神渟名川耳天皇 綏靖天皇
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(岩波文庫 日本書紀 坂本太郎･家永三郎･井上光禎･大野晋 校注 を読む。)
本文に使用した漢字テキストについては古代史獺祭からダウンロードさせていただいている。
神渟名川耳天皇（かむぬなかはみみのすめらみこと） 綏靖天皇（すいぜいてんわう）
神渟名川耳天皇 神日本磐余彥天皇第三子也 母曰媛蹈備五十鈴媛命 事代主神之大女也 天皇風姿岐嶷 少有雄拔之氣 及壯容貌魁偉 武藝過人而志尚沈毅 及卌八歳 神日本磐余彦天皇崩 時神渟名川耳尊 孝性純深 悲慕無已 特留心於喪葬之事焉 其庶兄手硏耳命 行年已長 久歴朝機 故亦委事而親之 然其王立操厝懷 本乖仁義 遂以諒闇之際 威福自由 苞藏禍心 圖害二弟 于時也 太歲己卯
神渟名川耳天皇は、神日本磐余彦天皇（かむやまといはれひこのすめらみこと）の第三子（みはしらにあたりたまふみこ）なり。母（いろは）を媛蹈備五十鈴媛命（ひめたたらいすずひめのみこと）と曰（まう）す。事代主神（ことしろぬしのかみ）の大女（えむすめ）なり。天皇（すめらみこと）、風姿（みやびすがた）、岐嶷（いこよか）なり。少（をさな）くして雄拔（ををし）の気（いきさし）有（ま）します。壮（をとこさかり）に及（いた）りて容貌（みかたち）、魁（すぐ）れて偉（たたは）し。武芸（たけきわざ）人に過ぎたまふ。而して志尚沈毅（みこころざしおごご）し。四十八歳（よそぢあまりやつ）に及（いた）りて、神日本磐余彦天皇崩（かむあが）りましぬ。時に神渟名川耳尊（かむぬなかはみみのみこと）、孝性（おやにしがふひととなり）、純（もはら）に深くして、悲慕（しの）ぶこと已（や）むこと無し。特（こと）に心（みこころ）を喪葬（みはぶり）の事（わざ）に留（とど）めたまへり。其の庶兄（いろね）、手硏耳命（たぎしみみのみこと）、行年（とし）、已長（お）いて、久しく朝機（みかどまつりごと）を歴（へ）たり。故亦（かれまた）、事を委（ゆだ）にて親（みづか）らせしむ。然れども其の王（きみ）、立操（こころばへ）厝懷（こころおきて）、本（もと）より、仁義うつくしびことわり）に乖（そむ）けり。遂（つひ）に以（も）て諒闇（みものおもひ）の際（きは）に、威福（いきほひ）自由（ほしきまま）なり。禍心（まがのこころ）を苞（か）ね蔵（かく）して、二（ふたはしら）の弟（いろど）を害（そこな）はむことを図（はか）る。時に、太歳己卯（つちのとのう）なり。
魏志倭人伝を通覧して、やっと書紀に戻った。「神武天皇、四十有二年春正月壬子朔甲寅（BC619.01.03） 皇子、神渟名川耳尊を立て、皇太子と爲す」とあった。母の媛蹈備五十鈴媛命は「事代主神、三嶋溝耳神之女、玉櫛媛に共して生む所の兒」であり、三嶋の溝咋一族の娘、葛城の鴨族が進出してきた所でもあった。注に、蹈備五十鈴媛命を大女、妹の五十鈴依媛命を少女という、とある。皇子、神八井命 神渟名川耳尊が生まれた。すでにみたやうに、磐余彦尊と日向国吾田邑吾平津媛との間の子、手硏耳命は父と東征に出、父と苦労を共にしてきた。ところが新天地で勢力を拡大するには、何にも増して地元の豪族との姻戚関係を結ぶことが優先されざるを得なかった。手硏耳命にとっては、如何ともしがたい現実である。
さて、魏志倭人伝の内容は無視しておきながら、魏志の表現だけはしっかり借用しているというところには驚かされる。魏志、明帝紀によれば、明帝は「帝生数歳而有岐嶷之姿」であり、岐（たかく）嶷（さとい）、才知が人より優れていること。「明帝沈毅断識」ともあり、沈毅は沈着剛毅、落ち着いていて意志がしっかりしていること（角川漢和中辞典）。また、書紀巻二十八天武天皇において「壮に及りて雄拔（おお）しく神武（たけ）し」とあるのは、魏志、文帝紀の「頼武王神武」による。後漢書、郭泰伝に、「好奨訓士類容貌魁偉」とあり、からだが大きくてりっぱなこと（角川漢和中辞典）。注に、後漢書、光烈陰皇后紀に「明帝性孝愛、追慕無已」ありといふ。大和の天皇の性格描写に好んで用ゐられることになる。
四十八歳の時とは、神武天皇在位七十有六年春三月甲午朔甲辰（BC585.03.11）であった。神渟名川耳尊は孝性があるといふ。それは、亡くした親を深く偲び、哀葬することといふ。これは、孔子の教にもとづく儒者の見解である。このやうな在り方が卑弥呼の生きた200年代を溯ること800年前の日本にあったわけがない。卑弥呼を共立する際にも、卑弥呼の後継を選ぶにも縁のない基準である。神渟名川耳尊の擁立にかやうな記述を導入したのは、頭隠して尻隠さず。神武天皇が丹生川上の五百箇真坂樹を拔取にして、諸神を祭（いは）ひ、高皇産霊尊の霊を自に降ろし、道臣命に厳媛の名を授け斎主とし、埴瓮を厳瓮、火を厳香来雷、水を厳罔象女、粮を厳稲魂女、薪を厳山雷、草を厳野椎と爲した。このような考へ方も卑弥呼以前の日本で行はれたとも思はれない。あれば、帯方太守から派遣された梯儁や張政を通じて報告され、魏志倭人伝に紹介されたことであらう。「女王は鬼道を行い能く衆を惑わす」という報告であり、統治システムの実体が理解できなかったのが現状であり、道徳性や確固たる神性に基づくものがあるとはみなされていなかった。卑弥呼を忌避し、神渟名川耳尊は明帝に似せて描くといふのであるから、驚いてしまった。この精神状態とは何だろうか？
庶兄は妾腹の兄のことであるが、ひどい表現である。腹違いの兄であるが、すでにみたやうに、母は日向国吾田邑吾平津媛であり、本来ならば、神武天皇の後継者である。神武天皇の物語は最終のところで、日向国や菟狹、吉備、東征を支えた海運力との関連がぶちきれ、いきなり倭（やまと；奈良盆地）に舞台が固定されてしまう不自然さがあった。その海運力が何処からきて、何処に消えたのか？異様なものを感じて、魏志倭人伝通読に入った。神武天皇はいきなり、徳川家康のごとく鎖国を行ったかの感がある。媛蹈備五十鈴媛命を娶ったのは三嶋、白肩津を握ることであり、海運拠点は押さへていた。その経緯を知っていたのは手硏耳命である。
行年は世に生きていた間の年齢（角川漢和中辞典）。道臣命、大来目、珍彦、弟猾、弟磯城、剣根、頭八咫烏、降伏した饒速日命、その子、宇摩志摩遅命等が中核となって政権が構成されるのであるが、手硏耳命も重要な役割を担っていたはずである。朝機とは朝廷の機構のことであり、久歴であるから長く歴任したことになる。委事とは仕事を任すことであり、親之であるから、任され自ら直接行ったことになる。王のごとくであった。立操、厝（措）懷は心の持ち様と訳されている。まもるべきこと、いだくべきことが本来仁義に背き、諒闇とは天子が父母の喪に服する期間のことであるが、威福とは天子の威力と幸福、自らに由るとは、ほしいままにすると訳されている。禍心を包み隠すとは二人の弟、神八井命 神渟名川耳尊を殺そうとしたこと。注に、後漢書、閻皇后紀の「兄弟権要、威福自由」、伏皇后紀の「陰懷妬害、苞藏禍心」によるといふ。手硏耳命にこれを当てはめた。その時は太歳己卯BC582年（十干十二支と西暦対象表）。神武天皇崩御が丙子BC585年春三月、葬儀は丁丑BC584年秋九月、中国風にいへば三年の喪といふことになるが、手硏耳命は、親を深く偲び喪に服すどころか、「遂以諒闇之際 威福自由 苞藏禍心 圖害二弟」の挙に出た。
冬十一月 神渟名川耳尊 與兄神八井耳命 陰知其志 而善防之 至於山陵事畢 乃使弓部稚彥造弓 倭鍛部天津眞浦造眞麛鏃 矢部作箭 及弓矢旣成 神渟名川耳尊 欲以射殺手硏耳命 會有手硏耳命於片丘大窨中 獨臥于大牀 時渟名川耳尊 謂神八井耳命曰 今適其時也 夫言貴密 事宜愼 故我之陰謀 本無預者 今日之事 唯吾與爾自行之耳 吾當先開窨戸 爾其射之 因相隨進入 神渟名川耳尊 突開其戸 神八井耳命 則手脚戰慄 不能放矢 時神渟名川耳尊 掣取其兄所持弓矢 而射手硏耳命 一發中胸 再發中背 遂殺之 於是 神八井耳命 懣然自服 讓於神渟名川耳尊曰 吾是乃兄 而懦弱不能致果 今汝特挺神武 自誅元惡 宜哉乎 汝之光臨天位 以承皇祖之業 吾當爲汝輔之 奉典神祇者 是卽多臣之始祖也
冬十一月（しもつき）（BC582年11月）に 神渟名川耳尊、兄（いろね）の神八井耳命（かむやゐみみのみこと）と、陰（ひそかに）に其の志（こころ）を知（しろ）しめして、善（よ）く防（ほせ）きたまふ。山陵（みささぎ）の事（わざ）畢（をは）るに至（いた）りて、乃（すなは）ち弓部稚彦（ゆげのわかひこ）をして弓（ゆみ）を造らしめ、倭鍛部（やまとのかぬち）天津真浦（あまつまら）をして真麛（まかご）の鏃（やさき）を造らしめ、矢部（やはぎべ）をして箭（や）を作（は）がしむ。弓矢既に成りぬるに及（いた）りて、神渟名川耳尊、以て手硏耳命を射殺（いころ）さむと欲（おもほ）す。会（たまたま）、手硏耳命、片丘（かたをか）の大窨（おほむろ）の中に有（ま）して、独り大牀（おほみとこ）に臥（ま）します。時に、渟名川耳尊、神八井耳命に謂（かた）りて曰（のたま）はく、「今適（たまたま）其の時なり。夫れ、言（こと）は密（しのび）を貴（たふと）び、事（わざ）は慎（つつし）むべし。故（このゆゑ）に我が陰謀（しのびのはかりごと）に、本より預（あひそ）ふ者（ひと）無し。今日（けふ）の事（こと）は、唯（ただ）吾（われ）と爾（いまし）、自（みづか）ら行（おこの）ひたまはくのみ。吾、当（まさ）に先（ま）ず窨（むろ）の戸を開（あ）けむ。爾（いまし）、其れ射よ」とのたまふ。因（よ）りて相隨（あひしたが）ひて進み入る。神渟名川耳尊、其の戸を突き開く。神八井耳命、則（すなは）ち手脚（てあし）戦慄（ふるひをのの）きて、矢を放（い）ること能（あた）はず。時に、神渟名川耳尊 其の兄（いろね）の所持（も）たる弓矢を掣（ひ）き取（と）りて、手硏耳命を射る。一発（ひとさ）に胸に中（いた）てつ。再発（ふたさ）に背（そびら）に中（いた）てて、遂（つひ）に殺しつ。是に、神八井耳命、懣然（は）ぢて自服（したが）ひぬ。神渟名川耳尊に譲りて曰（まう）さく、「吾（やつかれ）は是乃（いまし）の兄（このかみ）なれども、懦（つたな）く弱（よわ）く、不能致果（いしきな）からむ。今、汝（いましみこと）、特挺（すぐ）れて神武（あやしくたけ）くして、自（みづか）ら元悪（あた）を誅（つみな）ふ。宜（うべ）なるかな、汝の天位（たかみくら）に光臨（てりのぞ）みて、皇祖（みおや）の業（つぎて）を承（う）けむこと。吾は、当（まさ）に汝（いまし）の輔（たすけ）と爲（な）り、神祇（あまつやしろくにつやしろ）を奉典（つかさどりまつ）らむ」とまうす。是れ即ち多臣（おほのおみ）が始祖なり。
「陰知其志」は古事記によれば、神武天皇崩御の後、手硏耳命は皇后である媛蹈備五十鈴媛命を娶ったとある。「遂以諒闇之際 威福自由」とはこのことをさすのであらう。かく王位を簒奪し、その皇子達を殺すことを謀ったのであるが、母として患い苦しみ、歌を以て御子達に知らしめた。「狭井河（さゐがは）よ 雲立ちわたり 畝火（うねび）山 木（こ）の葉騒（さや）ぎぬ 風吹かむとす」「畝火山 晝は雲とゐ 夕されば 風吹かむとぞ 木の葉騒げる」の二首である。狭井河は大神（おほみわ）神社の摂社の狭井神社の北を流れる川（狭井の神社）。古事記においては紀年については全く記述はなく、中国史書の引用で修飾するやうな手法もない。叙事詩のごとく展開してゆき、書紀とは趣が異なる。
神武天皇の葬儀は丁丑BC584年秋九月のこと、畝傍山東北陵に葬られている。ニ年後の十一月で「山陵事畢」とは、死後三周忌の祭りを終へてといふことにならうか。弓矢を準備しているが、古事記では兵を用ゐたとある。兵とは、元来斤（おの）を両手で持つさまで斧を想定している。書紀では弓部、鍛（治）部、矢部があったといひたい。書紀巻ニに「天稚彦 乃取高皇産靈尊所賜天鹿兒弓天羽羽矢」とあった。弓部は高魂命（たかみむすひのみこと；高皇産霊尊）の孫、天日鷲翔矢（あまのひわしかけるやのみこと）の後、弓削部に連なる。天津真浦は古事記の「鍛人天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度賣命に科せて鏡を作らしめ・・・」の天津麻羅と同じ。書紀の「石凝姥爲冶工 採天香山之金 以作日矛 又全剥眞名鹿之皮 以作天羽韛」あるいは「天糠戸者造鏡」「彦狹知神爲作盾者 天目一箇神爲作金者」にあるごとく金工。麛は鹿の子、真は本物の義、鹿の子をしとめる鏃。倭鍛部は韓鍛部にたいするもので、鍛治の技術が国産化されていたとの主張である。箭は矢の幹に適する竹。片や、神話時代の名前が登場する、その一方、部が成立するのは5世紀に入ってからのこととされ、アンバランスなとりあはせである。
片丘は北葛城郡王子町香芝町上牧村辺（地図）、大窨は通証に「延佳曰く、ニ上山麓より河内石河郡に至る路大阪と謂う、今尚大きな窟有りて俗に岩窟越と云う」と注される。河内に通じる竹之内街道近辺（地図）とみたい。手硏耳命は、媛蹈備五十鈴媛命の父方、事代主神の里、葛城に足をはこび、この地元の古族との良好な関係を築こうとしたのであらう。牀には坐すものと臥すものがあり、ト文の爿に従う字には疾病や夢に関するものが多い（字統）。はるか日向の母の夢でも見ていたのか、御子の殺害方法を思案していたのか･･･會、適をたまたまと訓じているが、會は上に蓋のある器を下から蒸して料理すること、適はかなう、ゆくことが原義（字統）。會は片丘の大窨にからまる語であり、手硏耳命がそこでよく臥牀することが知られていたものと思はれる。「夫言貴密 事宜愼 故我之陰謀 本無預者」歌で危険を知らされたといふことは、他にも十分漏れ伝はっている可能性がある。預はそのことにたちまじわり、あずかる意（角川漢和中辞典）”あひそふ”と訓じている。「今日之事 唯吾與爾自行之耳」二人の御子は誰にも相談せず、手硏耳命がありえまいと油断をするほど密かにその時を待った。掣とは、人を制して己に従わせること（字統）。懣然はもだえるさま、”はじて”と訓じている。
「特挺神武 自誅元惡」が決め手であった。神武を”あやしくたけし”と訓じている。”あやし”は霊妙でふしぎである、常識では理解しがたいようなことに対して、驚きの感情をもつこと、”たけし”は雄々しく勇ましいをいう（字訓）。神武といふのは人間的範疇を超えた力、悪を誅する力を象徴しているかのごとくである。「汝之光臨天位」、汝の放つ光は天位を臨（のぞむ、てらす）ものである。磐余彦尊（神武天皇）が自らに皇祖（高皇産靈尊）の霊を降ろしたことが、新たな政権の源であったことと考え合はせる必要がある。彦火火出見尊（弟）と火酢芹命（兄）の場合も、「兄知弟有神德 遂以伏事其弟 是以 火酢芹命苗裔 諸隼人等 至今不離天皇宮墻之傍 代吠狗而奉事者矣 世人不債失」弟に神德（あやしきいきほひ）があり、兄は伏し、隼人等と天皇を守護することになる。「皇祖之業」とは、この場合には神武天皇の事業となる。神祇は天神地祇であるが、”あまつやしろくにつやしろ”と訓じている。”やしろ”は神を祀るとき、神を迎える地として土地を清め、神の宿るべき小屋を設けた、「や」は神霊の居るところをいう。屋代であるが矢代とするのは、もとは矢が神の憑代とされたことによる（字訓）。古事記の兵が矢と代った理由かもしれない。多臣（おほのおみ）は、大和国十市郡飫富（奈良県磯城郡田原本町多（地図））を本拠とし、天武十三年十一月朝臣姓を賜ると注されている。古事記では「日子八井命者茨田連（河内） 手嶋連（摂津）之祖 神八井耳命者意富（飫富）臣 小子部連（多朝臣と同祖） 坂合部連（大彦命の後裔） 火君（肥国） 大分君 阿蘇君 筑紫三家連（筑前国那珂郡三宅郷） 雀部臣（多朝臣と同祖） 雀部造 小長谷造 都祁直（山辺郡） 伊余國造 科野國造（信濃国） 道奧石城國造（磐城国） 常道仲國造（常陸国那珂郡） 長狹國造（安房国長狭郡） 伊勢船木直 尾張丹波臣 嶋田臣（尾張国海部郡島田郷）等之祖也」とある（08 神武天皇：日本神話の御殿）。河内、攝津は九州、四国もさることながら、伊勢、信濃、常陸、陸奥に通じる海路の要であった。大和は山門、生駒山系に守られた地であり、葛城から河内、白肩津（枚方）を押さえていたのが事代主神を祖とする族であった。
元年春正月壬申朔己卯 神渟名川耳尊 卽天皇位 都葛城 是謂高丘宮 尊皇后曰皇太后 是年也 太歲庚辰
元年（はじめのとし）の春（はる）正月（むつき）の壬申（みづのとさる）の朔（ついたち）己卯（つちのとのうのひ）（BC581.01.08） 神渟名川耳尊、即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。葛城（かづらき）に都（みやこ）つくる。是を高丘宮（たかをかのみや）と謂ふ。皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。是年（ことし）、太歲庚辰（かのえたつ）（BC581年）。
神渟名川耳尊の天皇即位は天孫と国神の融合となった。大国主命が国譲りを行った時、「帰順ふ首渠は大物主神及び事代主神。すなはち、八十萬神を天高市に合め、もって帥て天に昇り、その誠款の至を陳す」のごとく、高皇産霊尊は大物主神、事代主神に葦原中国の統治を委ね、天津彦彦火瓊瓊杵尊を日向の高千穗峯に降ろした。大物主神、事代主神は「甘茂君等」と称され、甘茂は加茂、賀茂、鴨、三輪は美和、神（みわ）、賀茂氏は西南部（葛城）を本拠地とし、三輪氏は大和盆地東南部（三輪 ）を本拠地とした。その以前には高皇産霊尊は、天稚彦を葦原中国に降ろし、大国主命を統御せんとしたが、「顕国玉の女子、下照姫（またの名高姫、またの名稚国玉）を娶る」と大国主命に取り込まれてしまった。古事記では、顕国玉は大国主神。下照姫は、大国主神が奥津宮に坐す、多紀理毘売命を娶り、生む二女の妹高比売、亦の名、下光比売命であり、天稚彦と下照姫の縁組は天孫と国神の相応する結びつきであったが主導権が大国主神にあった。返し矢により、この天稚彦が死んだとき、「味耜高彦根神は天に昇り喪を弔う」とあった。出雲風土記によれば、「所造天下大神（大己貴神＝大国主命）之御子阿遲須枳高日子命」であった（その后は天御梶日女命であり天上から后を迎えている）。須枳は耜で、手もて耕す曲木で農業神である。一連の出来事は出雲において展開しているものと思っていた。ところが、実は、中洲（奈良盆地）が舞台であり、味耜高彦根神は葛城にいた。
先代旧事紀地祇本紀によれば、「大己貴神（おおなむちのかみ）倭の国の城上郡（しろのかみのこおり）大三輪神社に居られる。葛木一言主神（かつらぎのひとことぬしのかみ）［倭の国の葛上郡 （かつらのかみのこおり）に居られる。］大己貴神（おおなむちのかみ）［亦の名は大国主神（おおくにぬしのかみ）。 亦の名は大物主神（おおものぬしのかみ）。亦の名は国造大穴牟遅命 （くにつくるおおなむちのみこと）。亦の名は大国玉神（おおくにたまのかみ）。 亦の名は顕見国玉神（うつしくにたまのかみ）。亦の名は葦原醜雄命 （あしはらしこおのみこと）。亦の名は八千矛神（やちほこのかみ）。 八つの名前が有る。その子は大凡百八十一柱の神が有る。］
まず宗像の奥都島に居られる神の田心姫命を娶って一男一女を生む。味耜高彦根神（あじすきたかひこねのかみ）［倭の国の葛上郡高鴨社（たかがものやしろ） に居られる。一説には捨篠社（しののやしろ）とも云う］。妹の下照姫命（したてるひめのみこと）［倭の国の葛上郡雲櫛社（くもくしのやしろ） に居られる］。
次に邊都宮に居られる高津姫神（たきつひめのかみ）を娶り一男一女を生む。都味歯八重事代主神（つみはやへことしろぬしのかみ）［倭の国の高市郡（たけちこおり） 高市社（たけちのやしろ）に居られる。一説には甘南備飛鳥社 （かみなぎのあすかのやしろ）とも云う。］妹の高照光姫大神命（たかてるひめのおおかみのみこと）［倭の葛上郡御歳神社 （ミトシノジンジャ）に居られる］。
都味歯八重事代主神（つみはやへことしろぬしのかみ） 八尋熊鰐（やひろくまわに）に成って、三島の溝杭（みぞくい）の娘の活玉依姫の元に通い一男一女を生む（先代旧事本紀巻第四 地祇本紀）」となる。
金剛山麓の高鴨神社の地が鴨族発祥の地とされる。「この地は大和の名門の豪族である鴨の一族の発祥の地で本社はその鴨族が守護神として祀った。この神社付近には忍海漢人と呼ばれる渡来人系の韓鍛冶部が居住していた。剣や農器具（鍬など）を制作していた。風の強い地域であり古代の製鉄の場所であったと思われる（神奈備）」。韓鍛冶部は部が成立後のことであるが、すでに日前国県神宮から伊勢神宮に至る中央構造線に沿って鉱山開発が行はれていたことは魏志倭人伝（その2）でみた。赤銅の八十梟帥のところでみるが銅山開発はおこなはれていた。「弥生中期、鴨族の一部はこの丘陵から大和平野の西南端今の御所市に移り、葛城川の岸辺に鴨都波神社をまつって水稲生活をはじめた。また東持田の地に移った一派も葛木御歳神社を中心に、同じく水稲耕作に入った。 それで、この高鴨神社を上鴨社、御歳神社を中鴨社、鴨都波神社を下鴨社と呼ぶようになった。ともに鴨一族の神社である（神奈備）」。鴨都波神社の祭神は鴨都味波八重事代主神（かもつみはやえことしろぬしのかみ ）つまり、事代主神。「「代主」は田の神の古語、「鴨都味波」は鴨の水端（みは） 、すなわち鴨の水辺の意、「八重事」はしばしばの折り目という形容で、つまり「鴨 の水辺で折り目ごとに祀られる田の神」という御神名（鴨都波神社）」とある。事代主神は鰐となって三嶋で姫蹈鞴五十鈴姫命を生むのであった。鰐は和爾、息長という琵琶湖水系に連なる広がりをもっていた。葛木御歳神社の祭神は古語拾遺「御歳神」によれば、書紀巻３高尾張邑でみたごとく、大地主神（おほなぬしのかみ；大己貴神に類似）であり、御歳神（みとしのかみ；田の神）が怒り蝗などの虫を田に放った祟りを鎮めた神であった。
大物主神は、海から浮き来る大己貴神（大国主命）の幸魂奇魂として登場し、三輪で和魂として祭られる。大国主神の分身といってもよい。事代主神は、国譲りはいた仕方なしと決断した大国主神の子としてあらはれる。大国主神が幽事を司ることになって以来の大物主神、事代主神が国神の頂点にたった。
鴨族のもう一つの伝承は八咫烏であり、神魂命孫鴨建津之身命が大鳥に化して磐余彦尊を導いたとされ、姓氏録、山城神別によれば鴨県主・賀茂県主の祖とされる。いちはやく磐余彦尊に味方した鴨族の一派で京都方面に進出した族とされる。
もう一つの伝承は「高尾張邑 【或本云 葛城邑也】赤銅の八十梟帥有す。」「『青銅の神の足跡』谷川健一著によれば、朝町には銅山があり、鉱脈は五百家に走っていると言う。（神奈備） 」赤銅を生産する武装集団がいたことになる。また、「高尾張邑の土蜘蛛は、身短かいが手足が長く、侏儒と似て聡明であったが、皇軍、葛の網で捕えて之を殺した。一連の戦闘を通じて、磐余彦の兵は彼等の霊威をもはや恐れてはいなかった。戦いの経緯に因んで、葛城邑とした」ともあり、この集団は尾張に移動し、高尾張邑が葛城邑と改名されたといふ。この小人は大国主命の全国平定に協力した少名彦命を彷彿させるものがあった。少名彦命は高皇産霊尊の不肖の息子であり、大国主命が事情を察して預かったものであった。大穴持神社（神奈備）は大己貴命（大国主命）を祭っている。高天彦神社に高皇産霊尊が祭られている。「神社の説明では、本社は大和朝廷に先行する葛城王朝の祖神、高皇産霊尊を奉斎する名社（高天彦神社）」高皇産霊尊を葛城の租神とする考え方に基づくものであり、我田引水とばかりいってはおれない。神渟名川耳尊の天皇即位は、まさに高皇産霊尊の計画の実現であった。
葛城は金剛山(1125m)、葛城山（959m）の山麓であり、高丘宮と称した。大和志に葛上郡森脇村（奈良県御所市森脇：地図）の地と注されている。五十猛命 妹大屋津姫命 次柧津姫命 名草姫 石凝姥命の紀伊國に通じる地でもあった。「畝傍之橿原に於て宮柱を底磐之根に太立て、高天之原に搏風峻峙りて」というのが橿原宮であった。高丘宮は高天之原を意識したものであらう。
「剣根なる者を以て、葛城国造と爲す」とあった。このことについては、全く言及がない。これは今後みることにならう。
「皇后を尊び皇太后と曰す」の皇后とは媛蹈備五十鈴媛命であり、この皇后を皇太后と称したとなる。127歳で亡くなった神武天皇のあと、手硏耳命に娶られた皇后である。元来、事代主神の娘であり、その年齢を考えれば頭の中は混乱する。天孫と国神を繋ぐという役割が第一義で、年齢なんぞはどうでもいいのであらう。危機を御子に知らせ、事を成就させた功績を尊び、初の皇太后を授けられた。曹芳が即位したとき明帝の郭皇后を皇太后となした故事を想起させる。
二年春正月 立五十鈴依媛爲皇后 【一書云 磯城縣主女川派媛 一書云 春日縣主大日諸女糸織媛也】 卽天皇之姨也 后生磯城津彥玉手看天皇
二年の春（はる）正月（むつき）（BC580.01） 五十鈴依媛（いすずよりひめ）を立て皇后と爲す。【一書（あるふみ）に云はく、磯城県主（しきのあがたぬし）の女（むすめ）川派媛（かはまたひめ）なりといふ。一書に云はく、春日県主（かすがのあがたぬし）大日諸（おほひもろ）が女糸織媛（いとりひめ）なりといふ】 即ち天皇（すめらみこと）の姨（みをば）なり。后（きさき）は磯城津彦玉手看天皇（しきつひこたまてみのすめらみこと）を生（あ）れます。
五十鈴依媛は媛蹈備五十鈴媛命の妹であった。古事記では、「師木県主（しきのあがたぬし）の租、河俣毘売（かはまたひめ）」で師木県主の租といふことで理解できるが、書紀では「五十鈴依媛」であり、古事記を修正した。日本にはBC580年には県主といふ制度が行はれていたといふ主張である。これは、国書として、中国人や朝鮮人をも意識したものである。魏志倭人伝の伝へる中国、朝鮮風の官名（大夫*、一大率や大倭、大人、下戸）、邪馬台国固有の官名（卑奴母離、爾支、泄謨觚、柄渠觚、馬觚、多模、弥弥、弥弥那利、伊支馬、弥馬升、弥馬獲支、奴佳鞮、*大夫は別格で、古来より好まれたようである）に蓋をしてしまった。
磯城津彦玉手看尊を考へれば、古事記のごとく、河俣毘売（川派媛）を皇后としたと考へるのが妥当である。磯城は磯城彦、つまり兄磯城、弟磯城であり、弟磯城は磐余彦尊に従ったが兄磯城は最後まで戦い滅ぼされた饒速日尊側の聖職者をかねた武人であった。天香（具）山という天地に通じる聖地を祭り守護する立場にあったのではなからうか。磯城とは（書紀、巻三）周囲に岩をめぐらした神を祭る地、桜井市南西部の吉備、池之内、橋本、阿部から橿原市の東池尻町を含む同市南東部にかけての地域（地図）、磐余邑の古地名とみた。注には、「延喜神名式にみえる奈良県磯城郡三輪町金屋にあった城上郡志貴御県坐神社（地図）の鎮座地付近を中心として、後の城上郡・城下郡（現在の磯城郡）に勢力を持った古代の豪族」とある。大物主神の地元である。しかし、川派は和名抄に河内国若江郡川俣郷（大阪府東大阪市川俣：地図）と注されている。これは生駒での戦いに敗れ磐余彦が撤退をした盾津近辺、元来、饒速日尊側の長髓彦の勢力下にあった地、白肩津（枚方）に通じるルートである。師木県主の租、河俣毘売となれば、磯城内であり、橿原市雲梯町の河俣神社（祭神鴨八重事代主神 ：神奈備）あたりのほうがしっくりする。いづれにせよ、磯城県主といふことは、大和政権となってから県主となった族の祖先である。神武以前の兄磯城、弟磯城の時代の族とどう関連するかが問題である。「弟磯城、名は、黑速、磯城県主とす」とあり弟磯城が継続性を有しているのであるが、磯城県主の女といふのが弟磯城の娘とはならないやうである。川派媛は後に婚姻を通じて磯城県主となる、神武以前の族の娘とならうか。中洲に入った磐余彦尊側は地元の有力な族の娘との婚姻を進めていったと思はれる。
多神社（多坐御志理都比古神社）注進状（久安五年（1149年））に「大宮二座、珍子賢津日靈神尊、皇像瓊玉に坐す。天祖聖津日嬖神尊、神物圓鏡に坐す。神淳名川耳天皇の御世、二年辛巳歳、神八井命帝宮より降り、当国春日県に居り大宅を造営し国政を塩梅す。ここに皇祖天神を祭礼し、幣帛を陳し祝詞を啓す。県主遠祖大日諸を祀となし、奉仕せしむるなり。（謎の十市県主：おもしろそう紀）」とある。大日諸の日諸（ひもろ）は”ひもろぎ”からくるのであらう。”ひもろぎ”は神を祭るときに、神を迎える座として、その周囲に常緑樹をたてめぐらしたところ（字訓）。日霊神尊（男神）日嬖神尊（女神）を対神として日神を祭る古族とみる。熊野速玉大社は、早玉（速玉）・結（夫須美）、家津美御子命を二社殿に奉斎したのがはじまりとされ、ニ神とは伊弉諾尊、伊弉冉尊がモデルとされる。男女対神として生成、豊饒、繁栄を祭るやうな形があった。そこに皇祖天神を祭るといふ神武政権のありかたを神八井耳命が導入したことになる。大日諸の女、糸織媛との婚姻により、大日諸は、春日県主の租となった。神武政権は中洲の北方へと勢力圏を拡大していった。
四年夏四月 神八井耳命薨 卽葬于畝傍山北
四年の夏（なつ）四月（うづき）（BC578.04）に 神八井耳命（かむやゐみみのみこと）薨（かむさ）りましぬ。即ち畝傍山（うねびのやま）の北に葬（はふ）る。
神八井耳命は胆力においては弟に劣るとはいへ、神祇を奉典する者としてはすざまじいばかりの組織力を発揮した。神武の東征を支へた海人族を代表する珍彦（椎根津彦：倭國造に任じられたとされる）と連携してのことであらう。皇祖天神を祭ることの意味、またその祭り方といふものを全国的に流布させる租となり、その子孫から古事記を編纂する太安萬侶を輩出している。書紀では茨田連（河内）、手嶋連（摂津）の祖、日子八井命については触れられていない。古事記においては、神八井耳命の兄、先代旧事本紀では、末子とされる。
「阿蘇神話によると、草部吉見神は神武天皇によって先に九州へ派遣されていた日子八井耳命のことで、健磐龍命とは伯父甥の関係になるとしている。・・・健磐龍命は「武五百建命」の別名であり、その異本系図の説明書には、崇神天皇の代に今の長野県の北部に当たる科野国の国造に任命され、肥後国の阿蘇神社に祀られているとあるからだ。武五百建命の二人の子供のうち兄が速瓶玉命で、阿蘇の地にくだり、同じく崇神天皇の代に阿蘇国造を賜る。肥後国阿蘇郡手野に祀ってある国造神社はこれである。一方の弟の健稲背命は科野国造を賜っている。（阿蘇神話の神々の系譜：山への旅（シリーズ））」とあるごとく、九州、科野における勢力拡大に連なっている。国譲りに反対した大国主命の子、建御方命は建甕槌命に追われ科野国州羽（しなののくにすわ）に退いたのであるが、長野県安曇郡とあるごとく、科野には安曇氏に連なる海人族が古くから入り込んでいた。フォッサマグナ沿いの玉石（フォッサマグナミュージアム）開発に関連していたものである。
書紀においては、武甕槌神は、経津主神とともに出雲国五十田狹の小汀で十握剣を抜き地にさかしまにつきたて国譲りを迫った武神である。この時、星神、香香背男が従はず、倭文神、建葉槌命等が平定したのであるが、常陸の国にも香香背男の伝承がある。「香々背男は先住民の酋長（頭領）として常陸国久慈郡大甕山の東端に居住していて、太平洋に面する北日本一帯の制海権を握っていたという伝承が「久慈郡大甕山の倭文神社」にあります。・・・香々背男は眼光は爛々として星の如く輝き、体格は毅然として雲突くばかりに高く、足は剛健にして猛獣の如く強く、手は長大にして禽鳥（きんちょう）の如く早く、その上幾百幾十万の同族を指呼し、自ら諸所の神岩の上を漁りて好んで魚介類を頬ばり、夜は巧みに姿をくらまして大甕山上の雷断石の間隙に隠れ、進退自在、千変萬化、独特の技で敵を侮り、民を悩まし、国の尊厳の何たるかを知らぬ者だったと言います。（常陸国【星神香々背男】：神話と古代史）」 大甕倭文神社（神奈備）の伝承では、香香背男の荒魂を宿魂石で封じ込めたとある。また、「『常陸風土記』では、鹿島の地は神郡と呼ばれ、中臣氏が管轄し、中臣部や卜部などが居住していたことが記されています。この書では、武甕槌という名ではなく香島（鹿島）大神とのみ呼ばれ、天地草昧以前に、八百万の神が高天の原に集まったとき、諸祖神に命じられて天降って来た神と記されています。・・・『古語拾遺』では、経津主命を下総の香取神宮にいます神としています。この神宮もじつは鹿島とならんで中臣氏の氏神であり、８世紀の奈良時代には春日大社に合祠されているのです。（常陸と藤原氏：神話と古代史）」ともある。神祇を奉典する者として、神八井耳命の子孫が、関東にも展開してゆくことになる。
廿五年春正月壬午朔戊子 立皇子磯城津彥玉手看尊 爲皇太子
二十五年の春正月（BC557.01.07）の壬午（みづのえうま）の朔（ついたち）戊子（つちのえねのひ）に、皇子（みこ）磯城津彦玉手看尊（しきつひこたまてみのみこと）を立て、皇太子（ひつぎのみこ）となす。
天照大神は吾児を葦原中国に降ろす時に、「天津彦彦火瓊瓊杵尊に八坂瓊の曲玉、八咫の鏡、草薙剣の三種の宝物を賜ふ。また、中臣の上祖、天兒屋命、忌部の上祖、太玉命、猨女の上祖、天鈿女命、鏡作の上祖、石凝姥命、玉作の上祖、玉屋命、凡て五部神をもって配へ侍らしむ」とあった。この五部神は天石窟の前で祭祀を行った形を地上に降ろすといふことで選ばれている。
磐余彦尊が道臣命に厳媛之号を授けて斎主と爲し、丹生川上で、親ら顕斎を作したことからすれば、道臣命（大伴氏之遠祖日臣命）が最も重要な位置にいたことが伺へる。「宜しく天香山の社の中の土を取り、【香山 此云介遇夜摩】以て天平瓮八十枚【平瓮 此云毘邏介】を造り、并せて厳瓮を造りて天神地祇を敬ひ祭れ」といふ神事であり、武人である道臣命がこの任に当っていることに注目しておきたい。磐余彦尊が饒速日尊の帰順により長髓彦を討った時、天地に通じる天香山でなく畝傍山に宮を啓いた。磐余彦尊の導入した祭祀の方法は、天香山で行はれていた祭祀とは相容れなかったのであらう。新しい酒は新しい皮袋に入れられざるをえなかった。
現実の政治的統合は、祭祀より婚姻が優先された。河内から枚方方面、海運の要を押さへるために、媛蹈備五十鈴媛命を娶った。古事記によれば、大久米（大來目）がこれを推進している。筆者には珍彦（椎根津彦）の策に思へるのであるが。神渟名川耳命は葛城に宮を啓いた。これは、紀伊の名草から、熊野の丹敷方面からの脅威を安定させ、中央構造線沿いの鉱山開発をすすめるためのものと映る。中洲の西と南をかためて、いよいよ天香山の聖地の古族の娘を娶り、皇子磯城津彦玉手看尊に日嗣が継承せしめられる。天孫と国神の融合といふ形式がとられる一方、神八井耳命がついに、皇祖天神を祭るといふ祭祀をこの地に受け入れさせる働きをする。中臣の上祖、天児屋命、忌部の上祖、太玉命ではなく、この神事の導入の中心は神八井耳命であった。
卅三年夏五月 天皇不豫 ○癸酉 崩 時年八十四
三十三年の夏五月（さつき）（BC549.05）に、天皇（すめらみこと）不豫（みやまひ）したまふ。○癸酉（みづのとのとりのひ）に、崩（かむあが）りましぬ。時に年（みとし）八十四（やそぢあまりよつ）。
豫はたのしむ、よろこぶこと、逸豫は周書に曰く、疾（やまい）ありて悆（たの）しまずと（字統）。不豫を”みやまいす：病気になる”と訓じている。5月の癸酉に崩御。綏靖天皇陵（地図）は神武天皇陵の北に造営されている。BC660年に「正妃を尊びて皇后と爲す。皇子、神八井命 神渟名川耳尊を生む。」で何時生まれたかは特定はできない。84歳で没しているとすれば、BC633年生まれとなる。結婚して27年目に出来た子となり、皇太子となったのがBC619年1月で14歳。即位がBC581年52歳、結婚がBC580年53歳、皇太子をたてたのがBC557年76歳。なんとも奇妙な経歴となった。以降の天皇の立太子、即位、御子誕生/立太子の年齢をみる時の参考としやう。古事記では45歳で没しており、即位前となり、どうにも説明がつかない。書紀の編者もこれには困ったことであらう。紀年を盛り込むといふことは、とてつもなく大変なことであり、古事記とは決定的に異なる編纂方針である。神武天皇に関しては、書紀127歳、古事記137歳で差は少ないが、綏靖天皇に関しては、古事記の45歳が84歳となった。神武天皇の場合には、書紀によれば、生まれがBC711年、BC677年34歳で東征に出、BC660年51歳で即位、BC633年78歳で神渟名川耳命を生んだことになる。中国や朝鮮風に暦を記すことで体裁は整ふが、人間的スケールでは超絶老人となってしまった。
古事記では御陵は衝田（つきだの）岡としている。書紀では「桃花鳥田丘上（つきだのをかのうへの）陵」。”つき”は鳥、朱鷺のことという。「トキがその丘をねぐらにしていたか、または丘にある木に巣づくりをしていたのでしょうか。「桃花鳥」の３文字が、当時のトキの呼び名である「ツキ」になります。読みより漢字の字数の方が多いのは現代では奇妙に感じますが、表意文字として当時は不思議ではありませんでした。もちろん、奈良時代以前にもトキは格別珍しい鳥ではなく、人々の近くにいたはずです。トキはこのように古くは「ツキ」または「トウ」と呼ばれていました。（ＫｅｅｐＧｒｅｅｎ2004年 ビオトープ推進協議会6月号）」「トキの古名をツキといい、いまの和名トキはその音が転じたものです。 ツキの意味はわかりませんが「日本書記」がこれに「桃花鳥」の漢字をあてたのは、体の 色からの連想によるものでしょう。・・・トキの美しい羽毛は、弓の矢羽や羽箒に使われたり、肉は産後の乳の出がよくなるとか、冷え症の薬として食べられたりしました。（トキってどんな鳥：朱鷺/新潟日報社）」葛城に高丘宮を啓いたが、父と同じく畝傍山麓に葬られた。
磯城津彥玉手看天皇（しきつひこたまてみのすめらみこと） 安寧天皇（あんねいてんわう）
磯城津彥玉手看天皇 神渟名川耳天皇太子也 母曰五十鈴依媛命 事代主神之少女也 天皇以神渟名川耳天皇廿五年 立爲皇太子 年廿一
磯城津彦玉手看天皇は、神渟名川耳天皇の太子（みこ）なり。母（いろは）をば五十鈴依媛命と曰（まう）す。事代主神の少女（おとむすめ）なり。天皇、神渟名川耳天皇の二十五年（BC557年）を以て、立ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲りたまふ。年（みとし）二十一（はたちあまりひとつ）。
磯城津彦とは、かつての兄磯城、弟磯城を連想させる。黒速と称された弟磯城の立場は、どうなったことか。神渟名川耳天皇は磯城の女、川派媛あるいは大日諸の女、糸織媛を后にしたといふ伝聞もあり、どうも磯城の帰属に関しては利害が交差していたやうである。しかし、神渟名川耳天皇と五十鈴依媛命の子が新たに磯城津彦となった、といふのが書紀の見解である。事代主神の女（むすめ）との間の子が二代、三代の天皇で、三代の磯城津彦玉手看天皇が磯城をおさえたといひたい。葛城から河内、三嶋のルートが非常に大きな意味を持っていたと推察される。
”おと”は男女の区別なく、兄弟姉妹の弟妹を「おと」という。年のわかいものに用い、若く美しいものをほめる接頭語としても用いる（字訓）。「二年春正月（BC580.01） 五十鈴依媛を立て皇后と爲す」とあった。神渟名川耳尊の誕生は結婚後27年の子という奇妙なものであったが、ここでは、逆算すれば、生まれはBC578年であり、結婚後2年となる。ところで、媛蹈備五十鈴媛命と五十鈴依媛命は姉妹であり、神渟名川耳尊の誕生（BC633）と磯城津彦玉手看尊の誕生（BC568)は65年の差があり、五十鈴依媛命は超高齢出産となる。おかしいことは分っているのであるが、あへてさうしたのは、后は事代主神の女としなければ決着のつかない事態があったのであらう。古事記とは異なる見解となった。
卅三年夏五月 神渟名川耳天皇崩 其年七月癸亥朔乙丑 太子卽天皇位
三十三年の夏五月（さつき）（BC549.05）に、神渟名川耳天皇崩（かむあが）りましぬ。其の年の七月（ふみづき）の癸亥（みづのとのゐ）の朔（ついたち）乙丑（きのとのうしのひ）（BC549.07.03）に、太子（ひつぎのみこ）即天皇位（あまつひつぎしろしめす）。
五月に崩ぜられ、七月に即位、急いで事が運ばれた。さて、書紀では、神日本磐余彦天皇には三子ありと記しておきながら、全くふれられないのが日子八井命である。古事記には、茨田連（河内）、手嶋連（摂津）の祖とあった。神渟名川耳天皇は葛城方面、日子八井命は河内方面、神八井耳命は磯城方面といふ分担があったと考へる。何らかの都合で、日子八井命はそこからはみ出し、神八井耳命がそこを埋める。ところが、一切合財を磯城津彦玉手看天皇に引き継がせることが課題となったやうにみえる。それも時間を置かず、一気に行った。
古事記によれば、神倭伊波禮毘古命には、多藝志美美命と岐須美美命のニ子があり、岐須美美命は日向に留まっていた。日子八井命は、阿蘇の草部吉見宮、白川吉見神社の祭神（阿蘇地方の神社：阿蘇ネットワーククラブ）であり、神八井耳命とともに阿蘇の開発者としてあらはれる。日子八井命は河内、摂津方面から九州に移っていた。書紀は、何故か故郷日向や九州について全く触れやうとしない。これも今後の課題である。
元年冬十月丙戌朔丙申 葬神渟名川耳天皇於倭桃花鳥田丘上陵 尊皇后曰皇太后 是年也 太歲癸丑
元年（はじめのとし）の冬（ふゆ）十月（かむなづき）の丙戌（ひのえいぬ）の朔（ついたち）丙申（ひのえさるのひ）（BC548.10.11）に 神渟名川耳天皇を倭（やまと）の桃花鳥田丘上陵（つきだのをかのうへのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。是年（ことし）、太歳癸丑（みづのとのうし）（BC548年）。
太歳癸丑は、BC548年、三十三年の夏はBC549年であり、葬儀は翌年の10月に行はれたことになる。倭（やまと）は、書紀においては、「倭文神」の場合日本の義であるが、「椎根津彦、倭直部の始祖」「大倭国鳥見の白庭山」「珍彦爲倭國造」「倭國の磯城邑」「倭鍛部」の場合は中洲、奈良盆地の義である。白肩津、草香津、盾津一体は沼地状態であり、船で来ると目前に悠然とせまる生駒山系が山門（やまと）のごとくたちはだかる後背地が中洲であった。
二年 遷都於片鹽 是謂浮孔宮
二年（BC547年）に都（みやこ）を片鹽（かたしほ）に遷（うつす）す。これを浮孔宮（うきあなのみや）と謂（い）ふ。
注に、大和志は葛下郡三倉堂村（大和高田市三倉堂：地図）とする。地名辞典は河内国大県郡（堅上・堅下郡）はもと片塩といひ、万葉集1742の片足羽河はこの地を通るのでその名があるといふ。浮孔も地名（地図）。姓氏録、河内神別に浮穴直あり、という。磯城を念頭に置けば、かつて、高田川が流れ込み浄池のある石園座多久虫玉神社（いそのにますたくむしたまじんじゃ：神奈備）のあたりが納得できる。
片鹽は堅塩でもある。「聖徳太子の祖母の一人は堅塩媛(きたしひめ)という。欽明天皇の奥さんで、たくさんの子供を産み、その中から用明(ようめい)・ 推(すい)古(こ)両天皇もでた。「堅塩」とは読んで字のごとく、堅い塩のことである。名前の由来はわからないが、一般的には、 乳母(うば)が塩作りと関係のある氏族の出身であるとか、堅塩のように真っ白で美しく育つことに期待を込めた命名などが考えられる。ところで伊勢の二見浦にある御塩(みしお)殿(でん)神社では、毎年十月に焼き塩作りの神事が行われる。六月に伊勢湾からひいた海水を塩田に引き入れ、 鹹水(かんすい)という濃縮された塩水を作って貯めておき、これを鉄鍋で煎(い)って塩にする。塩をさらに一辺十㎝ほどの三角錐の陶製容器に詰め、 竈(かまど)に入れて焼き固めるのである。出来上がった塩は、石のように堅く、にがりが消え、真っ白に変色し、神々しさが増す。伊勢神宮に奉納される特製の堅塩である。（堅塩姫と伊勢の塩作り：三重大学人文学部考古学研究室）」また、「縄文後期後葉には，関東から東北地方において土器による製塩が行われ，内陸部と物々交換による流通があったようである。弥生中期には東部瀬戸内でも土器製塩がはじまり，古墳期には，これが西部瀬戸内，北陸沿岸，東海沿岸などに伝播したようである。土器製塩の工程は，海藻による海水濃縮→土器による煎熬→荒塩→固型焼塩（堅塩）と推定される。堅塩は交換品あるいは権力者への貢納塩として用いられ，一般には荒塩または海水が直接利用されていたであろう。土器製塩は7世紀初めには衰退するが，祭祀用としては11世紀ごろまで生産されたと思われる。伊勢神宮では今でも生産し祓い清めの塩として使っている。（塩（日本）：世界歴史事典データベース）」ともされる。河内や摂津で塩がつくられ、中洲での塩の流通を握っていた族の地が片鹽となろうか。伊勢からの塩も扱っていたのかもしれない。しかし、何をもって浮孔としたものか？浮くくぼみとは舟か？浮寶（うくたから）は船であった。”うき”は酒盞、酒盃のこと（字訓）でもあり、塩と酒の蔵でもあったのか？
「運搬容器でもあった製塩土器は、個々の特徴からその生産地が分かるという次第。製塩土器は各地で出土するが、平城京や長岡京、難波京などの都市部で特に多い。難波で出土する製塩土器には和泉や紀伊、淡路、播磨など近畿だけでなく、はるばる九州北部や山口県あたりから運ばれたものも多い。（古代難波の流通経済：おおさか考古学百景）」これは、8世紀のことであるが、交易上、浪速津、白肩津や草香津の重要性がうかがえる。
三年春正月戊寅朔壬午 立渟名底仲媛命 【亦曰 渟名襲媛】 爲皇后 【一書云 磯城縣主葉江女川津媛 一書云 大間宿禰女 糸井媛】 先是 后生二皇子 第一曰息石耳命 第二曰大日本彥耜友天皇 【一云 生三皇子 第一曰常津彥某兄 第二曰大日本彥耜友天皇 第三曰磯城津彥命】
三年の春正月（むつき）の戊寅（つちのえとら）の朔（ついたち）壬午（みづのえうまのひ）（BC546.03.05）に、渟名底仲媛命（ぬなそこなかつひめのみこと）【亦は渟名襲媛（ぬなそひめ）と曰す。】 を立てて、皇后とす。 これ【一書（あるふみ）に云はく、磯城県主（しきのあがたぬし）葉江（はえ）が女（むすめ）、川津媛（かはつひめ）といふ。一書云はく、大間宿禰（おほまのすくね）が女、糸井媛（いとゐひめ）といふ。】 是より先に、后（きさき）、二（ふたはしら）の皇子（みこ）を生（あ）れます。第一（ひとはしらにあたりたまふ）を息石耳命（おきそみみのみこと）と曰す。第二（ふたはしらにあたりたまふ）を大日本彦耜友天皇（おほやまとひこすきとものすめらみこと）と曰す。【一（ある）に云はく、三（みはしら）の皇子（みこ）生（あ）れます。第一をば常津彦（とこつひこ）某兄（いろね）と曰す。第二をば大日本彦耜友天皇と曰す。第三をば磯城津彦命（しきつひこのみこと）と曰すといふ。】
渟名底仲媛命は書紀では、「事代主神の孫、鴨王の女（むすめ）なり。」とするが鴨王が不明である。高鴨神社の地が鴨族発祥の地であった。鴨都味波八重事代主神を祭った鴨族の王といふことであるが、人物名が記載されていない。記載するとまずいことでもあったのか。
姫蹈鞴五十鈴姫命の兄の娘で事代主神の孫ではあるが、先代旧事紀地祇本紀によれば、「天日方奇日方命（あめのひかたくしひかたのみこと）。この命は橿原朝（かしわらのみかど＝神武天皇）の御世に勅を受け食国政申大夫（おすくにまつりごともうすまえつきみ）と成って共に奉る。妹の姫蹈鞴五十鈴姫命（ひめたたらいすずひめのみこと）。この命は橿原の朝の御世に立てて皇后とし二人の子を生む。神渟名河耳天皇（かみぬなかわみみのすめらみこと）、次に彦八井耳命（ひこやいみみのみこと）である。次の妹の五十鈴依姫命（いすずよりひめのみこと）。この命は葛木高丘朝（かつらぎたかおかのみかど＝綏靖天皇）が立てて皇后とし、一児を生む。磯城津彦玉手看天皇（しきつひこたまてみのすめらみこと）である。三世の孫の天日方奇日方命（あめのひかたくしひかたのみこと）［亦の名は阿田津久志尼命 （アタツクシアマノミコト）］。この命は日向の賀牟度美良姫（かむとみらひめ）を娶り一男一女を生む。健飯勝命（たけいいかつのみこと）、妹の渟中底姫命（ぬなそこひめのみこと）（先代旧事本紀巻第四 地祇本紀）」とあり、日向の出身とする。鴨王の娘とは全く異なる伝承である。渟名底仲媛命と渟中底姫命は別人ではあるまい。渟中底姫命は渟名襲媛となろう。”そ”は衣、衣服、着物。襲は、死者の衣上に呪飾としてその模様を加えたのであろう。襲が上に重ねてきる衣であること、その衣が嗣襲（ししゅう：位をつぐ）の意をもつ。「左伝」昭二十八年「故に天録を襲（う）く」とは、この呪衣をつけることによってこれを承襲（ししゅう）し、その世界に入り、同化することを意味する（字統）。日向の出身とするなら、磐余彦の本家筋との融合となる。九州とのかかわりを持った日子八井命同様、留意すべき点である。
古事記によれば、八千矛神（大国主命）が高志（こし）国の沼河比売（ぬなかはひめ：建御名方神の母）を娶っている。八千矛神の求愛の歌は、「八千矛の 神のみことは 八島國 妻娶（ま）きかねて 遠遠し 越の國に 賢し女を ありと聞かして 麗し女を ありと聞こして さ呼ばひに あり立たし 呼ばひに あり通はせ 太刀が緒も 未だ解かずて 襲衣をも 未だ解かねば おとめの 寝すや板戸を 押そぶらひ 我が立たせれば 引こづらひ 我が立たせれば 青山に 鵺は鳴きぬ さ野つ鳥 雉は響（とよ）む 庭つ鳥 鶏は鳴く 心痛（うれた）くも 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね いしたふや 天馳使い 事の 語りごとも 此をば（古事記：古代史獺祭）」 で沼河比売の返し歌は、「八千矛の 神のみこと 萎え草の 女にしあれば わが心 浦渚の鳥ぞ 今こそは 我鳥にあらめ 後は 汝鳥にあらむを 命は な殺せたまいそ いしたふや 天馳使い 事の 語りごとも 此をば 青山に 日が隠くらば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄えきて 栲綱の 白き腕 淡雪の 若やる胸を そ叩き 叩き愛がり 真玉手 玉手差し枕き 股長に 寝は寝さむぞ あやに な恋い聞こし 八千矛の 神のみこと 事の 語りごとも 此をば（古事記：古代史獺祭）」 であった。神渟名川耳天皇の渟名川（ぬなかは）、磯城津彦玉手看天皇の玉手（たまて）がこの故事を想起させるものである。「大日本豊秋津洲、伊豫二名洲、筑紫洲、億岐洲*、佐度洲*（*は双子）、越洲、大洲、吉備子洲の大八洲国を生む」とあるごとく、高志は古くは越洲、一つの洲とみなされ、出雲の国引き神話では、「「高志（越）の都々の三埼を、国の余りありやと見れば、国の余りあり」と詔りたまひて、童女の胸鋤取らして、大魚のきだ衝き別けて、はたすすき穂振り別けて、三自の綱うち挂けて、霜黒葛（しもくろかづら）きく々や々に、河船のも々そ々ろ々に、国々来々と引き来縫へる国は、三穂の埼なり。持ち引ける綱は、夜見の嶋なり。堅め立てし加志は、伯耆の国なる火神岳、是なり。「今は、国は引き訖（を）へつ」と詔りたまひて、意宇の社に御杖衝き立てて、「おゑ」と詔りたまひき。故、意宇と云ふ。」と越洲の能登あたりから三穂の崎をひいてきたことになっている。事代主神が国譲りを承諾した地が高志と因縁深い三穂の崎、建御名方神が科野（信濃）の州羽（諏訪）に逃亡したのも高志経由であろう。
書紀を読んでから古事記を読もうと思っていたが、そうもゆかなくなった。媛蹈備五十鈴媛命について古事記では、「大后（おおきさき）と爲す美人（おとめ）を求めし時に、大久米の命曰く、「此間（ここ）に媛女（おとめ）有り。是れ神の御子と謂う。其の神の御子と謂う所以（ゆえ）は、三嶋の湟咋（みぞくい）の女（むすめ）、名は勢夜陀多良比売（せやだたらひめ）、其の容姿（かたち）麗美（うるわ）しきが故に、美和の大物主の神、見感でて、其の美人（おとめ）の大便（くそま）らんと爲（せ）し時に丹塗（にぬり）の矢と化りて其の大便らんと爲し溝より流れ下り、其の美人の富登（ほと）【此の二字は音を以ちてす。下、此に效え】を突きき。 爾くして其の美人、驚きて、立ち走り伊（い）須（す）須（す）岐（き）伎（き）【此の五字は音を以ちてす】。 乃ち其の矢を將ち來て床の邊に置くに忽ち麗（うるわ）しき壯夫（おとこ）と成りき。 即ち其の美人を娶りて生みし子は、名を富登多多良伊須須岐比売（ほとたたらいすすきひめ）の命と謂い、またの名を比売多多良伊須氣余理比売（ひめたたらいすけよりひめ）【是は其の富（ほ）登（と）と云う事を惡（にく）み後に名を改める也】と謂う。故、是を以ちて神の御子と謂う也」（古事記：古代史獺祭）」とあり、事代主神でなく大物主神の娘と伝えている。「伊須氣余理比売の家は狭井河の上にありき」であり、狭井河の上とは、大神（おおみわ）神社の北側の三輪山麓であった。「天皇の崩（かむざ）りし後に、其の庶兄（ままね）當藝志美美（たぎしみみ）の命、其の嫡后（おおきさき）伊須氣余理比売を娶りし時（古事記：古代史獺祭）」ともあり、どうやら當藝志美美命は大物主神系の狭井河の上に居り、ここで三子の殺害を図ろうとしたのであらう。狭井河の方から雲がわきおこり、畝傍山の木の葉が騒ぐとあった。おそらく、ここで逆に殺されたと考へる。當藝志美美命と大物主神（大国主命）系の結びつきが懸念される成り行きであり、書紀はこの一件には触れずに、大物主神でなく事代主神に焦点をあて、古事記を修正した。大国主命の話が書紀では大幅に削除されることともなった。
また、「兄（え）師（し）木（き）・弟（おと）師木を撃つ時」とあるごとく、師木兄弟共々を撃っており、弟師木の存在を想定していない。師木関連の人物として、河俣毘売、河俣毘売の兄＝波延、波延の娘・阿久斗比売（あくとひめ）、賦登麻和訶比売（ふとまわかひめ）の命＝飯日比売（いひひひめ）の命に言及され師木県主の租としている。師木（磯城）は「延喜神名式にみえる奈良県磯城郡三輪町金屋にあった城上郡志貴御県坐神社（地図）の鎮座地付近を中心として、後の城上郡・城下郡（現在の磯城郡）に勢力を持った古代の豪族」と注され、大物主神の地元であった。手硏耳命の一件の扱いをめぐって、書紀は非常に慎重な取り扱いを余儀なくされた。磯城の帰属が微妙な問題となっていたのであらう。
また、「爾くして邇藝速日（にぎはやひ）の命、參い赴きて、天つ神の御子に、「天つ神の御子、天降り坐すと聞くが故に、追い參い降り來つ」と白して、即ち天津瑞（あまつしるし）を獻りて仕え奉りき。故、邇藝速日の命、登美毘古の妹の登美夜毘売（とみやびめ）を娶りて生みし子は、宇麻志麻遲（うましまぢ）の命【此は物部の連・穗積の臣・婇の臣の祖】。（古事記：古代史獺祭）」と登美毘古との戦いで邇藝速日命との戦いでないといふ見解でもあった。書紀とは全く異なる展開である。
大間宿禰が女、糸井媛は注に春日県主大日諸の女、糸織媛の兄弟とある。春日県は十市県に吸収されることになる。「十市郡十市郷の十市御県坐神社（神奈備）を中心とした勢力とされる。･･･十市郡は･･･複雑な範囲と形状をもつ。磯城郡田原本町と橿原市東北部から発して西南を帯状に伸び、香久山・桜井・安倍・多武峰までを含むのである。現在の磯城郡・櫻井市・橿原市の一部・宇陀郡の一部である。（謎の十市県主：おもしろそう紀）」前者は流通、後者はイワレ（磐余：祭祀）の地であった。「神武天皇が大和に入る以前の、大王（ニギハヤヒノ命を代表とする）の時代は、このイワレ地方が王の政治の中心であり、宮殿があった。イワレの信仰は多武峯の山の信仰であり、この石寸山口の森も、鳥見山も、飛鳥坐神社のある鳥形山も香具山も、すべて多武峯の続きの山や丘であった。－そして、磐余の中心地、上之宮付近から多武峯を眺めると、ニ上（ふたかみ；二つの峯の鞍部（ほと）に神を祭った）になっているのは、驚きだった。第一代天皇の神武は、この王族を武力で制圧したとき、同時に宗教上でも大王に宿る霊魂（ニギハヤヒ）を制圧して、ここの地霊を代表する地名を名とした。カムヤマト・イワレヒコノ命である。（大和多武峯紀行（高天原-多武峯と天の香具山） 談山神社編 梅田出版）」神日本磐余彦尊は、もともと狹野尊と称され、また、父、彦火火出見尊に因んで、神日本磐余彦火火出見尊とも称された。橿原に宮を啓いた狹野尊が磐余彦尊を名乗ったのは、この地を同化することの困難性を如実に物語る。磐余彦とは磐余邑の成年男子の義である。自らを同化させた。また、多武峯の信仰について、同書は、「多武峯（山宮）に天降った高貴な神は、山の尾根すじをゆっくり降りながら、香具山（里宮）へ到着し、そこで重大な国家的祭祀が行われた。・・・香具山は天から降った山である。・・・香具山は輝きを秘めた伝承の山であった。峯から降りてきた神は、端山にとどまる。ここが神界と人界の’はざま’であった。この接点が祭りの庭であった。端山のまわりには野が広がり、田畑がいとなまれ、人が住んだ。村が形づくられた。神はカグ（光輝く）姿をもっていた。それは、火であり日であった。太陽が峯から昇って来て、やがて野に遍満する。神のまたの姿でもある。・・・ひさかたの 天の香具山 この夕べ かすみたなびく 春立つらしも（万葉・巻十 1812） －「ひさかた」は天にかかる枕詞だが、ひさかたじしん意味をもつ。瓢形（ひさかた）だ。古代人は宇宙がひょうたん形をしていたと考えていた。そのコスモロジーが、前方後円墳のかたちにあらわれたのだという。墓こそが永遠の宇宙だった。ー春は立って歩いて来た。いわば擬人化している。春は人のような姿をして神がもって来てくれた。立つを’現つ’とする感覚は、万葉びとのものであった。（高天原-多武峯と天の香具山）」と記している。書紀、斉明天皇二年に、「田身嶺（たむのみね）に、冠（かうぶ）らしむるに周（めぐ）れる垣を以てなす。田身は山の名なり。此をば大務（たむ）と云ふ。復、嶺の上の兩（ふた）つの槻（つき）の樹の邊（ほとり）に、觀（たかどの）を起つ。號（なづ）けて兩槻宮（なみつきのみや）とす。亦は天宮（あまつみや）と曰ふ。」とあるが、同書によれば、「たむの嶺の周囲に石垣を築き、また嶺の上に立ち並んでいる槻の樹のほとりに高楼を建てて、兩槻宮（天宮とも）と呼んだ。・・・周らした石垣は、天上から神を招き降して祭りを行うための神聖な施設（祭場；まつりのにわ）であった。古代は磐境（いわさか）磐座（いわくら）などと呼んだ。・・・そこには立派な二本の槻の木が立っていた。神の目じるしとなった依（よ）り代（しろ）（霊降樹；ひもろぎ）だった。・・・斎槻（いわいつき）であり、大切な信仰のための木だったのであろう。槻は月であり月経（つき）でもあった。・・・「たわ」（鞍部）すなわち山の山頂の凹みに神を祭った「ほと神」の信仰を考えなければ、談山神社を中心とする多武峯の地理の説明は出来ない。これは、多武峯のはるか真西にある天のニ上山のほと神の信仰（聖水の信仰）と一つづきになっているのである。飛鳥の人々にとって朝日の昇る多武峯と夕日の沈むニ上山は、特別な心理を寄せずにはいられない山であった。（多武峯-古代信仰の山）」といふことである。高天原の祭祀を地上に降ろすといふ在り方をどのようにして’しろしめす’かは、そう簡単なものではなかった。
磐余の地で戦闘を終へた時、書紀はこう記していた。「夫れ磐余之地、旧の名は片居。【片居 此云伽哆韋】亦、片立と曰ふ。【片立 此云伽哆哆知】我が皇師之虜を破るに逮る也。大軍、集ひて其の地に満めり。因りて改めて号けて磐余と爲す。或の曰はく。「天皇、往、厳瓮の粮を嘗り、軍を出し西を征つ。是の時に、磯城の八十梟帥、彼処に屯聚居たり。【屯聚居 此云怡波瀰萎】果して天皇と大きに戦ふ。遂に皇師の爲に滅さる所。故に之を名けて磐余邑と曰ふ。」又、皇師、立誥之処、是を猛田と謂ふ。城を作りし処、号けて城田と曰ふ。又、賊衆、戦ひ死せて僵せる屍、臂を枕きし処を呼びて頬枕田と爲す。天皇、前年の秋九月を以て、潛かに天香山之埴土を取り、以て八十の平瓮を造る。躬自ら斎戒して諸神を祭る。遂に区宇を安定るを得る。故に土を取りし処を号けて、埴安と曰ふ。（神日本磐余彦天皇己末年春二月）」
古事記では師木の女が皇后となったと記し、大物主神系との融合の道筋を主張した。その他河内、春日、日向や越との関連を主張するものもあるが、書紀は大国主命には敬意を表しつつも、国譲りを決断せしめた事代主神をたて、その系統の女（むすめ）が皇后となるにふさわしいと結論づけた。
十一年春正月壬戌朔 立大日本彥耜友尊 爲皇太子也 弟 磯城津彥命 是猪使連之始祖也
十一年の春正月（BC538.01）の壬戌（みづのえいぬ）の朔（ついたちのひ）に、大日本彦耜友尊（おほやまとひこすきとものみこと）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。弟（いろど）磯城津彦命（しきつひこのみこと）は、是猪使連（ゐつかひむらじ）の始祖（はじめのおや）なり。
「二皇子を生る。第一を息石耳命と曰す。第二を大日本彦耜友天皇と曰す」と述べ、つづいて、「一に云ふ。三皇子生る。第一を常津彦某兄と曰す。第二を大日本彦耜友天皇と曰す。第三を磯城津彦命と曰す」となし、今度は大日本彦耜友尊と磯城津彦命の組み合わせとする。奇妙な展開である。息石耳命を常津彦（とこつひこ）某兄（いろね）という。”いろね”は同母の兄・姉の義であり、某とは姓名をわざと明らかにしないときに用いる人称代名詞、常津彦の兄にあたる誰かさん。これでは四子いることになる。先代旧事本紀巻第四 地祇本紀では、「大日本根子彦耜友天皇、常津彦命、磯城津彦命、手研彦奇友背命」の四子であるが、合致しなく、これでは五人となる。
次節で、大日本彦耜友尊は、息石耳命の女（むすめ）、つまり兄の娘を娶るという異様な事態となる。更に、息石耳命の后名も不明であり、何が起こっているのであろう？頭が混乱する。
古事記は、「河俣毘売の兄、県主波延の女、阿久斗比売を娶りて生みし御子は、常根津日子伊呂泥命。次に大倭日子鉏友命。次に師木津日子命」であり、大倭日子鉏友命は師木県主の租、賦登麻和訶比売（ふとまわかひめ）の命＝飯日比売（いひひひめ）の命を娶ったとする。あくまで、師木、波延の系統と一貫している。
卅八年冬十二月庚戌朔乙卯 天皇崩 時年五十七
三十八年の冬（ふゆ）十二月（しはす）の庚戌（かのえいぬ）の朔（ついたち）乙卯（きのとのうのひ）（BC511.12.06）に、天皇（すめらみこと）崩（かむあが）りましぬ。時に年（みとし）五十七（いそぢあまりななつ）。
年齢が57歳とすると、BC568年が誕生となり、BC557年21歳立皇太子からすると誕生がBC578年となり10年合はない。21歳で立皇太子、29歳で即位、32歳で結婚、39歳で大日本彦耜友尊を皇太子と爲す。ところで大日本彦耜友尊は16歳(BC538年）で立皇太子とあり、誕生はBC554年、結婚、即位以前の23歳の時の子となる。10年を戻すと13歳で子を生んだことになり、古事記49歳説ならば、5歳との時の子となり、絶望的に成立しない。
「これより先に、后、二皇子を生る」といふ記述は、結婚前にニ子を生んでいたことを意味する。磯城津彦玉手看尊とは磯城の御子、「白き腕 淡雪の 若やる胸を そ叩き 叩き愛がり 真玉手 玉手差し枕き」の玉手を看る尊、磯城のドンファンである。安寧どころじゃない。人騒がせそのものであり、長男の息石耳命も輪をかけた早熟とみえ、さっさと名も明らかに出来ぬ高貴な媛との間に娘を作って、それを弟の后とするといふのであるから、平成風にいえば、”出来ちゃってようやく婚、超特番スキャンダル”である。娘を次期天皇の后にすべりこませた辣腕の媛は誰か？当時の人にはいわずと知れた、あの媛であるが、平成のわれらには分らない。后を押しつけられた弟は、大日本彦耜友尊、”おほやまと”の御子、”すきとも”と田を耕す耜を友とする働き者に祭り上げられた。
結婚してから生まれたのが磯城津彦命とならうか。この御子のみ素性がはっきり誰にもわかり、磯城の御子と念押しがましい命名をした。猪使連の始祖、古事記においては、「二はしらの王（みこ）坐しましき。 一はしらの子・孫（うまご）は【伊賀の須知（すち）の稻置（いなき）、那婆理（なばり）の稻置、三野（みの）の稻置の祖】。 一はしらの子、和知都美（わちつみ）の命は淡道（あわじ）の御井（みい）の宮に坐しましき。 故、此の王（みこ）に二はしらの女（むすめ）有り。 兄（え）の名は蝿伊呂泥（はえいろね）、またの名は意富夜麻登久邇阿禮比売（おおやまとくにあれひめ）の命。 弟（おと）の名は蝿伊呂杼（はえいろど）」。伊賀、名張、美濃そして淡路に展開することになる、といふ。
邇藝速日命の一件についても、古事記はさらりととおりすぎる。この件においても、かやうな疑念をいだかせるやうなそぶりもない。書紀の編者達は、実に苦心して慎重に記述している。
了 2005.11.13 修正以下追加了 2019.03.20
人事について
古事記における人事。
神倭伊波礼毘古命（神武天皇） 白梼原宮（畝火）：一百三十七歳 阿比良比売
阿多の小椅君の妹
多芸志美美命
岐須美美命
多芸志美美命は神倭伊波礼毘古命の没後、その后、伊須須岐比売命を娶る。 富登多多良伊須須岐比売命
（比売多多良伊須気余理比売）
三嶋湟咋の女、勢夜陀多良比売と
大物主神の子
日子八井命
茨田連、手嶋連の祖 神八井耳命
意富臣、小子部連、坂合部連、火君、大分君、阿蘇君、筑紫の三家連、雀部臣、雀部造、小長谷造、都直、伊余国造、科野国造、道奧の石城国造、常道の仲国造、長狹国造、伊勢の船木直、尾張の丹波臣、島田臣等の祖（地図；古事記をそのまま読む） 神沼河耳命 治天下 神沼河耳命（綏靖天皇） 高岡宮（葛城）：四十五歳 河俣毘売
師木県主の祖
師木津日子玉手見命 治天下 師木津日子玉手見命（安寧天皇） 浮穴宮（片鹽）：四十九歳 阿久斗比売
河俣毘売の兄、県主波延の女
常根津日子伊呂泥命 大倭日子鉏友命 治天下 師木津日子命 ？王の子孫；伊賀の須知の稻置、那婆理の稻置、
三野の稻置の祖
和知都美命；淡道の御井宮の王
その女 兄；蝿伊呂泥
（意富夜麻登久邇阿禮比売命）
弟；蝿伊呂杼大倭日子鉏友命（懿德天皇） 境岡宮(軽)：四十五歳 賦登麻和訶比売命（飯日比売命）
師木県主の祖
御真津日子訶惠志泥命 治天下 多芸志比古命 血沼の別、多遲麻の竹の別、葦井の稻置の祖
比較のために日本書紀では、以下となる。
神日本磐余彦火々出見天皇（神武天皇） 橿原宮（畝傍）一百二十七歳 吾平津媛 手研耳命
？ （言及なし）
媛蹈備五十鈴媛命
三嶋溝橛耳神の女、玉櫛媛 と
事代主神の大女（えむすめ）
？ （言及なし） 珍彦：倭国造、弟猾；猛田県主、 弟磯城（黒速）；磯城県主、剣根；葛城国造、頭八咫烏の苗裔；葛野主殿県主部 神八井耳命 多臣が始祖 神渟名川耳尊 神渟名川耳尊（綏靖天皇） 高丘宮（葛城）年八十四 五十鈴依媛
媛蹈備五十鈴媛命の妹
磯城津彦玉手看尊 五十鈴依媛は事代主神の少女（おとむすめ）。 川派媛
磯城県主 の女
川派媛を磯城県主、黒速の女とするは疑問。 糸織媛
春日県主、 大日諸が女
事代主命ー鴨王命ー大日諸の系譜（十市県主系譜） 磯城津彦玉手看天皇（安寧天皇） 浮孔宮（片鹽） 渟名底仲媛命（渟名襲媛）
事代主神の孫、鴨王の女
息石耳命
大日本彦耜友天皇異説
常津彦某兄
大日本彦耜友天皇
磯城津彦命川津媛
磯城県主、葉江が女糸井媛
大間宿禰が女大日本彦耜友天皇（懿德天皇） 曲峽宮（軽） 天豊津媛命
息石耳命が女
観松彦香殖稲天皇 異説
武石彦奇友背命
天皇の母弟泉媛
磯城県主、葉江の男弟、猪手が女飯日媛
磯城縣主、太真稚彦が女
先代旧事本紀、天皇本紀では以下の通りとなる。
神日本磐余彦火々出見天皇（神武天皇） 橿原宮（畝傍）一百二十七歳 吾平津媛 手研耳命（無後）
媛蹈備五十鈴媛命
事代主神の大女（えむすめ）
大三輪神の女 とも記す
宇摩志麻治命と天日方奇日方命（皇后の兄）；食国政申大夫、
椎根津彦：倭国造、弟磯城（黒速）；磯城県主、
頭八咫烏の裔孫；葛野主殿県主部神八井耳命 意保臣、島田臣、雀部造等の祖。
奉典神祇者、多臣始祖神渟名川耳尊 即天皇位 彦八井耳命 茨田連等祖 神渟名川耳尊（綏靖天皇） 高丘宮（葛城） 五十鈴依媛
事代主神の少女（おとむすめ）
宇摩志麻治命の児、彦湯支命,；食国政大夫 磯城津彦玉手看尊 即天皇位 磯城津彦玉手看天皇（安寧天皇） 浮孔宮（片鹽） 渟名底中媛命
事代主神の孫、鴨王の女
出雲色命；食国政大夫 大禰命；侍臣 宇摩志麻治命の孫 息石耳命（常津彦命）
日本彦耜友尊 即天皇位 磯城津彦命 豬使連等祖、?新田部等祖 手研彦奇友背命 父勢別等祖 大日本彦耜友天皇（懿德天皇） 曲峽宮（軽） 天豊津媛命
息石耳命が女
食国政大夫、 出雲色命；大臣 観松彦香殖稲尊 即天皇位 武彦奇友背命 無後
神武天皇（つづき）
3．当芸志美美命の反逆
故、天皇（すめらみこと）崩（かむあが）りまして後、その庶兄（まませ）当芸志美美命（たぎしみみのみこと）、その嫡后（おほきさき）伊須気余理比売（いすきよりひめ）を娶（めと）せし時、その三はしらの弟（おと）を殺さむとして謀（たばか）る間に、その御祖（みおや）伊須気余理比売、患（うれ）ひ苦しみて、歌をもちてその御子等（たち）に知らしめたまひき。歌ひたまひけらく、
佐韋賀波用（さゐがはよ） 久毛多知和多理（くもたちわたり） 宇泥備夜麻（うねびやま）
許能波佐夜芸奴（このはさやぎぬ） 加是布加牟登須（かぜふかむとす）
狹井河よ 雲立ちわたり 畝傍山 木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす
とうたひまたひき。また歌ひたまひけらく、
宇泥備夜麻（うねびやま） 比流波久毛登韋（ひるはくもとゐ） 由布佐禮婆（ゆふされば）
加是布加牟登曾（かぜふかむとそ） 許能波佐夜牙流（このはさやげる）
畝傍山 昼は雲とゐ 夕されば 風吹かむとそ 木の葉さやげる
とうたひたまひき。ここにその御子聞き知りて驚き、すなは當芸志美美を殺さむとしたまひし時、神沼河耳命（かむぬなかわみみのみこと）、その兄（あに）神八井耳命（かむやゐみみのみこと）に曰（まを）ししく、「那泥（なね；汝ね）【此の二字、音を以てす】、汝命（いましみこと）、兵（つはもの）を持ちて入りて、當芸志美美を殺したまへ」とまをしき。故（かれ）、兵を持ちて入りて殺さむとせし時、手足和那那岐弖（わななきて）【此の五字、音を以てす】、得（え）殺したまはざりき。故ここにその弟（おと）神沼河耳命、その兄の所持てる兵を乞ひ取りて、入りて當芸志美美を殺したまひき。故またその御名を称（たた）へて建沼河耳命（たけぬなかはみみのみこと）と謂ふ。
ここに神八井耳命、弟建沼河耳命に讓りて曰（まを）しけらく、「吾（あ）は仇（あた）を殺すこと能はず。汝命（いましみこと）は既に仇を得殺したまひき。故、吾は兄なれども上（かみ）となるべからず。ここをもちて汝命上となりて、天の下治らしめせ。僕（あ）は汝命を扶（たす）けて、忌人（いはひびと）となりて仕へ奉らむ」とまをしき。故、その日子八井命は【茨田連、手嶋連の祖】、神八井耳命は【意富臣、小子部連、坂合部連、火君、大分君、阿蘇君、筑紫の三家連、雀部臣、雀部造、小長谷造、都直、伊余国造、科野国造、道奧の石城国造、常道の仲国造、長狹国造、伊勢の船木直、尾張の丹波臣、島田臣等の祖なり】。神沼河耳の命は、天の下治らしめしき。
凡（おほよ）そこの神倭伊波礼毘古天皇の御年（みとし）、壹佰參拾漆歳（一百三十七歳；ももちまりみそぢまりななとせ）。 御陵（みはか）は畝火山の北の方の白梼（かし）の尾（を）の上にあり。
綏靖天皇
神沼河耳命、葛城（かづらき）の高岡宮に坐（ま）しまして天（あめ）の下（した）治（し）らしめしき。この天皇、師木県主（しきのあがたぬし）の祖（おや）、河俣毘売（かはまたびめ）を娶（めと）して生みませる御子、師木津日子玉手見命（しきつひこたまでみのみこと）【一柱】。天皇の御年は肆拾伍歳（四十五歳；よそぢまりいつとせ）。御陵は衝田岡（つきたのをか）にあり。
安寧天皇
師木津日子玉手見命、片鹽（かたしほ）の浮穴宮（うきあなのみや）に坐しまして、天の下治らめしき。この天皇、河俣毘売の兄、県主波延（はえ）の女（むすめ）、阿久斗比売（あくとひめ）を娶（めと）して生みませる御子、常根津日子伊呂泥命（とこねつひこいろねのみこと）【伊より下の三字、音を以てす】。次に大倭日子鉏友命（おほやまとひこすきとものみこと）。次に師木津日子命（しきつひこのみこと）。この天皇の御子等（たち）、并（あは）せて三柱の中に、大倭日子鉏友命は、天の下治らしめしき。次に師木津日子命の子、二王（ふたみこ）坐しき。 一（ひと）りの子孫（こ）は、【伊賀の須知の稻置、那婆理の稻置、三野の稻置の祖】。一（ひと）りの子、和知都美命（わちつみのみこと）は淡道（あはぢ）の御井宮（みゐのみや）に坐しき。故、この王（みこ）に二（ふた）りの女（むすめ）ありき。兄（いろね）の名は蝿伊呂泥（はへいろね）、亦の名は意富夜麻登久邇阿禮比売命（おほやまとくにあれひめのみこと）。弟（いろと）の名は蝿伊呂杼（はへいろど）。天皇の御年、肆拾玖歳（四十九歳；よそぢまりここのとせ）。御陵は畝火山の美富登（みほと）に在り。
懿德天皇
大倭日子鉏友命、軽（かる）の境岡宮（さかひをかのみや）に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、師木県主の祖、賦登麻和訶比売命（ふとまわかひめのみこと）、亦の名は飯日比売命（いひひひめ）を娶（めと）して生みませる御子、御真津日子訶惠志泥命（みまつひこかゑしねつのみこと）【訶より下の四字、音を以てす】。次に多芸志比古命（たぎしひこのみこと）【二柱】。故、御真津日子訶惠志泥命は、天の下治らしめしき。次に当芸志比古命は、【血沼の別、多遲麻の竹別、葦井の稻置の祖】。天皇の御年、肆拾伍歳（四十五歳；よそぢまりいつとせ）。御陵は畝火山の真名子谷（まなごだに）の上にあり。師木（磯城）について
師木（磯城）は、「しき(乙類)」 であり、本居宣長は「石城」としている。後に、磯城上・磯城下を城上・城下、式上・式下ともしており、守るに堅固、祭礼が行はれていた処のイメージがあらう。「和名抄」大分県古地名の語源と地誌によれば、「し」は「下・磯・石・岩場・至・川・岸」が用ゐられ「所在、状態を示す接尾語」でもあるとし、「き」は「基・岐(甲類)・処」が用ゐられ、「場所を示す。神霊の根源の基、一基ニ基という。神名の語尾の尊称 伊邪那岐」でもあるとしている。
「しき」は磐余彦が対峙したときには、天香具山における祭祀を中核とする国(魏志倭人伝に相当する意味での国）の中心であり、片居（片立）が旧名とあり、片とは一対の片方であり、一対とは「大和多武峯紀行」によれば、天香具山の宮を「里宮」と称し、多武峰の宮を「兩槻宮（天宮）」と称したとあり、この対と考へることができ、それは、カグ（光輝く）姿をもった神とあり、太陽神、火神を中心とする祭祀とならう。その祭祀の長とみられる兄磯城が統治をしていたのであらう。
通常、饒速日命の統治下にあるとみられているが、疑問がある。「しき」における祭祀の形態を天孫である饒速日命が継承しているとは想像し難い。鵄邑の長髓彦が妹を娶はせて客分として遇し、天神であることを利用しやうとしたのではあるまいか。兄磯城は地名であるが、長髓彦は地名の鵄彦（登美毘古）でもあり、身体の特徴を表はす名でも呼ばれており、生駒での武勇を称するものと思はれ、饒速日命を立てて新たな政権を樹立しかねない実力者で武人だったのかもしれない。しかし、主体は兄磯城であり、八十梟帥と記される多くの武人、戸畔・祝・土蜘蛛と記される祭祀者達（女性の可能性）を統率していたやうである。
中心の聖地が「かたゐ」であったものを、磯城の八十梟帥が屯聚居（いはみゐ）たことから磐余（いはれ）邑、「いはれ」としたとある。それは聖地であるこの地の印象を打ち消すものと思はれる。それが磐余彦の名の由来ともなっており、この地を制したことを知らしめるものであったらうが、由緒ある「しき」の呼称を消すことはかなはず、師木、磯城として県名として存続せしめられたやうだ。「中洲の地」を表はしたと思はれる「しき」は「やまと」に置き換へられ、「石城」のイメージから四周の山に囲まれた「山門」（「やまと」の「と」は乙類で、門は甲類で合致しないが）の地、守護し易い地とされ、魏志倭人伝の倭を「やまと」と読ませ、国名と同時に中洲の地名ともされたとならうか。
磐余彦は、丹生の川上で、天香山の土で造った八十平瓮・天手抉八十枚（厳瓮）に供物を盛り、天神地祇を祭り、「うけひ」が成就したことで、道臣命を厳媛の名で斎主として、顕斎（高皇産霊尊を磐余彦尊にうつす）といふ祭祀の形を導入した。この祭祀を行ふ聖地、「国の墺区；国の中心の祭祀の場」として、橿原の地が選ばれた。 しかし。天香山の重要性は神代の物語の中に取り込まれ、橿原がこれをしのぐことにはならなかったやうである。天山伝説
天香山は二つに分かれて天降りした山の一つとする伝承があった。この山が天に由来するといふことが重要視され、記紀に取り込まれたのであらう。本体の山より、分かれた方の山の方が重要となっているのは、嫡男より末子の方が後継者となるといふ記紀の展開に似ている。
「記」は天の岩屋の前での鏡の金は天金山で調達し、ふいごや薪、神籬となる榊やその他の道具を天香山で調達したとする。「紀」においては、本文では鏡の製作には触れず、榊や鬘を天香山に調達したとする。一書、一書において、天香山の金で日矛を造ったとする。古語拾遺は天香山の銅で鏡を造ったとする。神代のことであり、これは天にある時の天香山とならう。天石窟前でのこと以前に天香山が天降りしたといふ記述はみえない、また、地上に降りて調達するといふも不自然である。もし、さうであるなら、元来天神のものであった天香山が、何故天降りして兄磯城等が祭祀することなっていたのか？磐余彦がその地を制した時、何故、天香山で祭祀を復興しなかったのか？首尾が一貫しない。
太古、天香山は多武峰の山裾にあたったとされ、カグ（光輝く）姿をもった神が多武峰に降り、天香山に至ったとする伝承をみた。これを取り込み、天香山は元来天神の高天原にあったとしたのであるが、首尾が一貫しなくなってしまったとみる方がつじつまが合ふ。
天から山が降るなどといふは、余程大きな火山の噴火か、大きな隕石の落下でもないかぎり想定されがたい。 大規模噴火としては、約5,300年前の鬼界カルデラ（大隅海峡）、約7,600年前の摩周カルデラ、約15,000年前の十和田カルデラ、約29,000年前の姶良カルデラ(鹿児島湾)、約45,000 - 40,000年前の支笏カルデラ、倶多楽カルデラ（北海道）、約65,000 - 60,000年前の箱根カルデラ、約90,000 - 85,000年前の阿蘇カルデラ等々があるやうだ。カグ（光輝く）神とは、太陽の光のみならず、稲光、噴火の火、燃焼する火、恩恵も災いももたらす、ありがたくも恐ろしくもある神であったらう。天照大神といふ鏡に象徴される光輝く存在とは異なっていやう。
伊予国風土記逸文（釈日本紀』巻七）
「伊豫の國の風土記に曰はく、伊予の郡。郡家より東北のかたに天山（あまやま）あり。天山と名づくる由は、倭に天加具山あり。天より天降りし時、二つに分れて、片端は倭の國に天降り、片端は此の土（くに）に天降りき。因（よ）りて天山と謂ふ、本なり。其の御影を敬禮（うやま）ひて、久米寺に奉（まつ）れり。」
阿波国風土記逸文、アマノモト山 （萬葉集註釋 卷第三）
「阿波國ノ風土記ノゴトクハ、 ソラ(天)ヨリフリクダリタル山ノオホキナルハ、阿波國ニフリクダリタルヲ、アマノモト山ト云、 ソノ山ノクダケテ、大和國ニフリツキタルヲ、アマノカグ山トイフトナン申。」
古事記に於ける天香山
「天の安の河の河上の天の堅石（かたしは）を取り、天の金山（かなやま）の鉄（まがね）を取りて、鍛人天津麻羅（かぬちあまつまら）を求（ま）ぎて、伊斯許理度売（いしこりどめ）の命に科（おほ）せて、鏡を作らしめ、・・・、天の香山（かぐやま）の真男鹿（まをしか）の肩を内拔（うつぬき）に拔きて、天の香山の天の波波迦（ははか；朱桜）を取りて、・・・、天の香山の五百津真賢木（いほつまさかき）を、根許士爾許士（ねこじにこじ）て・・・、天の香山の天の日影（ひかげ）を手次（たすき）に繋けて、・・・、天の香山の小竹葉（ささば）を手草（たぐさ）に結ひて 」
日本書紀に於ける天香山
本文では、「中臣連の遠祖天兒屋命、忌部の遠祖太玉命、天香山の五百箇の真坂樹を掘じて」とあるのみ。一書、一書では、「天香山の真坂樹を以て鬘にし」「石凝姥を以て冶工として、天香山の金を採りて、日矛を作らしむ」 「天児屋命、天香山の真坂木を掘して」とある。
古語拾遺に於ける天香山
「天糠戸命（あめのぬかとのみこと）の子、作鏡（かがみつくり）が遠祖（とほつおや）なり】をして天香山（あめのかぐやま）の銅（あかがね）を取りて、日の像（かた）の鏡を鋳（い）しむ。 ・・・天香山（あめのかぐやま）の五百筒（いほつ）の真賢木（まさかき）を掘（さねこじのねこ）じて 」中洲の地における戦い
兄磯城が統治していた国を「磯城国」と仮称するならば、その影響力は、戦いの記述からすれば、菟田(宇陀)にも及んでいたが、弟猾が磐余彦に合流しており、強固であったとは言ひ難い。吉野については、ことごとく天孫を受け容れており、影響力は弱かったことにならう。中洲は、兄磯城の統治下にあった。弟磯城については、「記」では兄弟とも誅されており、弟磯城が磯城県主となり、黒速と称されたことには、記紀では不一致がみられる。兄倉下、弟倉下は河内と注されており、彼等は弟磯城に従っており、河内方面への影響力も強固ではなかったとみなせやう。
天香山の土を取得するに成功した珍彦（椎根津彦）、弟猾に特筆すべき大功であったやうで、それぞれ、倭国造、 猛田県主となった。この倭は中洲の地のことであり、猛田は雄叫びを挙げた猛田邑（後の十市郡竹田村）の地であり、菟田ではあるまい。
これらの位置関係をみるに、河内及び倭の古墳群の位置関係をみるのが参考とならう：河内、大和地方の古墳群。
菟田 血原；兄猾：魁帥：誅さる 弟猾
天平瓮の策進言、珍彦と土を持ち帰る 吉野 国神 井光 吉野首部が始祖 磐排別が子 吉野の国樔部が始祖 苞苴擔が子 阿太の養鸕部が始祖 磯城 国見丘；八十梟帥、女坂；女軍、男坂；男軍、墨坂；焃炭：すべて誅さる 磐余邑（旧、片居/片立）；兄磯城：誅さる 弟磯城、兄倉下、弟倉下
磯城邑；磯城の八十梟帥、高尾張邑（葛城邑）；赤銅の八十梟帥：誅さる 鵄邑：長髓彦：饒速日命に殺さる 饒速日命 物部氏の遠祖 層富県の波哆丘岬：新城戸畔、土蜘蛛：誅さる
和珥の坂下：居勢祝、土蜘蛛：誅さる 臍見の長柄丘岬；猪祝、土蜘蛛：誅さる 高尾張邑；侏儒のごとき土蜘蛛：誅さる 高尾張邑を葛城邑とす 猛田：皇師の立ち誥びし処、城田：城を作りし処、頬枕田：臂を枕きし処、埴安：土を取りし処 橿原：国の墺区か。治（みやこつく）る
巧賞 道臣命 大来目部を帥ゐ妖気を掃蕩
宮の守護：大伴氏の遠祖
築坂邑 丹生の川上での磐余彦尊の顕斎に際して、道臣命は斎主として厳媛の号を授けられる 大来目 畝傍山の西の川辺 珍彦（椎根津彦） 倭国造 倭 この倭は中洲之地（奈良全体）を意味しやう 弟猾 菟田主水部が遠祖 猛田邑 猛田邑は十市郡竹田村の地、猛田のみならず、宇陀の県主を兼ねたのではないか 弟磯城（黒速）
磯城県主 磯城 この磯城は兄磯城の地、旧片居(片立)か 剣根 葛城国造 葛城 高御魂命五世孫剣根命『新撰姓氏録』*
頭八咫烏 苗裔：葛野主殿県主部 葛野 山背 * 高魂命－伊久魂命－天押立命－陶津耳命－玉依彦命－剣根命 （『古代豪族系図集覧』）
媛蹈備五十鈴媛命 （富登多多良伊須須岐比売命/比売多多良伊須気余理比売 ）の問題
「紀」における三嶋溝橛耳神の女（むすめ）玉櫛媛、「記」における三嶋湟咋の女（むすめ）勢夜陀多良比売が時空を越へ、混乱をもたらしている。「紀」は葛城の事代主神が三嶋に通い玉櫛媛との間に媛蹈備五十鈴媛命を設けたとする。「記」は三輪の大物主神が勢夜陀多良比売の「ほと」を突いて富登多多良伊須須岐比売命を設けたとする。この地の豪族の娘を皇后にしたのは、三嶋に戦略的な重要性があったことにならう。白肩や摂津など瀬戸内海航路、または、淀川水系を睨んだ要衝とみられる。
事代主神も大物主神も、神代における「国譲り」の時の神であり、時代が根本的に異なる。大物主神は大国主神が天下を平定していた時に、中洲（奈良）の三輪の地に入っていた。 「紀」の本文では何も触れていないが、一書において、「国譲り」後の地上の統治を大物主神に委ねたとしている。事代主神が、何時葛城に入ったかは言及がないが、「記」では、八重事代主神を主とすれば、百八十神（国神）は従ふとしており、事代主神に重点を置いていたが、彼等が国神の頂点に立ち、天孫の統治を守護するものとしていた。。
其の事を明快に語るのは、 「出雲国造神賀詞」であり、「国譲り」に際して、「倭大物主櫛𤭖玉命（やまとおほものぬしくしみがたまのみこと）と名を称（たゞへ）て大御和（おほみわ）の神奈備（かむなび）に坐（まさ）せ。己命の御子（みこ）阿遅須伎高孫根（あぢすぎたかひこね）の命の御魂を葛木（かつらき）の鴨の神奈備に坐せ、事代主命（ことしろぬしのみこと）の御魂を宇奈提（うなで）神奈備に坐せ、賀夜奈流美命（かやなるみのみこと）の御魂を飛鳥の神奈備に坐せ」たとしている。ただ、事代主神は宇奈提とあり、宇奈提は橿原の河俣神社の地とされるやうで、葛城（葛木）に入ったのは、阿遅須伎高孫根命とあり、不一致がみられる。出雲系が三輪、葛木、宇奈提、飛鳥といふ拠点に配されたことになる。
これによれば、兄磯城の時代のはるか以前から、彼等はそこに定住していたことになる。しかし、磐余彦の戦の時には何等言及されることなく、皇后選定となって突如姿をあらはすといふ奇妙な展開となっている。
葛城の前は、高尾張と称され、侏儒のごとき土蜘蛛が居たのであるが、誅され、臍見の長柄丘岬には猪祝が居たが誅されたとあり、剣根が葛城国造となったとしている。事代主神が葛城に居りながら、何故なにの役割も果さないのか？また、大物主神が三輪に居りながら、何故、墨坂や忍坂の戦に無関与なのか？理解に苦しむ。
また、葛城は県主ではなく、葛城国造であり、葛城を国としている。倭国造と並ぶ葛城国造であり、剣根は事代主神、更にいえば、阿遅須伎高孫根命を差し置いて国造に就任していることになり、 「出雲国造神賀詞」とは合致しない。剣根は、「新撰姓氏録」では、高御魂命五世孫としている。高御魂命は高皇産霊尊のこととされ、天神の孫とされるが、高御魂命とは、高魂命であり元来は出雲の神である。剣根は葛城に居たのか、それとも、この時に葛城に入ったのか？
神代における「国譲り」には、成立し難いものがある。 中洲での戦い、皇后の選定の記述を肯定するならば、事代主神も大物主神も中洲での戦いの後に存在感を示したことになる。それ以前は居たとしても、何等力を持ち得ていないことになる。「国譲り」といふ伝承は、尊皇、「大政奉還」につながる我が国における特有の「かたち」であり、この伝承を否定することは憚られる。とすれば、神代における天照大神への「国譲り」は、何らかの「国譲り」伝承を脚色したものであったのかもしれない。あるいは、後世、たとえば、熊襲征伐の時、神宝事件を契機に服従することとなった時のことが加味された可能性を考へるべきかもしれない。
また、 高尾張邑、葛城邑に配された、剣根が葛城国造と称されたことは、「紀」が事代主神を高く評価したことと関係があらう。それは三嶋の族を取り込んだことであり、続いて磯城、河内方面、春日(十市)方面へと婚姻政策を実現したことによらう。十市県主系図
大和志料（国立国会図書館近代デジタルラブラリー；HP）」 による。
事代主命 鴨王命 別名；天日方命 媛蹈備五十鈴媛命 神武天皇皇后
綏靖天皇先母五十鈴依媛 綏靖天皇皇后
安寧天皇先母
鴨王命 大日諸命 別名；武研貴彦友北命 春日県主
渟名底仲媛命 安寧天皇后
懿德天皇先母
建飯勝命 子；建𤭖槌命、大阪長柄首 大日諸命 大間宿祢 春日県主 糸織媛 綏靖天皇妾妃 大間宿祢 春日日子 春日県主 絲井媛 安寧天皇妾妃
春日日子 ー 豊秋狭太彦 ー 五十坂彦（考昭天皇の御世に春日を十市に改める。以降、春日県主は十市県主となる。多神宮注進状／草案 『和州五郡神社神名帳大略注解』所収（HP）
葛城の高岡宮に御宇（しろ）す神渟名川耳天皇（綏靖と謚して曰す、人皇二代とす）、御代の二年の辛巳の歳の春中に、皇弟神八井耳命、帝宮より以降、当国の春日県（後に十市県と改む）に居（ま）します。大宅を造営し、国政を塩梅（あんばい）す。斯れ蓋し神離（籬）磐境（ひもろぎいはさか）を起し立て、皇祖天神を祭礼（ゐやま）ひ、幣物（へいもつ）を陳（なら）べ、祝詞（のりと）を啓（まう）して云云（しかしか）曰（まう）したまふ（祝詞アレトモイト後ノ文なり）。以て神祇之恩（あまつかみくにつかみのみたまのふゆ）に答へて、神事之典（かむごとののり）を主としたまふ。県主の遠祖大日諸命（鴨主命の子）をして、祝（はふり）となして之に仕へ奉まつらしむ。・・・(筆者訓)
岩倉紙芝居館 古典館 日本書紀 4-1上田 啓之
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