御間城入彦五十瓊殖天皇　　崇�~天皇 元年春正月壬午朔甲午(BC97.01.13)　≫≫ 三年秋九月(BC95.09)　≫≫ 四年冬十月庚申朔壬午(BC94.10.23)　≫≫ 五年(BC93年)　≫≫ 六年(BC92年)　≫≫ 七年(BC91年)　≫≫ .	年表　∋　　　事績一覧　∋ 古事記 　≫≫ 崇�~天皇 　≫≫ 　1．后妃皇子女 　2．神々の祭祀 役病と疾疫 　≫≫ 大国主命 　≫≫
(岩波文庫　日本書紀　坂本太郎･家永三郎･井上光禎･大野晋　校注　を読む。) 本文に使用した漢字テキストについては古代史獺祭からダウンロードさせていただいている。 御間城入彥五十瓊殖天皇（みまきいりひこいにゑのすめらみこと）　　　崇�~天皇（しうじんてんわう） 御間城入彥五十瓊殖天皇　稚日本根子彥大日日天皇第二子也　母曰伊香色謎命　物部氏遠祖大綜麻杵之女也　天皇年十九歳　立爲皇太子　識性聰敏　幼好雄略　旣壯寛博謹愼　崇重�~祇　恆有經綸天業之心焉　六十年夏四月　稚日本根子彥大日日天皇崩 御間城入彦五十瓊殖天皇は、稚日本根子彦大日日天皇（わかやまとねこひこおほひひのすめらみこと）の第二子（ふたはしらにあたりたまふみこ）なり。母（いろは）をば伊香色謎命（いかがしこめのみこと）と曰（まう）す。物部氏（もののべのうぢ）の遠祖（とほつおや）大綜麻杵（おほへそき）の女（むすめ）なり。天皇（すめらみこと）、年十九歳（みとしとをあまりここのつ）にして、立ちて皇太子（ひつぎのみこ）と爲（な）りたまふ。識性（みたましひ）、聡敏（さかし）し。幼（わか）くして、雄略（ををしきこと）を好（この）みたまふ。既に、壮（をとこざかり）にして寛博（ひろ）く謹愼（つつし）みて、神祇（あまつかみくにつかみ）を崇（かた）て重（あが）めたまふ。恒（つね）に、天業（あまつひつぎ）を經綸（をさ）めむとおもほす心（みこころ）有（ま）します。六十年の夏（なつ）四月（うづき）に、稚日本根子彦大日日天皇崩（かむあが）りましぬ。 古事記では、「内色許男の命の女（むすめ）、伊迦賀色許売」とあり、穗積臣の遠祖鬱色雄命の女となるが、書紀では、物部氏の遠祖、大綜麻杵の女といふ。先代旧事本紀巻五　天孫本紀によれば、大綜麻杵は鬱色雄命の弟と伝へている。御間城入彦五十瓊殖天皇の母は物部系であるといふのが書紀の立場であった。 注に、晋書、桓温伝に「温、少（わかくして）有雄略（おほきいはかりごと）」、また、漢書、成帝紀に、「壯好経書寛博謹愼」とあるごとく、中国史書からの引用となっている。自ら立つ意欲をみせ、19歳にして知略を備へるもゆったりとつつしみをもって、神祇の”かたて”崇を重んじ、天業にこころをくだいた。”かたて”とは片手落ち、崇とは”たたり”である。神祇はかならずしも公平ならず。そのおそろしき経緯を知る若者であったといひたい。 元年春正月壬午朔甲午　皇太子卽天皇位　尊皇后曰皇太后　二月辛亥朔丙寅　立御間城姬爲皇后　先是　后生活目入彥五十狹茅天皇　彥五十狹茅命　國方姬命　千千衝倭姬命　倭彥命）　五十日鶴彥命　又妃、紀伊國荒河戸畔女遠津年魚眼眼妙媛【一云　大海宿禰女八坂振天某邊】　生豐城入彥命　豐鍬入姬命　次妃尾張大海媛　生八坂入彥命　淳名城入姬命　十市瓊入姬命　是年也　太歳甲 元年（はじめのとし）の春（はる）正月（むつき）の壬午（みづのえうま）の朔（ついたち）甲午（きのえうまのひ）(BC97.01.13)に、皇太子（ひつぎのみこ）、即天皇位（あまつひつぎしろしめ）す。皇后（きさき）を尊（たふと）びて皇太后（おほきさき）と曰（まう）す。 二月（きさらぎ）の辛亥（かのとのゐ）の朔（ついたち）丙寅（ひのえとらのひ）(BC97.02.18)に、御間城姫（みまきひめ）を立てて皇后とす。是より先に、后、活目入彦五十狹茅天皇（いくめいりびこいさちのすめらみこと）、彦五十狹茅命（ひこいさちのみこと）、国方姫命（くにかたひめのみこと）、千千衝倭姫命（ちちつくやまとひめのみこと）、倭彦命（やまとひこのみこと、五十日鶴彦命（いかつるひめのみこと）を生（あ）れまする。又妃（またのみめ）、紀伊国（きのくに）の荒河戸畔（あらかはとべ）の女（むすめ）、遠津年魚眼眼妙媛（とほつあゆめまくはしひめ）【一（ある）に云（い）はく、大海宿禰（おほしあまのすくね）の女（むすめ）八坂振天某辺（やさかふるあまいろべ）といふ】、豊城入彦命（とよきいりびこのみこと）、豊鍬入姫命（とよすきいりびひめのみこと）を生む。次妃（つぎのみめ）、尾張大海媛（をはりのおほしあまひめ）、八坂入彦命（やさかのいりびこのみこと）、淳名城入姫命（ぬなきのいりびひめのみこと）、十市瓊入姫命（とをちにいりびめのみこと）を生む。是年（ことし）。太歳甲申申（きのえさる）(BC97年)。 御間城姫は巻第六に大彦命（大日本根子彦国牽天皇と鬱色謎命の第一子）の女（むすめ）とある。母の姉の娘と結婚したのであるが、既に四男二女を為していた。19歳で立ちて皇太子となった若々しい御間城入彦五十瓊殖天皇を想起するのであるが、ここではすでに52歳の姿である。古事記では、まず、「木国造（きのくにのみやつこ）、名は荒河刀辨（あらかはとべ）之女、遠津年魚目目微比売（とほつあゆめまくはしひめ）を娶して、生みませる御子、豊木入日子（とよきいりひこの）命。次に豊鉏入日売（とよすきいりひめの）命。ニ柱。また尾張の連の祖（おや）、意富阿麻（おほやま）比売を娶して、生みませる御子、大入杵（おほいりきの）命。次に八坂（やさか）の入日子（いりひこの）命。次に沼名木（ぬなき）の入日売命。次に十市（とをち）の入日売命。四柱。」が先行し、その後に、「また大毘古命の女、御真津（みまつ）比売命を娶して、生みませる御子、伊玖米入日子伊沙知（いくめいりひこいさちの）命。次に伊邪能真若（いざのまわかの）命。次に国片（くにかた）比売命、次に千千都久和（ちちつくわ）比売命。次に伊賀（いか）比売命。次に倭（やまと）日子命を生んだ。」と伝へている。 古事記は御真木入日子印惠命が木国と尾張を先行させ、それから足元を固めたとみている。荒河刀辨の地は「候補地として次の二つがあげられています。 那賀郡桃山町の平野部、ここに鎮座する三船神社｛地図｝は遠津年魚目目微比売の子の豊鋤入姫の創建と伝わります。 和歌山市黒田（ＪＲ和歌山駅東北）太田黒田遺跡地。後の紀氏の本拠地です。（名草の神々47：神奈備）」とされる。吉野川、紀の川は荒ぶる川、荒は和（にき）に対する重要な概念、モンスーン的なわが国の自然を反映するもの（字訓）。遠津は遠くの港、”あゆめ”年魚眼は孵化して海に向い年を経て帰還する年魚の牝、”まくはし”は目の細いこと、美しいこと、荒河刀辨の女（むすめ）は、幼少を海辺で過ごし潮の香りのするすらりとした若鮎のような肌の媛であったのだらうか。木国は、すでにみたやうに、古くより、九州、出雲、吉備と深い関連の歴史を持つ地でもあった。伝説上では、伊奘冉尊、素戔嗚尊系であり、磐余彦尊とは相容れなかった。もし、この間の妥協があれば、磐余彦尊は紀の川をさかのぼり中洲（奈良盆地）へ向かったはずである。 ”やさかふる”の”ふる”振は招魂の儀式をも意味し、”さか”はすべてが分岐するところ（字訓）、”べ”邊は、大苫邊や大富邊のごとく（書紀1巻）、女性をあらわし、”あま”天は海をも意味し、海に関する神事にあたる媛であったともいへやう。注に、大海媛は先代旧事本紀巻五天孫本紀、饒速日尊六世の孫建宇那比命の女（むすめ）大海姫命、亦の名は葛木高名姫命とある（先代旧事本紀巻五天孫本紀）。これでは物部系となるが、書紀は大海媛を尾張としている。注に、和名抄に尾張国海部郡海部郷があるとしている。尾張国海部郡門真庄に津嶋社（神奈備）があり、建速須佐之男命（素戔嗚尊）　大穴牟遲命（大国主命）、大屋津比売（五十猛命、抓津姫命とともに素戔嗚尊の子）が祭られており、居森社も含まれ木曾の植林にも関連していたのであらう。海部郷となれば、これより木曽川辺とならうか（地図）、海岸線はもっと内陸側であったろう（古代の海岸線；海津市・海津歴史民俗資料館）。津島は元来湾内の島であった（濃尾平野のなりたち：木曽川下流河川事務所）。尾張となれば、火明命の子孫であるべきものといふのが書紀の立場であらうに。いづれにせよ、木国、尾張の海人系とのかかはりに留意すべきであらう。 三年秋九月　遷都於磯城　是謂瑞籬宮 三年の秋（あき）九月（ながづき）(BC95.09)に、都（みやこ）を磯城（しき）に遷（うつ）す。是れを瑞籬宮（みつかきのみや）と謂ふ。 志貴坐御県社（神奈備）内に瑞籬宮伝承の石碑がある。古事記では、師木水垣宮とされる。籬、離には連ねる意があり、釈名、釈宮室に「離なり。紫竹を以てこれを作る。疏（あら）きこと離々たるなり」とし、粗いまがきの意とする（字統）。”かき”には邪霊の侵入を防ぐ呪能があるものとされ、志婆加支神（しばかきのかみ）のような神があった（字訓）。したがって瑞がつけられている。古事記によれば、川に通じる掘割された宮のような印象を与える。いづれにせよ、春日の地からまた磯城に帰った（地図）。磯城のなかであっても、この瑞籬宮の位置は、木国、尾張、山代、河内いづれに対しても古来要衝とされる場であった。「三輪山の南東、海柘榴市を足下に、大和平野を見渡せる高操の位置に鎮座している。 特に海柘榴市は東への初瀬の道への要衝にあたり、伊勢、東国へと繋がっていた。ここは初瀬川の水運の便もよく、宇陀の金属等が集まる太古のマーケットであった。 南には磐余道から飛鳥を経て紀伊の国、北は山辺の道から京都・丹波・近江へ、また初瀬川が大和川となり、難波・瀬戸内へつながっていた。（志貴御県坐神社神奈備）」木国、尾張との関係を深めたために春日より南に戻されたのであろう。なにか振り出しに戻ったような気になる。大国主命が葦原中国を平定したときにこの地に拠点を置いたのであろう。ここで、少しく大陸、半島を振り返っておきたい。 魏志倭人伝（末廬国から不彌国）でにみたように、「漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし朝鮮半島に楽浪郡など４郡を置いたのが紀元前108年のことであった」。倭では奴国が興隆していた。渡来人の文化を国造りに導入して最初の大国となったのは奴国といへやう。考古学的には、「渡来人のもたらした水稲耕作、金属器、大陸系石器、支石墓の伝播経路は、有柄磨製石剣の分布状態で辿れるとされる。松浦、糸島、玄界灘沿岸を東進、遠賀川下流に集中し、一部が上流に達する。朝倉を中心とした筑後平野北部にも分布し、一部が大分県日田盆地に達し、玄界灘から遠賀川を上がり、田川盆地・京都平野を通った一群は四国北岸を更に東進し、一部は大阪湾に達するが、愛媛県松山市周辺に集中するとある」「渡来人が持ち込んだ第二次の伝播経路（紀元前200年頃）は青銅武器、墓に埋葬された銅剣・銅矛・銅戈から知られる。唐津･糸島・早良・福岡・佐賀の平野に広がり、青銅器そのものは渡来人が持ち込んだり、製作を行なったとしても、被葬者は、その地で普通以上の地位にあった倭人である。吉武��木遺跡や板付田端遺跡の群集墓は国の前段階の社会分化の始りをしめすものという。奴国の王墓は須玖岡本遺跡とされる。鉄製武器が普及していながら祭器化した日本製の青銅武器が多数副葬されており、祭祀権を掌握する王の存在を示す。従来、銅鐸は近畿が中心とされてきたが、初期の銅鐸鋳型が春日市大谷遺跡、鳥栖市安永田遺跡、福岡市赤穂ノ浦遺跡で発見され、初期銅鐸も奴国を中心とした地域で製作され、九州以外に配布されていた」「青銅武器は、奴国で大量生産され、銅矛や小形仿製鏡の分布から北は対馬から東は四国を中心に中国地方までの制海権を奴国が掌握していた。」（日本の古代1：森浩一編）と考へられている。 さて、日本人にとっては、倭とは渡来人が来やうが縄文の時代から日本列島に住んできた人種と考へるが、大陸や半島の人間には別の認識がある。山海経では、「蓋国は、強大なる燕の南、倭の北にあり。倭は燕に属す。朝鮮は、列陽の東の海、北山の南にあり、列陽は燕に属す」とあった（魏志倭人伝：はじめの考察）。燕（全盛時代は昭王（BC311〜279年在位）の頃）の南（地図）は大陸内で、朝鮮は陸続きであるが東海を隔てていることになる。燕や遼東、半島は中原での動乱から避難をする地、北方ツングース系の南下する地であり、周が殷を滅ぼした時、殷の箕子が遺民をひきつれ朝鮮を建国した（BC1100年頃）。周が乱れ、楚と呉、あるいは呉と越の抗争の時代（BC580〜470年頃）に、敗れた呉人や越人が、船で山東半島経由海を渡って、あるいは陸伝いに半島へ、あるいは日本列島に渡った。これら江南系の集団が、水稲耕作、金属器を伝播させたとされる。これら大陸や半島の集団も倭とされ、必ずしも日本列島在住者に限られるものではない。秦が中国を統一したとき（BC221年）、趙や齊、衛のゆかりの者、漢の時代（BC202年〜）には秦のゆかりの者も逃れてき、これらのなかから、上記第二次の伝播経路にあたる渡来がおこなはれた。秦代には、徐福集団が日本列島に来訪したとの伝承もある。これらのことは、萬遜樹氏の「古代朝鮮・韓民族の形成とニッポン」や宝賀寿男氏の「鳥トーテムをもつ秦王室とその族裔たち」に詳しく論じられている。馬韓の辰王、日本の秦氏と秦王族との結びつきであるが、宝賀氏によれば、（秦氏の族的な性格に新羅的要素が強いという判断があり、ハタやウヅマサの名義から、慶尚北道の北部、蔚珍郡海曲県の古名「波旦」の地の起源とし、この地が辰韓12国の一つ優由国とみられ、辰韓（秦韓）の名に因んで、氏族名を「秦」で表したとみることができるという立場がかなり多い（鮎貝房之進、山尾幸久氏などの説）。･･･なお、秦の亡民に東界の地を割き与えたという馬韓王は、朝鮮王準の後裔で、馬韓が百済の温祚王により滅ぼされてのち答炑山の麓に居住して韓氏・答炑氏を号したという。この流れで百済滅亡時にわが国到来した一族は、広海連・麻田連の祖となった」と辰王＝秦王に疑問を呈しておられ、「始皇帝の兄弟では長安王成蟜が秦王政の八年に叛乱を起こし敗れて自殺したくらいである。始皇帝の子女は多かった模様であるが、長子扶蘇と末子の胡亥（二世皇帝）が名をあげられるのみであり（三代目の秦王子嬰も、年齢的に考えておそらく始皇帝の子であろう）、二世皇帝と趙高の謀りごとで、まず六人の公子が杜の地で、次に公子将閭を含む兄弟三人（これも始皇帝の子か）が処刑されたと記される。二世皇帝は趙高に殺され、秦王の子嬰及び公子・一族は項羽に殺されたと記されるなど、秦王朝の崩壊期に多くの公子・公族が殺害されたとみられる。こうしたなかで韓地に逃れた秦王一族がいたことはありえたのだろうか。この辺の事情は、残念ながら不明であるが、可能性は極めて少ないものとみられる。 　 従って、敢えて結論をあげれば、次のようなものか。 　 わが国の秦氏は秦始皇の後という所伝・系譜をもつが、その歴代系譜には世代数が少ないなど問題点もいくつかあり、実際に秦始皇の近親一族の後とするのは疑問か。おそらく、遥か遠い祖先が秦始皇と同じ氏族（部族）であっても、華北沿岸部にあったものの流れか。秦韓王家が秦王室と同族であったとしても、遥かに早い時期に分岐した支族ではなかったろうか、と考えられる）としておられる点留意したい。 三國志卷三十　魏書三十　東夷傳　馬韓（地図）かく語りき。「韓は帶方の南に在り、東西は海を以て限と為し、南は倭と接す。方、四千里ばかり。三種有りて、一に馬韓と曰く、二に辰韓と曰く、三に弁韓と曰く。辰韓は、古の辰國なり。馬韓は西に在り。其の民は土著、種を植え、蠶桑（ようさん）を知り、綿布を作る。各に長帥有り、大者は自を名づけ臣智と為す。其の次は邑借と為す。山海の間に散在し、城郭無し。爰襄國、牟水國、桑外國、小石索國、大石索國、優休牟涿國、臣濆沽國、伯濟國、速盧不斯國、日華國、古誕者國、古離國、怒藍國、月支國、咨離牟盧國、素謂乾國、古爰國、莫盧國、卑離國、占離卑國、臣釁國、支侵國、狗盧國、卑彌國、監奚卑離國、古蒲國、致利鞠國、冉路國、兒林國、駟盧國、内卑離國、感奚國、萬盧國、辟卑離國、臼斯烏旦國、一離國、不彌國、支半國、狗素國、捷盧國、牟盧卑離國、臣蘇塗國、莫盧國、古臘國、臨素半國、臣雲新國、如來卑離國、楚山塗卑離國、一難國、狗奚國、不雲國、不斯濆邪國、爰池國、乾馬國、楚離國有りて、凡そ五十餘國。大國は萬餘家、小國は數千家、總て十餘萬戸。辰王は月支國を治む。臣智或いは優呼（広く知られた臣智の別呼称？）、臣雲遣支報・安邪踧'支濆・臣離兒不例・拘邪秦支廉の號を加う。其の官に魏率善邑君、歸義侯、中郎將、都尉、伯長有り。 侯準、既に僭號（臣下の身分で王を名のる）し王と稱すも、燕亡人（燕から亡命してきた）衛滿が攻奪〔1〕する所と為り、其の左右の宮人を將し、海に走入し、韓地に居す。自を韓王〔2〕と號す。其の後、絶へ滅ぶ。今、韓人、猶、其の祭祀を奉（たてま）つる者有り。漢の時、樂浪郡に屬し、四時朝謁〔3〕す。 〔1〕魏略に曰く、「昔、箕子の後、朝鮮侯、周の衰を見る。燕、自を尊びて王と為し、東に地を略さんと欲す。朝鮮侯、亦、自を稱し王と為し、兵を興し逆 はむと欲し、燕を撃ち以て周室を尊ぶ。其の大夫、禮はこれを諫め、乃（すなはち）止む。禮を西に使し燕を説き、燕はこれを止め、攻めず。後、子孫、稍（次第に）驕り虐（そこな）ひ、燕、乃ち將秦開を遣はし其の西方を攻め、地二千餘里を取り、滿番汗に至り界と為し、朝鮮、遂に弱る。秦が天下を并（あわ）せるに及び、蒙恬をして長城を築かしめ、遼東に到る。時に朝鮮王、否が立ちて、秦を畏れこれを襲ひ、略し秦に服屬するも、あへて朝會せず。否が死に、其の子準が立つ。二十餘年して陳（陳勝）、項（項燕）が起ちて、天下亂れ、燕、齊、趙の民愁苦す。稍稍亡し準に往き、準乃ちこれを西方に置く（亡民を受け入れた）。漢、盧綰を以て燕王と為すに及び、朝鮮と燕の界を浿水とす。綰が（漢に）反（そむ）き、匈奴に入るに及び、燕人、衛滿は亡命し、胡服（胡人の服装）為し、東に浿水を度（わた）り、準に詣で降し、準を説きて西界に居すを求む。（故に：あるいは中国亡命者を收めて）中国亡命を朝鮮の藩屏と為す。準これを信じ寵し、拜して博士と為し、圭を以て賜ひ、これに百里を封じ、令して西邊を守らしむ。滿は亡黨を誘ひ、衆稍多くなり、乃ち詐（いつは）りて人を遣はし準に告げ、漢兵、十道に至り、宿衛に入るを求むと言ひ、遂に還（かへ）りて準を攻める。準と滿は戰ふも、敵せず 」。 〔2〕魏略に曰く、「其の子及び親は留り國に在す者、因りて韓氏と姓を冒（仮称）す。準王は海中にて、朝鮮と相往來せず。」 〔3〕魏略に曰く、「初め右渠（衛氏朝鮮、三代衞右渠）未だ破れざる時、朝鮮の相、歴谿卿、以て諫むるも右渠用ひず、東の辰國、時に民、隨出し（連れだって出る）居者は二千餘戸、亦、朝鮮と貢蕃し相往來せず。**王莽地皇の時に至り、廉斯鑡、辰韓の右渠帥と為り、樂浪の土地は美しく、人民は饒樂と聞き、亡し來降せんと欲す。其の邑落を出、田の中に雀を驅（追い払う）男子一人を見る、其の語、韓人に非ず。これに問ふに、男子曰く、「我等は漢人、名は戸來、我等、輩（仲間）千五百人で材木を伐るに、韓に撃たるを得、皆斷髮し奴とされ、三年を積（かさね）む」。鑡曰く、「我、當（まさに）漢の樂浪に降る、汝、去（ゆく）を欲すや不（いな）や」。戸來曰く、「可」。（辰）鑡、因りて戸來（來）を將ゐて出、含資縣、縣言郡に詣で、郡即ち鑡以て譯（通訳）と為す。芩中從（より）大船に乘り辰韓に入り、戸來を逆取す。伴輩を降し尚、千人を得るも、其の五百人已に死す。鑡、時に曉（さと）して辰韓に謂く、「汝、五百人を還すべし。若し不（いな）ならば、樂浪、當に萬兵を遣はし乘船して汝をを表し、冠來撃せん」。辰韓曰く、「五百人已に死せば、我當に贖直を出すのみ」。乃ち辰韓、萬五千人、弁韓、布萬五千匹を出し、鑡、直を收取し還る。郡、鑡の功義幘（ずきん）、田宅を賜ひ、子孫、數世、安帝延光四年に至りし時、故に復（また）除を受く。（原文：三國志卷三十　魏書三十　東夷傳　馬韓：朝鮮工程） **三国志東夷伝漢条に「朝鮮相暦谿卿が右渠を裏切って2千戸あまりの百姓をつれて辰国に亡命した」・・・衛氏朝鮮は・・・弁辰の朝貢路を遮断し莫大な利益を上げる・・・とある（韓半島の文明化：崔　夢龍<ソウル大学人文大学>）。 漢の武帝が衛氏朝鮮（BC194〜108年）を滅ぼしたのは、弁辰等からの朝貢を衛氏朝鮮が遮断したことにある。大陸や半島の状況を的確に把らへていたのは、倭では奴国であった。建武元年(AD25年）新を倒して後漢を建国した劉秀（光武帝）の晩年、57年正月光武帝より「漢委奴国王」の金印を得ることになる奴国人は、光武帝が三韓より南の海中の倭よりの朝貢を歓迎することを知っていたのであらう。半島での倭人の活動を容易にするためには、漢の承認がのどから手がでるほど欲しかった。それには、半島における倭人や 渡来人の助力が欠くべからざるものであったらう。いささか先の時代を含むが、勝野泰審氏は「魏書東夷伝や後漢書によると当時（ニ、三世紀）南鮮は統一国家体制は出来ておらず部落連合的な状態にあって馬韓、辰韓、弁韓の三韓に分れていた。この頃辰王と称する王がいて、馬韓の月支国に都し、三韓を支配した。辰王は外部から流移してきた人であったため馬韓諸国の承認を得なければ王となることが出来なかったが実際は王位を世襲していた。当時部落的な三韓の中にあって辰王は率善邑君、中郎侯、都尉、伯長などの中国的な官名を持った役人を隷属させていた。辰韓の耆老の所伝によると秦滅亡時、秦人が逃れて馬韓に来り、馬韓はその東界を割いてこれに与えた、と伝えられている。いづれにしても秦にゆかりある集団が南鮮に移住して来て南鮮を支配していた。この辰王の南鮮支配も魏の南下政策に遭い三世紀後半には衰え、また、この頃南鮮にも部落連合国から統一国家建設の機運が高まり四世紀前半には馬韓に百済、辰韓には新羅が建国された。その結果辰王の支配地は弁韓（後の任那、伽羅）に狭められた。辰王国はこの局面打開の必要に迫られることになった。 　一方中国の古代の地誌である山海経によると、紀元前四世紀戦国七雄の一として華北・東北南部・朝鮮北部を領有していた燕の南に倭があって燕に属していた。燕は秦の始皇帝に滅ぼされるが、燕周辺の倭人集団が戦乱を避けて南鮮、北九州に移住した。倭は象形文字から女性による穀物農耕を行う部族を表すものとされている。倭人はもともと呉、越を本貫地とする海人族であるが、この頃既に山東半島から南鮮、沖縄、日本列島に進出していたようである。そして、南鮮や北九州では各地のリアス式海岸に港湾小国家を建設していた。南鮮では浦上八国と称される小国家群があり、九州北部や壱岐、対馬も同様な状態であった。倭人は漢の楽浪郡の時代には海上貿易で活躍していたが、楽浪郡滅亡後は朝鮮半島内外の情勢が変化したため、彼等も局面の転換に迫られていた。 　辰王はその支配地との関係から倭人と繋りがあったので彼等倭人の協力を得て新天地を求めて北九州に進出した。この時に協力した倭人は宗像海人族と安曇海人族であった。秦氏が宗像神を奉斎しており、また事代主系の加茂氏と関係が深いことはこのことを証している。」（虹と海：伽耶から倭へ）とみておられる。 漢が朝鮮に楽浪郡を設置したことが遼東、半島、日本列島に国家建設への大きなインパクトを与へた。辰王と称される統一国家秦の制度を知る人間の半島南部での統治は、この流れを急速に推し進める役割を果したと思はれる。この事態を無視するのが書紀の立場である。しかし、海洋国、奴国の発展の歴史を知らなかった訳はない。倭には中国や半島とはかかはりなく、神代以来の歴史があると突っ走る。 四年冬十月庚申朔壬午　詔曰　惟我皇祖　諸天皇等　光臨宸極者　豈爲一身乎　蓋所以司牧人�~　經綸天下　故能世闡玄功　時流至�ｺ　今朕奉承大運　愛育黎元　何當聿遵皇祖之跡　永保無窮之祚　其群卿百僚　竭爾忠貞　共安天下　不亦可乎 四年の冬（ふゆ）十月（かむなづき）の庚申（かのえさる）の朔壬午（みづのえうまのひ）(BC94.10.23)に、詔（みことのり）して曰（のたま）はく、「惟（これ）我（わ）が皇祖（みおや）、諸（もろもろの）天皇等（すめらみことたち）、宸極（あまつひつぎ）を光臨（しら）ししことは、豈（あに）一身（ひとはしら）の爲（みため）ならむや。蓋（けだ）し、人神（ひと）を司牧（ととの）へて、天下（あめのした）を經綸（をさ）めたまふ所以（ゆゑ）なり。故（かれ）、能（よ）く世（よよ）玄功（はるかなるいたはり）を闡（ひろ）め、時（とき）に至�ｺ（いたれるうつくしび）を流（し）く。今（いま）、朕（われ）大運（あまつひつぎ）に奉承（うけたまは）りて、黎元（おほみたから）を愛（めぐ）み育（やしな）ふ。何当（いか）にしてか聿（つひ）に皇祖（みおや）の跡（みあと）に遵（したが）ひて、永（なが）く窮無（きはまりな）き祚（あまつひつぎ）を保（たも）たむ。其れ群卿（まへつきみたち）百僚（もものつかさ）、爾（いましたち）の忠貞（ただしきこと）を竭（つく）して、共に天下を安（やすみ）せむこと、亦（また）、可（よ）からざらむや」とのたまふ。 宸は屋根の中極、雨だれのおちる屋霤（おくりゅう）にあたるところ、それで神聖の居処の名に用いて紫宸・宸極という（字統）。光臨の光は、令彝に「用て父丁を光（かがや）かさん」とあるごとく、宗廟の祭祀に関して用いられる（字統）。詩、大雅、大明に「上帝、女（なんじ）に臨む」とあるごとく、臨は神霊の監臨する意（字統）。丹生川上で磐余彦尊に高皇産靈尊の霊を降ろしたこと、天日嗣（あまつひつぎ）である。代々の天皇がこの祭祀を受け継ぐことの意義を以下に示した。それは天皇のわが身一つの為に行ふものではない。司牧は民治を牧養することであるが、”ととのへる”と訓じているのは、多くの人が規則正しくこうどうすることなどをいう（字訓）とある。人神を司牧とは、天日嗣の祭祀の継承が天皇を天皇たらしめるといふことにならう。經は筋道をたてること、綸は結束させること、天日嗣が天下を經綸させる原理といふ。注に、梁書、敬帝紀に「允光素王載闡玄功」とある。玄はのちに天地の玄黄のごとく天地の存在感をいう語（字統）、功は説文に「労をもって国を定めること」とある（字統）。玄功をはるかなるいたはり（相手をいたわること）と訓じている。流とは広く及ぶこと、”しく”と訓じている。注に、後漢書、明帝紀に「奉承大運継体守文」とある。 歴象（太陽、月、星、星座の運行を数字でしるし（暦書）、天文観測器で太陽、月、星の数度位次を実験して誤差のない暦法をつくる）といって中国王朝の基本は暦を管理することにある（書経1）。大運は天の運行であり、奉承大運とはそれを受け継ぐことであらう。中国には、天文を観測し、四季の暦を司り、これに基づいて民に農時を知らしめる、これが正しくおこなはれば、民は利益を得、民が安寧に暮らすことで天子の政治も安定するといふ理想がある。易経繋辞上伝に曰く、「天、象を垂れ吉凶を見（しる）して、聖人之に象（かたど）る」。天体の運行の遅滞、輝度、宿の位置により天文が異なる。この天文から天意を読み取り政（まつりごと）を齊す。すでにみたように（書紀巻三-4）、この王朝原理は我が国では機能しなかった。天文観測に基づき、初めて日本人による暦法が作られ、暦が改められるのは、貞享2年（1685）、渋川春海（しぶかわはるみ　1639〜1715）、「貞享の改暦」を待たねばならない（書紀巻三-1）。特に周による天命の革命思想は、我が国では忌避された。万世一系の天日嗣という独特のスタイルが形成されることになる。我が国では天皇、地皇、人皇といふ考え方はない（書紀巻三-1）。天命と係わりなく、万世一系の（地上の）天皇など中国では論理に矛盾した概念である。 黎はもと黍（きび）を鋤（す）く形であるから、農民を意味する字であったらしく、色の黒いこと、すなわち黎黒の義である。それで秦に至って黎民を顔の黒いもの黔首（けんしゅ）といい、漢に至って黎元という（字統）。何當聿（いかにしてかつひに）遵皇祖之跡は意味がとりにくい。漢文では、何（いづ）くんぞ聿（ここ）に皇祖の跡に遵ふこと當（かな）ひて、とならうか。どうしてか、皇祖（ここでは神武天皇）の事跡を継ぐに匹敵するような出来事があったといひたい。詩、大雅、既酔に「永く祚胤（そいん：幸いなる世継ぎ）を賜ふ」（字統）の祚である。中国古代の官制は卿事寮と太史寮とに分れ卿事寮は政治・行政、太史寮は祭祀・儀礼を掌り、周代に六卿制がしかれていた（字統）。寮（役所）の仲間を僚という、後の官僚の義（角川漢和中辞典）。竭はすっからかんになくなるほど尽すこと。自らと群卿百僚が心を尽して黎元を愛み育ふならば天下を共に安んずることできないわけがあるものかといふ。ここのところは中国風を採用した。さて、何が起こっていたのか。 五年　國内多疾疫　民有死亡者　且大半矣 五年(BC93年)に、国内（くにのうち）に疾疫（えのやまひ）多（おほ）くして、民（おほみたから）死亡（まか）れる者有りて、且大半（なかばに）すぎなむとす。 疾は矢が当って傷つくさま、疫は疫病神による流行病（角川漢和中辞典）。疫は漢以後になって用例のみえる字で、秦漢以後多数の人の移動が行われるようになって、特に流行をみるに至ったものであろう（字訓）とされる。渡来系伝染病か。疾疫の疾はこの場合”はややか”の義であっといふまに広がった疫であらう。民が半減したといふからすざまじい。”おほ””み”は尊称、”たから”は吉田金彦説に田柄（たがら：田の収穫）の意とする。「から」は「からだ」の「から」で幹、「国から」の「から」と同じく全体のありかたをいう語であろう。その耕地の状態より、その地の耕作に従う集団の意となり、その人を民（たみ）、人民（おほみたから）といった。「ちから」はそのはたらき、「たから」はその収穫をいう語であったようである。のち財宝の意に用いる（字訓）。 六年　百姓流離　或有背叛　其勢難以�ｺ治之　是以　晨興夕�ﾀ　請罪�~祗　先是　天照大�~　倭大國魂二�~　並祭於天皇大殿之内　然畏其�~勢　共住不安　故以天照大�~　託豐鍬入姫命　祭於倭笠縫邑　仍立磯堅城�~籬　【�~籬　此云比莽呂岐】　亦以日本大國魂�~　託渟名城入姫命令祭　然渟名城入姫　髮落體痩而不能祭 六年(BC92年)に、百姓（おほみたから）流離（さすら）へぬ。或いは背叛（そむ）くもの有り。其の勢（いきほひ）、�ｺ（うつくしび）を以（も）てこれを治（をさ）むこと難（かた）し。是（ここ）を以て、晨（つと）に興（お）き夕（ゆふべ）までに�ﾀ（おそ）りて、神祇（あまつかみくにつかみ）に請罪（のみまつ）る。是より先、天照大神（あまてらすおほみかみ）、倭大国魂（やまとのおほくにたま）、二（ふたはしら）の神（かみ）を、天皇（すめらみこと）の大殿（みあらか）の内（うち）に並祭（いはひまつ）る。然（しかう）して、其の神の勢（みいきほひ）を畏（おそ）りて、共（とも）に住（すむ）に安（やす）からず。故（かれ）、天照大神を以ては、豊鍬入姫命（とよすきいりびひめのみこと）に託（つ）けまつりて、倭（やまと）の笠縫邑（かさぬひのむら）に祭（まつ）る。仍（よ）りて、磯堅城（しかたき）の神籬（ひもろき）　【神籬　此をば比莽呂岐（ひもろき）と云ふ】を立つ。亦（また）、日本大国魂神（やまとのおほくにたまのかみ）を以ては、渟名城入姫命（ぬなきのいりびめのみこと）に託けて祭らしむ。然（しか）るに渟名城入姫、髮（かみ）落ち体痩（やすか）みて、祭（いはひまつ）ること能（あた）はず。 すでにみたごとく、百姓は黎元（農民）ではない。姓を有する族である（書紀神代上）。土地を去る、あるいは背を向け叛いた。中国的な徳といふ概念は通じず、”うつくしび”肉親的な愛情、幼く小さなものをいつくしむこと（字訓）と説明した。晨は朝早く、”つとに”は早くすでにの義。興は酒器である同を上下より持ち、酒をふりそそいで地霊をよび興すことをいう。儀礼を行うににあたって、まず地霊を祀るもの（字統）。�ﾀはおそれる、つつしむ義。注に尚書、湯誥に、「告于上天神后請罪有夏」とある。請罪を”のみまつる首を垂れ罪を謝して、祈りねがう(字訓）”と訓じている。 「神祇に請罪る」罪とは天罪と国罪という。天罪とは素戔嗚尊が高天原で犯した罪（書紀神代上）、国罪とは「国中（くぬち）の人民（ひとくさ）の犯せる罪」とあるが具体的には注（岩波文庫）に、「生膚断（いきはだたち；人間の殺傷）、死膚断（しにはだたち；死人による呪詛）、白人・胡久美（しろひと・こくみ；感染病者）、母犯せる罪・己が子犯せる罪・母と子と犯せる罪・子と母と犯せる罪・畜犯せる罪（近親相姦と獣姦）、昆虫の災・高津神の災・高津鳥の災（天災）、畜仆蠱物する罪（けものたふしまじもの畜の呪詛）」とある。 古事記では、大物主神を正しく祭祀しなかったことが原因とするに過ぎなかった、「この天皇の御世に疫病（えやみ）多（さわ）に起りて、人民（たみ）死にて盡きなむとしき。ここに天皇愁（うれ）ひ歎（なげ）きたまひて神牀（かむどこ）に坐（ま）しし夜、大物主（おおものぬし）の大神、御夢（みいめ）に顕（あら）はれて曰（の）りたまひしく、「こは我が御心ぞ。故、意富多多泥古をもちて、我が御前を祭らしめたまはば、神の気起こらず、国安らかに平らぎなむ。」とのりたまひき」と大物主神を意富多多泥古に祭祀させれば、この疾疫は止むとした。 書紀は古事記とは異なり、この疾疫の結果、百姓流離、背叛が起こり、神祇に何の罪であるかを請うた。ところで、その前に、天皇の大殿で並祭していた天照大神と倭大国魂（日本大国魂神）の勢いが強くなり、共に住めなくなったという（古事記では天照大神のみである）。天皇と共にとも二神が共にともとれる表現である。これは、後に 天照大神が伊勢で祭祀される経緯を辿るうえで不可欠なものであり、 天照大神が天皇の大殿からおでましになる理由を説明するものでもある。話しがややこしくなるが、結論は古事記と同じく、大物主神の祭祀を太田田根子にさせることで平安がもどるとしている。 大同二年（807年）斎部広成は、古語拾遺において、単に神の威を畏れるやうになり、殿を同じくするのではなく、代わって鏡と剣を護の御璽とし、即位に際して引き継ぐ鏡と剣となったとしている。 天皇が天照大神また倭大国魂を直接祭祀することが問題ありとする認識が生まれていやう。現実政治に深く手を染めることにより、神を祭祀する清浄さを保ち得なくなる。祭政一致の原則がどうしようもなく乖離する時を迎へていたのであらう。 祭祀の形が時とともに変化をしており、少し長くなるが、振り返っておきたい。 勾玉、鏡、剣は皇孫の証であり、鏡は天照大神であり、鏡を天照大神として同床で祭祀すべきものであった。 書紀神代下（書紀巻2）一書において、「天津彦彦火瓊瓊杵尊に八坂瓊の曲玉、八咫の鏡、草薙劒の三種の宝物を賜ふ。また、中臣の上祖、天兒屋命、忌部の上祖、太玉命、猨女の上祖、天鈿女命、鏡作の上祖、石凝姥命、玉作の上祖、玉屋命、凡て五部神をもって配へ侍らしむ。よりて皇孫に勅して申された。「葦原千五百秋の瑞穗国、これ吾子孫、王とすべき地なり。宜しく爾、皇孫、就きて治せ。行くませ。寶祚の隆、まさに天壤に無窮を与へる者ならむ」。 また、一書において、「天照大神、手に寶鏡を持ち、天忍穗耳尊に授けてこれを祝きて申された。「吾が兒この寶鏡を視、まさに猶吾を視、ともに床を同じく殿を共にし、もって齋鏡と爲すべし」。また、天兒屋命、太玉命に勅す、「これ爾、二神、また同じく殿内に侍ひ、よく防護を為せ」。また、勅して申された、「もって吾が高天原に所御めす齋庭の穂をもって、また、吾兒に御すかな」。すなはち、高皇産靈尊の女、萬幡姫をもって、天忍穗耳尊に配し、妃となしこれを降す。故に、虚天に居す時に兒を生み、天津彦火瓊瓊杵尊と號す。よってこの皇孫をもって親に代して降せむと欲す」としている。 磯城での戦いに勝つために、天香具山の土で天平瓮を造り、天社国社の神を祭り、磐余彦尊（神武天皇）が高皇産霊尊の霊を降ろすとする形式がとられたこともあった。 また、霊畤を鳥見山に立てて、天神を郊祀するといふ中国風な祭祀を導入したともしている。、 橿原で始った祭祀に関しては、古語拾遺に詳しい。「都を橿原に建て、帝宅（おほみや）を經營（つく）る。 造殿の齋部（正殿の造営法） 仍りて、天富命（あめのとみのみこと、太王命の孫（うまご）なり）をして、手置帆負（たおきほおひ）・彦狹知（ひこさしり）の二（ふた）はしらの神が孫を率（ゐ）て、齋斧（いみおの）齋鉏（いみすき）を以て、始めて山の材（き）を採りて、正殿（みあらか）を構（つく）り立てしむ。所謂、底つ磐根（いはね）に宮柱（みやはしら）ふとしり立て、高天原（たかまのはら）に搏風（ちぎ）高しり、皇孫命（すめみまのみこと）のみづの御殿（みあらか）を造り仕へ奉れるなり。故、其の裔（すゑ）、今、紀伊（きの）国名草郡（なぐさのこほり）御木（みき）麁香（あらか）二郷（ふたさと）に在り。（古語に、正殿は麁香と謂ふ）。材を採る齋部の居（を）る所は御木と謂ふ。殿（あらか）を造る齋部の居る所は麁香と謂ふ。是其の証（しるし）なり。 造祭祀の齋部（祭場設営の役割分担） 又、天富命をして齋部の諸氏（もろうぢ）を率て、種種（くさぐさ）の神寶（かむだから）・鏡・玉・矛・盾・木綿（ゆふ）・麻（を）等を作らしむ。櫛明玉命が孫は、御祈玉（みほきたま）（古語に、美保伎玉（みほきたま）といふ。言ふこころは祈禱（ほき）なり。）を造る。其の裔、今、出雲国に在り。年毎（としごと）に調物（みつぎもの）と共に其の玉を貢進（たてまつ）る。天日鷲命が孫、木綿及麻并（また）織布（あらたへ）（古語に阿良多倍（あらたへ））を造る。仍りて、天富命をして日鷲命が孫を率て、肥饒（よ）き地（ところ）を求（ま）ぎて阿波（あはの）国に遣はして、穀（かぢ）・麻の種を殖ゑしむ。其の裔、今、彼（そ）の国に在り。大嘗（おほみにへ）の年に當りて、木綿・麻布及種種の物を貢（たてまつ）る。所以（このゆゑ）に、郡（こほり）の名を麻殖（をゑ）と為（す）る縁（このもと）なり。天富命、更に沃（よ）き壤（ところ）を求ぎて,阿波の齋部を分ち、東（あづま）の土（くに）に率往（ゐゆ）きて、麻・穀を播殖（う）う。好（よ）き麻生（お）ふる所なり。故、總国（ふさのくに）と謂ふ。穀の木生ふる所なり。故、結城郡（ゆふきのこほり）と謂ふ。（古語に、麻を總（ふさ）と謂ふ。今、上總（かみつふさ）・下總（しもつふさ）の二国と為す。是なり。）阿波の忌部（いみべ）の居る所、便（すなは）ち安房郡（あはのこほり）と名づく。（今の安房国、是なり。）天富命、即ち其地（そこ）に太玉命の社（やしろ）を立つ。今、安房社（あはのやしろ）と謂ふ。故、其の神戸（かむべ）に齋部氏（いみべうぢ）有り。又、手置帆負命が孫、矛竿（ほこさを）を造る。其の裔、今、分れて讚岐（さぬき）の国に在り。年毎に調庸（みつきもの）の外に、八百竿（やほさを）を貢（たてまつ）る。是其の事等（ことども）証（しるし）なり。 神籬を建て神々を祭る（諸神の祭祀） 爰に、皇天（あまつかみ）二（ふた）はしらの祖（みおや）の詔（みことのり）に仰從（したが）ひて、神籬（ひもろぎ）を建樹（た）つ。所謂、高皇産靈（たかみむすひ）・神産靈（かむむすひ）・魂留産靈（たまつめむすひ）・生産靈（いくむすひ）・足産靈（たるむすひ）・大宮賣神（おほみやのめのかみ）・事代主神（ことしろぬしのかみ）・御膳神（みけのかみ）（已上、今、御巫（みかむなぎ）の齋（いは）ひ奉（まつ）れるなり。）櫛磐間戸神（くしいはまとのかみ）・豐磐間戸神（とよいはまとのかみ）（已上、今、御門（みかど）の巫（かむなぎ）の齋ひ奉れるなり。生嶋（いくしま）。（是、大八洲（おほやしま）の靈（みたま）なり。今、生嶋の巫の齋ひ奉れるなり。）坐摩（ゐかすり）。（是、大宮地（おほみやどころ）の靈（みたま）なり。今、坐摩の巫の齋ひ奉れるなり。） 即位大嘗祭（即位の儀式） 日臣命（ひのおみのみこと）、來目部（くめべ）を帥（ひきゐ）て、宮門（みかど）を衛護（まも）り、其の開闔（あけたて）を掌（つかさど）る。.饒速日命（にぎはやひのみこと）、内物部（うちのもののべ）を帥て、矛・盾を造り備ふ。其の物既に備はりて、天富命、諸（もろもろ）の齋部を率（ゐ）て、天璽（あまつしるし）の鏡・劍を捧げ持ちて、正殿（みあらか）に安（お）き奉り、并（また）瓊玉（たま）を懸（か）け、其の幣物（みてぐら）を陳（つら）ねて、殿祭（おほとのほかひ）の祝詞（のりとごと）す。（其の祝詞の文（ふみ）は別卷（ことまき）に在り。）次に、宮門（みかど）を祭る。（其の祝詞も、亦別卷に在り。）.然る後に、物部乃ち矛・盾を立つ。大伴（おほとも）・來目（くめ）仗（つはもの）を建て、門（みかど）を開きて、四方（よも）の国を朝（まゐ）らしめて、天位（あまつひつぎ）の貴（たふと）きことを觀（み）しむ。 齋藏と齋部（斎蔵の管理） 此の時に當りて、帝（すめらみこと）と神（かみ）と、其の際（あひだ）未（いま）だ遠からず。殿（おほとの）を同くし床（ゆか）を共にす。此（ここ）を以て常（つね）と為す。故、神物（かむだから）・官物（みやけのもの）、亦分別（わきため）あらず。宮の内に藏を立て、齋藏（いみくら）と號曰（なづ）けて、齋部氏をして永（なが）く其の職（つかさ）に任（ま）けしむ。 国家祭祀と氏族（太玉命と天児屋命と天鈿女命の子孫の役割分担） 又、天富命をして、供作（つくりつか）へまつる諸氏（もろうぢ）を率て、大幣（おほみてぐら）を造作（つく）らしめ訖りぬ。天種子命（あめのたねこのみこと）（天兒屋命が孫（うまご）。）をして天罪（あまつつみ）・国罪（くにつつみ）の事を解除（はら）へしむ。所謂天罪は、上（かみ）に既に説き訖りぬ。国罪は、国中（くぬち）の人民（ひとくさ）の犯せる罪なり。其の事具（つぶさ）に中臣（なかとみ）の禊（はらへ）の詞（ことば）に在り。爾（しか）して、乃ち、靈畤（まつりのには）を鳥見山（とみやま）の中に立つ。天富命、幣（みてぐら）を陳（つら）ねて、祝詞（のりとまを）して、皇天（あまつかみ）を禋祀（まつ）り群望（くにつかみ）を禋（まつ）りて、神祇（あまつやしろくにつやしろ）の恩（みうつくしび）に答ふ。是を以て、中臣・齋部の二氏（ふたうぢ）、倶（とも）に祠祀（まつり）の職を掌る。猿女君氏（さるめのきみうぢ）、神樂（かぐら）の事を供（つか）へまつる。自餘（このほか）の諸氏（もろうぢ）、各（おのもおのも）其の職有り。 *注に、「群望の望は、山川の神。禋は遍く秩序をたてて祭る意」とある。 崇神天皇 磯城（しき）の瑞垣（みづかき）の朝（みかど）に至りて、漸（やくやく）に神の威（みいきほひ）を畏りて、殿（おほとの）を同くしたまふに安からず。故、更に齋部をして石凝姥神（いしこりどめのかみ）が裔・天目一箇神（あめのまひとつのかみ）が裔の二氏を率て、更に鏡を鑄（い）、劍を造らしめて、護（まもり）の御璽（みしるし）と為す。是、今、踐祚（あまつひつぎしろしめ）す日に、獻る神璽（みしるし）の鏡・劍なり。仍りて、倭（やまと）の笠縫邑（かさぬひのむら）に就きて、殊に磯城の神籬を立てて、天照大神及草薙劍を遷し奉りて、皇女（ひめみこ）豐鍬入姫命（とよすきいりびめのみこと）をして齋ひ奉らしむ。其の遷し祭れる夕（よ）、宮人（みやひと）皆參りて、終夜（よもすがら）宴樂（とよのあかり）す。歌ひて曰はく、 　　宮人（みやひと）の　大寄（おほよ）すがらに　いさとほし　行（ゆ）きの宜（よろ）しも　大寄すがらに 　　（今の俗（よ）の歌に曰はく、「宮人の凡（おほよそ）衣（ころも）膝通（ひざとほ）し、裄（ゆき）の宜（よろ）しも凡衣」といふは、 　　　詞（ことば）の轉（うつ）れるなり。） 又、八十萬（やそよろづ）群神（かみがみ）を祭る。仍りて、天社（あまつやしろ）・国社（くにつやしろ）及神地（かむどころ）・神戸（かむべ）を定む。始めて男（をとこ）の弭（ゆはず）の調（みつぎ）・女（をみな）の手末（たなすゑ）の調を貢（たてまつ）らしむ。今、神祇（あまつかみくにつかみ）の祭に、熊の皮・鹿の皮・角・布等を用ゐる、此の縁なり。（古語拾遺、岩波文庫） 大同二年（807年）に斎部広成によって、かくあるべしと述べられた見解である。彼によるなら、天罪国罪の解除については、天児屋命ー天種子命の子孫（中臣氏の祖）が行ない、鳥見山での皇天群望（天神国神）への祝詞は、太玉命ー天富命の子孫（忌部氏の祖）が奏上したことにならう。しかし、その効果はなかったことになる。 天照大神は大殿を出て笠縫邑に行かれたのであるが、倭大国魂はどこから大殿に祭祀され、その後大殿に残られたのか、あるいは何処に行かれたものか？倭大国魂を日本大国魂神ともしているが、大物主神、大国主神とどう関係するのか？ 書紀神代上一書において、大国主神は素戔嗚尊の六世孫とされ、亦の名として、大物主神、大国玉神、顕国玉神等々をあげている（書紀巻1）。古語拾遺では、大己貴神（一の名は大物主神、一の名は大国主神、一の名は大国魂神）とあり、大国玉＝大国魂＝大国主＝大物主とされることが多い。古事記は、大国主神と大国御魂は別とする。書紀では古事記における大国御魂神の系譜をとりあげなかった。 皇孫、天津彦彦火瓊瓊杵尊が吾田でみそめた女（むすめ）は、大山祇神の子、名は鹿葦津姫、亦の名神吾田津姫、亦の名木花之開耶姫であった。古事記では、大国主神の先祖も大山津見神の女（むすめ）木花知流比賣、天神の子孫は”木の花咲くや姫”から生まれ、大国主神は”木の花散るや姫”から生まれたことになる。大国御魂神も大山津見神の女（むすめ）の子から生まれたことになる。書紀はこれらの経緯も切り捨てた。 また、古事記によれば、大国主神は、葦原色許男としての黄泉からの帰還時に国を作ったといふ。「ここにその神(須佐能男命）の髮を握（と）りて、その室の椽毎（たりきごと）に結ひ著（つ）けて、五百引（いほびき）の石をその室の戸に取り塞（さ）へて、その妻、須世理毘賣を負ひて、すなはちその大神の生大刀（いくたち）と生弓矢（いくゆみや）と、またその天の詔琴（のりごと）を取り持ちて逃げ出だす時、その天の詔琴、樹に拂（ふ）れて、地（つち）動（とよ）み鳴りき。故、その寢ませる大神、聞き驚きて、その室を引き仆（たふ）したまひき。　然れども椽に結ひし髮を解かす間に、遠く逃げたまひき。故ここに黄泉比良坂（よもつひらさか）に追い至りて、遙（はるばる）に望（みさ）けて、大穴牟遲の神を呼ばひて謂ひしく、「その汝（いまし）が持てる生大刀、生弓矢もちて、汝が庶兄弟（ままあにおと）をば、坂の御尾（みを）に追い伏せ、また河の瀬に追い撥（はら）ひて、意禮（おれ）大国主の神となり、また宇都志国玉の神となりて、その我が女（むすめ）、須世理毘賣を嫡妻（むかひめ）として、宇迦能（うかの）山の山本に、底津石根（そこついわね）に、宮柱（みやはしら）、布刀斯理（ふとしり）、高天原に、氷椽（ひぎ）、多迦斯理（たかしり）て居れ。この奴（やつこ）」。故、その大刀・弓を持ちて、その八十神を追い避（さ）くる時に、坂の御尾毎に追い伏せ、河の瀬毎に追い撥い、始めて国を作りたまひき」。 須佐能男命の意向を受けて、黄泉から妻と生太刀、生弓矢、天の詔琴を授かり、大国主（生太刀、生弓矢：軍事的制圧）となり、また、顕（幽の反：この世）国玉（魂）（天の詔琴：祭祀）となり、宇迦能山（出雲郡宇迦郷/出雲大社の東北の御埼山）の麓に、堅固な岩盤に柱をしっかりと立て、高天原に届くばかりに千木を高く組み、国を作った。地下、地上、高天原を包含する建国である。書紀はこれも切り捨てた。しかし、ここだけはいただいた「畝傍之橿原に於て也。宮柱を底磐之根に太立て、高天之原に搏風峻峙りて、始馭天下之天皇を、號けて神日本磐余彦火々出見天皇と曰す。」（書紀巻3）宇迦御魂は穀霊神であり、宇迦の山の麓は穀物の豊かな地であったのかもしれない。黄泉への坂との関連から出雲、木国の両者を考慮せねばなるまい。大国主神を是奴也と称している。奴を奴国の由来とする説（根の国訪問その４：新しい日本の歴史）は面白い。筆者は奴国と大国主神の系譜を重ねて考へてきており、印象深かった。 書紀も、大国主神が天下を経営し、国を造ったとしているが、「この世の人々や畜産の療病方を定め、鳥獣、昆虫の災いを払うための禁厭法を定め、これをもって、百姓、今に至るまで恩恵を蒙ってきた」とした（書紀神代上一書）。 国譲りについては非常に微妙な記述であった。高皇産霊尊は大国主神の受諾に対して、「今は、汝の言ふ所を聞くに、深くその理あり。故に更に條しこれを勅す。それ汝治す所の顕露の事、これ吾孫これを治す宜し。汝したがいて神事を治すべし。また、汝応じ住む天日隅宮、今まさに供し造らむ。すなはち、千尋の𣑥繩をもって百八十紐をなし、その宮を造る制は、柱すなはち高く太く、板すなはち広く厚く。また、まさに田を供し造らむ。また、汝、往来し海に遊ぶそなえ、高橋、浮橋そして天鳥船を造る。また、天安河において、打橋を造り、百八十縫の白楯を供し造り、また、まさに汝を主り祭祀は天穗日命、これなり。（書紀神代下一書）」と天穗日命に大国主神を祭らせた。 大国主神は顕露の事を治めるのを皇孫に譲り、幽事を治めるとなし、更に、「ここにおいて、大己貴神、報して申された、「天神の勅�ﾍ、かくのごとく慇懃にて、敢えて命に從わざるか。吾治む所の顕露の事は、皇孫治むにかなふ。吾まさに退り幽事を治めむ」。すなはち、岐神を薦め、二神に申された、「これ、まさに我に代りて從へ奉る。吾まさに自らここを去らむ。すぐさま瑞の八坂瓊を身に被ひ長に隱れる者たらむ」。故に、經津主神、岐神をもって郷導となし、周流き削平らぐ。逆命あるはすぐさま、また、斬戮す。歸順ふは、よりて、また、褒美。この時、歸順ふ首渠は大物主神及び事代主神。すなはち、八十萬神を天高市に合め、もって帥て天に昇り、その誠款の至を陳す。（書紀神代下一書）」と後継者を大物主神及び事代主神とした。 高皇産霊尊は、大物主神に勅し、「『汝、もし国神をもって妻となすは、吾なお汝に疏し心有りと謂ふ。故に今吾が女、三穗津姬をもって汝に配せ妻と爲す。宜しく八十萬神を領ゐ、永に皇孫の爲に護り奉るべし』。すなはち、還してこれを降らしむ。すなはち紀国の忌部の遠祖、手置帆負神をもって、定めて作笠者と爲す。彦狹知神を作盾者と爲す。天目一箇神を作金者と爲す。天日鷲神を作木綿者と爲す。櫛明玉神を作玉者と爲す。すなはち、太玉命をして弱肩をもって太手繦を被けて御手代にして、もってこの神を祭るは、始めてここに起れり（書紀神代下一書）」とした。この神は文脈からすれば大物主神であり、大物主神を太玉命に祭らせたことになる。ところで大物主神は大国主神の幸魂奇魂ともあった（書紀神代上一書）。 書紀では、一書により、 倭大国魂＝大国主神＝大物主神ともする。「大国主神、亦の名は大物主神、亦は国作大己貴命と号す。亦は葦原醜男と曰す。亦は八千戈神と曰す。亦は大国玉神と曰す。亦は顕国玉神と曰す。其の子凡て一百八十一神有り（書紀神代上一書）」。ただ、倭大国魂としては初出である。倭大国魂＝大国主神＝大物主神とし、天皇の大殿で天照大神と並祭されていたとするならば、出雲あるいは三輪での祭祀権が天皇側に移管されたことになる。大国主神の祭祀は、記紀にあっては、天穗日命の子孫以外に移管されたとする記述はない（出雲国風土記や出雲の伝承では別の展開がある）。大物主神を祭祀してきた祭主には言及がない（太玉命の子孫と暗示させる一書はあるが、具体的な言及はない）。この後大物主神を太田田根子に祭祀させ、倭大国魂を市磯長尾市に祭祀させており、これからすれば、三神は別神でなくてはならない（大倭神社注進状では、倭大国魂を大国主神の荒魂とし、大物主神を大国主神の和魂とし、同一性を保とうとしている）。 倭大国魂が突如登場したのは、天社国社といった用語にみられるごとく、中国の天子は天、四方、山川を祭祀し、諸侯は社（土地の神）を祭祀するといふあり方に触発されたことによらうか。大国主神とか大物主神といった国神（くにつかみ）の総帥ではなく、倭（やまと、日本）の国土の神を想定したものであらう。ただ、古事記の大国御魂神の系譜を無視し、この機に突如、さも昔から大殿で祭祀していたかのごとく登場させたやうに思はれる。また、古事記では「天津国玉神」が記されており、これに対応するものが大国御魂神「大国御玉神」となるのかもしれない。書紀では、大国御魂神を倭大国魂と同一視することに問題があったのだらう。 書紀では、本文において、大己貴神(大国主神)を素戔嗚尊と奇稲田姫の子とし、古事記あるいはそれに基づく一書、一書での素戔嗚尊と奇稲田姫の六世孫説を否定している。 豊城入彦命、豊鍬入姫命は麻續（おおみ）神社（三重県多気郡明和町中海87 ）に祭られており、麻を續（つづ）くことであるから麻糸をつづり、麻布を織っていたことになる。 天八坂彦命は神麻續機殿神社(神奈備）に祭られており、妹の渟名城入姫命は麻布で神用の麻布を織っていたことになる。絹に関しては、別途、神服織機殿神社（神奈備）があり、後世には分たれることになるが、両者ともども神事に用いる布や服を織っていた姫であらう。 神籬”ひもろき”の”ひ”は神霊、”もろ”は”古語、あもる；天下る”の短縮、”き”は木で、神霊の天下る木の義。磯堅城とは古語拾遺によれば、磯城であり堅がついており、岩場のようなところに置いたことになろう。笠縫邑については候補地が8ヶ所挙げられるやうである。「三輪の茅原、三輪の檜原、巻向の檜原、志貴御県神社の地、笠山荒神の社地、小夫天神の社地、新木及び秦庄の地、飛鳥神社の社地・・・伊勢神宮研究の碩学大西源一博士は、・・・文献と地理地形を照し実地を踏査した結果、笠縫邑の最有力地として、三輪の檜原、即ち大神神社の摂社の檜原神社を挙げておられる。」（諸説ある笠縫邑、にっぽん文明研究所） 萬 遜樹氏も桧原（地図）とみておられる。「「桧原」は「日原」とも書かれ、ここが「笠縫邑」（かさぬいむら）だとされる。笠縫邑とは、日本書紀が記す崇神天皇六年に天照大神を祀ったという地名である。「笠縫」は「嵩日」（かさぬひ）とも書かれ、「重ね日」の謂いだと分かる。日を重ねてどうするのか。その行方を読むのである。暦とは「日（か）読み」のことだ。日読みを行ない、暦を作る者が「日知り」（聖）である。それは何のためかというと、稲作農耕のために太陽の運行を、つまりは季節の移り行きを知るためであった。・・・崇神天皇によって笠縫邑に祀られた天照大神は、次の垂仁天皇のとき、倭（やまと）姫に連れられて伊勢に遷られている。そういう伝承によって、桧原は「元伊勢」とも呼ばれる。問題は東方への遷宮である。桧原神社に本殿というものはなく、神門はただ三輪山に向かっているのだが、この真東には実は三輪山の頂きはない。そうではなく、その先にはやはりあの泊瀬山があるのである。つまり、太陽＝アマテラスの新生（日の出）を仰ぎ見る社が桧原神社だということになる。・・・大和盆地のスケールでは、大坂（穴虫峠）−箸墓−桧原神社−泊瀬山（天神山）のラインが「太陽の道」である。・・・この「太陽の道」という概念は、やや大雑把に「東西」とされた上でだが、中央構造線のように紀記の神話世界に貫かれている。伊勢と出雲はその典型的なセットだ。伊勢には常世の波が寄せると言い、一方の出雲は黄泉国に通じるとされている。これはそのまま、アマテラス（天照大神）とオホアナムチ（大国主神）の対でもある。」（太陽の道---アマテラスとオホアナムチ）かく、天照大神と大国主神が対比させられることは参考にさせていただきたい。 天照大神のみが笠縫邑に祭られたのか？広成流にいえば、並祭されていたのであるから、倭大国魂も殿から出され、笠縫邑に祭られたとならう。ところが、渟名城入姫、髮の毛が抜け痩せ細り、祭ることが出来なかったといふ。よほど嫌なことが起こったのであらう。結果的には、天照大神も笠縫邑から移動することになる。神の威が強かったのみではなかった。並祭されていたこと自体も問題であったことになる。また、何故、姫をその祭主とした理由についても言及はない。どうも、しっくりこない展開である。 筆者としては、磐余彦尊が兄磯城と戦った時磯城で祭られていた神のことがづっと気になっている。本来であれば、この神の祭祀権をどうしたかが問題であらう。天香具山を聖地とする、カグ（光輝く）姿、火であり日である神（書紀巻4、多武峰）、男女神の系譜であらう。そこに磐余彦尊が持ち込んだのは天神、高皇産靈尊の霊力であった。しかし、これは葛城では威力を発揮したが、天香具山の磯城に定着させることができなかったやうで、磯城といっても瑞籬宮の地、三輪方面の磯城に重点が移ってきた。今回は天照大神と倭大国魂のセットがいきなり導入され、続いて大物主神の伝承にゆくことになる。 了　2006.02.26　　　訂正及び以下追以下　2019.06.09 七年春二月丁丑朔辛卯、詔曰、昔我皇祖、大啓鴻基。其後、聖業逾高、王風轉盛。不意今當朕世數有災害、恐朝無善政、取咎於�~祇耶、蓋命�~龜以極致災之所由也。於是、天皇乃幸于�~淺茅原、而會八十萬�~、以卜問之。是時、�~明憑倭迹々日百襲命曰、天皇、何憂國之不治也。若能敬祭我者、必當自平矣。天皇問曰、�ﾍ如此者誰�~也。答曰、我是倭國域內所居�~、名爲大物主�~。 七年の春二月（きさらぎ）の丁丑（ひのとのうし）の朔（ついたち）辛卯（かのとのうのひ）(BC91年)に、詔して曰はく、「昔（むかし）我が皇祖（すめみおや）、大（おほ）きに鴻基（あまつひつぎ）を啓（ひら）きたまひき。其の後に、聖業（ひじりのわざ）逾（いよいよ）高く、王風（きみののり）轉盛（うたたさかり）なり。意（おも）はざりき、今（いま）朕（わ）が世に当りて、数（しばしば）災害（わざはひ）有らむことを。恐（おそ）るらくは、朝（みかど）に善政（よきまつりごと）無くして、咎（とが）を神祇（あまつかみくにつかみ）に取らむや。蓋（なに）ぞ命神亀（うら）へて、災（わざわい）を致す所由（ことのよし）を極（きは）めざらむ」とのたまふ。是（ここ）に、天皇（すめらみこと）、乃ち神浅茅原（かむあさぢはら）に幸（いでま）して、八十万（やそよろづ）の神（かみたち）を会（つど）へて、卜問（うらと）ふ。是（こ）の時に、神明（かみ）倭迹々日百襲命（やまとととびももそひめのみこと）に憑（かか）りて曰はく、「天皇、何（なに）ぞ國の治まらざることを憂ふる。若（も）し能（よ）く我を敬（ゐやま）ひ祭（まつ）らば、必ず当（まさ）に自平（たひら）ぎなむ」とのたまふ。天皇問ひて曰はく、「如此教（かくのたま）ふは誰（いずれ）の神ぞ」とのたまふ。答へて曰はく、「我は是（これ）倭国（やまとのくに）の域（さかひ）の內（うち）に所居（を）る神、名を大物主神（おほものぬしのかみ）と為（いい）ふ」 とのたまふ。 古事記（「記」）では、崇神天皇の世に疫病で多くの民が亡くなる。大物主神が天皇の夢に現れ、意富多多泥古に祭らせば国は安らかになるとする。 書紀（「紀」）では、この説話を訂正している。 「記」では、大物主は海から大国主の前に現れ、自分を祭祀すれば国は成るとし、いわゆる三輪山に祭れとした。また、神武天皇の后となる伊須気余理比売を大物主と勢夜陀多良比売の子とし、大物主を初代天皇の后の父とした。 「紀」では、大物主を大国主の幸魂奇魂とし、神武天皇の后の父は、大物主ではなく、事代主と訂正した。大物主の三輪は伊勢、山代方面、事代主の葛城は紀伊、阿波方面に睨みを利かせ、共に河内、摂津、吉備方面を重視し、三島の女（むすめ）と交はり、天皇家に重きをなしたことになる。 ただ、「記紀」にあっては、神代の時点からここに至る極めて長期に亘り、誰が大物主の祭主であったか、そこに如何なる不都合が生じたかは、何も記していない。 「紀」が倭迹々日百襲命を登場せしめたのは、彼女が後に大物主神の妻となったとすることによらう。「記」にはこの説話はない。また、大物主神と交はって子をなした活玉依毘売を意富多多泥古の母ではなく、その先祖の櫛御方命の母としている。 　 時、得�~語隨�ﾍ祭祀、然猶於事無驗。天皇、乃沐浴齋戒、潔淨殿內而祈之曰、朕、禮�~尚未盡耶、何不享之甚也。冀亦夢裏�ﾍ之、以畢�~恩。是夜夢、有一貴人、對立殿戸、自稱大物主�~曰、天皇、勿復爲愁。國之不治、是吾意也。若以吾兒大田々根子令祭吾者、則立平矣。亦有海外之國、自當歸伏。 時に、神（かみ）の語（みこと）を得て、教（をしへ）の隨（まま）に祭祀（いはひまつ）る。然（しか）れども猶（なほ）事に於（し）て験（しるし）無し。天皇（すめらみこと）、乃（すなは）ち沐浴齋戒（ゆかはあみものいみ）して、殿（みあらか）の內（うち）を潔淨（きよまは）りて、祈（の）みて曰（まう）さく、「朕（われ）、神を礼（ゐやま）ふこと尚（なほ）未（いま）だ尽（ことごとく）ならずや。何（なに）ぞ享（う）けたまはぬことの甚（はなはだ）しき。冀（ねが）はくは亦（また）夢（いめ）の裏（うち）に教（をし）へて、神恩（かみのみうつくしび）を畢（つく）したまへ」とまうす。是の夜の夢に、一（ひとり）の貴人（むち）有り。殿戸（みあらかのほとり）に対（むか）ひ立（た）ちて、自（みづか）ら大物主神（おほものぬしのかみ）と称（なの）りて曰（のたま）はく、「天皇、復（また）な愁（うれ）へましそ。国の治（をさま）らざるは、是吾が意（こころ）ぞ。若し吾が児大田々根子（おほたたねこ）を以て、吾を令祭（まつ）りたまはば、立（たちどころ）に平（たひら）ぎなむ。亦（また）海外（わたのほか）の国有りて、自（おの）づからに帰伏（まうしたが）ひなむ」とのたまふ。 「一貴人有」りの語句は、大己貴（おほなむち）を想起せしめる。天照大神と倭大国魂を共に大殿の内に並祭していたことが、災いの元凶とし、その解決策を探っていたところ、大物主が意外なことに、我が子、大田々根子に自分を祭祀させれば、国が安らぐと夢で告げた。更に、海外の国が帰伏もするともあり、これでは、まるで脈絡がなく、天皇も困惑したやうである。 秋八月癸卯朔己酉、倭迹速�~淺茅原目妙姬・穗積臣遠 祖大水口宿禰・伊勢麻績君、三人、共同夢而奏言、昨夜夢之、有一貴人、誨曰、以大田々根子命、爲祭大物主大�~之主、亦以市磯長尾市、爲祭倭大國魂�~主、必天下太平矣。天皇得夢辭、�u歡於心、布吿天下、求大田々根子、卽於茅渟縣陶邑得大田々根子而貢之。天皇、卽親臨于�~淺茅原、會諸王卿及八十諸部、而問大田々根子曰、汝其誰子。對曰、父曰大物主大�~、母曰活玉依媛。陶津耳之女。亦云、奇日方天日方武茅渟祇之女也。天皇曰、朕當榮樂。乃卜使物部連祖伊香色雄、爲�~班物者、吉之。又卜便祭他�~、不吉。 秋八月（はつき）癸卯（みづのとのう）朔（ついたち）己酉（つちのとのとりのひ）（8月7日）に、倭迹速神淺茅原目妙姫（やまととはやかむあさぢはらまくはしひめ）・穗積臣（ほづみのおみ）の遠祖（とほつおや）大水口宿禰（おほみくちのすくね）・伊勢麻績君（いせのをみのきみ）、三人（みたり）、共に夢（いめ）を同じくして、奏（まう）して言（まう）さく、「昨夜（きず）夢みらく、一（ひとり）の貴人（むち）有りて、誨（をし）へて曰（い）へらく、『大田々根子命（おほたたねこのみこと）を以（も）て、大物主大神（おほものぬしのおほかみ）を祭（ゐやま）ふ主（かむぬし）とし、亦、市磯長尾市（いちしのながをち）を以て倭大国魂神（やまとのおほくにたまのかみ）を祭（いは）ふ主（かむぬし）とせば、必ず天下太平（あめのしたたひら）ぎなむ』といへり」とまうす。天皇（すめらみこと）、夢（いめ）の辞（ことば）を得て、益（ますます）心に歓（よろこ）びたまふ。布（あまね）く天下（あめのした）に告（のたま）ひて、大田々根子を求（ま）ぐに、即（すなは）ち茅渟県（ちぬのあがた）の陶邑（す江のむら）に大田々根子を得て貢（たてまつ）る。天皇、即ち親（みづか）ら神淺茅原（かむあさぢはら）に臨（いでま）して、諸王卿（おほきみたちまへつきみたち）及び八十諸部（やそもろとものを）を会（めしつど）へて、大田々根子に問ひて曰はく、「汝（いまし）は其（そ）れ誰（た）が子（こ）ぞ」とのたまふ。対（こた）へて曰（まう）さく、「父（かぞ）をば大物主大神と曰（まう）す。母（いろは）をば活玉依媛（いくたまよりひめ）と曰（まう）す。陶津耳（すゑつみみ）の女（むすめ）なり」とまうす。亦云（またい）はく、「奇日方天日方武茅渟祇（くしひかたあまつかたたけちぬつみ）の女なり」といふ。天皇の曰（のたま）はく、「朕（われ）、栄楽（おひさか）えむとするかな」とのたまふ。乃（すなは）ち物部連（もののべのむらじ）の祖（おや）伊香色雄（いかがしこを）をして神班物者（かみのものあかつひと）とせむと卜（うらな）ふに、吉（よ）し。又、便（たより）に他神（あたしかみ）を祭（まつ）らむと卜ふに、吉からず。 八月になると三人が同じ夢をみて、太田田根子に大物主を、市磯長尾市に倭大国魂を祭祀させば、天下は太平すといふ。幽界の大国主が、そうすれば両神の憤懣は鎮まり、大物主は国神の総帥として国神をとりまとめ、倭大国魂は�ｷの倭の国神をとりまとめて、天皇の政（まつりごと）を補佐しようといふことであらう。国譲りの原点の再確認とみえる。ただ、肝心の天照大神は、祭祀さるべき地を求めて放浪することになっており、令和の時代の人間には、何が起こっているのか分かりかねる。 「記」では、陶津耳（すゑつみみ）の女（むすめ）活玉依媛が大物主の子を妊んだ経緯を描いているが、それは櫛御方命で、その子が飯肩巣見命、その子が建甕槌命、その子が意富多多泥古となっている。「紀」では、「記」を否定し、活玉依媛を太田田根子の母とし、また、活玉依媛の父を、陶津耳あるいは奇日方天日方武茅渟祇とする説も並記している。 三輪山における 祭祀を担当し、のちにこの大神神社の神職を継承した大神朝臣氏とその後裔たる��宮氏の系図（纒向学研究ｐ22：HP）では、 素佐能雄命ー大国主命ー�ｷ美波八重事代主命ー天事代主玉籤入彦命ー天日方奇日方命ー飯肩巣見命ー建甕尻命ー豊御氣主命ー大御氣主命ー建飯賀田須命ー太田田根子命、と大筋ではこのラインでまとめることができやうが、これは先代旧事本紀、地祇本紀を踏襲していやう。 地祇本紀では、都味歯八重事代主神が三島の溝杭（みぞくひ）の女（むすめ）玉依姫との間に天日方奇日方命を生んだとしている。玉依姫の妹を神武天皇の后の姫蹈鞴五十鈴姫命とし、天日方奇日方命は 神武天皇の御世に、食国政申大夫（おすくにまつりごともうすまへつきみ）として仕へたとある。（「紀」本文では、姫蹈鞴五十鈴姫命を事代主神と三嶋溝橛耳神の女（むすめ）玉櫛媛の間の子としており、地祇本紀は異説となる）。 つまり、天日方奇日方命は「記」の櫛御方命に相当し、「記紀」では活玉依媛の父を大物主としているが、先代旧事本紀、��宮氏の系図では事代主となる。 しかし、やっかいなことに、 地祇本紀では、大己貴命の幸魂・奇魂の神（大物主）が三諸山(三輪山)に住むに際して、大己貴命は、「天羽車大鷲（あめのはくるまのおほわし）に乗って、妻を求めに茅渟縣（ちぬのあがた）に下り行き、大陶祗（おほすゑつみ）の女の活玉依姫（いくたまよりひめ）を娶って妻とした」とある。かやうな伝承があり、「紀」は、大物主神が陶津耳の女、活玉依媛との間に太田田根子を生んだとしたのであらう。しかし、これでは活玉依媛が神代の国譲り以前の時から崇神天皇の時まで生きていたことになり、成立不能となる。 玉依「たまより」は、神霊が依り付く、憑依する義であり、玉依姫は特定の人名といふよりは、神が宿りその子を妊むことのできる女（むすめ）とされ、あちこちにみられる。 「記」では、意富多多泥古を河内の美努（みぬ）村に得たとし、「紀」では、太田田根子を、茅渟（ちぬ）県の陶邑に得たとする。この活玉依媛の父を「記紀」は茅渟県陶津耳とし、先代旧事本紀、地祇本紀では、三島の溝杭耳とした。陶は、次の八十平瓮と関連し、溝杭ならば、その土木工事力と関連しやう。 十一月丁卯朔己卯、命伊香色雄、而以物部八十平瓮、作祭�~之物。卽以大田々根子、爲祭大物主大�~之主、又以長尾市、爲祭倭大國魂�~之主。然後、卜祭他�~、吉焉。便別祭八十萬群�~。仍定天社・國社及�~地・�~戸。於是、疫病始息、國內漸謐、五穀旣成、百姓饒之 十一月（しもづき）の丁卯（ひのとのう）の朔己卯（つちのとのうのひ）に、伊香色雄に命（みことおほ）せて、物部（もののふ）の八十平瓮（やそひらか）を以て、祭神之物（かみまつりもの）と作（な）さしむ。即ち大田々根子を卽以て、大物主大神を祭（いはひまつ）る主（かむぬし）とす。又、長尾市（ながをち）を以て倭（やまと）の大国魂神（おほくにたまのかみ）を祭（いはひまつ）る主とす。然して後に、他神（あたしかみ）を祭（まつ）らむと卜（うらな）ふに、吉（よ）し。便（すなは）ち別（こと）に八十万（やそよろづ）の群神（もろかみ）を祭る。仍（よ）りて天社（あまつやしろ）・国社（くにつやしろ）、及び神地（かむどころ）・神戸（かむべ）を定む。是に、疫病（えのやまひ）始（はじ）めて息（や）みて、国内（くにのうち）漸（やうやく）に謐（しづま）りぬ。五穀（いつつのたなつもの）既に成（みの）りて、百姓（おほみたから）饒（にぎは）ひぬ。 神班物者とは、 神に奉るものを分かつ者、八十平瓮に幣（みてぐら）を分かつとは何か？神事を司る、祭祀者とされるが、祭祀は忌部氏と中臣氏が担当しており、わけても中臣氏は祝詞を善くする立場にあった。物部氏が祭祀にからむのは、石上神社（HP）の社伝に、饒速日尊が授かった瑞宝十種を以てその子の宇摩志麻治命が「初代天皇と皇后の大御寿命（おおみいのち）が幾久しくなられることを祈」ったする故事によらうが、忌部氏や中臣氏のやうな祭祀者ではない。 崇神天皇の母が伊香色謎命であり、伊香色雄がその弟であり、嘗て神武天皇の時に、宇摩志麻治命と天日方奇日方命とが食国政申大夫として仕へたとする、先代旧事本紀の記述を想起せしめるものがある。 「記」によれば、「伊迦賀色許男命に仰（あふ）せて、天の八十平瓮を作り、天神地祇の社を定め奉りたまひき」とあり、天神地祇の区別を明確にさせたことになる。「紀」では、「天社・国社、及び神地・神戸を定む」とあり、天神、天孫（皇孫）、地祇、神の秩序に従ひ、人間の身分を区別することを仰せつかったことにならう。 長尾市は市磯（十市郡の地名）に居り、垂仁天皇紀に倭直祖とあり、倭直の始祖は椎根津彦（珍彦）であり、倭（奈良）全体を管轄する氏族であった。大国主神を祭祀するのは天穂日命の子孫であり、ここでは、大物主神＝大国主神＝倭大国魂神とすることは意味をなすまい。 天孫降臨に際して、「記」では、鏡を天照大神の「御魂として、吾が前を拝くが如拝」くことを求め、「紀」の本文では言及はないが、一書第二においては、視ることに加へて「与（とも）に床を同じくして殿（おほとの）を共（ひとつ）にして、齋鏡（いはひのかがみ）とすべし」とした。そこにいつの間にか倭大国魂を祭ることとなったやうで、それが崇神天皇の時に、物議となり、解消されてしまった。 天照大神は諸国に居場所を求め、垂仁天皇25年（BC5年）に、常世より波が寄せ来る伊勢を選ばれ、倭姫命が祭祀されることとなる（所謂八咫鏡は伊勢内宮に祭祀されるが、令和にあっても宮中賢所に別途神鏡が用意され祭祀されている）。大物主神はその子あるいはその子孫、あるいは事代主神の子孫により祭祀され、倭大国魂神は初代倭国造珍彦の子孫に祭祀されることとなった。ただ、 令和の人間には、それが何を意味していたのかが分からない。 所謂欠史八代とされる時代においては、「紀」は「記」と異なり、倭に於ける支配権の確立に重きを置いた。支配権の確立とは祭祀権の確立でもある。征服する側と征服された側の神の折り合いの付け方は、それを信奉する集団との折り合いの付け方でもあり、滅ぼされたもの、土蜘蛛とされたもの、国神とされたものがあった。そこが整理されて、国の形が整い、ようやく四道将軍による四道平定や海外の国との交渉の端緒が啓かれたとみたのかもしれない。 古事記（以下「記」、日本書紀を「紀」とする） 師木の水垣宮に坐すとある。水垣宮は三輪山の山麓であり、これまでの師木の位置から外れている。大物主神との関係からこの地に移行されたといふ印象があるが、「記」の展開では、東国、北国を視野に入れていることにもよらう。 御真木入日子印惠命は、当初、古来九州や出雲や吉備と関係の深い木国（紀国）の若鮎のごとくしなやかで目の美しい女（むすめ）を娶し、東国の果てまでも視野に入れたやうで、その児に毛野を治めさせ、女子に伊勢の宮を拜祭させたとする（「紀」では、この時点では、天照大神は伊勢では祭祀されていない。「記」にあっては、天照大神が伊勢に祭祀される経緯の挿話はない）。木国から黒潮により東国を臨むに、伊勢の地は尾張方面への中継となる地でもあった。続いて、近江、敦賀、信濃、三河を臨む尾張に目を向け、“あま；海”の女を娶し、その児に能登を治めせしめた。その後に、開化天皇の兄、伯父の大毘古命の女（むすめ）を娶して、その児を後継とした。 御真木入日子印惠命 遠津年魚目目微比売 木国造荒河刀辨の女 豊木入日子命 豊鉏入日売命 上つ毛野、下つ毛野の君等の祖 伊勢の大神の宮を拜き祭る 意富阿麻比売 尾張連の祖 大入杵命 八坂の入日子命 沼名木の入日売命 十市の入日売命 能登臣の祖 御真津比売命 大毘古命の女 伊玖米入日子伊沙知命 伊邪能真若命 国片比売命 千千都久和比売命 伊賀比売命 倭日子命 天下を治む 始めて陵に人垣を立つ 「紀」はその流れを無視し、即位して御間城姫を皇后とした、と順序を逆転し、御間城姫の正統性を第一義とし、物部氏に焦点を当てた。そして、漢籍を用ゐ、天下を安んじるに上下心を尽くしたと強調する。しかるに、疾疫多くして、民の半数が死ぬ事態を招いたとしている。 民が半減する疾疫となれば、免疫の無い病が持ち込まれ、冒されたとみる他あるまいが、何の病であったかが特定されているものでもない。この天皇の即位時に、猛烈に人口が減少したとする記憶が残っていたのであらう。 「記」は、単純に、大物主神がそれに相応しい神主によって祭祀されていないことが原因で、大物主神の児の意富多多泥古命を神主としたことで解消されたとしている。ところで、それが原因で、民が尽きかけるほどの災いとなるとは理解しがたい。エホバの神は、契約した民が契約を守らないことで、そのすべてを打ち砕くことがあがる。しかし、「記」には、民がその報いを受けるような罪を犯した記述はない。そもそも、大物主神がこれまで誰によって祭祀されていたかも記されておらず、それが如何なる災いとなっていたかにも触れられていなかった。 「紀」では、 この疾疫の後に、百姓が流離、背叛し徳治が難しくなり、天皇が神祇（天神国神）に何の罪であるかを問ふたとした。天皇の大殿の天照大神（天神）と倭大国魂（国神）に問ふたのであらうが、答へを得るどころか、神の勢が強くなっており、二神は大殿を出ることになり、並祭されることも不快を示すありまさまであった。大殿の外の邑で天皇の女（豊鍬入姫命、渟名城入姫命）に祭祀されることになるも、倭大国魂を祭祀した渟名城入姫命は、髪が抜け痩せ細り祭祀不能に陥る事態となった。天皇は、仕方なく、中国風に、郊外で亀甲占に及んだといふ。疾疫の原因なのか、百姓の離反の原因なのか、二神が大殿を出た原因なのか、渟名城入姫命が嫌われた原因なのか、「記」に比べると、話しが複雑となり、何を主として説明をしたいのかが分かりにくい。 すると、卜占の結果ではなく、神ががりの話しに転じ、大物主神が倭迹迹日百襲姫命に憑り、「我を敬い祭れ」とのみ告げた。天皇が更に潔斎をし、やうやく太田田根子に祭祀させよとの言を得る。他三人も同じ夢を見て、太田田根子に大物主神を、市磯長尾市に倭大国魂を祭祀すれば、天下太平となるといふ展開になる。天社、国社、祭主、神地、神戸を定めると、疾疫が終息し、五穀もよく実るやうになり、百姓がにぎわったといふ。目先がくるくる変わるも、最終的には、「記」と同じ収束点となっている。 斎部広成は、この迷走を苦々しく思ったのであらう。この疾疫による民の大半の死というテーマを取り上げなかった。彼は、罪とは古来の天罪と国罪であり、それを解除する祝詞を奏するのが天児屋命（中臣氏の祖）の子孫役割であり、鳥見山の霊畤で皇天群望（天神国神）に感謝の祝詞を奏するのが太玉命（斎部氏の祖）の子孫の役割であるとした。倭大国魂の件、大物主神の件については言及しておらず、崇神天皇の時に、神の威を畏れて、殿を同じくすることが出来なくなり、更に鏡と剣を造り、天皇の「護の御璽」として即位に際して引き継ぐこととし、本来の鏡と剣を豊鍬入姫命に託し、磯城の神籬を立てて、天照大神を鏡に降ろし、祭祀させたといふ（何故磯城の神籬でなくてはならないのか？それは天香具山の榊を意味するのか？）。 天社、国社、祭主、神地、神戸、貢納物を定めることで神社が継続される基盤が整へられた、それがこの時代の祭祀の変革と言ひたかったのであらう。天子による霊畤での皇天群望の祭祀といふ様式を導入するために起こった変容ともみられ、純粋に天照大神を祭祀するには、宮中から出ざるを得なかったのかもしれない。 （崇�~天皇） 1．后妃皇子女 御真木入日子印惠命（みまきいりひこいにゑのみこと）、師木（しき）の水垣宮（みづかきのみや）に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、木国造（きのくにのみやつこ）、名は荒河刀辨（あらかはとべ）の女（むすめ）【刀辨の二字、音を以てす】、遠津年魚目目微比売（とほつあゆめまくわしひめ）を娶して生みませる御子、豊木入日子命（とよきいりひこのみこと）。次に豊鉏入日売命（とよすきいりひめのみこと）【二柱】。また尾張連の祖、意富阿麻比売（おほあまひめ）を娶して、生みませる御子、大入杵命（おほいりきのみこと）。次に八坂の入日子命（いりひこのみこと）。次に沼名木（ぬなき）の入日売命（いりひめのみこと）。次に十市（とをち）の入日売命【四柱】。また大毘古命の女、御真津比売命（みまつひめのみこと）を娶して生みませる御子、伊玖米入日子伊沙知命（いくめいるびこいさちのみこと）【伊玖米伊沙知の六字、音を以てす】。次に伊邪能真若命（いざのまわかのみこと）【伊より能までは音を以てす】。次に国片比売命（くにかたひめのみこと）。次に千千都久和【此の三字、音を以てす】比売命（ちちつくわひめのみこと）。次に伊賀比売命（いがひめのみこと）。次に倭日子命（やまとひこのみこと）【六柱】。この天皇の御子等（みこたち）、并せて十二柱（とをまりふたはしら）【男王七、女王五なり】。故、伊久米伊理毘古伊佐知命は、天の下治らしめしき。次に豊木入日子命は【上つ毛野、下つ毛野の君等の祖なり】。妹（いも）豊鉏比売命は【伊勢の大神の宮を拜き祭りたまひき】。次に大入杵命は【能登臣の祖なり】。次に倭日子命【この王の時、始めて陵に人垣を立てき】。 2．神々の祭祀 この天皇の御世（みよ）に、役病（えやみ）多（さは）に起こりて、人民（たみ）盡（つ）きむとしき。ここに天皇愁（うれ）ひ歎（なげ）きたまひて神牀（かむどこ）に坐（ま）しし夜、大物主大神（おほものぬしのおほかみ）、御夢（みいめ）に顕（あら）はれて曰（の）りたまひしく、「こは我が御心ぞ。故、意富多多泥古（おほたたねこ）をもちて、我が御前（みまへ）を祭らしめたまはば、神の氣（け）起らず、国安らかに平らぎなむ」とのりたまひき。ここをもちて驛使（はゆまづかひ）を四方（よも）に班（あか）ちて、意富多多泥古と謂ふ人を求めたまひし時、河内（かふち）の美努村（みぬのむら）にその人を見得（みえ）て貢進（たてまつ）りき。ここに天皇、「汝（な）は誰（た）が子ぞ」と問ひたまへば、答へて曰（まを）ししく、「僕（あ）は大物主大神、陶津耳命（すゑつみみのみこと）の女、活玉依毘売（いくたまよりびめ）を娶して生める子、名は櫛御方命（くしみかたのみこと）の子、飯肩巣見命（いひかたすみのみこと）の子、建甕槌命（たけみかづちのみこと）の子、僕（あれ）意富多多泥古ぞ」と白しき。ここに天皇大（いた）く歡（よろこ）びて詔りたまひしく、「天の下平らぎ、人民（たみ）栄えなむ」とのりたまひて、すなはち意富多多泥古命をもちて神主（かむぬし）として、御諸山（みもろやま）に意富美和大神（おほみわのおほかみ）の前を拜（いつ）き祭りたまひきき。また伊迦賀色許男命（いかがしこをのみこと）に仰（おふ）せて、天（あめ）の八十毘羅訶（やそびらか；八十平瓮）【この三字、音を以てす】を作り、天神地祇（あまつかみくにつかみ）の社（やしろ）を定め奉（まつ）りたまひき。また宇陀（うだ）の墨坂神（すみさかのかみ）に赤色の楯矛（たてほこ）を祭り、また大坂神に黒色の楯矛を祭り、また坂の御尾神また河の瀬の神に、悉に遺（のこ）し忘るること無く幣帛（みてぐら）を奉りたまひき。これによりて役（えやみ）の氣（け）悉に息（や）みて、国家（あめのした）安らかに平らぎき。 3．三輪山伝説（） この意富多多泥古と謂ふ人を、神の子と知れる所以（ゆゑ）は、上（かみ）に云へる活玉依毘売、その容姿（かたち）端正（うるは）しくありき。ここに壮夫（をとこ）ありて、その形姿（すがた）威儀（よそほひ）、時に比（たぐひ）無きが、夜半（よなか）の時に儵忽（たちまち）到來（き）つ。故、相（あひ）感（め）でて、共婚（まぐは）ひして供住（す）める間に、未だ幾時（いくだ）もあらねば、その美人（をとめ）妊身（はら）みぬ。ここに父母（ちちはは）その妊身みし事を恠（あや）しみて、その女（むすめ）に問ひて曰ひけらく、「汝（な）は自（おのづか）ら妊（はら）みぬ。夫（を）無きに何由（いかに）か妊身める」といへば、答へて曰ひけらく、「麗美（うるは）しき壮夫（をとこ）ありて、その姓名（かばねな）も知らぬが、夕毎（よひごと）に到來（き）て供住（す）める間に自然懷妊（おのづからはら）みぬ」といひき。ここをもちてその父母、その人を知らむと欲（おも）ひて、その女に誨（をし）へて曰ひけらく、「赤土（はに）を床の前に散らし、閇）蘇（へそ）【この二字、音を以てす】紡麻（を）針に貫（ぬ）きて、その衣（きぬ）の襴（すそ）に刺（さ）せ」といひき。故、教への如くして旦時（あした）に見れば、針著けし麻（を）は、戸の鉤穴（かぎあな）より控（ひ）き通（とほ）りて出でて、ただ遺（のこ）れる麻は三勾（みわ）のみなりき。ここにすなはち鉤穴より出でし状（さま）を知りて、糸の從（まにま）に尋ね行けば、美和山（みわやま）に至りて神の社に留（とど）まりき。故、その神の子とは知りぬ。故、その麻（を）の三勾（みわ）遺（のこ）りしによりて、其地（そこ）を名づけて美和（みわ）と謂ふなり【この意富多多泥古命は、神君、鴨君の祖】。 役病と疾疫 「記」では役病（えやみ）、「紀」では疾疫（えのやまひ）とある。本居宣長は古事記伝において、役病を疫病とテキストを変更するは、後のさかしらに改めたものと批判している。疫は和名抄では「えやみ」、一に曰く、「ときのけ」、説文に曰く、「民、皆疾」。瘧（おこり）を「えやみ」、一に曰く、「わらわやみ」とし、役は「えだち」、役立であり、別のものと考へていたが、疫は役から来ており、もともとは同じことと収束させている。ただ、師の賀茂真淵が疫病を後の神気と同じく、「かみのいぶき」と読むことには同意しかねたやうである。宣長は漢籍に詳しく、説文解字を引いて字義を確認しており、病とは、疾が加わる、疾の甚だしきこととされ、疫は民皆疾、流行性の疾、伝染病とされる。「周礼」によれば、「疫癘之鬼」によるものであり、「周礼、方相氏」に、「熊皮を蒙り、黄金四目（の面を付け）、玄衣(黒い上衣)朱裳(赤の袴)で、戈を執り盾を掲げ、百隷を帥ゐて、時に儺し、以て室を索（もと）め欧疫（おうえき）す」とある。つまり、「疫癘之鬼」を追儺（追い払ふ）ことである。宣長は平安朝にその儀式が導入されていたことに通じていたであらうが、下にみるやうに医者でもあり、伝染病がそのやうな儀式で解消されるとはされまい。 如何なる伝染病であったかは、その症状や手懸りが記されて居らず、特定はできないやうだ。 縄文人が もたらしたとする「成人Ｔ細胞白血病」ウイルスは、旧石器時代末から縄文時代初期にかけ、「北方ルート」から「大陸横断型」が入り、縄文時代早期に、「南方ルート」から「日本型」が入ったとされる。弥生時代にはいって、朝鮮半島経由で高度の稲作技術をもつ集団が渡来し、九州から四国、本州に広がった。この第3波の集団は「白血病ウイルス」をもたず、彼らが拡散する過程で、ウイルス陽性率は薄められていったといふ。このウイルスの分布は、先住の縄文人が広く住み着いていた列島に、弥生人が中央部から押し広げるように勢力を広げて、縄文人は分断されて北（蝦夷）と南（九州〜琉球）に押しやられたという遺伝子解析の結果と同じ結論になるとされる（縄文人が持ってきた成人Ｔ細胞白血病「下」）。 この時代に該当するような伝染病としては、結核が考へられやう。「 弥生時代以前の、縄文時代の遺跡から出土した人骨には、結核の痕跡は1例も見つかっていない。弥生時代につづく古墳時代 (紀元後250〜600年頃。諸説あり) 以降、結核はかなり広がったらしく、東京都、千葉県、宮崎県など各地で発掘された骨にカリエスの痕がみられる。 この韓国や日本の遺跡の人骨に見られる結核は、中国から広がってきたとみられる。中国ではちょうど春秋戦国時代 (BC770〜BC221年) にあたり、国内の大混乱によって大量に発生した難民が、朝鮮半島や日本に大挙して移動した時期と一致する（弥生人が持ってきた結核「上」）」といふ。 ********* 宣長は、自然治癒力を優先する漢方医師であり、『送藤文與還肥序』において、黄帝内經に基づき「気」について語り、「気」を養ふも補ふも能はずとし、「食薄而不飽（食べ過ぎること無く）、形勞而不倦（身体を使って働きうんざりすることなく）、思慮常寡（思い詰めること無く）、則氣従以順（気のままに逆らわず）、周流不滞（流れるまま滞らず）、其政溢乎四末（その手足に溢れ）、衆官莫有闕失（臓器に欠失なければ）、其病又悪乎發（どうして病を発しやう）、經（黄帝内經）に云く、上工平氣（中工乱脈下工絶気危生、上達は気を安らかに予防する、中達は乱れた気を治療する、下達は死にそうになるを治療する）、其是之謂與（それをこういふ）、養氣醫之至道也（気を養うなんぞは医術の至道）、不可不慎（心せよ）」と記している。食生活や労働を健全に行ふ、体内精神に気が乱されずに流れておれば、病を予防できるとする養生訓の流れに与する医者であった。 大国主命 大物主神について調べるには、この神が、大国主神の分身のごとく扱われるために、大国主神について調べることが欠かせない。 「記」によれば、以下のやうなイメージとならう。 大穴牟遲神 、大己貴神、大名持神 まず、稲葉の素兎（しろうさぎ）の話しに、 大穴牟遲（おほなむぢ）神として登場する。「おほ」は尊称、「なむぢ」は汝Jのことで「なむち；己貴」、「なもち；名持」とも表記される。 大穴牟遲は八十神の末弟であり、重い袋を運ばされる労苦を嘗めている。彼等は稲羽の八上比売（やがみひめ）を娶る旅路で、兄達が騙して症状を悪化させた兎を介抱したことで、八上比売は大穴牟遲を夫に選ぶことになる。このことを根に持って、八十神は大穴牟遲を殺害する。御祖命が神産巣日之神に助けを請い、神は二女神を遣はし、生き返らせた。 葦原色許男、大国主神、宇都志国玉 八十神が更に殺害を試みるので、御祖命は彼を木国(紀伊)の大屋毘古神（おほやびこのかみ）の所に行かせ、そこでも 八十神が彼を殺そうとするので、 大屋毘古神は木の俣（また）から根の堅州国に逃がし、彼は須佐能男命のもとに至り、須勢理毘売命を娶る。須佐能男命は彼を葦原色許男（あしはらしこを）と謂ふ。「あしはら」は地上の世界、「しこを」は醜男、人を悪し様にけなす言葉である。須佐能男命は彼に艱難辛苦を与へるが、須勢理毘売命等の助力と機転により、須佐能男命の生大刀、生弓矢、天の詔琴を得、須勢理毘売命を連れて、地上に帰る間際に、須佐能男命がこう述べた。その生大刀、生弓矢で八十神を討ち、大国主神、宇都志国玉（うつしくにたま）神となり、須勢理毘売命を嫡妻（むかひめ；正妻）として、宇迦能山の山麓に地中深く天にも届く宮を造れと。かくして、大穴牟遲は、始めて国を造ったといふ。「うつし」は現、顕であり、玉は霊（たま）の憑代（よりしろ）とされ、国霊の顕現した神の義となり、謂はば、国神、国霊神とならう。 八千矛神 高志国（こしのくに）の沼河比売への求婚、須勢理毘売命の嫉妬の歌謡である。前者は高志国の沼河比売の家の前の場面、後者は出雲より倭国に向かう場面での歌謡である。八千矛とあり、大国主神が武力で勢力を拡大したと見られがちであるが、その時代に、陸路、海路で出雲から越や倭に多くの兵站を送り、継戦する輸送力を想定するには無理がある。古語拾遺によれば、病を治療する方法、鳥獣・昆虫の害を払う方法により、民の支持を得たとする。「記」では、婚姻を重視している。矛は武力もさすが、多妻を維持し、嫉妬があれども、女性の支持を繋ぎ止める能力を暗示していやう。 その子 阿遲鉏高日子根神（迦毛大御神）と高比売命（下光比売命）　 母は、胸形の奧津宮の神、多紀理毘売命　 事代主神　　母は神屋楯比売命 鳥鳴海神　　母は鳥耳神（八島牟遲能神の女）　その子孫が七代に及び記される。 国造り 少名毘古那神（久延毘古；足は行かねども、盡に天の下の事を知れる神）、　神産巣日神の子、手俣より久岐斯（く「漏」きし）子、常世国に渡る 海を光して依り来る神　「倭の青垣の東の山の上に拜き奉れ」と述べる。御諸山の上に坐す神 国譲り 八重事代主神　先見の明があり、結果を予知し、　「恐（かしこ）し。この国は、天（あま）つ神の御子（みこ）に立奉（たてまつ）らむ」とした。 建御名方神　　力競べに負け、「葦原中国は、天つ神の御子の命の隨（まにま）に献（たてまつ）らむ」と服した。 大国主神は、国譲りの条件として、天孫が統治する宮と同様の住所(巣；すみか)のようにすること、八重事代主神を御尾前（みをさき）として用ゐること、を要求する。そして、多芸志の小浜に天の御舎（みあらか）を造り、水戸神の孫の櫛八玉神を膳夫として、天の御饗（みあへ）を献る、とある（主語は、引き続き、大国主神とみられ、天御舎を造り、天の御饗をする主体は大国主神となる。すると、天御舎で祭祀さるべきは天神となり、これを出雲大社とすれば、天神ではない大国主神が祭祀されることになり、意味が通らない。非常に曖昧な文章で、解釈が困難である）。更に、櫛八玉神が鵜となり、海底の土で八十瓮を造り、海布（め）の柄で燧臼（ひきりうす）を作り、海蓴（こも）の柄で燧杵（ひきりきね）とし、火を鑚（き）りだし、こう言ふ。神産巣日神の宮に「すす」が垂れ下がるほど、地底が固まるほど火を燃やし、 太い綱の網で大魚を引き揚げ籠一杯の魚を献上する。 この分かりづらい文章からすれば、 大国主神は、神産巣日神の宮の規模で、天御舎を造り、神産巣日神を祭祀、饗応し、その後にその宮を譲り受けて祭祀されるやうになった、とでもいふ解釈になるが、すでに八十神を討ち国を建てるに際して、須佐能男命が、「宇迦能山の山麓に、底津石根に、宮柱、ふとしり、高天原に、氷椽、たかしりて居れ」と述べたとしており、すでに造宮されていたともされる。出雲国風土記に至れば、更に複雑な展開となる。 大国主神の出自 すでに上の系図でみたやうに、 須佐能男命の子には、櫛名田比売系統と神大市比売（大山津見神の女）があった。大国主神は櫛名田比売系であり、須佐能男命を一世とすれば七世の孫となる。宇都志国玉神とも称されるが、神大市比売系には大国御魂神がおり、須佐能男命を一世とすれば三世の孫となる。 「紀」におけるイメージはいささか異なる。 まず、「記」の大国主神の出自を否定し、奇稲田姫との最初の児として大己貴神を生んだと記すのみである。直後に一書の、最初の児は八嶋・・・でその五世孫を大国主神とする説を記す。次の一書で素戔嗚尊の六世孫、大己貴神とし、また、別の一書で、大国主神の亦の名を大物主神、大己貴神、葦原醜男、八千戈神、大国玉神、顕国玉神、その子一百八十一神とし、大物主神が自らを大国主神の幸魂奇魂と称し､三諸山に住みたいと述べ、更に、少彦名命に言及し、高皇産霊尊の児であり神皇産霊尊（神産巣日神）の児ではないとした。 「紀」では 「記」の大国主神の天下平定の経緯を省き、いきなり「国譲り」の物語に進む。 「記」では、 葦原水穂国を天忍穂耳命に統治させるために降ろそうとするが、その国が荒れており、高御産巣日神が思金神の意見を容れて、まず平定するために天菩比神を遣はす。三年しても復命せず、更に相談をして、天若日子（天津国玉の児）に弓と矢を与へて降ろすと、大国主神の女（むすめ）下照比売を娶り､国を獲やうとした。八年を経て復命しないので、雉を降ろしてその由を問はせたが、それを検問した巫女が殺すことを進言し、天若日子が雉を射殺した。その矢は天に届き、正当に使われたものでなければ、天若日子に当るべしとのことで、天若日子はこの矢に当り死ぬ。このやり方では、ダメとなり、武神、建御雷之男神と建御雷神を降ろしたとする。「紀」では思金神は登場せず、高皇産霊尊が主宰しているが、内容的には同様のもので二武神の出自に詳しくなっている。 次の一書では、思兼神が主宰したとする。次の一書では、天の天津甕星、天香香背男を誅した後に、武神が派遣され、国譲りに際して、高皇産霊尊は、顕露の事は皇孫、神事を大己貴神が治める、大己貴神が住む、天日隅宮と田、高橋・浮橋・天鳥船、天安河の打橋、楯を提供し、天穂日命に祭祀させると条件を出す。大己貴神は、顕露の事を皇孫、幽事を自らが治めるとし、二武神の案内役を岐神（猨田彦神）として平定をさせ自身は隠れる。平定が終わると、高皇産霊尊は、大物主神と事代主神を総帥として八十万神を天に集めて心服を求め、その証として大物主神に女（むすめ）三穂津姫を妻とせしめ、国神の女を妻とせば疏心ありとした。また、皇孫に仕へる国神の役割をそれぞれに定めた。 「紀」は一書、一書で諸伝承を記すが、本文においては、大国主神を素戔嗚尊と稲田姫との第一子とする以外には触れず、大国主神を懐柔する方策は為らず、武神により「国譲り」を為さしめたとする。また、大国主神が国を平定した「広矛」で国を治めば平安となるとして、「八十隈」に隠れたとするのみで、宮を与へたとも天穂日命に祭祀せしめたとも、また、顕露の事、幽事の分担もなく、ただ隠れたとするのみであり、大物主神との関連についても言及はない。更に、大国主神の子の三神が倭で皇孫を守護するといふ言及もない。本文における極めてクールな記述を、一書一書により和らげる効果を狙ったのであらうが、混乱と誤解を振りまく結果となったいやう。 まずは、古事記のイメージを掴み、それが如何に本文で改訂されているかを調べるべきであらう。一書、一書とは、その反論として諸氏が記録に残すべきと採録を迫ったものかもしれない。その上で、出雲国風土記を参照すれば、全く異なる様相に出会すことになる。 その問題は、別の機会に記したい。
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