大日本彦耜友天皇 懿德天皇
元年春二月己酉朔壬子（BC510.02.04） ≫≫
二年春正月の甲戌の朔戊寅（BC509.01.05） ≫≫
廿二年春二月丁未朔戊午（BC489.02.12） ≫≫
卅四年秋九月甲子朔辛未（BC477.09.09） ≫≫
觀松彦香殖稻天皇 孝昭天皇
觀松彦香殖稻天皇 ≫≫
元年春正月丙戌朔甲午（BC475.01.09） ≫≫
廿九年春正月甲辰朔丙午（BC447.01.03） ≫≫
六十八年春正月丁亥朔庚子（BC408.01.14） ≫≫
日本足彦國押人天皇 孝安天皇
日本足彦國押人天皇 ≫≫
元年春正月乙酉朔辛亥（BC392.01.27） ≫≫
二年の冬十月（BC391.10) ≫≫
廿六年春二月己丑朔壬寅（BC367.02.14） ≫≫
卅八年秋八月丙子朔己丑（BC355.08.14） ≫≫
七十六年春正月己巳朔癸酉（BC317.01.05） ≫≫
百二年春正月戊戌朔丙午（BC291.01.09） ≫≫
大日本根子彦太瓊天皇 孝靈天皇
大日本根子彦太瓊天皇 ≫≫
元年春正月壬辰朔癸卯（BC290.01.12） ≫≫
二年春二月丙辰朔丙寅（BC289.02.11） ≫≫
卅六年春正月己亥朔（BC255.01） ≫≫
七十六年春二月丙午朔癸丑（BC215.02.08） ≫≫
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大日本根子彦國牽天皇 孝元天皇
大日本根子彦國牽天皇 ≫≫
元年春正月辛未朔甲申（BC214.01.14） ≫≫
四年春三月甲申朔甲午（BC211.03.11） ≫≫
六年秋九月戊戌朔癸卯（BC209.09.06） ≫≫
七年春二月丙寅朔丁卯（BC208.02.02） ≫≫
廿二年春正月己巳朔壬午（BC193.01.14） ≫≫
五十七年秋九月壬申朔癸酉（BC158.09.02） ≫≫
稚日本根子彦大日日天皇 開化天皇
稚日本根子彥大日日天皇 ≫≫
元年春正月庚午朔癸酉（BC157.01.04） ≫≫
五年春二月丁未朔壬子（BC153.02.06） ≫≫
六年春正月辛丑朔甲寅（BC152.01.14） ≫≫
廿八年春正月癸巳朔丁酉（BC130.01.05） ≫≫
六十年夏四月丙辰朔甲子（BC98.04.09） ≫≫
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懿德天皇 孝昭天皇 孝安天皇
孝靈天皇 孝元天皇 開化天皇
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(岩波文庫 日本書紀 坂本太郎･家永三郎･井上光禎･大野晋 校注 を読む。)
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大日本彦耜友天皇（おほやまとひこすきとものすめらみこと） 懿德天皇（いとくてんわう）
大日本彥耜友天皇 磯城津彥玉手看天皇第二子也 母曰渟名底仲媛命 事代主神孫 鴨王女也 磯城津彥玉手看天皇十一年春正月壬戌 立爲皇太子 年十六
卅八年冬十二月 磯城津彥玉手看天皇崩
大日本彦耜友天皇は 磯城津彦玉手看天皇（しきつひこたまてみのすめらみこと）の第二子（ふたはしらにあたりたまふみこ）なり。母（いろは）をば渟名底仲媛命（ぬなそこなかつひめのみこと）と曰（まう）す。事代主神（ことしろぬしのかみ）の孫（みまご）、鴨王（かものきみ）の女（むすめ）なり。磯城津彦玉手看天皇の十一年の春正月（むつき）（BC538.01）の壬戌（みづのえいぬのひ）に、立ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲（な）りたまふ。年（みとし）十六（とをあまりむつ）。
三十八年冬十二月（しはす）に 磯城津彦玉手看天皇崩（かむあが）りましぬ（BC511.12.06）。
大日本彦耜友天皇は、BC554年の誕生となる。先代旧事本紀地祇本紀によれば、「(事代主神の)三世の孫の天日方奇日方命［亦の名は阿田津久志尼命 ］。この命は日向賀牟度美良姫を娶り一男一女を生む。健飯勝命、妹の渟中底姫命」となり、渟名底仲媛命の父を天日方奇日方命とするむきがあるが、別名が阿田津久志尼命とあるごとく、阿田（あた）は日向国吾田（あた）邑のことで、日向賀牟度美良姫を娶りともあり、日向と縁が深く鴨王とはいひがたい。書紀の編者達はあくまで、事代主神系の鴨族の王の娘にこだわった。43歳の時に磯城津彦玉手看天皇崩御となった。
元年春二月己酉朔壬子 皇太子卽天皇位 秋八月丙午朔 葬磯城津彥玉手看天皇於畝傍山南御陰井上陵
九月丙子朔乙丑 尊皇后曰皇太后 是年、太歲辛卯
元年春二月（はじめのとしはるきさらぎ）己酉（つちのとのとり）朔（ついたち）壬子（みづのえねのひ）（BC510.02.04）に、皇太子（ひつぎのみこ）即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。秋八月（はつき）丙午（ひのえうま）朔（ついたちのひ）に、磯城津彦玉手看天皇を畝傍山（うねびのやま）の南御陰（みなみのほと）の井上陵（ゐのへのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。
九月（ながづき）丙子（ひのえね）朔乙丑（きのとのうしのひ）に、皇后（きさき）を尊（たふと）びて、皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。是年（ことし）、太歳辛卯（かのとのう）（BC510年）
前年12月に亡くなり、歳が改まり、一月おいて即位といふあわただしいものであった。正月をはずしてニ月の即位となった。
磯城津彦玉手看天皇の陵は、これまでの畝傍山の北東ではなく、逆に南西（地図）に置かれた。南西（未申）は、易では、坤（三陰；坤為地）。易経（岩波文庫高田真治/後藤基巳訳）によれば、坤は、純陰の卦、地の徳の厚大にかたどって坤と名づける。坤とは地である。・・・人の先にたとうとすれば、かえって迷って道を失うが、人の後に従うように心がければ、頼るべき主人を得て迷うことがない。方角でいえば、西南（陰の方位）においては同類の友を得てもとより吉であり、東北(陽の方位）においては同類の（陰）の友は得られぬが、従順の徳を失わず陽剛に従えば結局は喜びがあってよろしい。と神武、綏靖両武勇の天皇に従う位置に葬られた。｛彖伝｝至大なるかな、坤元のはたらきは！よろづの物はこれをもとにして生みなされる。言うなれば天道に従いそのはたらきを承けつぐのが坤の元徳である。さて、坤徳は博厚でよろずの物をその上に載せつくし、その徳は無彊（無限）なる乾の徳と一致し、包含するところが広くて光明・盛大なはたらきにより、万物がことごとくその性を遂げる。これが坤の亨徳すなわち流通のはたらきである。牝馬とは牝の馬でその従順さは地に類するが、同時に地上をどこまでも走行する脚力のすこやかさも備えている。この牝馬のような従順利貞の徳こそは、君子たる者の行動の範とすべきところである。｛象伝｝大地の形勢が坤である。君子はその坤の厚大さにのっとって、厚い徳によりあらゆるものを包容することにつとむべきである。安寧の所以であらうか。
御陰は易の陰であるが、”ほと”と訓じている。「「たわ」（鞍部）すなわち山の山頂の凹みに神を祭った「ほと神」の信仰」との関係も留意しなくてはならない。”ほと”は誕生する処、わけても伊奘冉尊が火神、遇突智（かぐつち）を生み死んだ故事を想起させるものである。また、多武峰の北西山麓の飛鳥坐神社（神奈備）には、田の神を迎え、ムスヒ（結び）、五穀豊饒と夫婦和合を祈願する「おんだ祭り」（明日香村の行事と祭り：明日香村ファン倶楽部）として伝承されている。”ほと”石とともに”まら”石が祭られる。畝傍山は香具山と耳成山のあらそう女性ともされるようである（「香具(かぐ)山は 畝火(うねび)ををしと 耳梨(みみなし)と 相あらそひき 神代より 斯くにあるらし 古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 妻をあらそふらしき」万葉集巻1-13）。
二年春正月甲戌朔戊寅 遷都於輕地 是謂曲峽宮
二月癸卯朔癸丑 立天豐津媛命爲皇后 【一云 磯城縣主葉江男弟猪手女泉媛一云 磯城縣主太眞稚彥女飯日媛也】 后 生觀松彥香殖稻天皇 【一云 天皇母弟武石彥奇友背命】
二年春正月（むつき）の甲戌（きのえいぬ）の朔戊寅（つちのえとらのひ）（BC509.01.05）に、都（みやこ）を軽（かる）の地（ところ）に遷す。是を曲峽宮（まがりをのみや）と謂ふ。
二月（きさらぎ）の癸卯（みづのとのう）の朔癸丑（みづのとうしのひ）（BC509.02.11）に、天豊津媛命（あまとよつひめのみこと）を立て皇后（きさき）とす。【一（ある）に云はく、磯城県主、葉江（はえ）の男弟（いろど）猪手（ゐて）が女（むすめ）泉媛（いづみひめ）といふ。一に云はく、磯城県主、太真稚彦（ふとまわかひこ）が女、飯日媛（いひひひめ）といふ】 后（きさき）、観松彦香殖稲天皇（みまつひこかゑしねのすめらみこと）を生（あ）れます。 【一に云はく、天皇（すめらみこと）の母弟（いろど）、武石彦奇友背命（たけしひこあやしともせのみこと）といふ。】
軽の地は、橿原市大軽町（地図）。曲峽宮、古事記では境岡宮（さかひをかのみや）であり、曲がりくねって峡となった所、境となる丘の地.（地図）とならうか。いづれにせよ、畝傍山南方から東を意識した遷都であった。磯城の聖域であらう。そこは、先にみた飛鳥坐神社「大己貴命の女（むすめ）賀夜奈留美命を飛鳥の神奈備に奉祀した事に始まるという。出雲国造神賀詞は、大穴持命が国土を天孫に譲って出雲の杵築へ去るに当たって、自らの和魂と子女の御魂を大和に留めて皇室の守護とすべき事を誓うが、その中に「賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の神奈備に坐せて」とある。従って祭神の飛鳥三日比売命とは賀夜奈留美命の事であろう。 延喜式神名帳には飛鳥坐神社四座とあり、大御和の大物主命、葛木鴨の阿遅須伎高孫根命、宇奈提の事代主命、飛鳥の賀夜奈留美命の四神を合祀したものと考えられている。他にも説が多く、八重事代主命、高照光姫命、木俣神、建御名方富命との説もある。」（神奈備）の地でもある。磯城には大国主命に平定される前に多武峰や天香具山を中心とする聖地があり、磐余彦が制圧する前にも磯城兄弟が守護する聖地でもあった（地図：写真）。奈良盆地の南では、南から北に川が流れ、大和川に合流して河内に出て行く。川によって境が形成されやすい。事代主神は葛城川から河内、三嶋方面、大物主神は大和川を中心とし河内、三嶋方面、磯城は米川と飛鳥川の間、米川と寺川の間、寺川と大和川の間に分れるのが自然であろう。「奈良盆地では、大化の改新前後から平安期にかけて、「条里制」と呼ばれる土地区画制度がありました。この条里に一致した、直線的な流れをもち、自然傾斜に反したものが多いことから、大和川の支川（寺川、飛鳥川、曽我川、葛城川、高田川など）は、人為的に川が造られたものとされています。奈良盆地の川の付替は、12世紀を中心に行われたと考えられています。（流域の歴史：大和川河川事務所）」と旧河道の復元図が示されており、洪水等で流れる位置は変わったかもしれず（大和川流域浸水実績図（奈良地域）：大和川河川事務所）注意を要する。また、池の多い地形でもあり、曲峽とあるごとく曲がりくねり、川の水量も豊富であったとされる。草香の津、白肩の津、浪速の津まで舟でゆけた時代であり（大阪平野の地形の変遷）、奈良盆地（奈良盆地の地形の変遷）とを結ぶ大和川経由の水運の役割はおおきかった。 磯城といっても、生産、物流、祭祀等のすみわけを考慮しなければならない。
さて、この時代の記述は国譲りの神話と磐余彦尊の磯城制圧の時代の話が混然としており、頭の中の収拾がつかない。書紀では事代主神の勢力（葛城）、古事記では大物主神の勢力（師木）と婚姻関係を結び、政権安定をはかっており、国譲り神話をひきづっている。いづれにせよ、大国主命、あるいはその子の時代である。一体それが、長髓彦、饒速日尊、磯城兄弟、層富県の波哆丘岬の新城戸畔、和珥の坂下の居勢祝、臍見の長柄丘岬の猪祝、高尾張邑の侏儒のごとき集団となぜ同居しているのか。大国主命の子の娘の時代は、磐余彦より、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊、彦火火出見尊、天津彦彦火瓊瓊杵尊と三代前が相当する。書紀巻三では、「天祖の降跡りてより以逮、今に一百七十九萬二千四百七十餘歳」とはるか彼方、断絶せしめているはずの世界である。
「多武峯のはるか真西にある天のニ上山のほと神の信仰」「朝日の昇る多武峯と夕日の沈むニ上山」（多武峯-古代信仰の山）（地図上では二上山の真東は三輪山、多武峰の真西は葛城山）とあるごとく、磐余彦尊が攻め入る前の天香具山を中心とする聖地磯城における人々の世界があった。そして、鵄（登弥）の長髓彦と結んだ饒速日尊の世界は、「太陽信仰の対象としての神体山として饒速日山（日下の聖蹟；神奈備）があり、そこには社殿もなかったが天照御魂神社の原型の祭りの庭であった。後に、饒速日命を祀る「上ノ社」がこの頂上に設けられた。これに対する東の「下の社」がこの登弥神社（現伊弉諾神社）、西の「下ノ社」が石切劔箭神社である。」（伊弉諾神社（長弓寺）；神奈備）であり、これまた、別世界であった。層富県の波哆丘岬の新城戸畔、和珥の坂下の居勢祝、臍見の長柄丘岬の猪祝、高尾張邑の侏儒のごとき集団も、それぞれの世界を築いていた。これらは、大物主神、事代主神よりははるかに後の時代であるはずだが、逆転している。天神（あまつかみ）と国神（くにつかみ）の融合、緊張の緩和という政治的な要請がこのような事態を引き起こしているのであらうが、これは後にみることにする。
天豊津媛命は、兄、息石耳命の娘である。豐（とよ）は祭器の豆（とう：高杯、たかつき）の上に黍稷（しょしょく）の類を盛り上げている形。それで豊盛、豊満の意となる。”とよ”はもののゆたかなことをいう接頭語（字訓）。天上で豊盛された供物で祭祀をする媛の義であり、母は天神と思はせる。このあいまいさに対して、実際は磯城の葉江の次世代の娘、あるいは磯城の太真”ふとま”の若き後継者の娘といふ伝承もあった。”ふと”はすべてすぐれたもの、壮大なものを形容する”ふとのりと”、”ふとまに””ふとしる”など、主として神聖なものをほめていうときに用いる。”と”は甲類(字訓）。この磯城というのは、祭祀部分の磯城を念頭に置いていると考へる。”まつ”、松は神を待つ木の意であろうかとされ、祭事に松迎えの俗があって、松を山から迎える神にみたてて”お松さま”ともいう。”待つ”とは、神聖なるものの出現を期待し、それに奉仕することを意味する語のようである（字訓）。”お松”と”み松”は同義。”かゑしね：古事記では訶惠志泥”を香殖稻、芳香を放つ、稲を（増）殖する義と翻訳している。高天原の稲作を地上に降ろすことである。
天皇の母の天皇は観松彦香殖稲天皇、母弟（いろど）は同母の弟となる。古事記では当芸志比古命、これは、当芸志美美命に連なる。武石彦とは”たけしひこ”で”たぎしひこ：当芸志の成年男子”に近く、奇しく友に背く命を付け加へた形となっている。これは神渟名川耳尊、神八井耳命の殺害を謀った手研耳命を意識したものであり、古事記では当芸志の系統の復活を暗示させるが、書紀では、手研を忌避して武石とその色を消した。古事記では、「当芸志比古命は、【血沼の別、多遲麻の竹の別、葦井の稻置の祖】と茅渟の山城水門（和泉）、但馬、葦井（不詳）に展開することになる。海運、水運に関連するやうであり、葦井は葦の茂る琵琶湖の赤野井湾、赤野井浜遺跡 （賀県文化財保護協会）の地を候補にあげたい。後に弘法太子が掘った井戸、アカイが語源で、アカは梵語の水の義、堅田から船で赤野井を経由、彦根に渡り、尾張に抜ける、あるいは志賀に渡り北上する要衝である（赤野井湾の歴史；びわこ豊穣の郷）。
廿二年春二月丁未朔戊午 立觀松彥香殖稻尊 爲皇太子 年十八
二十二年の春二月の丁未（ひのとのひつじ）の朔戊午（つちのえうまのひ）（BC489.02.12）に、観松彦香殖稲尊（みまつひこかゑしねのみこと）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。年十八（みとしとをあまりやつ）。
すでにみたやうに、多神社注進状によれば、神八井耳命が春日県に居り、大日諸を祀となし、皇祖天神を祭るといふ神武政権のありかたをこの地に導入したとあった。磯城であっても、多神社あたりは流通、商業地域であり、三輪山や天香具山という祭祀地域に比べて、状況は違ったのであらう。これには、海運に明るい椎根津彦、武人でありながら、丹生川上で厳媛之号を授けられ斎主を務めた道臣命のバックアップがあったと筆者は考へる。葛城の鴨族はいちはやくこの祭祀を受容した、といふより高皇産霊尊を祭り、自らをその中心に置こうとすらした。古事記によれば、三輪と縁組をすすめたのは大久米命（大來目）であった。当芸志美美命もこれを支へたのであらう。古事記の師木県主の租河俣毘賣、その兄の波延といふのは大和川の水運を握っていた族であらう。”また”は一つのものが先端で分岐しているところ、人なら股、水なら派、俣は国字（字訓）。書紀は葉江、古事記は波延、葉と波、延と江は同音。”は”、葉はその部分のはし、”え”、江は深く水をたたえていて、船などの入りうるところ（字訓）。大和川と支流の合流地域を統率していたと考へる。
兄磯城、弟磯城の兄磯城の場合には磐余の地を守護する聖職者にして武人と考へてきた。筆者のイメージのなかでは兄磯城と波延は機能的に結びつかない。弟磯城は黒速と称され、”くろはや”の”はや”が”はえ”のことで、黒速が波延とされるがどうであらう。”くろ”、黑は木炭や墨のような色、あか、しろ、に対してくらい色。黑は嚢（ふくろ）の中のものを燻（くゆ）らせて、そのすすをとる方法を示す字形（字訓）。”はや”を速としており、接頭語、副詞、形容詞であり、黒くて速い○×で名詞が略されている。あるいは”はや”が羽矢のごとき名詞でなくてはならない。兄磯城と袂を分ち兄を滅ぼした側についており、気位の高かった兄磯城の族がおとなしく黒速に従ったものか？不完全燃焼のごときイメージを抱かざるをえない。
磯城津彦玉手看天皇が磯城の後継を名のり、片鹽に浮孔宮を置いたのは、流通、商業地域であらう。三男を磯城津彦命と命名したのは、この地をしっかりと固めるためであらうか。大日本彦耜友天皇は都を軽の地、畝傍の南に遷し東をうかがい、観松彦香殖稲尊に至りやっと磐余の地に皇祖天神を祭らんとした、と筆者は考へる。
卅四年秋九月 甲子朔辛未 天皇崩
三十四年の秋九月（ながづき）の甲子（きのえね）の朔辛未（かのとのひつじのひ）（BC477.09.08） に、天皇崩（かむあが）りましぬ。
大日本彦耜友天皇の誕生はBC554年、立皇太子が16歳BC538年、即位は44歳BC510年、結婚が45歳BC509年、観松彦香殖稲尊を生んだのは48歳BC506年、皇太子となしたのが65歳BC489年、77歳BC477年に崩ず。古事記では45歳。
BC551年（魯の襄公即位の二十二年）に孔子が誕生し、BC479年に亡くなっている（魯の哀公十六年四月己丑を以って卒す）。大日本彦耜友天皇の人生と重ね合わせ、懿德と号したのであらうか？懿とは、神に供薦したところの壷中の酒を飲んで、神とともに酔い、神人相楽しむことをいう。こうして神意を承ける状態に在ることを懿という。徳の根源は祭祀を通じて神徳を体現すること。もと神霊によって与えられた徳を懿德と称した。単伯鐘（ぜんはくしょう）に「余（われ）小子、肇（つ）ぎて朕（わ）が皇祖考の懿德に帥井（そっけい：帥型、手本とする）せん」という（字訓）。観松彦香殖稲尊が大日本彦耜友天皇の懿德を帥井することを期待したものとならう。
觀松彦香殖稻天皇（みまつひこかゑしねのすめらみこと） 孝昭天皇（かうせうてんわう）
觀松彦香殖稻天皇 大日本彥耜友天皇太子也 母皇后天豐津媛命 息石耳命之女也 天皇 以大日本彥耜友天皇廿二年春二月丁未朔戊午 立爲皇太子
卅四年秋九月 大日本彥耜友天皇崩 明年冬十月戊午朔庚午 葬大日本彥耜友天皇於畝傍山南纖沙谿上陵
観松彦香殖稲天皇は、大日本彦耜友天皇（おほやまとひこすきとものすめらみこと）の太子（みこ）なり。母（いろは）の皇后（きさき）天豊津媛命（あまとよつひめのみこと）は、息石耳命（おきそみみのみこと）の女（むすめ）なり。天皇、大日本彦耜友天皇の二十二年の春（はる）二月（きさらぎ）の丁未（ひのとのひつじ）の朔（ついたち）戊午（つちのえうまのひ）（BC489.02.12）を以て、立ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲りたまふ。
三十四年の秋（あき）九月（ながづき）に、大日本彦耜友天皇崩（かむあが）りましぬ。明年（くるつとし）の冬（ふゆ）十月（かむなづき）の戊午（つちのえうま）の朔庚午（かのえうまのひ）（BC476.10.13）に、大日本彦耜友天皇を畝傍山南（うねびやまのみなみ）の纖沙谿上陵（まなごのたにのかみのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。
畝傍山南纖沙谿上陵（地図）は、古事記では、畝傍山の真名子谷の上。南西気味の南。南（牛）は、易では、離（ニ陽一陰；離為火）。易経（岩波文庫高田真治/後藤基巳訳）によれば、離は、一陰がニ陽の間に附麗する卦象に取る。人が人に附き事に就くにあたっては、貞正なのがよろしく、貞正であれば通達を得る。牝牛のような柔順の徳を養い守れば吉である。（彖伝）離とは麗（つ）くことである。日月は天に麗き、百穀草木は地に麗く。これが正しい道理である。明（離）を重ねて正道に麗くー君臣上下が共に明らかで正しきにつけば、天下ことごとく感化育成されるであろう。・・・（象伝）明(離）がふたたびおこる、上下卦ともに明であるのが離である。明につづに明をもってするこの卦象にのっとり、大人は代々明徳を継承し、その明徳をもって四方の国々に君臨する。懿德の由来とならうか。
纖は繊、細くこまかいこと、沙は水の散らせる石、谿は小さな流れの集まる所（字統）。砂は”すなご”、真砂を”まさご”といい”まなご”と同義（三省堂古語辞典）。清浄な土地に陵が築かれた。
元年春正月丙戌朔甲午 皇太子卽天皇位
夏四月乙卯朔己未 尊皇后曰皇太后
秋七月 遷都於掖上 是謂池心宮 是年也 太歲丙寅
元年（はじめのとし）の春（はる）正月（むつき）の丙戌（ひのえいぬ）朔（ついたち）甲午（きのえうまのひ）（BC475.01.09）に、皇太子（ひつぎのみこ）即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。
夏（なつ）四月（うづき）の乙卯（きのとのう）の朔己未（つちのとひつじのひ）（BC475.04.05）に、皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰す。
秋（あき）七月（ふみづき）に、都（みやこ）を掖上（わきのかみ）に遷（うつ）す。是を池心宮（いけごころのみや）と謂ふ。是年（ことし）、太歳丙寅（ひのえとら）（BC475年）。
「因りて腋上の嗛間丘（ほほまのをか）に登りて、国の状を廻らし望みて曰はく、「妍哉乎（あなにや）、国の獲（え）つること 内木綿（うつゆふ）の真迮（まさ）き国と雖も、猶（なほ）し蜻蛉（あきづ）の臀呫（となめ）の如くにあるかな」「是（これ）に由りて、始（はじ）めて秋津洲（あきづしま）の号（な）有り」とあったごとく、掖上は神武天皇が国見をなされた地である。観松彦香殖稲天皇は、軽の地から磐余の地をうかがふものと予想したのであったが、大和の山並を”あきづのとなめ”と称された国見の地を選ばれた。「我（わ）が皇祖（みおや）の霊（みたま）、天（あめ）より降（くだ）り鑒（み）て、朕（わ）が躬（み）を光（てら）し助（たす）けたまへり。今諸（もろもろ）の虜（あたども）已（すで）に平（む）けて、海内（あめのした）事（こと）無（な）し。以て天神（あまつかみ）を郊祀（まつ）りて、用（も）て大孝（おやにしたがふこと）を申（の）べたまふべし」とのたまふ。乃ち霊畤（まつりのには）を鳥見山（とみのやま）の中に立てて、其地（そこ）を号（なづ）けて、上小野（かみつをの）の榛原（はりはら）・下小野（しもつをの）の榛原と曰（い）ふ。用（も）て皇祖天神（みおやのあまつかみ）を祭（まつ）りたまふ」ともあり、中国で、天子が郊に出て、天を祀ること（郊祭）を意識したものであった。国見は、中国では、「五載一巡守」と5年に一度行なわれたとされる天子の巡行でもあった。観松彦香殖稲天皇は、かくて、掖上で皇祖、天神を祭られたのであらう。そもそものはじまりは、「丹生の川上に陟りて、用て天神地祇を祭る」ことであった。大和志は宮址を池内・御所ニ村の間（地図）とする。
”いけ”池は、池や川の一部に、竹で編んだ簀を立てて魚を生かしておくところを「生簀（いけす）」という。そのような用途のために人工的に作ったものを「いけ」といったのであろう。もとは生物（なまもの）を貯蔵する所の意で、井戸を利用することもあり、裏日本では井戸を「いけ」というところが多い（字訓）。生鮮物が集積される地、供物に新鮮なものがもたらされたとならうか。也はいわゆる委蛇（いだ）の形であるから池はその屈曲した形を以ていう（字訓）。”こころ””ここの””ここら”の”ここ”は乙類で”ここ”は、かがまり集合するものをいう語。”こころ”は「凝るところの」の意、心は心臓の象形、強い筋肉によって凝り固まった形。”わきがみ”を掖上とし、古事記では掖上宮としている。”わき”は腋、脇で腕と胴の間のことであるが、腋下にものをもつことを掖（えき）といい、「掖（たす）く」とよむ（字訓）。「腋を集めて裘（きゅう）を成す」とは、狐の腋下の白皮を集めて一裘（かわごろも）を作ることで衆力を合わせてことを成す意。掖は人を補佐すること（字統）。
丹生の川上の初心にかへり、心を合はせて上を掖（たす）くことを願ったものであらうか。
廿九年春正月甲辰朔丙午 立世襲足媛爲皇后 【一云 磯城縣主葉江女渟名城津媛 一云 倭國豐秋狹太媛女大井媛也】 后生天足彥國押人命 日本足彥國押人天皇
二十九年の春正月の甲辰（きのえたつ）の朔丙午（ひのえうまのひ）（BC447.01.03）に、世襲足媛（よそたらしひめ）を立てて皇后とす。【一（ある）に云はく、磯城県主（しきのあがたぬし）葉江（はえ）が女（むすめ）渟名城津媛（ぬなきつひめ）。一に云はく、倭国（やまとのくに）の豊秋狹太媛（とよあきさだひめ）が女（むすめ）、大井媛（おほゐひめ）といふ】 后（きさき）、天足彦国押人命（あめたらしひこくにおしひとのみこと）と日本足彦国押人天皇（やまとたらしひこくにおしひとのすめらみこと）を生（あ）れます。
世襲足媛は、書紀では、尾張連遠祖、瀛津世襲（おきつよそ）の妹とある。古事記では、尾張連の祖、奥津余曾（おきつよそ）の妹、余曾多本毘賣（よそたほびめの）命。かつて、葛城邑は高尾張邑、侏儒の地であり、磐余彦に滅ぼされた時、尾張に逃れたとされる。書紀本文によれば、尾張連等始祖は火明命（ほのあかりのみこと）であった。尾張が視野に入っていることに留意したい。瀛津世襲は先代旧事本紀天孫本紀によれば瀛津世襲命、またの名を葛木彦命といふとあり、男性である。”おき”は、はるかな沖をいう。すべて奥深いところをいい、陸地でも遠国を「おきつくに」のようにいふ。奥は場所的に端や入口より遠い所。深く入り込んで、外から見えないようなところをいう。時間的には晩（おそ）いこと、遠い将来のことを意味する。心の内などもいう。「おく」には神聖の意味があり「おくつき」は墓、「おくつくに」は幽界をもいう（字訓）。瀛津世襲は空間的あるいは時間的に遠くの世を継ぐといふ義になろう。”たる”足は、十分にみちたりる、充足していて、欠けたところがないこと。また、足（たす）く、補助の意にも用いる（字訓）。垂”たる”と同系の語であふれ満ちて下に垂れる意で、のち”たらす”の形になった（字訓）。世を襲（う）くに足（た）る、あるいは足（たす）く媛となる。
渟名底仲媛命 【亦曰 渟名襲媛】を事代主神の孫、鴨王の女（むすめ）としていたが、ここで、磯城県主葉江の女、渟名城津媛が登場する。渟名（ぬな）は沼河比売（ぬなかはひめ）の系統にあり、大国主命と沼河比賣の子は事代主神の孫でもある。どうしても鴨王の女とせねばならぬ事情があったのであらうが、渟名底仲媛命は大物主神系、葉江系とみるべきなのであらう。また、葉江の女（むすめ）が何代にも亘って登場するといふことは、葉江は個人名より地名に基づく族名とみなすべきであらう。
注に、十市県主系図に、大間宿禰の孫、豊秋狹太彦の女を大井媛となすとあるが、倭国となれば、書紀でいえば、倭国造とされた椎根津彦の子孫となる。大日諸を祀となし春日県で皇祖天神を祭礼せしめたのは神八井耳命であった。春日県主大日諸の女、糸織媛と大間宿禰が女、糸井媛は兄弟と注されていた。といふことは、大日諸＝大間宿禰か、母が同じであったことになる。
この政権は、葉江あるいは春日/十市ばかりでなく、尾張に目を向けていた、と書紀の編者はいひたかった。古事記によれば、天押帶日子（あめおしたらしひこ）の命、大倭帶日子国押人（おおやまとたらしひこくにおしひと）の命であり、兄の天押帶日子は、【春日臣、大宅臣、粟田臣、小野臣、柿本臣、壹比韋臣、大坂臣、阿那臣、多紀臣、羽栗臣、知多臣、牟耶臣、都怒山臣、伊勢飯高君、壹師君、近淡海国造の祖也】とされる。神八井耳命のごとき展開力があった。「大宅臣は、添上郡大宅郷に因む氏族で、春日臣の同族。粟田臣は、山城国（京都府）愛宕（おたぎ）郡粟田に因む氏族で、春日臣の同族。小野臣は、近江国（滋賀県）滋賀郡小野に因む氏族で、春日臣の同族。柿本臣は、大和国を本拠としたらしい。春日臣の同族。後に柿本人麻呂を輩出。壹比韋臣は、大和国添上郡櫟井に因む氏族。大坂臣は、大和国葛上（かつじょう）郡大坂郷に因む氏族か。阿那臣は、近江国坂田郡阿那郷に因む氏族か。多紀臣は、丹波国（京都府）多紀郡に因む氏族か。羽栗臣は、尾張国葉栗郡に因む氏族。知多臣は、尾張国知多郡に因む氏族。牟耶臣は、上総（千葉県）国武射郡に因む氏族。都怒山臣は、不詳。伊勢飯高君は、伊勢国（三重県）飯高郡に因む氏族。壹師君は、伊勢国壱志郡に因む氏族。近淡海國造は、近江国造。（09 以降八代：日本神話の御殿）」奈良盆地北方、山城、近江、尾張、伊勢、上総を視野においていた。古事記においては、師木津日子玉手見命の三男、師木津日子命が伊賀、名張、美濃そして淡路に展開していたと伝へている。
六十八年春正月丁亥朔庚子 立日本足彥國押人尊 爲皇太子 年廿 天足彥國押人命 此和珥臣等始祖也
八十三年秋八月丁巳朔辛酉 天皇崩
六十八年の春正月の丁亥（ひのとのゐ）の朔庚子（かのえねのひ）（BC408.01.14）に、日本足彦国押人尊（やまとたらしひこくにおしひとのみこと）を立てて、皇太子としたまふ。年二十（みとしはたち）。天足彦国押人命は、此（これ）和珥臣等（わにのおみら）始祖（はじめのおや）也
八十三年の秋（あき）八月（はつき）の丁巳（ひのとのみ）の朔辛酉（かのとのとりのひ）（BC393.08.05）に、天皇崩（かむあが）りましぬ。
32歳で即位、60歳で結婚、79歳で日本足彦国押人尊を生み、99歳で皇太子に立て、114歳で亡くなったことになる。古事記では93歳とあり、長命と伝へられてきたのであらう。これまた神武天皇のごとき超絶老人である。
観松彦香殖稲天皇と世襲足媛から天足彦国押人命と日本足彦国押人尊が誕生された。高天原の稲作を地上に降ろすことを期待された天皇と世を襲くに足る媛の間の御子である。”くに-おし-ひと”国押人であるが”おし”は”おす”で、”くに-おす-ひと”の変形である。”くに-おすひ-と”であれば、国襲戸となる。国を襲（う）く、その戸を啓くといった義となろらか。”あまたらしひこ”は天にあふれでる御子、”やまとたらしひこ”は日本（倭）にあふれでる御子、新しく出直そうといふ意志を感じさせる。
和珥については「和珥の坂下の居勢祝（書紀巻三）」に言及されていた。「天理市和珥（爾）（地図）のあたりとされる。同地には和爾坐赤坂比古神社（神奈備）、南に和爾下神社（神奈備）、石上神宮、北に春日大社が開かれることになる。居勢はこのあたりの古名であらうか、祝はけがれを祓ひ清める神官である。ここでは”わに”、長柄では”ゐの”の祝となる。中洲はかつて水に浸かっていたとされ、海人の安曇系の和爾氏の進出した地と考へられている」そこに、天足彦国押人命が新たな息吹を吹き込むことになった。「海神の神使いである「ワニ」を名にし負う和珥氏は、阿曇氏と並んで海人族の雄である。闕史八代の5代孝昭天皇を祖とし、四道将軍、後には遣唐使、遣隋使を多く輩出している典型的な海人系の氏族と言えよう。
和邇臣は埴輪などの祭祀関係土器製作者集団の統率者で、山陵の管理と、古墳埋葬者(天皇・皇族)の事跡を語り伝える役目を有して朝廷に重きをなしたといわれる。埴輪というと、土師氏・菅原氏・大江氏の祖、野見宿禰を思い出すが、系譜的に重なるところはない。土師器ではなく須恵器とみて、陶都耳命の系統ではないかと思う。尚、宮主矢河枝比売に見られるように、和邇坂の赤土を神聖なものとしており、「丹土」で詳しくのべるが、赤土を神聖視するのも海人の証拠であり、埴輪はこの土で制作されたのかもしれない。土は「に」と発音し、「邇」とも書かれることから、和邇の「邇」は「土」ともいえるのではないか。また、古墳埋葬者の事跡を語り伝える役目というのは、阿曇稲敷にみられるように、海人語部らしい役職である。
尚、和邇(和珥)部、丸部、丸子(和仁古)、丸子部の各氏については、「部」や「子(古)」を和邇氏に隷属していた氏族とみるか、同族から派生した支族とみるかによって意見は異なるだろうが、「子」を親愛の表現と見、「部」についても、「新撰姓氏録」に「和邇部朝臣同祖、彦姥津命の五世の孫、米餅舂大使命の後」とあることから、ここでは同族とした。
また、和邇氏の実質上の祖といえる彦坐王の子孫から、息長帯比売(神功皇后)が出ていることから見て、近江の息長氏と密接な関係で結ばれていたことが分かる。（和珥(和邇・丸邇)、春日(大春日)・布留・櫟井、大宅・高橋、柿本・粟田・小野・山上：海人の國、日本）」多臣の祖とされる神八井耳命に匹敵する此和珥臣等始祖天足彦国押人命と書紀の編者はいひたい。
日本足彦國押人天皇（やまとたらしひこくにおしひとのすめらみこと） 孝安天皇（かうあんてんわう）
日本足彦國押人天皇 觀松彥香殖稻天皇第二子也 母曰世襲足媛 尾張連遠祖 瀛津世襲之妹也 天皇 以觀松彥香殖稻天皇六十八年春正月 立爲皇太子
八十三年秋八月 觀松彥香殖稻天皇崩
日本足彦国押人天皇は、観松彦香殖稲天皇（みまつひこかゑしねのすめらみこと）の第二子（ふたはしらにあたりたまふみこ）なり。母（いろは）は世襲足媛（よそたらしひめ）と曰（まう）す。尾張連（をはりのむらじ）の遠祖（とほつおや）瀛津世襲（おきつよそ）の妹（いろも）なり。天皇、観松彦香殖稲天皇の六十八年の春正月を以て、立ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲（な）りたまふ。
八十三年の秋（あき）八月（はつき）に、観松彦香殖稲天皇崩（かむあが）りましぬ。
元年春正月乙酉朔辛亥 皇太子卽天皇位
秋八月辛巳朔 尊皇后曰皇太后 是年也 太歲己丑
元年（はじめのとし）春（はる）正月（むつき）の乙酉（きのとのとり）の朔（ついたち）辛亥（かのとのゐのひ）（BC392.01.27）に、皇太子、即天皇位（あまつひつぎしろしめす）
秋八月の辛巳（かのとのみ）の朔（ついたちのひ）に、皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。是年（ことし）、太歳己丑（つちのとのうし）（BC392年）
元年が太歳己丑ということはBC392年であり、これが基準となるため、八十三年は前年、BC391年と1年差が出る。観松彦香殖稲天皇は113歳で亡くなったことになる。
二年冬十月 遷都於室地 是謂秋津嶋宮
二年の冬十月（ふゆかむなづき）（BC391.10)に、都（みやこ）を室（むろ）の地（ところ）に遷（うつ）す。是を秋津嶋宮（あきづしまのみや）と謂（い）ふ。
古事記でも葛城の室（地図）の秋津島宮。”むろ”は土を掘り下げて柱をたて、屋根をおく形式の家。室は金文の｛大豊毀：たいほうき｝に「王、天室に祀る」とあって、神霊をまつるところ（字訓）。秋津嶋は神武天皇即位31年でみたごとく秋津洲、日本（やまと）の号である。秋津島宮は日本（やまと）宮と同義。日本（やまと）に生まれおちその国を継ぐ戸を啓く、天皇が室の地に宮をたて日本宮と称したといふことにならう。
廿六年春二月己丑朔壬寅 立姪押媛爲皇后 【一云 磯城縣主、葉江女長媛一云 十市縣主五十坂彦女五十坂媛也】 后生 大日本根子彥太瓊天皇
二十六年の春（はる）二月（きさらぎ）の己丑（つちのとのうし）朔の壬寅（みづのえとらのひ）（BC367.02.14）に、姪押媛（みめひおしひめ）を立てて皇后（きさき）とす。【一（ある）に云はく、磯城県主（しきあがたぬし）葉江（はえ）が女（むすめ）長媛（ながひめ）。一に云はく、十市県主（とをちのあがたぬし）五十坂彦（いさかひこ）が女、五十坂媛（いさかひめ）といふ】 后（きさき）、大日本根子彦太瓊天皇（おほやまとねこひこふとにのすめらみこと） を生（あ）れます。
押媛は天足彦国押人命の女（むすめ）という。兄の娘と結婚しているため、姪押媛と称した。古事記では、姪忍鹿比売（めひおしかひめ）命。大日本彦耜友天皇の后、天豊津媛命も、兄、息石耳命の娘であった。五代目ともなれば、一族も根を張り、血筋というものを意識しはじめたのかもしれない。しかし、相変わらず葉江の娘という伝承もあり、十市県主、五十坂彦の娘とする説もあった。
十市（地図）は、十市御県坐神社の地とされる。「社伝では十市県主の祖大目を祭神としている。延喜式大社である。御県とは四～五世紀に、大和王権がその王領、服属地を設定した行政上の単位である。御県から野菜、酒、水、氷、薪などを献じた。また王妃をも出した。十市県主は孝安妃を出している。 十市県主の五十坂彦の女の五十坂媛を妃にしている。別名は押媛、忍坂媛である。五十はイ、イソと読まれるが、朝鮮語ではO-Shipであり、押、忍と書かれる。（神奈備）」。”とを”は数の十であるが、撓（たわ）む、ゆるくまわり、しなう意(字訓）でもある。蛇行する寺川、大和川の間の地、物資の集積地となっていた。寺川をはさんだ西側は、神八井耳命が大日諸を祀となし、春日県主の祖とした多神社の地である。大目とは、この後の磯城県主大目、古事記では、十市県主大目のことであり、五十坂彦の次世代となろう。五十が押であるとするなら、押媛と五十坂媛が同一、十市系とみなせることになるが、書紀は別人とした。
天足彦国押人命は海人族、和珥方面に進出をしており、その娘となれば、十市より北、東側に目が向いていたことになる。”おしひめ”押媛は”おすひ-め”襲女であり、国押人尊（国襲戸）の皇后にふさわしい。この二人の御子は、古事記によれば、大吉備諸進（おほきびのもろすす）命、大倭根子日子賦斗邇（おほやまとねこひこふとに）命の二人。大吉備諸進命は和珥系となり、吉備に進出していったといふことにならう。日本足彦の次ぎが大日本根子彦といふ。”たらし”たものが”ね”となる、定着することを願ったものである。”に”は赤土、また、辰砂を含む赤土（字訓）、瓊は玉の赤いもの、玉の授受は霊の授受を意味する（字統）。”ふと”はすぐれたものに対する尊称であった。書紀風にいえば、”やまと”に”ね”をはる御子で、すぐれた霊を受け継ぐ”すめらみこと”とならうか。
卅八年秋八月丙子朔己丑 葬觀松彥香殖稻天皇于掖上博多山上陵
三十八年の秋八月の丙子（ひのえね）の朔己丑（つちのとうしのひ）（BC355.08.14）に、観松彦香殖稲天皇を掖上博多山上陵（わきのかみはかたのやまのかみのみさざき）に葬（はる）りまつる。
何があったのか。死後38年たって父を陵に葬ったとある。古事記からはこのような異様な状況は伺へない。これまでと異なり、畝傍山を離れて掖上（地図）に移っている。博多山”はかた”、「”は”はもののはしの部分をさす語、”か”は処、”た”は場所や方向を示す接尾語、湿地（大分県古地名の語源と地誌：古国府歴史研究会）」とあり、中心部をはずれた印象を与える。この陵については、他の陵に比較して規模も管理の状況も悪い。どうも確固たる支持のみられない陵のようであり、一体何があったのであらう？観松彦香殖稲尊に至りやっと磐余の地に皇祖天神を祭らんとした、と筆者は考へたのであるが、掖上に宮を啓き、ひっそりと掖上に、それも38年後に葬られたといふのは意外な展開であった。名前に託された願ひは実らなかった。
このような展開の原因は、世襲足媛（尾張連遠祖、瀛津世襲の妹）といふのが書紀の見解であろう。大物主神、事代主神系から尾張系に足をおろしたときに異変が生じた。後に宮山古墳を形成する勢力が興隆していたことにならうか。
七十六年春正月己巳朔癸酉 立大日本根子彥太瓊尊 爲皇太子 年廿六
七十六年の春正月の己巳（つちのとのみ）の朔癸酉（みづのとのとりのひ）（BC317.01.05）に、大日本根子彦太瓊尊（おほやまとねこひこふとにのみこと）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。年二十六（みとしはたちあまりむつ）。
日本足彦国押人天皇は20歳で皇太子、36歳で即位、61歳で結婚、85歳で大日本根子彦太瓊尊を生み、111歳で立皇太子、137歳で亡くなる。これまた、超絶老人である。
百二年春正月戊戌朔丙午 天皇崩
百二年の春正月の戊戌（つちのえいぬ）の朔丙午（ひのえうまのひ）（BC291.01.09）に、天皇（すめらみこと）に崩（かむあが）りましぬ。
大日本根子彥太瓊天皇（おほやまとねこひこふとにのすめらみこと） 孝靈天皇（かうれいてんわう）
大日本根子彥太瓊天皇 日本足彥國押人天皇太子也 母曰押媛 蓋天足彥國押人命之女乎 天皇 以日本足彥國押人天皇七十六年春正月 立爲皇太子
百二年春正月 日本足彥國押人天皇崩
秋九月甲午朔丙午 葬日本足彥國押人天皇于玉手丘上陵
冬十二月癸亥朔丙寅 皇太子遷都於黑田 是謂廬戸宮
大日本根子彦太瓊天皇は、日本足彦国押人天皇（やまとたらしひこくにおしひとのすめらみこと）の太子（ひつぎのみこ）なり。母（いろは）を押媛（おしひめ）と曰（まう）す。蓋（けだ）し天足彦国押人命（あめたらしひこくにおしひとのみこと）の女（みむすめ）か。天皇、日本足彦国押人天皇の七十六年の春（はる）正月（むつき）を以（も）て、立（た）ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲（な）りたまふ。
百二年の春正月に、日本足彦国押人天皇崩（かむあが）りましぬ。
秋九月（ながづき）の甲午（きのえうま）の朔（ついたち）丙午（ひのえうまのひ）（BC291.09.13）に、日本足彦国押人天皇を玉手丘上陵（たまてのをかのうへのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。
冬十二月（しはす）の癸亥（みづのとのゐ）の朔丙寅（ひのえとらのひ）（BC291.12.04）に、皇太子、都（みやこ）を黒田（くろだ）に遷（うつ）す。是れを廬戸宮（いほとのみや）と謂（い）ふ。
「蓋し天足彦国押人命の女か」といふ言い回しはひっかかる。母が父の兄の娘、この娘がただものではなかった。大日本根子彦太瓊天皇は、「立ちて皇太子と爲る」、これまでは父が太子を「立てて皇太子と爲す」、息子自身の決断か、母の決断か。父が百二年の春正月に崩じると、九月に葬り、なんと十二月に皇太子のままで遷都をしてしまった。父、日本足彦国押人天皇と比較すると、何と素早い手際であらう。
国見山を背後とする掖上（地図）に玉手丘上陵を築き父を葬るや、都を黒田（地図）に遷した。廬戸宮は孝霊神社（神奈備）のあたりとされる。”いほ”は草木などを結んだかりの小屋。もとは葬祭のときなど、神事に服するため一時宿る建物をいったものであろう。廬は祭時に一時その神を迎える建物の名であったようである（字訓）。”と”戸は内外の間や、区画相互の間を遮断し、その出入りのために設けた施設（字訓）。どうやら、急いで磯城に戻ることが目的で、当初は仮の宮と考へていたのであらう。
元年春正月壬辰（みづのえたつ）朔癸卯 太子卽天皇位 尊皇后曰 皇太后 是年也 太歲辛未
元年（はじめのとし）春正月の壬辰（みづのえたつ）の朔癸卯（みづのとのうのひ）（BC290.01.12）に、太子（ひつぎのみこ）、即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。是年、太歳辛未（かのとのひつじ）（BC290年）。
二年春二月丙辰朔丙寅 立細媛命 爲皇后 【一云 春日千乳早山香媛 一云 十市）縣主等祖女眞舌媛也】 后生大日本根子彥國牽天皇 妃倭國香媛 【亦名 絚某姉】 生倭迹迹日百襲姬命 彥五十狹芹彥命 【亦名 吉備津彦命】 倭迹迹稚屋姬命 亦絚某弟 生彥狹嶋命 稚武彥命 弟稚武彥命 是吉備臣之始祖也
二年春二月（きさらぎ）の丙辰（ひのえたつ）の朔丙寅（ひのえとらのひ）（BC289.02.11）に、細媛命（ほそひめのみこと）を立てて、皇后とす。【一（ある）に云（い）はく、春日千乳早山香媛（かすがのちちはややまかひめ）といふ。一に云はく、十市（とをち県主等（あがたぬしら）が祖（おや）が女（むすめ）真舌媛（ましたひめ）といふ】。 后（きさき）、大日本根子彦国牽天皇（おほやまとねこひこくにくるのすめらみこと）を生（あ）れます。妃（みめ）倭国香媛（やまとのくにかひめ） 【亦の名は、絚某姉（はへいろね）】 倭迹迹日百襲姫命（やまとととびももそひめのみこと）、彦五十狹芹彦命（ひこいさせりびこのみこと） 【亦の名は、吉備津彦命（きびつひこのみこと）】 倭迹迹稚屋姫命（やまとととわかやひめのみこと）を生む。 亦妃（またのみめ）絚某弟（はへいろど）、彦狹嶋命（ひこさしまのみこと）、稚武彦命（わかたけひこのみこと）を生む。弟（いろど）稚武彦命は、是（これ）吉備臣（きびのおみ）の始祖（はじめのおや）なり。
細（ほそ）媛命は、書紀では、磯城県主大目の女（むすめ）、古事記では、十市県主の祖、大目の女、細（くはし）比売命。”ほそし”は”ほそ”の形容詞形。幅のせまい、ほっそりしたものをいう。”くはし”は細やかで美しく、すぐれていることをいう（字訓）。書紀では、大日本根子彦国牽天皇の母として、春日系の千乳早山香媛、十市系の真舌媛の説も伝へるが古事記は、細比売命としている。書紀本文では、事代主神、鴨系から磯城系、古事記では大物主神、師木河俣/波延系から十市/春日系への展開がみられる。
書紀本文では、后として細媛命、妃として倭国香媛（亦名 絚某姉）、絚某弟のニ人、計三人、古事記では、細比売命、春日（かすがの）千千速真若（ちちはやまわか）比売、意富夜麻登玖邇阿礼比売（おほやまとくにあれひめの）命、繩伊呂杼（はへいろど）の四人を娶ったと伝へている。観松彦香殖稲天皇が尾張連遠祖、瀛津世襲の妹、世襲足媛を后とし、都を掖上に遷したことが、結果的に大物主神系師木河俣/波延の退潮を招いた。磯城の力関係に動揺をもたらしたのであらう。大日本根子彦太瓊天皇は、これを収拾すべく、黒田に遷都するや、神八井耳命、天足彦国押人命やその子孫がきりひらいてきた十市/春日の地から后のみでなく、妃を召して、一気に政権をかためた。
古事記によれば、師木津日子玉手見天皇の三男、師木津日子命の子、和知都美（わちつみの）命が淡道（あわじ）に御井（みいの）宮を啓き、二はしらの女（むすめ）をなしたとあった。兄（え）の名は蝿伊呂泥（はへいろね）、またの名は意富夜麻登久邇阿禮比賣（おおやまとくにあれひめの）命。弟（おと）の名は蝿伊呂杼（はへいろど）と伝えている。”え”は姉、”おと”は妹、”いろね”は同母の兄/姉、”いろど”同母の弟/妹であった。蝿は蠅、説文に「營々たる靑蠅（せいよう）。蟲の大腹なるものなり」とあり、營々は飛びまわること（字統）。繩は蠅（よう）の省略形黽の転音が音を表し、からみまつわる意の語源（繞じょう）からきて、糸をよりあわせたひも（角川漢和中辞典）、説文に「索なり」とあり大なるを索、小なるを繩（字統）、太い綱を絚（こう）という（大修館中日大辞典）。繩には正す、継ぐ義があり、亙にはわたる、つらなる義がある。波延の系統で、大日本根子彦太瓊天皇とこれらの妃の間の子が吉備へと進出する。魏志倭人伝で「不彌国から水行二十日で五万戸」の投馬国、奴国の2.5倍の人口集結地は吉備周辺（魏志倭人伝-1）ではないかとみた。かつて磐余彦尊（神武天皇）が高嶋宮で三年力を養った吉備である（書紀巻三乙卯年春三月）。書紀では倭国香媛、古事記では意富夜麻登久邇阿禮比賣命と、倭国あるいは大倭国が冠せられるとなれば、すでにみたように倭国造とされた椎根津彦の子孫（觀松彦香殖稻天皇廿九年春正月）の可能性を考慮せずばなるまい。吉備へ進出してゆくイメージであるが、磐余彦尊の東征を考えれば、吉備の海人としての力を借りていたのが実情であった。磐余彦尊の中洲制圧とともに表舞台から消えていた海運力の姿がチラホラ見えるようになってきた。
（大倭氏の祖である椎根津彦(宇豆毘古)は、神武天皇東征の際、吉備国高島宮を出発した後、速吸門(はやすいのと)で出会った海人である。速吸門は、一般に豊予海峡といわれるが、東征するのには地理的に戻ってしまう。書紀ではそれを修正して、椎根津彦の伝承を宇佐に至る前に記していて、こちらを正しいとする説が主流であるが、椎根津彦は吉備海部直の祖でもあり、応神天皇の吉備行幸の際に膳夫を勤めたのは、吉備津彦の子孫、吉備御友別である。阿曇氏で述べたように、膳夫の仕事は海人部の専売特許であることを考えると、吉備氏が海人族であったことは間違いないと思う。実際、吉備御友別の妹と吉備兄媛と、椎根津彦の曾孫の黒日売は同一人物説があり、応神天皇と仁徳天皇の同一人物説の根拠の一つとなっている。
吉備氏の祖・吉備津彦の母の名に、「倭」「大倭」が冠されているのも、この二氏が同族、あるいは婚姻により親戚関係にあったことを物語ると思う。吉備氏系の倭建命の兄弟には、吉備藤井別祖の吉備兄彦命や、吉備和智直祖の稚倭根子命などがおり、「倭」と「吉備」はあちこちで交錯している。古代吉備王国こそ、「倭」だったのではないかと思えて来る。
また、倭氏は綿津見豊玉彦命(海神)の子で穂高見命の弟の振魂命を始祖としており、阿曇氏とは親戚関係にある。振魂命は尾張氏・津守氏の祖でもあり、「振」は石上神宮の布留御魂神の「布留」であり、物部首の祖・春日臣市河が和珥氏系であることから、和珥氏との関係も窺えるだろう。倭氏・大倭氏：海人國、日本）
卅六年春正月己亥朔 立彥國牽尊 爲皇太子
三十六年の春正月（むつき）の己亥（つちのとのゐ）の朔（ついたちのひ）（BC255.01）に、彦国牽尊（ひこくにくるのみこと）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。
”くる”とは、元来回転するものの音(字訓）であり、書紀は、牽としている。牽とは牛と玄からなるが、玄は牛を牽（ひ）く縻（つな）の形（字統）。引いて車が回るような義となろう。”くにくる”とは国を回すやうな語感とならう。
さて、書紀においては末子が皇太子に立ち、長子は、祭祀を継承する役割に置かれているやうである。前尾繁三郎氏、「税の随筆集」によれば、国家の大事は祀（し）と戈（じゅう）にあり、戈は軍事、祀は祭祀であった。祭とは月（肉）を又（手）にして示（祭壇）に供平成ることである。神に犠牲を奉げることを表している。租税の起源であるが、禾は五穀の実りて穂の垂れたる様。且は墓で祖先、兌は祭司を表す。祖は祖先に献げる初穂、税は神の代理人たる祭司に献げる初穂。同様に、遊牧民においては、家畜の初生（ういご）も犠（いけにえ）とされ、人間の長子もそうであった。つまり、人間の初生も神のものとされる考へ方が中国経由で導入されていたのであらう。後に祭事は政事となる。征とは中国では、天子が行きて正す、これは軍事的行動を含むものである。政とは又（手）にノ（鞭）をもち正すこと。そもそもは祭を正すことであるが、聖徳で教導することになる。そのやうな背景のもと、我が国において、長子は祭祀を、末子はより地上的な統治を嗣ぐことになったのであらう。
七十六年春二月丙午朔癸丑 天皇崩
七十六年の春二月（きさらぎ）の丙午（ひのえうま）朔（ついたち）の癸丑（みづのとのうしのひ）（BC215.02.08）に、天皇崩（かむあが）りましぬ。
大日本根子彦太瓊天皇は26歳で皇太子、53歳で即位、54歳で結婚、70歳で大日本根子彦国牽天皇を生み、88歳で立皇太子、128歳で亡くなる。
大日本根子彥國牽天皇（おほやまとねこひこくにくるのすめらみこと） 孝元天皇（かうぐゑんてんわう）
大日本根子彥國牽天皇 大日本根子彥太瓊天皇太子也 母曰細媛命 磯城縣主大目之女也 天皇以大日本根子彥太瓊天皇卅六年春正月 立爲皇太子 年十九
七十六年春二月 大日本根子彥太瓊天皇崩
大日本根子彦国牽天皇は、大日本根子彦太瓊天皇（おほやまとねこひこふとにのすめらみこと）の太子（みこ）なり。母（いろは）をば細媛命（ほそひめのみこと）と曰（まう）す。磯城県主（しきのあがたぬし）大目（おほめ）が女（むすめ）なり。天皇（すめらみこと）大日本根子彦太瓊天皇の三十六年の春正月を以て、立ちて皇太子と爲りたまふ。年十九（みとしとをあまりここのつ）。
七十六年の春二月に、大日本根子彦太瓊天皇、崩（かむあが）りましぬ。
元年春正月辛未朔甲申 太子卽天皇位 尊（たふとぶ）皇后曰皇太后 是年也 太歲丁亥
元年（はじめのとし）の春正月の辛未（かのとのひつじ）の朔甲申（きのえさるのひ）（BC214.01.14）に、太子（ひつぎのみこ）即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。是年、太歳丁亥（ひのとのゐ）（BC214年）
太歳丁亥はBC214年。中国においては、BC221年に秦王の政、周（東周）を倒して秦の始皇帝となった時代である。書紀の編者達は、いかにも我が国にはすでに統一政権がづっと存続していたといはんばかりである。
四年春三月甲申朔甲午 遷都於輕地 是謂境原宮
四年の春三月（やよひ）の甲申（きのえさる）の朔甲午（きのえうまのひ）（BC211.03.11）に、都（みやこ）を軽（かる）の地（ところ）に遷（うつす。是を境原宮（さかひはらのみや）と謂ふ。
軽の地は大日本彦耜友天皇が曲峽宮を啓いた地、古事記では境岡宮といった。その地.（地図）に境原宮、古事記では堺原宮を置いた。牟佐坐神社（神奈備）の地とされる。”かるし”は水気を失って軽くなる意、枯（か）る、涸（か）る、空（から）などと同系の語、応神紀五年に「長さ十丈（とつゑ）、船既に成りぬ。試みに海に浮く、便（すなは）ち輕（かろ）く泛（うか）びて疾（と）くに行くこと馳（はし）るが如し、故（かれ）、其の船を名（なづ）けて枯野（からの）と曰（い）ふ。船の輕く疾（と）きに由（より）て、枯野（からの）と名（なづ）くるは、是義違（これことわりたが）へり。若（も）しは輕野（かるの）と謂へるを、後人訛（のちひとよこなば）れるか」（字訓）。軽の地とは、高取川の岡側で水気が少ない、あるいは船を浮かべる地で葛城側から磯城への境となそうとした地とでもならうか。
葛城については、鴨族で事代主神系、八咫烏系、尾張へ移動した族、磐余彦尊制圧後に国造とされた剣根の族があった（書紀巻４神渟名川耳天皇元年春正月壬申朔己卯）。軽の地に戻る大日本根子彦国牽天皇の背後に剣根の族を感じざるをえない。高取川をさかのぼり高取山へと展開したとされる。「古代高取に進出した部族は、鷹鞭（高取）山頂に祖神鷹生（たかむすび：鷹神）を祀り、鷹王・鷹伴一体となりこの地を開拓したのであろう。大和岩雄説によると鷹は古来東西鍛治集団のトーテム。ここ高取に進出した部族は鷹をトーテムとし神奈備にタカムスビを祀る鍛治集団であった。
タカムスビを祖神とし神奈備に斎く部族は前篇の葛城山中腹高天台地を本拠とした葛城氏本宗剱根である。姓氏録に葛城造（みやつこ） （直）（あたい）剱根はタカムスビ神五世の子孫と伝えられ、また羽田祝はうりはタカムスビ神の子孫と記載されている。
鳥越憲三郎説によると剱根の後裔の一派は高天から秋津島の玉手・柏原に移り、所謂葛城王朝を開いたという。玉手・柏原から曽我川を渡り東進、高取山麓一帯に割拠したのであろうか。葛城氏本宗はその後史上から消え古代史の謎の一つとされている。」（随想；葛城山麓から奥明日香へ「高取山」：勝野泰審氏）
六年秋九月戊戌朔癸卯 葬大日本根子彥太瓊天皇于片丘馬坂陵
六年の秋九月（ながづき）戊戌（つちのえいぬ）の朔（ついたち）癸卯（みづのとのうのひ）（BC209.09.06）に、大日本根子彦太瓊天皇を片丘馬坂陵（かたをかのうまさかのみさざき） に葬（はぶ）りまつる。
古事記では片岡の馬坂（地図：写真）とされる。片丘は「手硏耳命於片丘大窨中 獨臥于大牀」としてあらわれたのであるが、この場合には、葛下川と大和川の合流地点、草香の津から浪速の津へと繋がる要衝の地であった。吉備への展開を行った大日本根子彦太瓊天皇がこの地に自らを葬むるよう望んだものと考へたくなる。黒田は仮の都で、この馬坂に都を啓きたかったのやもしれない。
七年春二月丙寅朔丁卯 立鬱色謎命爲皇后 后生二男一女 第一曰大彥命 第二曰稚日本根子彥大日日天皇 第三曰倭迹迹姬命 【一云 天皇母弟 少彥男心命也】 妃伊香色謎命 生彦太忍信命 次妃河内靑玉繋女埴安媛生武埴安彥命 兄大彥命 是阿倍臣 膳臣 阿閉臣 狹狹城山君 筑紫國造 越國造 伊賀臣 凡七族之始祖也 彥太忍信命 是武内宿禰之祖父也
七年の春二月（きさらぎ）の丙寅（ひのえとら）の朔丁卯（ひのとのうのひ）（BC208.02.02）に、鬱色謎命（うつしこめのみこと）を立てて皇后（きさき）とす。后（きさき）、二（ふたはしら）の男（ひこみこ）一（ひとはしら）の女（ひめみこ）を生（あ）れます。第一（ひとはしらにあたりたまふ）をば大彦命（おほひこのみこと）と曰（まう）す。第二（ふたはしらにあたりたまふ）をば稚日本根子彦大日日天皇（わかやまとねこひこおほひひのすめらみこと）と曰す。第三（みはしらにあたりたまふ）を倭迹迹姫命（やまとととひめのみこと）と曰す。【一（ある）に云（い）はく、天皇の母弟（いろど）、少彦男心命（すくなひこをこころのみこと）といふ】 妃（みめ）伊香色謎命（いかがしこめのみこと）、彦太忍信命（ひこふつおしのまことのみこと）を生（う）む。次妃（つぎのみめ）河内青玉繋（かふちのあをたまかけ）が女（むすめ）埴安媛（はにやすひめ）、武埴安彦命（たけはにやすひこのみこと）を生む。兄（いろね）大彦命（おほびこのみこと）は、是（これ）阿倍臣（あへのおみ）、膳臣（かしはでのおみ）、阿閉臣（あへのおみ）、狹狹城山君（ささきのやまのきみ）、筑紫国造（つくしのくにのみやつこ）、越国造（こしのくにのみやつこ）、伊賀臣（いがのおみ）、凡（すべ）て七族（ななやから）の始祖（はじめのおや）なり。彦太忍信命は、これ武内宿禰（たけしうちのすくね）の祖父（おほぢ）なり。
古事記によれば、「この天皇、穗積臣（ほづみのおみ）等の祖、内色許男（うつしこをの）命の妹、内色許賣（うつしこめの）命を娶り生む御子、大毘古（おほびこの）命。次に、少名日子建猪心（すくなひこたけゐごころの）命。次に、若倭根子日子大毘毘（わかやまとねこひこおほびびの）命。三柱。また、内色許男命の女（むすめ）、伊賀迦色許賣命を娶り生む御子、比古布都押之信（ひこふつおしのまことの）命。また、河内青玉の女、名は波邇夜須毘賣（はにやすひめ）を娶り生む御子、建波邇夜須毘古（たけはにやすびこの）命。一柱。・・・大毘古命の子、建沼河別（たけぬなかはわけの）命が阿倍臣等の祖、比古伊那許士別（ひこいなこじわけ）命が膳臣の祖。比古布都押之信（ひこふつおしのまことの）命は尾張連等の祖、意富那毘（おほなび）の妹、葛城（かづらき）の高千那毘賣（たかちなびめ）を娶り生める子が味師内宿禰（うましうちのすくね）、山代の内臣の祖。また、木国造（きのくにのみやつこ）の祖、宇豆比古（うづひこ）の妹、山下影日賣（やましたかげひめ）を娶り生む子、建内宿禰（たけうちのすくね）。 この建内宿禰の子、あわせて九、男七、女二。 」
つまり、「波多（はた）八代（やしろの）宿禰は、波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部君之祖なり。次に、許勢（こせ）の小柄（をからの）宿禰は、許勢臣、雀部臣、輕部臣の祖なり。次に、蘇賀（そが）の石河宿禰は、蘇我臣、川邊臣、田中臣、高向臣、小治田臣、櫻井臣、岸田臣等の祖なり。次に、平群（へぐり）の都久（つくの）の宿禰は、平群臣、佐和良臣、馬御樴連等の祖なり。次に、木の角の宿禰は、木臣、都奴臣、坂本臣の祖。次に、久米（くめ）の摩伊刀比賣（まいとひめ）。次に、怒能伊呂比賣（ののいろひめ）。次に、葛城の長江曾都毘古（ながえのそつびこ）は、玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣等の祖なり。また、若子（わくごの）宿禰は、江野財臣の祖。(岩波文庫）」の男七、女ニ人と伝へている。
鬱色謎命は先代旧事本紀巻五 天孫本紀によれば、宇摩志麻治命、五世の孫の鬱色雄命の妹とされる（先代旧事本紀巻五 天孫本紀）。鬱色雄命の女（むすめ）が伊香色謎命 であり、かつての饒速日命、長髓彦の勢力地域、物部氏の祖先の系統から后や妃を迎へたことになる。河内青玉繋の地は生駒山西山麓、日下の西、宇波神社（神奈備）のあたりとされる。西方の海をにらんだものとなる。武内宿禰の祖父もこの系統にあるかのごとき印象を与える書紀の記述である。
大彦命は神八井耳命、天足彦国押人命を彷彿させる。古事記では「日子八井命者茨田連 手嶋連之祖 神八井耳命者意富臣 小子部連 坂合部連 火君 大分君 阿蘇君 筑紫三家連 雀部臣 雀部造 小長谷造 都祁直 伊余国造 科野国造） 道奧石城国造 常道仲国造 長狹国造 伊勢船木直 尾張丹波臣 嶋田臣等之祖也」とあった。「天押帶日子は、春日の臣、大宅臣、粟田臣、小野臣、柿本臣、壹比韋臣、大坂臣、阿那臣、多紀臣、羽栗臣、知多臣、牟耶臣、都怒山臣、伊勢の飯高君、壹師君、近淡海国造祖也」とあった。書紀では、阿倍臣、膳臣、阿閉臣（北陸・東国、若狭、伊賀：阿倍氏・安倍氏・安東氏・膳氏・高橋氏：海人國、日本）、狹狹城山君（近江蒲生郡：沙沙貴神社）、筑紫国造、越国造、伊賀臣、凡て七族の始祖としている。古事記においては、大彦命もさることながら、彦太忍信命つまり、比古布都押之信命が尾張と木（紀）国、わけても木国から妻を娶り生んだ建内宿禰とその七男二女に焦点をあてている。
木国は韓郷の島から素戔嗚尊が船舶材、宮材、棺椁材の種を採り、苗を作り、植林したと伝へられる地であり、素戔嗚尊の三子がそれに従事したといふ。「杉及び櫲樟（くす）、此の両の樹は、以て浮宝（うくたから）とすべし。檜は瑞宮（みつのみや）を為る材にすべし。柀（まき）は可以て顕見蒼生（うつしきあをひとくさ）の奧津棄戸（おきつすたへ）に将（も）ち臥（ふ）さむ具（そなへ）にすべし」。五十猛神、紀伊国名草郡の郷名の津麻神戸の柧津姫命、大屋の大屋津姫命である（書紀巻1-8素戔嗚尊の植林）。木国については瀬藤禎祥氏の「紀の国の神々と古代」（神奈備）に詳細な考察が記載されている。古くより、九州、出雲、吉備と深い関連の歴史を持つ地のようである。同氏によれば、建内宿禰の母、木国造の祖、宇豆比古の妹、山下影日賣は、どうやら九州の出身らしい（名草の神々４５）。木国は、磐余彦尊が名草において宥和できなかった、古い伝承を伝える地、「本州最南端に当たる潮岬における太陽神祭祀場、社殿を作らない磐座信仰、後世の王朝とは質を異とする呪術・祭祀形の王権の祭りの跡」（名草の神々４１）の見られる地でもあった。「石凝姥(いしこりどめ)を以て冶工(たくみ)として、天香山の金(かね)を採りて、日矛(ひほこ)を作らしむ。又真名鹿(まなか)の皮を全剥ぎて、天羽韛(あまのはぶき)に作る。此を用て造り奉る神(みかた)は、是即ち紀伊国に所坐(ましま)す日前神(ひのくまのかみ)なり」。石凝姥は名草戸畔（なぐさのとべ）、丹敷戸畔（にしきのとべ）と同じく戸畔であり、女性を首長とする鍛治/植栽/鉱山開発集団でもあった。そこに「我（わ）が皇祖（みおや）の霊（みたま）、天（あめ）より降（くだ）り鑒（み）て、朕（わ）が躬（み）を光（てら）し助（たす）けたまへり。今諸（もろもろ）の虜（あたども）已（すで）に平（む）けて、海内（あめのした）事（こと）無（な）し。以て天神（あまつかみ）を郊祀（まつ）りて、用（も）て大孝（おやにしたがふこと）を申（の）べたまふべし」の世界が入り込まんとする時代を迎へた。
廿二年春正月己巳朔壬午 立稚日本根子彥大日日尊 爲皇太子 年十六
二十二年の春正月の己巳（つちのとのみ）の朔壬午（みづのえうまのひ）（BC193.01.14）に、稚日本根子彦大日日尊（わかやまとねこひこおほひひのみこと）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。年十六（みとしとをあまりむつ）
ＢＣ193年に16歳といふことはＢＣ209年の誕生となる。結婚がＢＣ208年であり、婚前の子となる。数へ年なら結婚の年とならうが、いづれにせよ兄の大彦命は婚前の子であらう。
五十七年秋九月壬申朔癸酉 大日本根子彥國牽天皇崩
五十七年の秋九月（ながづき）の壬申（みづのえさる）の朔癸酉（みづのとのとりのひ）（BC158.09.02）に、大日本根子彦国牽天皇（おほやまとねこひこくにくるのすめらみこと）崩（かむあが）りましぬ。
大日本根子彦国牽天皇は18歳で皇太子、59歳で即位、65歳で結婚、64歳で大日本根子彦国牽天皇を生み、80歳で立皇太子、115歳で亡くなる。
稚日本根子彥大日日天皇（わかやまとねこひこおほひひのすめらみこと） 開化天皇（かいくわてんわう）
稚日本根子彥大日日天皇 大日本根子彥國牽天皇第二子也 母曰鬱色謎命 穗積臣遠祖鬱色雄命妹也 天皇 以大日本根子彥國牽天皇廿二年春正月 立爲皇太子 年十六
五十七年秋九月大日本根子彥國牽天皇崩
冬十一月辛未朔壬午 太子卽天皇位
稚日本根子彦大日日天皇は、大日本根子彦国牽天皇（おほやまとねこひこくにくるのすめらみこと）の第二子（ふたはしらにあたりたまふみこ）なり。母（いろは）をば鬱色謎命（うつしめこのみこと）と曰（まう）す。穗積臣（ほづみのおみ）の遠祖（とほつおや）鬱色雄命（うつしこをのみこと）の妹（いろも）なり。天皇（すめらみこと）、大日本根子彦国牽天皇の二十二年の春（はる）正月（むつき）を以（も）て、立（た）ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲（な）りたまふ。年十六（みとしとをあまりむつ）。
五十七年の秋（あき）九月（ながづき）に、大日本根子彦国牽天皇、崩（かむあが）りましぬ。
冬（ふゆ）十一月（しもつき）の辛未（かのとのひつじ）の朔壬午（みづのえうまのひ）（BC158.11.12）に、太子（ひつぎのみこ）、即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。
注に、姓氏録、左京神別に「穂積朝臣、石上同祖、神饒速日命、五世孫伊香色雄命之後也」と見え、崇神七年（ＢＣ91年）八月条や垂仁二十五年（ＢＣ5年）三月条に「穂積臣遠祖、大水口宿禰」とある。大水口宿禰は姓氏録、右京神別、采女朝臣条に饒速日命の六世の孫と見える」。「穗積は地名で、大和国山辺郡の地、継体6年（513年）4月条に穂積臣押山の名が見え、天武13年（684年）11月、朝臣の姓を賜う」とある。書紀の編修は、天武十年（681年）にはじまり、養老四年（720年）に及ぶ事業であった。朝臣と臣や氏姓制度の成立（官制大観）については先に考へることになるが、書紀の編者は鬱色雄命を穗積朝臣ではなく、穗積臣の遠祖としていることに留意しておきたい。BC108年、漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし朝鮮半島に楽浪郡など４郡を置いた時代、BC91年、BC5年に日本に宿禰なぞは存在しない。大水口宿禰の宿禰が官職であれば天武13年以降、それ以前では、編纂当時でいうところの宿禰のような位置にいた大水口とでもいふしかあるまい。書紀は干支指定が行はれており年代矛盾が生じるが、古事記にはそれがなく事情は異なる。
大日本根子彦太瓊天皇のごとく、稚日本根子彦大日日天皇も「立ちて」皇太子と爲る、16歳のことであった。意欲満々といへるであらう。
元年春正月庚午朔癸酉 尊皇后曰皇太后
冬十月丙申朔戊申 遷都于春日之地 【春日 此云箇酒鵝】 是謂率川宮 【率川 此云伊社箇波】 是年也 太歲甲申
元年（はじめのとし）の春正月の庚午（かのえうま）の朔癸酉（みづのとのとりのひ）（BC157.01.04）に、皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。
冬十月（かむなづき）の丙申（ひのえさる）の朔戊申（つちのえさるのひ）（BC157.10.13）に、都（みやこ）を春日（かすが）の地（ところ）に遷す。【春日、此をば箇酒鵝（かすが）と云ふ】 是（これ）を率川宮（いざかはのみや）と謂ふ。【率川、此をば伊社箇波（いざかは）と云ふ】 是年（ことし）。太歳、甲申（きのえさる）（BC157年）。
春日の地（地図）、率川は春日山から猿沢の池畔を流れる川、率川宮は率川神社（神奈備）の地とされる。古事記では伊邪河宮。これまでの展開からすれば、唐突に中洲の北に重心が移動しており、理解に苦しむ。大日本根子彦太瓊天皇の黒田への遷都も決然としたものがあったが、これは、無謀とさへ思ひたくなる大胆さである。全く別方向からみるならば、滋賀、伊賀、若狭、越（新潟） から東国に影響を与へた神八井耳命、天足彦国押人命以来の大彦命の活動、書紀には記述されてはこなかったが、山代へ移動した八咫烏の子孫、古来より出雲、越方面を結ぶ勢力などが力を貯へ、遷都を促がすやうな受け皿ができていたことになる。
五年春二月丁未朔壬子 葬大日本根子彥國牽天皇于劔池嶋上陵
五年の春二月（きさらぎ）の丁未（ひのとのひつじ）の朔壬子（みづのえねのひ）（BC153.02.06）に、大日本根子彦国牽天皇を剣池嶋上陵（つるぎのいけのしまのうへのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。
古事記は剣池の中の岡の上にあり（地図）としている。注に、「延喜諸陵式に『劍池島上陵＜軽境原宮御宇孝元天皇。在大和国高市郡。兆域東西二町。南北一町。守戸五烟＞』 。陵墓要覧に所在地を『橿原市大字石川字劍池上』とする」とある。大日本根子彦国牽天皇の陵であり、剣ということは剣根の族を暗示するものであらうか？
六年春正月辛丑朔甲寅 立伊香色謎命爲皇后 【是庶母也】 后生御間城入彥五十瓊殖天皇 先是 天皇 納丹波竹野媛爲妃 生彥湯產隅命 【亦名 彥蒋簀命】 次妃和珥臣遠祖姥津命之妹姥津媛生彥坐王
六年の春正月の辛丑（かのとのうし）の朔甲寅（きのえとらのひ）（BC152.01.14）に、伊香色謎命（いかがしこめのみこと）を立てて皇后とす。【是は庶母（ままも）なり】。后（きさき）、御間城入彦五十瓊殖天皇（みまきいりびこいにゑのすめらみこと）を生（あ）れます。是（これ）より先（さき）に、天皇、丹波竹野媛（たにはのたかのひめ）を納（めしい）れて妃（みめ）としたまふ。彦湯産隅命（ひこゆむすみのみこと）を生（う）む。【亦の名は、彦蒋簀命（ひこもすのみこと）】。次妃（つぎのみめ）和珥臣（わにのおみ）の遠祖（とほつおや）、姥津命（ははつのみこと）の妹（いろも）姥津媛（ははつひめ）、彦坐王（ひこいますのみこ）を生（う）む。
庶母は血のつながらぬ母、伊香色謎命は、稚日本根子彦大日日天皇の母、鬱色謎命の兄、鬱色雄命の女（むすめ）であった。当然、稚日本根子彦大日日天皇より年長であろう。稚日本根子彦大日日天皇は、57歳の時に伊香色謎命を后とし、60歳の時、御間城入彦五十瓊殖天皇が生まれており、伊香色謎命は、60歳をかなり越へたウルトラ高齢出産となる。この結婚は、これまでの血筋を固めておくために周囲が配慮したものであらう。本人はその前に、大胆にも、丹波の竹野媛と一緒になっていた。和珥の族からも妃を娶っている。和珥の族は、「二世紀後半ごろ、北部九州とは別のルートすなわち 裏日本から畿内中枢地域に進出してきた、太陽信仰をもつ朝鮮系鍛冶集団が、のちの和邇氏などではなかったかと推測」（和爾下神社：神奈備）とあるごとく、滋賀、若狭へとつながっている。
古事記は、以下の開化天皇の記述にあるごとく、春日、木津、山代、丹波、伊勢、当麻、甲斐、葛野、近江、若狭、美濃、吉備、播磨、但馬等々方面の豪族との婚姻関係を記しているが、書紀は中洲の外で起こっている変化については、一切蓋をしたままであり、古事記の記述を切り捨てていた。
古事記では系図の羅列であるが、勝野泰審氏は近江や山代で起こっていた変化をこうみておられる。「坂田（長浜）息長氏の祖宿祢王は、開化天皇の子日子坐王から山代大筒木眞若、迦邇米雷王と続く系譜で、天日桙四世の孫葛城高額比売を婚り、息長帯比売の父となっている。葛城王朝最後の開化天皇が三輪王朝に追われ、鴨族とともに南山代の筒木、岡田に移り、数代の後近江に転進、所謂近江王朝を開く。日子坐王は近江王朝の開祖。近江に転進した葛城王朝は、三上神社に天一箇目命を祀る製鉄族と、琵琶湖の水運を握る和爾氏、愛知川流域から蒲生野にかけて農産、織産、製鉄の秦氏、野洲川流域の農産を握り大兵主神社、苗村神社、鏡神社に足跡を残す天日桙の孫と云われる安（野洲）国造氏とともに栄え、やがて大和を圧倒する。林屋辰三郎教授は、近江王朝は近江から淀川を下り河内に進出、応神に始る河内王朝を創めたと説く。（近江路：虹と海～古代史の旅、かまくら春秋社）」「秦氏の一派（後の越智秦氏)は南葛城から南山代を経て405年頃湖東に進出、先遣隊の拓いた六郷・秦荘を拠点とし、神奈備岩倉山の麓駈軽野神社に祖先日坐王(250年頃）・袁邪本（おざほ）王を祀った。日坐王は葛城王朝最後の開化天皇の皇子。南山代筒木天王の朱智神社にも息長氏の祖神として、大筒木眞若王、迦邇米雷王・息長宿祢王とともに祀られている。越智秦氏はその後氏寺金剛輪寺の南の鎮守として上松尾大行社に高産霊（たかむすび）神を祀った。高産霊神は南葛城御所高天（たかま）に葛城氏の祖神として祀られている。これらのことから秦・息長・葛城の三氏は繋がっている。日野川中流岡本の高木神社に高産霊神とともに秦氏の斎く大山咋神を祀る日枝神社が併記。甲良桂城（葛城）神社には息長氏の斎く国常立（くにとこたち）命・少彦命を祀る。近江には秦・息長・葛城氏が混在。平野邦雄説によると秦と天日桙が重なるとのことからこの三氏はもとは同一グループではないかと考えられる。（伽耶から倭へ：前掲書）」丹波については、後にみることにしたい。
廿八年春正月癸巳朔丁酉 立御間城入彥尊 爲皇太子 年十九
二十八年の春（はる）正月（むつき）の癸巳（みづのとのみ）朔丁酉（ひのとのとりのひ）（BC130.01.05）に、御間城入彦尊（みまきいりびこのみこと）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。年十九（みとしとをあまりここのつ）。
六十年夏四月丙辰朔甲子 天皇崩
冬十月癸丑朔乙卯 葬于春日率川坂本陵 【一云 坂上陵 時年百十五】
六十年の夏（なつ）四月（うづき）の丙辰（ひのえたつ）の朔甲子（きのえねのひ）（BC98.04.09）に、天皇（すめらみこと）崩（かむあが）りましぬ。
冬十月（かむなづき）の癸丑（みづのとのうし）の朔乙卯（きのとのうのひ）（BC98.10.03）に、春日率川坂本陵（かすがのいざかはのさかもとのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。【一（ある）に云（い）はく、坂上陵（さかのうへのみさざき）。時に年百十五（みとしももそぢあまりとをあまりいつつ）といふ】。
稚日本根子彦大日日天皇は16歳で皇太子、51歳で即位、57歳で結婚、60歳で御間城入彦尊を生み、79歳で立皇太子、111歳で亡くなる。どういふ暦上の事情によるか分らないが、115歳と4年異なる。春日率川坂本陵（関東の古墳＆史跡探訪）は率川宮の北西200m（地図）の地。大日本根子彦太瓊天皇の片丘馬坂陵に比しても突出して北に造営された陵であり、時代の変貌を示すものである。書紀の編者達は、神渟名川耳天皇即位（綏靖天皇：（BC581.01.08）から稚日本根子彦大日日天皇薨去まで干支を駆使して約500年を振り当てた。超絶老人と超高齢出産の連続といふとんでもない年齢構成を招き、磐余彦とともに中洲を制圧した族のその間の歴史、もっといえば大陸、半島と交流のあった奴国をはじめとする100余国や、北陸、東国の歴史の不在も招いた。後漢 班固（32～92年）の漢書、「地理志」によれば、「樂浪海中に倭人有り、分かれて百餘国と爲し、歳時を以って來たり獻見すと云う」とあるごとく、倭には海を渡り、大陸に獻見する力が備はっており、書紀が描く以上の開かれた倭の姿があった。500年間中洲に閉じ込められた鎖国を描いた編者達の意図は何であったのか。いつの世にあっても、後世の目にたじろがぬ歴史を編纂することはむつかしい。了2006.01.22 訂正と以下の追加 2019.05.15 （令和 元年：4月30日までは平成31年）
宮の変遷
東征が成り、軍事的に勝利したとて、その統治を行ふことは容易なことではない。その地には旧来の統治機構と天香具山を聖地とする祭祀があり、それを新たな祭祀と統治機構に再編しなければならい。 記紀神話に慣れ親しんできた後世の人間は、天の石窟前や皇孫降臨の際の祭祀の形式が地上に降ろされたという展開を辿り、鏡を天照大神として祭り、天の斎庭の稲を地上に降ろし、豊かな瑞穂の国とする命を承けて、皇孫が地上を統治するというイデオロギーを思ひ描く。
ただ、記紀神話が成立するのは、後のことであり、日神月神を祭祀することや山や磐や樹木に神が依りつくなどといふことは、当時どこでも当たり前のことであり、王を中心とする特別な政治機構を確立していたとも思はれない。倭（やまと）及びその周辺の豪族を如何に取り込むかが肝要であり、その最も現実的な方法は、婚姻関係を結ぶことであったやうだ。
それは、后（きさき）選びであり、どの豪族の女（むすめ、以下同様）であるかが重要であった。ただ、記述は、記紀神話の延長上にあり、神武天皇の后は人間である豪族の女であってはならず、神の女としなければならなかったやうである。しかも、国神を代表する大物主神あるいは、予知能力に長けた事代主神（大国主神の「分身」あるいは「その子」）であらねばならなかっただ。「天神が国神の協力を得て統治する」とする「国譲り」の慣行を踏襲したのであらう。「記」が大物主神の女とし、師木を重視したものを、「紀」は事代主神の女と訂正し、磯城もさることながら、葛城を重視した。
「記」に 従へば以下のごとくならう。
記紀双方、神武天皇の后を三嶋の豪族の女としたが、「記」は大物主神と三嶋の豪族の女（勢夜陀多良比売）との間の子（富登多多良伊須須岐比売命）とした。三嶋は白肩・摂津を臨む地であり、瀬戸内海方面、淀川水系を押さへる拠点となりうる地であった。神武天皇は末子（神沼河耳命）を後継とし、長子（日子八井命）を河内と摂津に配した。次子（神八井耳命）は忌人（神職）としてその祭祀を畿内、熊本・阿蘇・筑紫、伊予、尾張、伊勢、信濃、常陸、陸奥に伝播せしめた。「記」にはそういふ海人的な政治視野の広さが感じられる。
綏靖天皇は、葛城に宮を移すも、河内湖の要衝であったと思はれる地（河内国若江郡川俣郷）の河俣毘売（師木の県主の祖）を后とし、師木に三嶋と同様に河内の風を吹き込んだ。日子八井命の河内での活動とも係はっていやう。その子を師木津日子玉手見命と命名し後継者とした。師木津日子であるが玉手見とあり玉手（葛城玉手岡）が意識されていやう。
安寧天皇は、片鹽に宮を移した。河内・摂津方面、伊勢方面で製塩される最高級の塩が堅塩（片鹽）であり、その交易の中心地に宮を設けたと思はれ、双方面を視野に置いた地とならう。河俣毘売の兄県主波延の女（阿久斗比売）を后とし、綏靖天皇と共に 三嶋・河内系の師木を重視した。次子（大倭日子鉏友命）を後継とし、第三子を師木津日子命と命名しており、師木の主たる日子（彦）として配したのであらう。従って、河俣毘売を師木の県主の「祖」と称し、師木県主は波延から師木津日子命に代替はりしたと思はれる。師木津日子命は、一子（？王）の子孫を伊賀、名張、美濃、もう一子（和知都美命）を淡路に展開せしめた。また二人の女は考霊天皇に嫁ぐことになる。また、後継者に大倭（おほやまと）を冠しており、倭国造（槁根津日子）の後継の立場を兼ねるやうな印象を与へる。
懿德天皇は軽に移り、賦登麻和訶比売命（飯日比売命）（師木県主の祖）を后とし、長子（御真津日子訶惠志泥命）を後継とし、次子（多芸志比古命）を和泉、但馬、葦井（不詳）に展開せしめた。師木県主の祖となるこの后の出自が分からない。「ふとま」「いひひ」であり卜占、供物に関する比売であったと思はれる。崇神天皇以降の師木が想定されている可能性もある。
孝昭天皇は、 神武天皇が国見をなされた地、掖上に宮を移し、初心に返り心機一転、尾張から后（余曾多本毘売命）を迎へた。次子（大倭帯日子国押人命）を後継とし、長子（天押帯日子命）には、春日から木津、山科、山代、近江方面、伊勢、知多、武蔵方面に展開せしめた。
孝安天皇は、室に宮を移して、孝昭天皇の長子（天押帯日子命）の女（姪「めひ」；忍鹿比売命）を后に迎へており、祖先祭祀に力を入れた。次子（大倭根子日子賦斗邇命）を後継とし、長子（大吉備諸進命）には吉備に展開せしめた。
孝霊天皇は、 黒田に出て、十市県主の女（細比売命）を后とし、春日の女（千千速真若比売）、大倭（和知都美命）の二女（意富夜麻登玖邇阿禮比売命とその妹繩伊呂杼）を娶す。十市県主の女との子（大倭根子日子国玖琉命）を後継とする。大倭の二女との六子、一（大吉備津日子命）を吉備の上、一（若建吉備津日子命）を吉備の下、一（日子寤間命）を播磨、一（日子刺肩別命）を敦賀から越に展開せしむ（大倭の祖は槁根津日子で「記」では吉備と関連が深い）。
孝元天皇は、軽に宮を戻すも、師木にとらはれず、大胆に豪族と姻戚関係を結ぶ。宇麻志麻遅命系統の豪族（内色許男命）の妹（内色許男命）との第三子（若倭根子日子大毘毘命）を後継とし、長子（大毘古命）の二子（建沼河別命と比古伊那許志別命）がそれぞれ阿部氏、膳氏の祖となる。また、その豪族の女（伊迦賀色許売命）との子（比古布都押之信命）が葛城の比売（高千那毘売）を娶し生んだのが味師内宿禰、木国の比売（山下影日売）を娶し生んだのが建内宿禰、その九子が、波多氏、許勢氏、蘇賀氏、平群氏、角氏、江野財氏の祖、三女が玉手氏、的氏、生江氏、阿芸那氏の祖となる。物部系が姻戚関係に入り、建内宿禰から、蘇我氏を含み後に政権の中枢を担う諸氏が興る。
開化天皇は、北の春日に宮を移し、丹波の女（竹野比売）を娶し、その子（比古由牟須美命）の子一人（大筒木垂根王）は大筒木、一人(讚岐垂根王)は讃岐へ展開せしめられる。前天皇の妻（伊迦賀色許売命；庶母にあたる）との長子（御真木入日子印惠命）を後継とし、また、丸邇の女（意祁都比売命）を娶し日子坐王を生む。また、葛城の女（鸇比売）を娶し、船舶・製鉄関連の氏を展開せしめた。日子坐王は山代、春日、近江を視野に入れ、丹波を介して尾張・美濃・甲斐・伊勢方面、木津・近江・若狭方面、播磨・吉備方面へ展開する。また、後の沙本毘古・沙本毘売、そして息長帯比売の出自につながる系譜にも言及している。
論功行賞については、「記」では触れられておらず、「紀」では先にみたとおりである（HP）。婚姻政策については、「記」と「紀」では相違がある。記の内容に関しては諸氏から反論がでたのであらう。本文とは別に、一書一書で採録され、「紀」が国書として通用せしめられた。
「紀」では、神武天皇の后を事代主神の女と「記」を訂正するも、重点を天基（あまつひつぎ）と論功行賞による倭の分割とその受任者に置いている。ただその命（みことのり）の文言は、諸注を参照すれば、文選等中国の書による修飾が施されており、留意する必要がある。
以下簡略にみておきたい。
諡号 日本書紀（紀） 古事記（記）
日本書紀 古事記 場所 神武天皇 神日本磐余彦火々出見天皇 神倭伊波禮毘古命 畝傍の橿原宮 畝火の白梼原宮 地図 天香具山の地（磐余）を重視したが、その祭祀とは決別すべく、橿原を国の中心とし宮を置き、天神を鳥見山の中に霊畤を立て郊祀する形をとった（結果的には、天香具山の地を凌駕することはできなかった）。また、中洲に倭国造の他に葛城国造を設け、剣根を国造とした。倭では築坂邑、来目邑、猛田邑、磯城邑を特別なものとした。
綏靖天皇 神渟名川耳天皇 神沼河耳命 葛城の高丘宮 葛城の高岡宮 地図 手研耳命が神武天皇の后を娶したこと、后がその子等に歌で危険を知らせたことの一件は削除された。
綏靖天皇が、河俣（かはまた）毘売ではなく、事代主神の少女（五十鈴依媛；神武皇后の妹）を后としたと訂正した。剣根の葛城といふより、事代主神の葛城の印象が強まった。
一書では、后を川添（かはまた）媛とするが、「記」の「河俣毘売を磯城県主の祖」とするを磯城県主の女（むすめ）としている。ために磯城県主に混乱が生た。この時の磯城県主は、「紀」によれば、弟磯城（黒速）あるいはその子と類推されるが、天香具山を避けながら旧磯城の血筋の女を后とすることは考へにくひ。（「記」では弟師木は兄師木と共に殺されており弟師木を師木県主とは為しへない）。
安寧天皇紀では、川津（かはつ）媛を磯城県主葉江の女とし、更に昏迷する。川津媛を川添媛と同一視する説があるが、川津媛＝川添媛＝河俣毘売とすると、「記」は「河俣毘売の兄を県主波延」としており、これでは、「記」の波延の女阿久斗比売は、「紀」の葉江の女川津媛となり、「河俣毘売の兄の女が川津媛＝河俣毘売」となり、論理が成立しない。次は、磯城県主葉江の出自が問題となる。
鴨都味波八重（かもつみはやへ）事代主神の「八重Fahe」を「葉江Faye」とし、葉江を事代主神とする説もあるが、神である事代主神が磯城県主に任命されることはありえない。黒速の速を葉江として、黒速＝葉江とする説もあるが、無理がある。
また、一書では、后を春日県主大日諸命の女（糸織媛）ともした。十市県主系図では大日諸命を事代主神の孫とし、多神宮注進状によれば、神八井耳命を春日で祭祀する祝（はふり）とする。事代主神ー鴨王ー大日諸命の系図で鴨王の女（渟名底中媛命）が安寧天皇の后であり、大日諸命の女（糸織媛）が綏靖天皇の后とすると世代的に逆転する。安寧天皇紀でも一書で、大間宿禰（大日諸命の子）が女（糸井媛）としている。一書一書と「記」とを照合すると混乱の極みとなる。そのことを承知で「紀」はそれらを採用したのであらう。「記」の記述が成立しないように混乱させた可能性すら感じられる。
紀では后を事代主神系とする思惑が働いており、これが恐らく昏迷の根本にあらう。記紀神話の国譲りの際の神が何故この后の選定において主役を占めるのか？現実には、三嶋、河内、磯城の地の有力豪族の女であり、その豪族が祖神としてどの神を祭祀したかによらう。大物主神や事代主神を祭祀するは出雲系である。「紀」の記述は、 「出雲国造神賀詞」との関連を強く感じさせるものがある。
「紀」の編纂時には、そこから外れる祖を祭祀する豪族には、 不満が残ったことであらう。先代旧事本紀では、記紀を折衷しつつも、宇摩志麻治命及び天日方奇日方命（鴨王）が神武朝の食国政申大夫を務め、綏靖朝では宇摩志麻治命の子（彦湯支命）が食国政大夫を務めたとして、その存在を主張している。
また、「紀」では、神八井耳命の神職としての全国展開活動をも削除している。安寧天皇 磯城津彦玉手看天皇 師木津日子玉手見命 片鹽の浮孔宮 片鹽の浮穴宮 地図 皇后を波延の女（阿久斗比売）ではなく、事代主神の孫、鴨王の女（渟名底仲媛命） と訂正した。「紀」は渟名底仲媛命を葛城系の女とする印象を与へる。
一書、一書で、磯城県主葉江の女（川津媛）説、大間宿禰の女（糸井媛）説も収録している。
さて、先代旧事本紀、地祇本紀によれば、鴨王は、都味歯八重事代主神の孫ではなく子とし、別名は天日方奇日方命であり、姫蹈鞴五十鈴姫命・五十鈴依姫命の兄とする。更に、別名を阿田津久志尼命とし、日向の賀牟度美良姫を娶り、健飯勝命と渟中底姫命を生んだとし、渟名底仲媛命を日向系の女としている。それにしても、安寧天皇の后については、師木、葛城、日向とぶれ幅が大きい。日向となれば、神武天皇以前の祖に視野が広がっており、祖先祭祀の一貫に組み入れるべしとの意識が働いたのであらうか？
また、「紀」本文では 、渟名底仲媛命との子は二子としながら、三子説の一書をはさみ、唐突に、磯城津彦命を猪使連の祖とし、その子二王二女の存在、役割には触れず、「記」の師木津日子の印象を貶めている。また、相変わらず中洲外への展開部分に蓋をしている。懿德天皇 大日本彦耜友天皇 大倭日子鉏友命 軽の曲峽宮* 軽の境岡宮 地図 皇后は賦登麻和訶比売命（飯日比売命）でなく、天豊津媛命と訂正した。孝昭紀によれば、天皇の兄（息石耳命）の女といふ。（兄の妻を弟が妻とするは年齢的に近いが、兄の女（むすめ）を妻とするは兄弟間の年齢が相当離れていなければ難しい）。
一書、一書で磯城県主葉江が男弟猪手が女（和泉媛）説 、磯城県主太真稚彦が女（飯日媛）説も収録している。このために、賦登麻和訶比売命を太真稚彦の女とされ、「記」の師木県主の祖を否定している。孝昭天皇 観松彦香殖稲天皇 御真津日子訶惠志泥命 掖上の池心宮 葛城の掖上宮 地図 「紀」の世襲足媛と「記」の余曾多本毘売命は同じ。尾張に目が向いていた。ただ、「紀」では即位29年に皇后を迎へたとしているが、その事情については言及が無い。その間、子作りをしなかったとは思ひがたひ。
一書、一書で、磯城県主葉江が女（渟名城津媛）、倭国の豊秋狹太媛が女（大井媛） を採録。また、長子（天足彦国押人命）の「記」の多様な展開を排し、和珥臣等の祖と簡略化した。孝安天皇 日本足彦国押人天皇 大倭帯日子国押人命 室の秋津嶋宮 葛城の室の秋津嶋宮 地図 「紀」の押媛と「記」の忍鹿比売命は同じ。「紀」は即位26年のこととしているが、その事情についての言及もない。
一書、一書で、磯城県主葉江が女（長媛）、十市県主五十坂彦が女（五十坂媛）を採録。
「記」の長子（大吉備諸進命）への言及もなく、吉備への展開も削除された。孝霊天皇 大日本根子彦太瓊天皇 大倭根子日子賦斗邇命 黒田の廬戸宮 黒田の廬戸宮 地図 皇后として、「紀」の細媛命と「記」の細比売命は同じだが、十市県主の祖大目の女ではなく、磯城県主大目の女と訂正した。
一書、一書では皇后を、春日千乳早山香媛、十市県主等の祖の女真舌媛を採録した。
妃として、「記」の意富夜麻登玖邇阿禮比売命を倭国香媛とし、繩伊呂杼を絚某弟とする。
「記」の播磨、吉備、越、豊、敦賀への展開に対し、彦五十狹芹彦命と稚武彦命の吉備への進出を記すに過ぎない。孝元天皇 大日本根子彦国牽天皇 大倭根子日子国玖琉命 軽の境原宮*と同地 軽の堺原宮 地図 記紀の記述はほぼ一致しており、穂積臣等の遠祖（鬱色雄命）の妹（鬱色謎命）を后とし、長子（大彦命）を七族の始祖、次子を後継としている。三子の倭迹迹姫命は「記」では考霊天皇を父とするが、「紀」では、考元天皇説もとっている。「記」では伊賀迦色許売命を内色許男の女とするが、「紀」では後に、伊香色謎命を物部氏の遠祖大綜麻杵の女とする。「紀」ではその子（彦太忍信命）が武内宿禰の祖父（「記」では父）であると簡潔に記すのみである。「紀」の編纂時には、「記」に記された蘇我氏の系譜をここでは削除する意向が働いたとみられるやうだ。 開化天皇 稚日本根子彦大日日天皇 大倭根子日子国玖琉命 春日の率川宮 春日の伊邪河宮 地図 「紀」では丹波竹野媛を先に妃としたが、皇后は伊香色謎命とし、その子を後継者とている。「紀」では和珥臣の遠祖（姥津命）の妹（姥津媛）が彦坐王を生んだと記すのみで、「記」に詳細に記されたその子孫の丹波そして木津川、山代、近江、尾張、北国、東国への展開が削除された。 古事記
懿德天皇
大倭日子鉏友命、軽（かる）の境岡宮（さかひをかのみや）に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、師木県主の祖、賦登麻和訶比売命（ふとまわかひめのみこと）、亦の名は飯日比売命（いひひひめ）を娶（めと）して生みませる御子、御真津日子訶惠志泥命（みまつひこかゑしねつのみこと）【訶より下の四字、音を以てす】。次に多芸志比古命（たぎしひこのみこと）【二柱】。故、御真津日子訶惠志泥命は、天の下治らしめしき。次に当芸志比古命は、【血沼の別、多遲麻の竹別、葦井の稻置の祖】。天皇の御年、肆拾伍歳（四十五歳；よそぢまりいつとせ）。御陵は畝火山の真名子谷（まなごだに）の上にあり。
孝昭天皇
御真津日子訶惠志泥命、葛城（かづらき）の掖上（わきがみ）の宮に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、尾張の連の祖、奧津余曾（おきつよそ）の妹（いも）、名は余曾多本毘売命（よそたほびめのみこと）を娶して、生みませる御子、天押帯日子命（あめおしたらしひこのみこと）。次に大倭帯日子国押人命（おおやまとたらしひこくにおしひとのみこと）【二柱】。故、弟（いろど）帯日子国忍人命は天の下治らしめしき。兄（いろせ）天押帯日子命は【春日臣、大宅臣、粟田臣、小野臣、柿本臣、壹比韋臣、大坂臣、阿那臣、多紀臣、羽栗臣、知多臣、牟耶臣、都怒山臣、伊勢の飯高君、壹師君、近淡海国造の祖なり】。天皇の御年、玖拾參(九十三)歳（ここのそぢまりみとせ）。御陵は掖上（わきがみ）の博多山（はかたやま）の上に在り。
孝安天皇
大倭帯日子国押人命、葛城の室（むろ）の秋津嶋宮（あきづしまのみや）に坐しまして天の下治しめしき。この天皇、姪（めひ）忍鹿比売命（おしかひめのみこと）を娶して生みませる御子、大吉備諸進命（おほきびもろすすのみこと）。 次に大倭根子日子賦斗邇命（おほやまとねこひこふとにのみこと）【二柱。 賦より下の三字、音を以てす】。故、大倭根子日子賦斗邇命は天の下治らしめしき。天皇の御年、壹佰貳拾參（一百二十三）歳（ももあまりはたちまりみとせ）。御陵は玉手（たまて）の岡の上に在り。
孝霊天皇
大倭根子日子賦斗邇命、黒田（くろだ）の廬戸宮（いほどのみや）に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、十市（とをいち）の県主の祖、大目（おほめ）の女（むすめ）、名は細比売命（くはしひめのみこと）を娶して生みませる御子、大倭根子日子国玖琉命（おほやまとねこひこくにくるのみこと）【一柱。玖琉（くる）の二字、音を以てす】。また春日（かすが）の千千速真若比売（ちちはやまわかひめ）を娶して生みませる御子、千千速比売命（ちちはやひめのみこと）【一柱】。また意富夜麻登玖邇阿禮比売命（おほやまとくにあれひめのみこと）を娶して生みませる御子、夜麻登登母母曾毘売命（やまととももそびめのみこと）。次に日子刺肩別命（ひこさしかたわけのみこと）。次に比古伊佐勢理毘古命（ひこいさせりびこのみこと）、またの名は大吉備津日子命（おほきびつひこのみこと）。次に倭飛羽矢若屋比売（やまととびはやわかやひめ）【四柱】。またその阿禮比売命（あれひめのみこと）の弟（いろと）、繩伊呂杼（はへいろど）を娶して生みませる御子、日子寤間命（ひこさめまのみこと）。次に若日子建吉備津日子命（わかひこたけきびつひこのみこと）【二柱】。この天皇の御子等（たち）は并（あｊは）せて八柱なり【男王五、女王三】。故、大倭根子日子国玖琉命は、天の下治らしめしき。大吉備津日子命と若建吉備津日子命は、二柱相副（あひたぐ）ひて、針間（はりま）の氷河（ひかは）の前（さき）に忌瓮（いはひべ）を居（す）ゑて、針間を道の口として吉備国を言向（ことむ）け和（やは）したまひき。故、この大吉備津日子命は【吉備の上つ道臣の祖なり】。次に若日子建吉備津日子命は【吉備の下つ道臣、笠臣の祖】。次に日子寤間命は【針間の牛鹿臣の祖なり】。次に日子刺肩別命は【高志の利波臣、豊国の国前臣、五百原君、角鹿の海直の祖なり】。天皇の御年、壹佰陸（一百六）歳（ももあまりむとせ）。御陵は片岡の馬坂の上にあり。
孝元天皇
大倭根子日子国玖琉命、軽（かる）の堺原宮（さかひばらのみや）に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、穗積臣等（ほづみのおみら）の祖、内色許男命（うつしこをのみこと）【色許（しこ）の二字、音を以てす。下、これに效へ】の妹（いも）、内色許売命（うつしこめのみこと）を娶して、生みませる御子、大毘古命（おほびこのみこと）。次に少名日子建猪心命（すくなひこたけゐごころのみこと）。次に若倭根子日子大毘毘命（わかやまとねこひこおほびびのみこと）【三柱】。 また内色許男命の女（むすめ）、伊迦賀色許売命（いかがしこめのみこと）を娶して生みませる御子、比古布都押之信命（ひこふつおしのまことのみこと）【比より都に至るは、音を以てす】。また河内（かふち）の青玉（あをたま）の女（むすめ）、名は波邇夜須毘売（はにやすびめ）を娶して生みませる御子、建波邇夜須毘古命（たけはにやすびこのみこと）【一柱】。この天皇の御子等（たち）は并せて五柱なり。故、若倭根子日子大毘毘命は天の下治らしめしき。その兄（いろせ）、大毘古命の子、建沼河別命（たけぬなかはわけのみこと）は【阿倍臣等の祖】。次に比古伊那許志別命（ひこいなこじわけのみこと）【比より志に至る六字、音を以てす。こは膳臣の祖なり】。比古布都押之信命、尾張連等の祖、意富那毘（おほなび）の妹、葛城（かづらき）の高千那毘売（たかちなびめ）【那毘（なび）の二字、音を以てす】を娶して生める子、味師内宿禰（うましうちのすくね）【こは山代の内臣の祖なり】。また木国造（きのくにのみやつこ）の祖、宇豆比古（うづひこ）の妹、山下影日売（やましたかげひめ）を娶して生める子、建内宿禰（たけうちのすくね）。この建内宿禰の子、并せて九（ここの）たり【男七、女二】。波多（はた）の八代宿禰（やしろのすくね）は【波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部君の祖なり】。次に許勢（こせ）の小柄宿禰（をからのすくね）は、【許勢臣、雀部臣、軽部臣の祖なり】。次に蘇賀（そが）の石河宿禰（いしかはのすくね）は、【蘇我臣、川邊臣、田中臣、高向臣、小治田臣、桜井臣、岸田臣等の祖なり】。 次に平群（へぐり）の都久宿禰（つくのすくね）は、【平群臣、佐和良臣、馬御の連等の祖なり】。次に木（き）の角宿禰（つぬのすくね）は【木臣、都奴臣、坂本臣の祖】。次に久米（くめ）の能摩伊刀比売（まいとひめ）。次に怒能伊呂比売（ののいろひめ）。次に葛城の長江曾都毘古（ながえのそつびこ）は、【玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣等の祖なり】。また若子宿禰（わくごのすくね）は、【江野財臣の祖】。この天皇の御年、伍拾漆（五十七）歳（いそぢまりななとせ）。御陵は剣池（つるぎのいけ）の中の岡の上にあり。 （）
開化天皇
若倭根子日子大毘毘命、春日（かすが）の伊邪河宮（いざかはのみや）に坐しまして天の下治らしめしき。この天皇（すめらみこと）、旦波（たには）の大県主、名は由碁理（ゆごり）の女（むすめ）、竹野比売（たかのひめ）を娶して生みませる御子、比古由牟須美命 （ひこゆむすみのみこと）【一柱。この王の名、音を以てす】。また庶母（ままはは）伊迦賀色許売命（いかがしこめのみこと）を娶して、生みませる御子は御真木入日子印惠命（みまきいりひこいにゑのみこと）【印惠（いにえ）の二字、音を以てす】。次に御真津比売命（みまつひめのみこと）【二柱】。また丸邇臣（わにのおみ）の祖、日子国意祁都命（ひこくにおけつのみこと）の妹、意祁都比売命（おけつひめのみこと）【意祁都（おけつ）の三字、音を以てす】を娶して生みませる御子、日子坐王（ひこいますのみこ）【一柱】。また葛城の垂見宿禰（たるみのすくね）の女、鸇比売（わしひめ）を娶して生みませる御子、建豊波豆羅和気（たけとよはづらわけ）【一柱。波より下の五字、音を以てす】。この天皇の御子等、并せて五柱なり【男王四、女王一】。故、御真木入日子印惠命は天の下治らしめしき。その兄 （せ）比古由牟須美王の子、大筒木垂根王 （おほつつきたりねのみこ）。次に讚岐垂根王 （さぬきたりねのみこ）【二王。讚岐の二字、音を以てす】。この二王 （ふたみこ）の女、五柱坐しき。次に日子坐王、山代（やましろ）の荏名津比売（えなつひめ）、またの名は苅幡戸辨（かりはたとべ）【この一字、音を以てす】を娶して生める子、大俣王（おほまたのみこ）。次に小俣王（をまたのみこ）。次に士夫美宿禰王（しぶみのすくねのみこ）【三柱】。また春日の建国勝戸売（たけくにかつとめ）の女、名は沙本（さほ）の大闇見戸売（おほくらみとめ）を娶して生める子、沙本毘古王（さほびこのみこ）。次に袁邪本王（をざほのみこ）。次に沙本毘売命（さほびめのみこ）、亦の名は佐波遲比売 （さはぢひめ）【この沙本毘売命は伊久米天皇の后となりき。沙本毘古より下の三王の名、皆音を以てす】。次に室毘古王【四柱】。また近 （ちか）つ淡海（あふみ）の御上（みかみ）の祝（はふり）がもち伊都久（いつく）【此の三字、音を以てす】天御影神（あめのみかげのかみ）の女、息長水依比売（おきながのみづよりひめ）を娶して生める子は、丹波比古多多須美知能宇斯王（たにはのひこたたすみちのうしのみこ）【此の王の名、音を以てす】。次に水穗真若王（みづのほのまわか）のみこ。次に神大根王（かむおほねのみこ）。亦の名は八爪入日子王（やつりのいりひこのみこ）。次に水穗五百依比売（みづほのいほよりひめ）。次に御井津比売（みゐつひめ）。【五柱】。またその母の弟（いろど）袁祁都比売命（をけつひめのみこと）を娶して生める子、山代（やましろ）の大筒木真若王（おほつつきのまわかのみこ）。次に比古意須王（ひこおすのみこ）。次に伊理泥王（いりねのみこ）。【三柱 この二王の名、音を以てす】。凡（おほよ）そ日子坐王の子、并せて十一王（とほあまりひとみこ）なり。故、兄大俣王の子、曙立王（あけたつのみこ）。次に菟上王（うなかみのみこ）。【二柱】。この曙立王は、【伊勢の品遲部君、伊勢の佐那造の祖】。菟上王は、【比売陀君の祖】。次に小俣王は、【当麻の勾の君の祖】。次に志夫美宿禰王は、【佐佐君の祖なり】。次に沙本毘古王は、【日下部連、甲斐国造の祖】。次に袁邪本王は、【葛野の別、近つ淡海の蚊野の別の祖なり】。次に室毘古王は、【若狹の耳別の祖】。その美知能宇志王、丹波（たには）の河上の摩須郎女（ますのいらつめ）を娶して、生める子、比婆須比売命（ひばすひめのみこと）。次に真砥野比売命（まとのひめのみこと）。次に弟比売の命。次に朝廷別王（みかどわけのみこ）。【四柱】。この朝廷別王は、【三川の穗別の祖】。この美知能宇斯王の弟、水穗真若王は、【近つ淡海の安直の祖】。次に神大根王は、【三野国の本巣国造、長幡部連の祖】。次に山代の大筒木真若王、同母弟（いろど）伊理泥の王の女、丹波（たには）の阿治佐波毘売（あぢさはびめ）を娶して生める子、迦邇米雷王（かにめいかづち）。【迦邇米、この三字、音を以てす】この王（みこ）、丹波の遠津臣（とほつおみ）の女、名は高材比売（たかきひめ）を娶して生める子、息長宿禰王（おきながのすくねのみこ）。この王、葛城の高額比売（たかぬかひめ）を娶して生める子、息長帯比売命（おきながたらしのひめのみこと）。次に虚空津比売命（そらつひめのみこと）。次に息長日子王（おきながひこのみこ）。【三柱。この王は吉備の品遲君、針間阿宗君の祖】。また息長の宿禰王、河俣の稻依毘売（かわまたのいなよりびめ）を娶して生める子、大多牟坂王（おほたむかさのみこ）。【こは多遲摩国造の祖なり】。上（かみ）に所謂（い）へる建豊波豆羅和気王は、【道守臣、忍海部の造、御名部造、稻羽の忍海部、丹波の竹野別、依網の阿毘古等之祖なり】。 天皇の御年、陸拾參（六十三）歳（むそぢまりみとせ）。御陵は伊邪河（いざかは）の坂の上にあり。古代奈良・大阪の地形
国土交通省近畿地方整備局大和川河川事務所の「流域及び河川の概要（pdf）」の「歴史・流域との関わり」によれば、約300万年～100万年前までは古琵琶湖から古瀬田川が古奈良湖に注ぎ込み、古大和川が海へと流れ出ていたといふ。生駒市誌、「地質時代の生駒」の「浮かぶ生駒山地（pdf）」を参照すれば、海水面が京都盆地及び奈良盆地に入り込んでいる地形の時もあったやうだ。
約7000年前の縄文時代前期には、海水面も下がり、京都盆地、奈良盆地の状態であったが、大阪では上町台地の内側は河内湾（pdf）、河内湖の状態となっていた。淀川や大和川が大量の土砂を堆積させ、河内湖は近世には深野池、新開池となり、それも干拓され河内平野となる。
弥生時代の遺跡は、河内湖、淀川、大和川流域に集中しているのは、これらの川の運んだ肥沃な土壌と豊かな水による稲作文化による。大和川は夏季の潅漑期と冬季の渇水期は船の運航は困難であるが、春季秋季には可能とされたやうである。河内と奈良盆地の境には亀の瀬と称される地滑り地帯があり、地滑り災害と復旧、川床の浚渫の労苦があった。また、高低差もあり、ここで荷下ろしをして、河内側の船と浅瀬に対応する奈良側の船底の低い船で荷を移し替へるやうな運用がされたやうでもある。綱で船を引く、馬を使って引くやうな運用もされた。
奈良盆地では、四周の山からの河川が大和川に流れ込み、元来は海から湖と変貌した地であり、低湿地帯を避け山麓に古墳群が分布している（古墳時代「（３～６世紀」の河内・大和地方の地図と古墳群の分布図「HP」）。河合古墳群は排水や堤防が築かれ、水運が利用できるやうになって整備されたのであらう。恐らくそこが天香具山を祭祀する「シキ」の中核となったのであらう。葛城が有力となったのは、河内湖の豪族達と結んで、「シキ」を取り込んだことによらう。「記」が三嶋の溝咋の族、河内の河俣の族、倭の国造となった吉備出身の槁根津日子から、瀬戸内海の水運路を重視したものと思はれる。神武東征前の「磯城」
磯城とは周囲に岩をめぐらした、神を祭る地（三省堂古語辞典）とある。天香具山における日神祭祀の地であり、神武東征時には兄磯城がその長であった。「伊予国風土記」(逸文)によれば、山が天から降った時二つに分かれ、一つが伊予国の天山（あまやま）で、もう一つが倭の天加具山であったといふ。記紀にはこの伝承の記載がないため、倭でなく筑紫の天香具山（別府の鶴見岳）とする説もあるが、倭を「ちくし」と訓じるには無理があらう。
「かぐ」は日や火が「輝く」ことであり、奈良盆地では多武峯から昇り、二上山に沈む日を祭祀していたといふ。多武峯の山並みの端に香具山があり、多武峯（山宮）に降りた神が香具山（里宮）に至る関係（大和多武峯紀行、談山神社編）とある。磯城といふ地形は山宮（多武峯）が相応しく思はれ、日神ばかりでなく、清流（水神）、巨木（木神）、巨石（石神）・・・と自然神を祭祀する伝統があったのだらう。
「しき」などの地名や邑（むら）の名は、神武東征前のものを引き継いでいるのであらうか？魏志倭人伝に、大夫、卑狗、卑奴母離等々（魏志倭人伝にみえる官職名）の官職名、一大率といふ諸国を監察するやうな機関の名がみえ、「しき」にもそういふ役職があったと思はれるが、その人々に魁帥（ひとごのかみ）・梟帥（たける）・戸畔（とべ）・祝（はふり）・土蜘蛛（つちぐも）などと漢字をあてており、魁賊（おほきなるあた）･逆賊としており、それは本来のものとは思ひ難い。逆に、天皇や后、太子あるいは国造とか県主としているものも当時のものではない。不明なことばかりである。
「紀」においては 、全体を倭国（やまとのくに）・中洲（うちつくに）とし、県 ー 邑の構成を採っており、菟田県（あがた）、菟田下県（こほり）、穿邑の関係、磯城県では、磯城邑、磐余邑（片居）、高尾張邑（後に、葛城邑、葛城国となる)、忍坂邑、鵄邑（長髄邑）、猛田邑（後に猛田県）、築坂邑、来目邑、そして層富県がみえる（猛田邑、築坂邑、来目邑は東征後に設けられたものである）。
磯城の中心は天香具山の地であり、兄磯城、弟磯城が統括をしていた。「記」はこの兄弟を共に撃ったとしたが、「紀」は弟が兄と袂を分かち神武天皇に従ひ、その功で黒速として磯城県主に任命されたとする。ただ黒速の後が記されておらず、一書で葉江ともされ、「記」の波延と混同され、昏迷を深めることになった。また、弟猾に猛田邑を与へ県主としたとあり、磯城県の猛田邑が猛田県となったことを意味し、これも昏迷を与へた。通証が猛田邑を十市郡竹田村、延喜神名式に十市郡竹田神社としており、後の十一県主を想起させるが、十市県主系図では事代主神系であり、弟猾はその祖には該当しない。また、猛田を宇陀の地とする説もあるが、宇陀県の中に猛田県を想定することは困難である。
磯城県の中核は磯城邑であらう。ここには八十梟帥が居り、そこに軍勢を屯聚居（いはみゐ）たので、それを磐余邑（いはれのむら）と曰ふ、その旧名は「片居」としている。神武天皇の磐余彦命はこの勝利に因む名であらう。諱は彦火火出見尊、幼少は狭野尊。神武政権は磯城を避け、新たに橿原を天下の中心とし、宮を設けた。しかし、橿原国造、橿原県主、橿原邑の呼称はみえず、結局、磯城に取って代ることはなかった。
また、要害の地には八十梟帥が居るとしており、八十梟帥は軍事指揮官であらう。土蜘蛛は人間離れした異能の乱暴者集団となる。 高尾張邑には赤銅（あかがね）の八十梟帥、土蜘蛛が居り、渡来系で金属を扱う集団の存在が想定される。高尾張邑は葛城邑ともされ、「出雲国造神賀詞」によれば、大国主神の子、「阿遅須伎高孫根命の御魂を葛木の鴨の神奈備に祭り」とあり、出雲系が入り込んでいたことになる。
出雲国造神賀詞によれば、三輪では大物主神、橿原あたりの宇奈提では事代主神、飛鳥では賀夜奈流美命が皇孫を守護することになっている。ところが、忍坂や墨坂、鳥見(鵄)での戦において、何らの役割も果していない。にもかかはらず、東征後には急に現れ、大物主神や事代主神が女（むすめ）を設け天皇の后となる。神代の「国譲り」の時に存在したのであり、東征前から存在していたはずである。一体、「国譲り」とは本当に神代に行はれたことなのか？
鵄邑は金色の鵄の挿話によるもので、長髄邑がもとであり、これは個人名となっているが元来は邑名としており、身長の高い人々あるいは足の速い人の集団を想起させる。生駒での戦いからすれば、鋭兵であったやうだ。ここには天孫である饒速日命が逗留していた。「記」は天津瑞を持つと記すのみである。「紀」では長髄彦が天神の子として君としたとあり、饒速日命が磯城を統治していたとする人があるが、それは兄磯城が討たれて後には可能性があるが、磯城の祭政を統括していたのは、兄磯城である。磯城が饒速日命の祭祀を受容していたものではあるまい。
先代旧事本紀では、 饒速日命を天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊とし、瓊瓊杵尊の兄、火明命に該当させ、神代に天孫の璽である瑞宝十種を授かり、三十二の随行、五部の祖とその長、二十五部の工人を伴い船で降りたとしている。饒速日尊が天下を統治をしているイメージがあるが、長髓彦の妹の御炊屋姫を娶り、妊娠させたが、子（宇摩志麻治命）が生まれる前に亡くなったとしている。その後、紆余曲折の末、瓊瓊杵尊が誕生して、天降りせしめられたとする。神代と東征時とが混在する展開となっている。「籠名神宮祝部丹波國造海部直等氏本記（勘注系図）」では、火明命は丹波に降り、八州を治め、後、饒速日命として河内から鳥見に入ったとしている。 記紀における相違はもとより、後世、記紀に対しても別説を唱へ、それを編纂することが許されるといふ展開となっている。
歴史的にみれば、縄文時代には東国の人口密度が高く優勢であったが、弥生時代に稲作や土器や金属を使用する文化になると九州が優勢となり、対馬海流を航行することで日本海側からそれらが伝播し、黒潮と交差する紀伊や、伊勢、尾張などの地域との関連で中継地となる奈良盆地がクローズアップされる。出雲の大国主命が天下を治めたとする時代のことであらう。瀬戸内海の潮流を制御して航行が可能となると、潮待ちとなる地点が興隆し、神武東征が可能となる。以降には、九州側と近畿側とが衝突し、吉備や出雲や丹後や越をどちらが取り込むかの争いとなってゆく。そういふ流れの始まりにおける、「記」の皇孫の子孫の各地への進出は合理的に理解出来る。「紀」はどういふ訳か、一書一書を用いて后の特定を混乱させ、その進出の系譜に蓋をし、倭（やまと）内における系譜の記述に終始させ、崇神天皇紀以降に言及することになる。その意図が分からない。日本書紀卷第四
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岩倉紙芝居館 古典館 日本書紀 4-2上田 啓之
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