひろむ”と訓じている。規摹は、注に、文選、東京賦「規摹踰溢」からとある。規摹大壯は天皇に相応しい宮を計画し建設すること。運はめぐること、屬は連なること、屯はこの場合、純精の義（字統）、純精なる蒙昧の中をめぐり、生きてきたといひたい。荘子、盗跖に「むかし禽獣多くして人民少なく、人は巣上にその難をさけた」とある。鳥獣は棲む、人は住む（字訓）。注に、礼記、礼運に、「昔者先王未有宮室 冬則居営窟 夏則居檜巣」とある。中国の往古の話であり、饒速日命、長髓彦、兄磯城、土蜘蛛とされた祝がさやうな生活をしていたものではない。習俗惟常は中国書物の言ひ回しを使ったもので、皇帥、迎へ撃つ中洲の勢力が当時、さやうな生活をしていたのでは、東征などありえない。また、磐余彦一団のみ特別であったのならば、皇帥は難なく中洲を征服できた。
老子第二十三書に、「道は大なり、天は大なり、地は大なり、王もまた大なり」とあり、大人とは王のことであらう、”ひじり”と訓じている。注に、文選、東都賦に、「体元立制 継天而作」、同景福殿賦に、「世有哲聖 武創元基･･･皆体天作制 順時立政」とある。制、未と刀に従う。未は枝葉の茂る形。それを切りそろえるを制という。のち天子の命を制といい、勅許を制可という（字統）。”のり”と訓じている。人間のそれぞれの社会的行動を揃へることであらう。義、羊と我（鋸<のこぎり>の象形）に従ふ。羊に鋸を加えて犠牲とする意で、牲体に犠牲として欠陥がなく、神意にかなうものとして義（ただ）しいの意が生まれる（字統）。”ことわり”と訓じている。人倫に移して、道理に合う行為をいう（字訓）。堯典に、「敬（つつし）んで民に時を授く」、論語、衛霊公に、「夏（か）の時を行ふ」は農時暦をいう。すなわち四時（四季）の意である（字統）。”かが”は上代語で利益のこと。大人立制 義必隨時 苟有利民 何妨聖造は、中国の伝統、天文を観測し、四季の暦を司り、これに基づいて民に農時を知らしめる、これが正しくおこなはれば、民は利益を得、民が安寧に暮らすことで天子の政治も安定するといふ理想をあらはしている。シャーマン的な世界に、天皇を中心とした、かやうな理想を持ち込まんとしている。
寶は財宝、宝玉、宝剣といひ天子の位を寶位、寶祚といふ、”たかみくら”高御座と訓じている。元は首を表し、元首のことであるが、元元は、おおもと、万民を意味し（角川漢和中辞典）、”おほみたから”大御宝と訓じている。天皇が宝として愛護する民といふ概念は、中国からもたらされたものであらう。乾霊の乾は、易における乾坤の乾で天、坤は地であるから乾霊は天霊。六合は上下四方、兼六合とは天地を兼ねることになる。注に、文選、呉都賦に、「覧八紘之洪緒 一六合而光宅」、蜀都賦に、「廓霊関以為門 包玉塁而為宇･･･兼六合而交会焉」、淮南子に、「八殯之外 而有八紘 亦方千里」、八紘は八方の隅、地のはて、とある。奥は宀釆廾に従ひ、肉を供へて祭る場所、室の西南隅がその祀所とされた、故に奥の奥所。墺區は丘にあって神畏のところ、祭祀の場とする。
三月の辛酉に令を下す。「我、東征してより、六年。皇天の威を授かりて、凶徒を戮す。周辺は未だ清まらず、残余の妖、尚抵抗すると雖も、中洲の地、もはや戦は無い。広大なる皇都、皇居を建設すべし。而るに今、屯蒙の俗が続き、民の心朴素で、巣に棲み穴に住み、習俗、これまでのままである。大人（天皇）、制を立て、義、必ず四時に隨ふなら、民に利ありて、どうして聖（天皇）の造を妨げようか。山林を開き払い、宮室の測量を行ない造営し、恭みて高御座に臨み、以て万民を鎭めるべし。上は、天霊の国を授けるという德に答へ、下は、皇孫の正しき道を養ふ心を広めむ。然る後、天地に通じる都を開き、天下をあまねく覆ふ家となす。出来ないことであらうか？畝傍山の東南の橿原の地は、国の祭祀の場であり、これを治むべし」。磐余彦の新しい政治の理念を書紀の編者はかくのごとく伝へたかった。然彼地多有螢火光神 及蠅聲邪神 復有草木咸能言語･･･葦原中國之邪鬼という自然の霊的な存在、また、土地の神を越える神を奉じること、国全体の神を奉じることが統一国家を形成する根幹にあるといふ認識を示した。饒速日命と決定的な差がでたのは、この認識であった。
三月に 有司に命し、帝宅（皇居）の測量を始めた。
庚申年秋八月癸丑朔戊辰 天皇當立正妃 改廣求華胄 時有人奏之曰 事代主神 共三嶋溝橛耳神之女玉櫛媛所生兒 號曰媛蹈鞴五十鈴媛命 是國色之秀者 天皇悦之
庚申（かのえさる）年の秋八月（はつき）の癸丑（みづのとのうし）の朔戊辰（つちのえたつのひ；16日）（BC661.08.16）に、天皇（すめらみこと）、正妃（むかひめ）を立てむとす。改めて広く華胄（よきやから）を求めたまふ。時に、人有りて奏（まう）して曰（まう）さく、「事代主神（ことしろぬしのかみ）、三嶋溝橛耳神（みしまのみぞくひみみのかみ）の女（むすめ）、玉櫛媛（たまくしひめ）に共（みあひ）して生（う）める児（こ）を、号（なづ）けて媛蹈鞴五十鈴媛命（ひめたたらいすずひめのみこと）と曰（まう）す。是（これ）、国色（かほ）秀（すぐ）れたる者（ひと）なり」とまうす。天皇（すめらみこと）、悦（よろこ）びたまふ。
”むかひめ”は相向かう妻、”そばめ”妾に対する語(字訓）。しかし、本来は、年十五立爲太子 長而娶日向國吾田邑吾平津媛 爲妃 生手硏耳命とあり、故郷かいづこかに妃が居られるはずである。胄は深くかぶる”かぶと”、殷代に青銅の胄が用いられており（字統）、華族のやうなもので、華胄は、中国では、貴族の子孫をさす（角川漢和中辞典）、”よきやから”と訓じている。事代主神に関しては、大三輪之神 此神之子 即甘茂君等大三輪君等 又姫蹈鞴五十鈴姫命 又曰 事代主神 化爲八尋熊鰐 通三嶋溝樴姫 或云 玉櫛姫 而生兒姫蹈鞴五十鈴姫命 是爲神日本磐余彦火火出見天皇之后也とあった。大己貴神對曰 當問我子 然後將報 是時 其子事代主神 遊行在於出雲國三穗･･･事代主神 謂使者曰 今天神有此借問之勅 我父宜當奉避 吾亦不可違 因於海中 造八重蒼柴籬 蹈船枻而避之ともあった。また、大物主神及事代主神 乃合八十萬神於天高市 帥以昇天 陳其誠款之至ともあった。葛城では事代主神は鴨都味波八重事代主命、元来、代主（田の神）であったが一言主神の神格の一部を引継ぎ託宣の神であったともいはれる。しかし、事代主神は大物主神、大己貴命の子の世代、磐余彦尊は火瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、鸕鷀草葺不合尊の四男、媛蹈鞴五十鈴媛命は火瓊瓊杵尊の時代、三世代前の媛であり、磐余彦尊にとっては生きていても、妖怪婆。国色之秀者とは、頭がおかしくなる。饒速日命も火瓊瓊杵尊の世代であり、時代が合はなかった。神日本磐余彦天皇、神武天皇の巻の最初には、自天祖降跡以逮 于今一百七十九萬二千四百七十餘歳とあり、神代と訣別するはずであった。
先にみたように、三嶋は溝咋一族の地であり、葛城の鴨族が進出してきた所、溝咋神社の置かれている茨木市五十鈴町あたりとされる。皇帥が白肩之津に上陸した折に接触があったのではないかと推測した。中洲から瀬戸内海へつながる白肩之津、草香之津から追ひ落とされた皇帥が是非とも奪回せねばならない拠点である。事代主神と縁の深かった要衝、白肩之津、を押さへるために、改めてこの一族の娘を娶った。伝説の媛蹈鞴五十鈴媛命を名乗らせたとでも考へるしかあるまい。
吾平津媛は置いてきたのであり、相向かふ妻ではないので、”むかひめ”を求めたとは妙な口実である。広く華胄からとは実力のある勢力を念頭に置いたものであらう。人有りとは、海人族の珍彦（椎根津彦）ではあるまいか。三嶋といふ中洲と瀬戸内海を結ぶ要衝を押さへる勢力の娘に注目した。
九月壬午朔乙巳 納媛蹈鞴五十鈴媛命 以爲正妃
九月（ながづき）の壬午（みづのえうま）の朔（ついたち）乙巳（きのとのみのひ；24日）（BC661.09.24）に、媛蹈鞴五十鈴媛命を納（めしい）れて、以て正妃（むかひめ）としたまふ。
辛酉年春正月庚辰朔 天皇卽帝位於橿原宮 是歳爲天皇元年 尊正妃爲皇后 生皇子神八井命 神渟名川耳尊 故古語稱之曰 於畝傍之橿原也 太立宮柱於底磐之根 峻峙搏風於高天之原 而始馭天下之天皇 號曰神日本磐余彥火々出見天皇焉 初天皇草創天基之日也 大伴氏之遠祖道臣命 帥大來目部 奉承密策 能以諷歌倒語 掃蕩妖気 倒語之用 始起乎玆
辛酉（かのとのとり）年の春正月（むつき）の庚辰（かのえたつ）朔（ついたちのひ）（BC660.01.01）に、天皇（すめらみこと）、橿原宮（かしはらのみや）に即帝位（あまつひつぎしろしめ）す。是歳（ことし）を天皇の元年（はじめのとし）とす。正妃を尊びて皇后（きさき）としたまふ。皇子（みこ）神八井命（かむやゐのみこと） 神渟名川耳尊（かむぬなかはみみのみこと）を生みたまふ。故（ゆゑ）に古語（ふること）に稱（ほめまう）して曰（まう）さく、「畝傍（うねび）の橿原（かしはら）に、宮柱（みやはしら）底磐（したついは）の根に太立（ふとしきた）て、高天原（たかまのはら）に搏風（ちぎ）峻峙（たかし）りて、始馭天下之天皇（はつくにしらすすめらみこと）を、号（なづ）けて神日本磐余彦火々出見天皇（かむやまといはれびこほほでみのすめらみこと）と曰（まう）す」。初（はじ）めて、天皇、天基（あまつひつぎ）を草創（はじ）めたまふ日に、大伴氏（おほとものうぢ）の遠祖（とほつおや）道臣命（みちのおみのみこと）、大来目部（おほくめら）を帥（ひき）ゐて、密（しのび）の策（みこと）を奉承（う）けて、能（よ）く、諷歌（そへうた）倒語（さかしまごと）を以（も）て、妖気（わざはひ）を掃（はら）ひ蕩（とらか）せり。倒語の用（もち）ゐらるるは、始めて玆に起れり。
神日本磐余彦火々出見天皇即位の歳を辛酉としたのは、先にみた。あれほど、中国の書から引用を重ねてきた書紀の編者達は、魏志倭人伝や漢書、後漢書、随書等々邪馬台国時代の中国との交流の事実を断片的に引用することがあっても政権としては完全に無視した。しかし、驚いたことに、これは書紀の編者のみならず、古事記や古語拾遺、先代旧事紀においてもそうである。天武天皇の王化の鴻基とは、律令の制定、兵制改革、遷都、貨幣経済（銅銭鋳造）への移行、古事記、書紀、万葉集、風土記編纂等の事業であった。700～800年当時の識者達は、一方では、脱中国的な歴史意識に傾いていた。
中国では、殷時代には、帝はまさに上帝の地上の子であった。しかし、周に入ると、天命が徳のある人間に引き継がれ、その人間が民の安寧をはかる限り、王、天子として君臨するといふ風に変貌する。ところが周の王が天命を引き継ぎ得ず、世は、春秋時代（BC770年頃から）、戦国時代（BC400年頃から）を迎へ、BC221年に秦の政（始皇帝）が統一を果たすまでは帝位をつぐものがいなかった。日本では、高天原の神々の子孫が地上に政権を開いた、当時の中国のような単なる人間天子ではない、中国社会が混乱していた時代、BC660年に、領天日嗣がおこなわれた神国日本である、といひたい。中国の影響を受けずに、日本独自に”かむやまと・・・すめらみこと”神日本･･･天皇、磐余彦火々出見尊がこれを開いたものである。即帝位は中国の言葉、”あまつひつぎしろしめす”といふ。国書を編纂する書紀の編者達が、邪馬台国等々の歴史を、葦原中国の平定、国譲り、風土記等で蓋をし、900年程度時代を操作したことが、後世に、重大な危機を招くことになった。第二次世界大戦に敗戦した日本において、神日本磐余彦天皇 神武天皇の存在が歴史から抹殺され、考古学的裏付けなくしては、身動きのとれぬ状態に陥るなど、書紀の編者達は想像だにしなかったであろう。
”きさき”は語源が明らかでなく、仮名書き例がなく。”き”の甲乙も知られない。妃は、卜辞に「霊妃」といふ女性神の名がみえ、おそらく女巫のつかへるものであらう。そのことからいへば、妃はもと女巫の長であり、その女巫の長たるものが、君の后となって祭政の統一が行なわれた時代があったものと思はれる。后は、卜辞に「上甲より多后に至る」のように歴代の君主を合して多后という。もと女君の時代があり、母系より父系に移った後にも、その号がそのまま用いられたのであろう。妃、后はもと女巫の長、我が国の”きさき”も、あるいはそのような斎女の称であったかもしれない（字訓）。”片居””片立”という地名があった。女巫の長たるものが、君の后となって祭政の統一とされる形態で、その一方が居する所を”片居”といったのかもしれない。磐余彦尊の正妃は、このような形での妃、后ではなく、華胄の女（むすめ）から選ばれた天皇の皇后といふ。
”かし”は堅い木、樫、橿、檮、檍、いづれも、常緑の大木。橿は「萬年木なり」、甘檮（あまかし）の丘、甜白檮（あまかし）の前ともいう（字統）。日本土着の萬年木の茂る原に宮を開いた。畝傍山は、「死火山で火山が噴出したもののようですが、その後浸食されて今のような形になったと考えられています（近畿中国森林管理局）」。畝は、もと、山の尾根を言う語（字訓）。地面の下に入り込む岩に太い柱を据え付けた。搏風は搏風板、破風板、屋根の合掌形の装飾板、”ちぎ”千木と訓じている。峻は高く大きいこと、峙はそびえること（角川漢和中辞典）峻峙を”たかしる”高知る（立派に建てる）(三省堂古語辞典）と訓じている。
周礼、大宰に、「八物を以て王を詔（たす）けて郡臣を馭（ぎょ）し、八統を以て王を詔けて萬民を馭す」とある（字統）。密は人にさとられず、こっそり行動する事。忍坂において、道臣命は 道臣命 於是 奉密旨 掘窨於忍坂 とあった。また、 時勅道臣命 今以高皇産靈尊 朕親作顯齋 【顕齋 此云于圓詩怡破毘】用汝爲齋主 授以嚴媛之號 女性の斎主の役割も果たした。道臣命の果たした役割は、天皇の新たな権威を極秘裏に執行していたとならうか。もはや、妖気を鎮めるには武力は不要で、諷歌や倒語をもって、掃蕩（根こそぎ洗い流すように取り除くこと）が出来るとみていた。諷歌や倒語がどのやうに用ゐられたかは、ここでは不明であるが、天皇の権威の前に、それまでの妖気は威力を失ったことになる。キリスト教がガリアやゲルマニアに入ると、異霊が魔女にされたやうなものである。十字架の前で姿を暴かれる悪霊のごときでもある。幕末、錦御旗が翻るや、京都の治安を揺るがしていた薩長が官軍となり、幕府方は賊軍となった。価値の顛倒が成し遂げられている。
辛酉年春正月庚辰朔 磐余彦尊は、橿原宮で天照大神の子孫として地を継ぐ天皇となる。これを天皇の元年と爲し、また、天皇にふさわしい正妃を皇后と称することにした。めでたく、皇子、神八井命 神渟名川耳尊が生まれた。古語ではこのことを、「（由緒深い天香具山ではなく雄々しき）畝傍の橿原こそがその地。宮柱を地下の磐の根に、太く立て、高天原に千木を高くそびえせしめた。始めて天下を馭す天皇を、神日本磐余彦火々出見天皇と称した。」初めて、天皇、天基を草創する日。大伴氏の遠祖、道臣命、大來目部を帥いるも、密の策を承り奉じるのみ、諷歌倒語を以て、妖気を掃蕩してしまった。倒語之用、始めて玆に起れりとは、”すめらみこと”たる天照大神の清浄なる光あってのことである。
二年春二月甲辰朔乙巳 天皇定功行賞 賜道臣命宅地 居于築坂邑 以寵異之 亦使大來目居于畝傍山以西川邊之地 今號來目邑 此其縁也 以珍彥爲倭國造 【珍彥 此云于砮毘故】又給弟猾猛田邑 因爲猛田縣主 是菟田主水部遠祖也 弟磯城名黑速 爲磯城縣主 復以劒根者 爲葛城國造 又頭八咫烏 亦入賞例 其苗裔 卽葛野主殿縣主部是也
二年の春二月（きさらぎ）の甲辰（きのえたつ）の朔（ついたち）乙巳（きのとのみのひ；2日）（BC659.02.02）に、天皇、功（いさをしき）を定め賞（たまひもの）を行（おこな）ひたまふ。道臣命（みちのおみのみこと）に宅地（いへどころ）を賜（たま）ひて、築坂邑（つきさかのむら）に居（はべ）らしたまひて、寵異（ことにめぐ）みたまふ。亦（また）大来目（おほくめ）をして、畝傍山の西（にしのかた）の川辺（かはら）の地（ところ）に居す。今、来目邑（くめむら）と号（なづ）くるは、此（これ）、其の縁（ことのもと）なり。珍彦（うづひこ）を以（も）て、倭国造（やまとのくにのみやつこ）とす。【珍彦、此をば于砮毘故（うづひこ）と云ふ】。又、弟猾（おとうかし）に猛田邑（たけだのむら）を給（たま）ふ。因りて、猛田県主（たけだのあがたぬし）と爲す。是、菟田主水部（うだのもひとりら）が遠祖（とほつおや）なり。弟磯城（おとしき）、名は、黒速（くろはや）、磯城県主（しきのあがたぬし）とす。復（また）剣根（つるぎね）なる者を以（も）て、葛城国造（かづらきのくにのみやつこ）とす。又、頭八咫烏（やたのからす）、亦（また）賞（たまひもの）の例（つら）に入（い）る。其の苗裔（のち）は、即ち葛野主殿県主部（かづののとのもりのあがたぬしら）是（これ）なり。
賞は説文に、「有功に賜ふなり」と賜与の義とするが、本来は賞に賞贖（しょうしょく）、賠償（ばいしょう）の意があり、有功の者に賜ふも、その功のために払はれた犠牲に対する報償の意があった。築坂邑（地図）は橿原市鳥屋町あたりとされる。寵異は他よりも特別に愛すること（角川漢和中辞典）。畝傍山、西の川邊之地は、高取川との間の地、大谷町のあたりとなろうか。高取川を久米川と称した。現今の久米町は畝傍山の南である。平定した中洲を倭（やまと）と称している。倭を磯城邑、高尾張邑、葛城邑あたりの邑とする説もあるが、それでは倭邑の県主となる。国造であり、この場合には中洲全体を指すものと考へる。珍彦は、その全体を調整する立場に就任した。このような氏姓制度を採用した政権であるといひたい。律令制度が持ち込まれる前の日本の政治システムであり、邪馬台国の時代にはなかった。天皇の号が定められたのは持統３年（689年）、天武のころから天皇が用ゐられ、それ以前は王（大王；おほきみ）と称され、5世紀後半の雄略あたりから年代が定かになる。4～5世紀に成立したものと考へられている（族制の時代（４～６世紀） －氏姓制度・部民制 ；官制大観）。天武天皇の影が色濃く反映された神武天皇記となっている。
猛田邑の位置が判らないが、菟田から伊勢街道への要衝、佐倉のあたりかと想像する。弟猾の地元高城周辺であらうか。主水部とは丹生の川上、吉野の水神に祈った経緯を想起させる。磯城は天香具山といふ聖地を守護する所、弟磯城の地元であり、名張から尾張をうかがふ口でもあった。功が述べられていないが、剣根が葛城の国造とされた。葛城は、中洲南方の要衝、五条市から和歌山あるいは伊勢街道へ、また、千早赤阪から南河内につながる扇状地、この要衝を任せるのであるから、軍事的な貢献があったものと思はれる。頭八咫烏は鴨族であり、山背（やましろ）の葛野に進出することになる。主殿は庭の清掃、湯浴、薪炭、油、庭火などのことを司る（三省堂古語辞典）。
どうやら、日本風の天皇といふものを意識的に策定したのは、天武天皇であり、書紀編纂において、神武天皇にそれを投影させたやうである。この時点で国造や県主といふ氏姓制度が適用されたのかは、疑問となる。しかし、女王国とは異なるシステムが考案されたことは間違ひあるまい。神武天皇は畝傍山の北東に宮を建て、南に道臣命、西に大来目を配した。珍彦は大阪湾方面を念頭において全般的な調整をおこなったのであらう。伊勢、和歌山、南河内、山背を睨んでの布陣でもあった。
四年春二月壬戌朔甲申 詔曰 我皇祖之靈也 自天降鑒 光助朕躬 今諸虜已平 海内無事 可以郊祀天神 用申大孝者也 乃立靈畤於鳥見山中 其地號曰上小野榛原 下小野榛原 用祭皇祖天神焉
四年の春二月（きさらぎ）の壬戌（みづのえいぬ）の朔甲申（きのえさるのひ；23日）（BC657.02.23）に、詔（ことよさ）して曰（のたま）はく、「我（わ）が皇祖（みおや）の霊（みたま）、天（あめ）より降（くだ）り鑒（み）て、朕（わ）が躬（み）を光（てら）し助（たす）けたまへり。今諸（もろもろ）の虜（あたども）已（すで）に平（む）けて、海内（あめのした）事（こと）無（な）し。以て天神（あまつかみ）を郊祀（まつ）りて、用（も）て大孝（おやにしたがふこと）を申（の）べたまふべし」とのたまふ。乃ち霊畤（まつりのには）を鳥見山（とみのやま）の中に立てて、其地（そこ）を号（なづ）けて、上小野（かみつをの）の榛原（はりはら）・下小野（しもつをの）の榛原と曰（い）ふ。用（も）て皇祖天神（みおやのあまつかみ）を祭（まつ）りたまふ。
”ことよさす”は政治をお任せになる（三省堂古語辞典）、丹生川上において、高皇産霊尊の霊を自に降ろした磐余彦尊であった。高皇産霊尊の霊が磐余彦にお任せになるといふことであらう。皇祖之霊とは、高皇産霊尊の霊となる。鑒は鑑で、盤に水を盛り、顔容を写す形の字、”かがみ”、”みる”、”いましめる”と訓じる。海は中国では四海といひ、中国を取り巻く晦冥（中華に対する四方の極地）の世界、海内・海外・大荒と分けることがあり、海内は国内、天下の義でもある（字訓/字統）。本来なら、丹生川上において、天神を祭るべきであるが、中国風に、郊外で祭ることにした。
淮南子時則訓によれば、「立春の日には、天子は三公、九卿、大夫を率いて、東方の郊外で歳を迎え、祠位（ほこらにある天地祖宗の神位）を修除（はらい、きよめ）、鬼神を弊（弊束で）禱（大声で神を呼び福を求める）、犠牲に牡（雄牛）を用いる。立夏の日には、天子は三公、九卿、大夫を率いて、南方の郊外で歳を迎え、還って賞を賜い、諸候を封じ、礼楽を修め、左右の臣を饗応する。立秋の日には、天子は三公、九卿、大夫を率いて、西方の郊外で歳を迎え、還って軍率、武人を朝に賞す。立冬の日には、天子は三公、九卿、大夫を率いて、北方の郊外で歳を迎え、還って（国）事に死せる者を賞し、孤（児）寡（婦）を存（世話）する」。古く天子は郊に出て、天を祀ったことが礼書にみえるが、卜辞・金文にその証がなく、秦漢以後のことであろう（字統）。孝は説文に、「善く父母に事（つか）ふる者なり」と老者に承順する意（字統）。畤は、説文に、「天地五帝の基止（きし）するところの祭地なり」とあるが経書にはみえない字で、秦が五帝を四畤に祭って、諸畤を建てたのにはじまる。畤は祭天のために壇を高く設けるのみで、宮屋はない。西方のジグラット（字統）。
長髓是邑之本號焉 因亦以爲人名 及皇軍之得鵄瑞也 時人仍號鵄邑 今云鳥見是訛也とあり、鵄の現はれた地が鳥見といふのが書紀の編者の立場である。長髓彦の本拠地のやうであるが、戦闘の状態ではそこに踏み込んでいるとは思はれず、忍坂近辺の鳥見山（地図）が現実的とみた。”をの”の”を”は接頭語で、野のこと（三省堂古語辞典）、野は農耕などの及んでいないところ、”はりはら”の”はる”は新たに地を掘り開いて、田畑を開墾し、また道や池などを作ること（字訓）、この場合は畤をつくること。榛原の語源であらう。
後世、物部氏は”とみ”を自らの聖地として復権させようとし、石上神社との関連で伝承を残している。上小野の榛原、下小野の榛原に関して、布留から瀧本（地図）へかけて布留川に沿える一帯が布留の小野、瀧本はもとの熊橋村、桃尾村、針尾村の三小村を後世合併したものであり、榛、針、萩はハリと読み、針と榛が通じる（鳥見山傳称地私考 by 乾健治氏；神奈備）とある。霊畤伝承地六ヶ所とされ、榛原となれば、榛原北の鳥見山（地図）とならう。墨坂、忍坂の戦闘、鳥見での戦闘を考へれば、上小野の榛原とは墨坂、下小野の榛原は忍坂を念頭において霊畤が設置されたものとみたい。また、行賞において、饒速日尊、宇摩志麻治命、高倉下の処遇は一切触れられなかった。先代旧事紀（先代旧事本紀巻第七 天皇本紀；『先代旧事本紀』の現代語訳（HISASHI ）とは大いに異なる。書紀編者達の立場であった。
即位四年春ニ月に、郊祀を行なふ。高皇産霊尊の霊、天より磐余彦尊に降りかがみのごとく、磐余彦尊の躬を光し助けたまはれた。その結果、もはやすべての虜、已に平定され、天下は、平穏となった。天神を郊に祀り、大きに孝を尽す決意を申べたまはれた。霊畤を鳥見山の中に立てて、其地を、上小野の榛原、下小野の榛原と号けられた。皇祖、天神を祭るという新たな政権の根源を郊外の榛原において世人に初めて示されたことになる。
卅有一年夏四月乙酉朔 皇輿巡幸 因登腋上嗛間丘 而廻望國狀曰 姘哉乎國之獲矣 【姘哉 此云鞅奈珥夜】 雖內木綿之眞迮國 猶如蜻蛉之臀呫焉 由是 始有秋津洲之號也 昔伊奘諾尊目此國曰 日本者浦安國 細戈千足國 磯輪上秀眞國 【秀眞國 此云袍圖莽句儛】 復大己貴大神目之曰 玉牆內國 及至饒速日命 乘天磐船 而翔行太虚也 睨是郷而降之 故因目之 曰虚空見日本國矣
卅有一年の夏四月（うづき）の乙酉（きのとのとり）の朔（ついたちのひ）（BC630.04）に、皇輿（すめらみこと）巡（めぐ）り幸（いでま）す。因りて腋上（わきがみ）の嗛間丘（ほほまのをか）に登りまして、国（くに）の状（かたち）を廻（めぐ）らし望（のぞ）みて曰（のたま）はく、「妍哉乎（あなにや）、国の獲（え）つること 【妍哉、此をば鞅奈珥夜（あなにや）と云ふ】 内木綿（うつゆふ）の真迮（まさ）き国と雖も、猶（なほ）し蜻蛉（あきづ）の臀呫（となめ）の如くにあるかな」となたまふ。是（これ）に由りて、始（はじ）めて秋津洲（あきづしま）の号（な）有り。昔（むかし）、伊奘諾尊（いざなぎのみこと）、此の国を目（なづ）けて曰（のたま）はく、「日本（やまと）は浦安国（うらやすのくに）、細戈（くはしほこ）の千足（ちだ）る国、磯輪上（しわかみ）の秀眞国（ほつまくに）」【秀眞国、此をば袍圖莽句儛（ほつまくに）と云ふ】 復（また）大己貴大神（おほあなむちのおほかみ）、目（なづ）づけて曰（のたま）はく、「玉牆（たまがき）の内（うち）つ国」とのたまひき。饒速日命（にぎはやひのみこと）、天磐船（あまのいはふね）に乘りて、太虚（おほぞら）を翔行（めぐりゆ）きて、是（こ）の郷（くに）を睨（おせ）りて降（あまくだ）りたまふに及至（いた）りて、故（かれ）、因りて目（なづ）けて、「虚空見（そらみ）つ日本（やまと）の国（くに）」と曰（い）ふ。
書経、舜典では「五載一巡守」と五年に一度巡守が行なはれたとされる。輿は車の輿（こし）、四隅に手をかけて輦（てぐるま）をかつぐ形（字統）。腋上（地図）は御所市本間のあたり、その南の国見山を嗛間丘とするが、定かならず、と注される。「頂上付近から北側を眺めると、信貴山、生駒山、また大和三山が一望でき、後に葛城、古瀬を背負う」（国見神社：神奈備）眺望である。
”あなに”は賞賛の副詞、”や”は間投詞と注される。内（うち）の古形は”うつ”で空の意、外からはみえず中にかくれているもの（字訓）、”ゆふ”木綿は、楮の皮をほぐしてさらし、細かい糸状にしたもので、白和幣に用いられ、青和幣は麻で作られた。”まさき”の”ま”は完全な、まことのといった美称、”さき”は幸とされるが、ここでは迮（さく）としている。迮の乍は木の枝を強く撓（たわ）める形で、これをはじく力がある。迮には武力を加える意があり、”うつ”とも訓じる（字統）。蜻蛉はとんぼ、あきつ、かげろう。臀は臀部（しり）、呫は嘗めること。”となめ”の”と”は”みとのまぐはひ”の”と”で性器のこと。子孫繁栄の願いもこめられていやう。
目を動詞とする場合には、目で合図をする、めくばせして意を通じ合う、みる、かなめとすることであるが、”なづく”と訓じている。”うら”浦は海や湖などの岸が、湾曲して陸地に入りこむところ、裏（うら）、心（うら）と同源の語。”やすし”は心がおだやかで、おちつくこと（字訓）。”くはし”は細やかで美しく、すぐれていること、”ほこ”は両刃の剣に長い柄をつけて、突き刺す武器であるが、もとは木製で穂木（ほこ）の意、神の寄りつく木を意味する（字訓）。磯は石が相磨することをいう、輪の侖は次第してあつまり、まるくつらなるもの（字統）。上は場所や身分の関係において上の方、尚に通じ、高尚、尊尚の意（字訓）。”ほ”秀は山の峯のように、高く抜き出てめだつもの（字訓）。
”たま”玉を霊の憑代（よりしろ）とする考えが古くからあり、わが国では、緑の玉が霊に近いものとして好まれたようである、”かき”は邪霊の侵入をふせぐ呪能があるとされ、牆は穀物倉のために土壁を築くこと（字訓、字統）。
天から降りるに木や柱や磐や丘（虚）が用ゐられ、手足で伝って降りるばかりでなく、船も用ゐられた。それらの目安になった「船通山」もあった。饒速日命は先代旧事紀によれば三十二名の供を連れていたとされ、船でもなくば一気に降りることは不可能であったらう。「熊野諸手船、亦名天鴿船」、「往來遊海之具 高橋 浮橋及天鳥船」と、両手で漕ぐ諸手（もろて）船、通信役の鴿（はと）船、レジャー用の鳥（とり）船があり数十人の人間と物資を載せる磐船とは巨船、船着場として虚（をか）や巨石を必要としたとでも考へてみたい。”そら”虚は説文に「大丘なり」とし、「崑崙丘、これを崑崙の虚といふ」と山海経の崑崙虚の説を引く。崑崙の遺構と伝えるものによって考えると、それはジグラット形式の神殿であったらしく、地の西極にあって魂の赴くところとされた。のちそのような聖所のあとを虚、墟という。虚址の意よりして現実に存しないもの、虚偽・虚構の意となり空虚・虚無の意となる。国語の”そら”が”そらごと”となるのと同じ過程である。枕詞に用いる”そらみつ”、”そらにみつ”のように「見る」、「満つ」といづれも甲類音を用い、大和・山につづくが、その語義はなお明らかでない（字訓）。淮南子墜形訓に曰、「（崑崙山の）中に増城が有り、九重、高さ一万千里百十四歩二尺六寸。・・・崑崙の丘、之を倍上れば、涼風の山。之を上れば不死。之を倍上れば、縣圃。之を上れば霊、風雨を使うことができる。之を倍上れば、上天。之を上れば神、太帝の居という」。日本で崑崙の虚（をか）を想起せしめる不死の山は、富士山を筆頭とする雪をいただく高山であらう。
睨は説文に「邪（ななめ）に視るなり」とあり、楚辞、離騒に「忽ち臨みて夫（か）の舊郷を睨（み）る」のように、天上より竜に駕して下界を睨るにふさわしい字（字統）。
アイヌ語の解釈（神武紀31年・国状の描写；日本古代史とアイヌ語）マオリ語の解釈（秋津島；夢間草廬）タミル語の解釈（第19章 日本の美称考；日本語の起源 田中孝顕著）ほつまつたゑの解釈（『ほつま』の意味 と 『秀真国(ほつまくに』；ほつまつたゑ)と色々な見方があって、面白い。そこに一滴たらすおもいである。
27年後といふのは、どう理解すべきか、天皇、輿に乗り巡幸す。鹽土老翁 曰 東有美地 青山四周 其中亦有乘天磐船而飛降者 余謂 彼地 必當足以恢弘大業 光宅天下 蓋六合之中心乎 厥飛降者 謂是饒速日歟 はすでに過去、今や青山四周の美地を眺める立場となった。腋上の嗛間丘に登り、その状を望んでみると、そこを迮（う）って、国を獲たことに改めて感慨を覚えた。嗛間丘からの眺望は、白雲が木綿のごとく、内に力を秘め結い連なっていた。枝を撓めたように、あるいは交尾するとんぼのように活き活きとした山が四周をとりまいていた。この地は、まだ一国といへど、天下、六合の中心であり、どこまでも峰が連なるごとく、子孫繁栄すべき洲であることから、秋津洲と命名した。
昔、伊奘諾尊は、日本は、穏やかな浦のある（良港に恵まれた）国、神々の降りる穂木の豊かな国、上流から玉を磨ぎ出す（玉を産出する）高山のある国と申された。これは、「田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 不死の高嶺に 雪は降りける」を想起させる。
大己貴大神は、（中洲を）邪霊の侵入を防ぐ山々が垣のごとくとりまき、穀物のよく実る内つ国と申された。
饒速日命に至りて、天磐船に乘りて、太虚を翔行くとは、不死の山の虚を航行されたと想像しやう。しかし、睨り降りたのは、是の郷（中洲）であった。故に、「虚空見つ日本の国」と申された。地、洲、郷、邑でなく、六合の中心としての日本（やまと）の国という意識を投影させた。
卌有二年春正月壬子朔甲寅 立皇子神渟名川耳尊 爲皇太子
卌有二年の春正月（むつき）の壬子（みづのえね）の朔（ついたち）甲寅（きのえとらのひ；3日）（BC619.01.03）に、皇子（みこ）、神渟名川耳尊（かむぬなかはみみのみこと）を立（たて）て、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。
即位42年、日向、菟狹、筑紫の国の岡水門、安芸、吉備とはどういふ関係を結んだのか何も語られていない。これを可能とした海運力は一体どこに消えたのか？何故それを充実させないのか？それこそが力の源泉であったはずではなかったか？皇帥はそれぞれの出身者、難波以降の合流者の混成軍となり、中洲に定着することになったが、故郷に妻や子や親が待っていたはずである。日向国吾田邑吾平津媛の消息がわからない。母を呼び寄せようともせぬ父、磐余彦尊を手硏耳命はどのやうに思っていたのであらうか？暴風で稻飯命、三毛入野命の二人の兄を失ったとき、天皇獨與皇子手硏耳命 帥軍而進 至熊野荒坂津 と残されたのは我が子、手硏耳命のみ、苦難を共にしたのは手硏耳命であった。しかし、中洲を平定するや、これを確固たるものにするために、政略を優先し媛蹈鞴五十鈴媛命を娶り、天皇元年 尊正妃爲皇后 生皇子神八井命 神渟名川耳尊 と手硏耳命の立場は難しいものとなった。母との間を引き裂かれた手硏耳命の運命は、腹違いの末子が後継者となり、過酷なものとなる。それにしても、従軍した者がすべて磐余彦尊のごとく、故郷を放り出し中洲で妻を娶り子をもうけて、長く生きたのであらうか？中洲に閉じ込められたごとき展開は何なのであらうか？
七十有六年春三月甲午朔甲辰 天皇崩于橿原宮 時年一百廿七歳
明年秋九月乙卯朔丙寅 葬畝傍山東北陵
日本書紀卷第三
七十有六年の春三月（やよひ）の甲午（きのえうま）の朔甲辰（きのえたつのひ；11日）（BC585.03.11）に、天皇（すめらみこと）、橿原宮（かしはらのみや）に崩（かむあが）りましぬ。時に年（みとし）、一百廿七歳（ももあまりはたちあまりななつ）
明年（くるつとし）の秋九月（ながづき）の乙卯（きのとのう）の朔丙寅（ひのえとらのひ）（BC584.09.12）に、畝傍山東北陵（うねびのやまのうしとらのみささぎ）に葬（はぶ）りまつる。
橿原宮は畝傍山東南（地図）、陵は東北となった。東南（辰巳）は、易では、巽（ニ陽一陰；巽為風）。易経（岩波文庫高田真治/後藤基巳訳）によれば、巽は、巽順、従って入るの意、八卦の巽の一陰がニ陽に下り従う卦象に取る。人に従って入ることを心がければ、まずまず無難に亨るから、進んで事に当ってもよろしいが、従う相手としては大人すなわちりっぱな人物を選ぶようにすることがよろしい。
｛彖伝｝巽が二つかさなっているのは、命令をかさねてくりかえすという意味である。剛（九五）が中正の道に従って行動するからその意志が行なわれ、柔（初・四）はみなその上に居る剛に従う態度を持している。従って少しく亨り、往くところあるに利ろしく、大人を見るに利ろしいとされるのである。
｛象伝｝風（巽）が後ろか後へと吹き随うのが巽である。君子はこの卦象にのっとって、命令を丁寧にくりかえしてから事を実行にうつすのである。と君子が命令を出すにふさわしい方向とみている。東北（丑寅）は艮（一陽ニ陰；艮為山）。艮は止まって動かざること。八卦の艮の卦徳に取る。人の身体でいえば、最も止まって動かぬ所は背中である。従ってその背に止まるとは止まるべきところに止まることであり、心が止まるべきところに止まっていれば、身体の私欲は遂げ得られず、ひいては人のいる庭に行ってもその人が目にはいらず、これにひかれることもなくて心身の安定を保ち得る道理であるから、咎はない。
｛彖伝｝艮とは止まることである。止まるべき時には止まり、行くべき時には行って、動静ともにその時機を失することがなければ、その道は光明である。その背すなわちその止（し）に艮（とど）まるというのは、その止まるべきところに止まることである。上下卦の六爻がすべて応なく、陽は陽、陰は陰で相い適応して引きあうことがない。だからこそその身の欲はとげ得られず、人の庭に行ってもその人が目にはいらず、外の物に心が誘惑されることがなくて、咎なきを得るのである。
｛象伝｝重なりあった山（艮）があるのが、艮である。その静止し安定した山のすがたにのっとって、君子は心をおちつけ、自分の地位をこえた欲心をおこさないよう心がける。と子孫を守護するにふさわしい方向とみている。
さて、ここに辿りついてみると、古事記や書紀や古語拾遺、先代旧事紀等の編者達が中国と交渉を持った奴国や邪馬台国等々の歴史に全く触れない事に困惑せざるえない。異様な事態である。いまだに謎の邪馬台国。考古学的決定的証拠がなくては、判然としないのは、この時代の人達がこぞってこれを無視したことによる。特定の政治的見地から事実を無視することは、平成の世とて変わらない。何を無視したのか？次巻に進む前に、それを見ておきたい。
日本書紀卷第三
了 2005.03.12 訂正及び以下追加 了 2018.11.15
岩倉紙芝居館 古典館 日本書紀 3-4 上田 啓之
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