氣長足姫尊 神功皇后
二年冬十一月丁亥朔甲午（AD202.11.08） ≫≫
三年春正月丙戌朔戊子（AD203.01.03） ≫≫
五年春三月癸卯朔己酉（AD205.03.07) ≫≫）
十三年春二月丁巳朔甲子（AD213.02.08） ≫≫
卅九年 是年也 大歳己未（AD239） ≫≫
卌年（AD240） ≫≫
卌三年（AD243） ≫≫
卌六年春三月乙亥朔（AD246.03.01） ≫≫
卌七年夏四月（AD247.04） ≫≫
卌九年春三月（AD249.03） ≫≫
.五十年春二月（AD250.02） ≫≫
五十一年春三月（AD251.03） ≫≫
五十二年秋九月丁卯朔丙子（AD252.09.10） ≫≫
五十五年（AD255） ≫≫
五十六年（AD256） ≫≫
六十二年（AD262） ≫≫
六十四年（AD264） ≫≫
六十五年（AD265） ≫≫
六十六年（AD266） ≫≫
六十九年夏四月辛酉朔丁丑（AD269.04.17） ≫≫
三国史記などによる倭人 ≫≫
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(岩波文庫 日本書紀 坂本太郎･家永三郎･井上光禎･大野晋 校注 を読む。)
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氣長足姫尊（おきながたらしひめのみこと） 神功皇后（じんぐうくわうごう）
二年冬十一月丁亥朔甲午 葬天皇於河内國長野陵
二年の冬十一月（しもつき）の丁（ひのとのゐ）亥の朔（ついたち）甲午（きのえうまのひ）（AD202.11.08）に、天皇（すめらみこと）を河内国（かふちのくに）の長野陵（ながののみさざき）に葬（はぶ）りまつる。
古事記は「河内恵賀（ゑが）の長江（ながえ）」、延喜諸陵式は「恵我長野西陵（穴門豊浦宮御宇仲哀天皇。在河内国志紀郡 兆域東西二町 南北二町 綾戸一烟 守戸四烟）」、陵墓要覧では、大阪府南河内郡藤井寺町大字岡（大阪府藤井寺市藤井寺4丁目（古市古墳群） 岡ミサンザイ古墳、地図）とされる。ただ、築造年代は、５世紀後葉から末頃に比定され、仲哀天皇との年代とは一致しなく、雄略天皇陵といふ意見が多いといふ。書紀としては、「諸国に令して、白鳥を貢ら俾めた（書紀巻8）」仲哀天皇と河内国と関連づけねばならない事情があったのだらう。白鳥に化した日本武尊は、倭の琴彈原に停り、更に飛びて河内に至りて、旧市邑に留る（白鳥陵：地図：書紀巻７）、とあり、父の元へ戻し鎮魂されたのかもしれない。
三年春正月丙戌朔戊子 立譽田別皇子 爲皇太子 因以都於磐余 【是謂若櫻宮】
三年の春正月（むつき）の丙戌（ひのえいぬ）の朔戊子（つちのえねのひ）（AD203.01.03）に、誉田別皇子（ほむたわけのみこ）を立てて、皇太子（ひつぎのみこ）としたまふ。因りて、磐余（いはれ）に都（みやこ）をつくる。【是をば若桜宮（わかさくらのみや）と謂ふ。】
仲哀天皇九年十二月の戊戌の朔辛亥（AD200.12.14）に、誉田天皇を筑紫に生れたまふ。二歳強で皇太子とするとは異例中の異例。臨月から三ヶ月後に誕生、麛坂王、忍熊王から命を狙はれた御子、皇太子に一刻も早く漕ぎ着けること、どこで絶たれても不思議でない皇位をひたすらに成就させんとする、祈るがごとき立太子である。息長足姫尊（神功皇后）のもとで行われた新羅への遠征、政治の方向の変革、それを阻止しやうとした旧勢力との争ひ、社会の大いなる変動があった。それを機に磐余に都をつくった。磐余彦尊（神武天皇）が磯城の八十梟帥を討ち、その本拠地、旧の名、片居を改めた原点の地、十市郡池内村（桜井市池ノ内：地図）に立ち返ったことになる。若桜宮は履中天皇の宮号であり、ここに文注で書き込まれている、挿入したやうな妙な記述であり、逡巡したやうな、そろりと付加した印象を与える。住吉神代記の分注に、「初居橿日宮 後磐余稚桜宮 在大和国十市郡磐余里也」とされ、当初は、橿日宮で新政権を発足させた可能性が高い。二年目に足仲彦天皇（仲哀天皇）を河内に祭ることができた。三年たって立太子とともに、磐余に都をつくることができた。近江国、志賀の高穴穗宮（AD128.02.11）を大足彦忍代別天皇（景行天皇）が開いて以降、実際何処に都が置かれていたのか、まことにあいまいであり、困惑させられてきた。書紀は磐余に都を開いた、中洲に戻って、外交の中心はここにあるかのごとく、新たなる出発をしたと印象づけやうとするが、古事記は全くそのことには触れていない。
五年春三月癸卯朔己酉 新羅王遣汗禮斯伐・毛麻利叱智・富羅母智等朝貢 仍有返先質微叱許智伐旱之情 是以 誂許智伐旱 而紿之曰 使者汗禮斯伐・毛麻利叱智等 吿臣曰 我王以坐臣久不還 而悉沒妻子爲孥 冀蹔還本土 知虚實而請焉 皇太后則聽之 因以 副葛城襲津彥而遣之 共到對馬 宿于鉏海水門 時新羅使者毛麻利叱智等 竊分船及水手 載微叱旱岐 令逃於新羅 乃造蒭靈 置微叱許智之床 詳爲病者 吿襲津彥曰 微叱許智忽病之將死 襲津彥使人令看病者 卽知欺 而捉新羅使者三人 納檻中 以火焚而殺 乃詣新羅 次于蹈鞴津 拔草羅城還之 是時俘人等 今桑原・佐糜・高宮・忍海 凡四邑漢人等之始祖也
五年の春三月（やよひ）の癸卯（みづのとうのひ）の朔己酉（つちのとのとりのひ）（AD205.03.07）に、新羅王（しらきのこきし）、汗禮斯伐（うれしほつ）・毛麻利叱智（もまりしち）・富羅母智等（ほらもちら）を遣（まだ）して朝貢（みつきたてまつ）る。仍（よ）りて先の質（むかはり）微叱許智伐旱（みしこちほつかん）を返（かへ）したまはむといふ情（みこころ）有り。是（ここ）を以（も）て、許智伐旱（こちほつかん）に誂（あとら）へて、紿（あざむ）かしめて曰（まう）さしむらく、「使者（つかひ）汗禮斯伐・毛麻利叱智等、臣（やつかれ）に告（つ）げて曰（い）へらく、『我（わ）が王（こきし）、臣（やつこ）が久（ひさ）に還（まうかへ）らざるに坐（よ）りて、悉（ふつく）に妻子（めこ）を沒（をさ）めて孥（つかさやつこ）とせり』といへり。冀（ねが）はくは蹔（しばら）く本土（もとのくに）に還（まかりかへ）りて、虚実（いつはりまこと）を知りて請（まう）さむ」とまうさしむ。皇太后（おほきさき）、則（すなは）ち聴（ゆる）したまふ。因（よ）りて、葛城襲津彦（かづらきのそつびこ）を副（そ）へて遣（つかは）す。共に対馬（つしま）に到りて、鉏海（さひのうみ）の水門（みなと）に宿（とま）る。時に新羅の使者毛麻利叱智等、窃（ひそか）に船及び水手（かこ）を分（くば）り、微叱旱岐を載（の）せて、新羅に逃れしむ。乃ち蒭霊（くさひとかた）を造（つく）り、微叱許智の床（とこ）に置きて、詳（いつは）りて病（やまひ）する者（ひと）の爲（まね）にして、襲津彦に告げて曰（い）はく、「微叱許智、忽（たちまち）に病（や）みて死（し）なむとす」といふ。襲津彦、人を使（つかは）して病（やまひ）する者を看（み）しむ。即（すなは）ち欺（あざむ）かれたることを知りて、新羅の使者三人（みたり）を捉（とら）へて、檻中（うなや）に納（こ）めて、火を以て焚（や）き殺しつ。乃（すなは）ち新羅に詣（いた）りて、蹈鞴津（たたらのつ）に次（やど）りて、草羅城（さわらのさし）を拔きて還（かへ）る。是（こ）の時の俘人等（とりこら）は、今の桑原（くははら）・佐糜（さび）・高宮（たかみや）・忍海（おしぬみ）、凡（すべ）て四（よつ）の邑（むら）の漢人等（あやひとら）が始祖（はじめのおや）なり。
この政権の最初の仕事が外交であることを印象付けることが書紀編者の狙ひであった。先の質、微叱許智伐旱とは、仲哀天皇九年十月条の微叱己知波珍干岐（書紀巻9）、奈勿（なこつ）尼師今（にしきん）（在位 ＡＤ356-402）の子、未斯欣とされ、新羅本紀第三・第十八代、実聖（じっせい）尼師今（在位 ＡＤ402-417７）に、「元年三月、倭国と好（よしみ）を通ず。以て奈勿王の王子未斯欣を質と為す」とあり、時代的に合はないことはすでに見た。第十九代、訥祗 （とつぎ）麻立干（まりつかん）（在位 ＡＤ417-458）には、「二年秋、王の弟の未斯欣、倭國より逃げ還る」とあり、16年後に逃げ帰ったことになる。三国遺事、金堤上に、「第十七那密王の即位三十六年庚寅（391年）に、倭王、使を遣し來朝して曰く。「寡君（わかきみ）大王の神聖を聞きて、臣等をして以て百濟の罪を大王に告ぐなり。願はくば大王、一王子を遣はし誠心を寡君に表はしたまへ」といふ。是に、王は第三子の美海(一作末吐喜)をして以て倭に聘す。美海の年は十歳。言辭動止は猶未だ具く備はらず、故、内臣の朴娑覽を以て副使として遣す。倭王留めて三十年送せず」とある。第三子の美海(あるいは末吐喜)ともされ、十歳で朴娑覽を副使として付けたが30年留め置かれたとある。この時の新羅王とは訥祗 麻立干とされるが、このあたりの記述は書紀も新羅本紀も年代、内容とも後の編纂時に脚色され、裏付けることができないものである。
とはいへ、広開土王碑との関連から、相関関係と年代幅の限定は可能となっている。汗禮斯伐（うれしほつ）は、仲哀天皇九年十二月条一書の新羅王、宇流助富利智干（うるそほりちか、汗禮＝宇流、斯伐＝助富利か？）と注されるが、使者の一人であり王とするのは如何なものか。新羅１７等官位の第一、于老舒弗邯とも注されていた（書紀巻9）。毛麻利叱智（もまりしち）は、三国史記、列伝、朴堤上（三國遺事には金堤上：別名、毛末：momar：智は美称）のことで、高句麗に質となっていた王の弟の宝海を脱出させた人物。その知略を頼んで、王は美海救出を命じ、堤上は倭に赴き、新羅王が自分の父兄を殺したと偽り倭王を信じさせ、美海を海に連れ出し逃亡させた。自らは捕らはれ、高禄で臣従することを迫られたが、新羅の豚となっても、倭国の臣下にはならないと拒否。脚下の皮を剥がれ焼き殺された(橿原日記；中断)とある(『三国遺事 』に記載された朴堤上に詳しい)。富羅母智（ほらもち）が、朴堤上とする説（卑彌呼考：内藤湖南）もある。誂（あとらへる）とは、あつらへる、頼むこと。紿は糸がよわることが原義で、あざむくに借用される。実のところ、奈勿王の子の未斯欣を質に差し出したのは、実聖王が奈勿王に人質として高句麗に差し出されたことに対する報復の意味があったとされる。孥（つかさやつこ）とは官奴のこと。美海は10歳で質となり妻子は想定できない、微叱許智伐旱には本国に妻子がいる想定である。微叱許智伐旱は使者の申すことによれば、自分が長く帰らないため、妻子が官奴に貶められた。あり得ない話ではなかった。虚実を本国に戻って確かめたいと皇后に訴え、皇后はそれを聴きとどけ、葛城襲津彦をつけて帰国せしめやうとした。
葛城襲津彦は、大和葛城の豪族、後の百済記引用では、沙至比跪（さちひこ）と注される、壬午年(AD382年)に新羅に派遣されたとある。新羅本紀には記述はなく、新羅本紀とは時間的にも逆戻りしてしまうが、女（むすめ）の磐之媛（いわのひめ）が仁徳天皇の皇后となり、履中・反正・允恭の三天皇を生み、履中天皇は葛城襲津彦の子の葦田宿禰（あしだのすくね）の女（むすめ）黒媛を妃として、磐坂市辺押羽皇子（顕宗・仁賢の父）を生むことになり、実在の有力将軍とされる。書紀の編者は彼がこの時代（AD205.03）には存在しえないことを承知してここに登場させていることになる。
鉏（さひ）は鰐、和珥 でもあり対馬北端の鰐浦、和珥津のことと注される。ここで毛麻利叱智等は、秘かに、船と水手を手配して微叱旱岐を新羅に逃がした。蒭霊は礼記、檀弓の鄭注にある、「蒭靈は茅を束ね人馬と為す 之に謂ふ霊は神の類」が出典、束茅を人形にして寝床に置いて、病を得てあっといふ間に死んだと申し開きをした。襲津彦に見破られることは覚悟のうへ、時間を稼ぐ工作をしたのであらう。三人の使者は捕らへられ、檻は木組みしたおり、檻中を”うなや”と訓じているのは、”うな”首”や”輻、首を繋ぐ棒を意味するのか、首を連ねて焚き殺した。
蹈鞴津は慶尚南道釜山の多大浦（地図）の古名、製鉄用の踏み鞴（ふいご）を”たたら”ともいふ。
三国遺事「駕洛国記」でみたごとく、首露（スロ）を王となした駕洛国、加耶、伽羅、狗耶国、南伽羅、金官国とも称され、対馬から望見され良港があり、古来より倭人が往来する拠点であり、鉄の産地としても注目されていた（書紀巻6）。草羅（さわら）城（さし）の草羅は地名(歃良、ラは地名をつくる語尾)、慶尚南道梁山、梁山は蹈鞴津から北に陸路で新羅に向かう要衝の地、その地の城。歃sapの音が鉏（さひ）、草（さわ）に通じ、鉏は鉄製農具、”すき”であり、農耕、土木工事に欠かせない道具、”すき”を入手できる方向をさす言葉として、鉏海、草羅が用いられると注されている。沙至比跪（さちひこ）も鉏彦（”さひ”を求めた”ひこ”）といへやうか。
新羅本紀第ニ・第十代 奈解尼師今（在位 ＡＤ196-230）十四年（ＡＤ209） 秋七月に、「浦上八國、 謀りて加羅を侵す。 加羅王子来りて救を請ふ。 王、太子の于老と伊伐の利音に命じ、六部の兵を将ゐて、往きて之を救ふ。 八國の将軍を撃ち殺す。 虜とする所六千人を奪ひ、還る）」とある浦上八国とは、後の任那の地に独立していた都邑国家の連合、半島の人間からすれば、倭人系とみられていた。半島には早くから倭人の拠点があった、後漢の時代に大量の銅鏡を輸入し、奴国が金印を授かるほどの交流があったことを留意しておく必要がある（魏志倭人伝-1）。葛城襲津彦はそれらの地の漢人技術者を連れ帰った。
桑原の漢人とは、和名抄、大和国葛上郡桑原郷（御所市大字東寺田、旧掖上：地図）、天平宝字二年六月条に桑原直を賜った時に、先祖を後漢苗裔鄧言興・帝利らが仁徳朝に高麗から帰化したとする（続紀）、あるいは、漢高祖七世孫、又は、高麗国人の万徳使主の後、又は狛国人漢胷の後（姓氏録）、と注される。
佐糜（さひ）の漢人とは、葛上郡佐味（御所市大字西佐味：地図）、河内国石川郡佐備郷（富田林市佐備：地図）、”さひ”は鉏であり韓鍛冶の技術に係わる者と注される。高宮は、「高宮《タカミヤ》郷 和名抄、葛上郡高宮郷、訓多加美也。是は高丘宮の謂にて綏靖天皇の都邑なれば此名あり。大和志に森脇を宮址と為す、是なり。今｜吐田郷《ハンタガウ》村の下方にして大字｜森脇《モリワキ》存す。又大字｜名柄《ナガラ》あり、古は長柄に作り長江《ナガエ》と訓む即葛城襲津彦の邑なり大日本地名辞典、私設万葉文庫）」とあり葛上郡高宮郷は廃止され、御所市森脇（地図）あたりに存した地とならう。
忍海は、大和国忍海郡（葛城市新庄～脇田一帯、地図）。「葛城山の尾根筋にある寺口忍海古墳群・吹古墳群・山口千塚古墳群や金剛山北麓の南郷遺跡群などからは多くの鉄製品やむ鉄滓が出土し、鉄鍛冶集団の群集墓と見られている。 これらの群集墓と関連する集落遺跡の一つに忍海の「脇田遺跡」があり、此処からは古墳時代から奈良時代にかけて、数々の鉄製品・鞴羽口や鉄滓などが出土し、葛城氏の中心的鍛冶工房であったことを示している。また 葛城氏の王宮跡が出土した葛城の地の南郷遺跡群 南郷角田遺跡では鉄・ガラス・銅・銀などの複合工房であったと見られて、周辺北窪遺跡からは若干ながら鉄滓も出土しているといふ（金剛・葛城山麓 葛城氏の鍛冶工房「忍海」：IRON ROAD 和鉄の道）」。養老三年十一月条に、雑戸忍海手入広道、同六年三月条の金作、韓鍛冶ら七十一戸の雑戸のうちに忍海漢人安得（伊勢）、麻呂（播磨）、忍海部乎太須（近江）などがある（続紀）、と注され、広がりをみせてゆく。
ここの記述、紀元200年代や300年後半から400年、そして古墳からすれば、五世紀の記述が混在して、編纂されていることになる。書紀の編者もそれがわかった上で構成を行ったはずである。何を言ひたかったのであらうか？もう少し先をみてゆこう。
十三年春二月丁巳朔甲子 命武内宿禰 從太子令拜角鹿笥飯大神 ○癸酉 太子至自角鹿 是日 皇太后宴太子於大殿 皇太后擧觴以壽于太子 因以歌曰 虚能彌企破 和餓彌企那羅儒 區之能伽彌 等虚豫珥伊麻輸 伊破多多須 周玖那彌伽未能 等豫保枳 保枳茂苔陪之 訶武保枳 保枳玖流保之 摩菟利虚辭彌企層 阿佐孺塢齊 佐佐 武内宿禰爲太子答歌之曰 許能彌企塢 伽彌雞武比等破 曾能菟豆彌 于輸珥多氐々 于多比菟菟 伽彌雞梅伽墓 許能彌企能 阿椰珥 于多娜濃芝作（うたたのしさ） 沙
十三年の春二月（きさらぎ）の丁巳（ひのとのみ）の朔（ついたち）甲子（きのえのねのひ）（AD213.02.08）に、武内宿禰（たけしうちのすくね）に命（みことおほ）せて、太子（ひつぎのみこ）に従ひて角鹿（つぬが）の笥飯大神（けひのおほみかみ）を拜（をが）みまつらしむ。○癸酉（みづのとのとりのひ）（AD213.02.17）に、太子、角鹿より至（かへりいた）りたまふ。是（こ）の日に、皇太后（おほきさき）、太子に大殿（おほとの）に宴（とよのあかり）したまふ。皇太后、觴（みさかづき）を挙（ささぐ）げて太子に壽（さかほかひ）したまふ。因りて歌（みうたよみ）して曰（のたま）はく、
虚能彌企破（このみきは） 和餓彌企那羅儒（わがみきならず） 區之能伽彌（くしのかみ） 等虚豫珥伊麻輸（とこよにいます） 伊破多多須（いはたたす） 周玖那彌伽未能（すくなみかみの） 等豫保枳（とよほき） 保枳茂苔陪之（ほきもとほし） 訶武保枳（かむほき） 保枳玖流保之（ほきくるほし） 摩菟利虚辭彌企層（まつりこしみきそ） 阿佐孺塢齊（あさずをせ） 佐佐（ささ）
此（こ）の御酒（みき）は 吾（わ）が御酒（みき）ならず 神酒（くし）の司（かみ） 常世（とこよ）に坐（ま）す いはたたす 少御神（すくなみかみ）の豊寿（とよほ）き 寿（ほ）き廻（もと）ほし 神寿（かむほ）き 寿（ほ）き狂（くる）ほし 奉（まつ）り来（こ）し御酒（みき）そ あさず飲（を）せ ささ
武内宿禰太子（ひつぎのみこ）の爲（ため）に答歌（かへしうた）して曰（まう）す、
許能彌企塢（このみきを） 伽彌雞武比等破（かみけむひとは） 曾能菟豆彌（そのつづみ） 于輸珥多氐々（うすにたてて） 于多比菟菟（うたひつつ） 伽彌雞梅伽墓（かみけめかも） 許能彌企能（このみきの） 阿椰珥（あやに） 于多娜濃芝作（うたたのしさ） 沙（さ）
此（こ）の御酒（みき）を 醸（か）みけむ人（ひと）は その鼓（つづみ） 臼（うす）に立（た）てて 歌（うた）ひつつ 醸（か）みけめかも 此（こ）の御酒（みき）の あやに うた楽（たの）しさ さ
古事記に曰く、「故、建内の宿禰の命、その太子（ひつぎのみこ）を率（ゐ）て、禊（みそぎ）せむとして、淡海（あふみ）また若狹（わかさ）の國を經歴（へ）し時、高志（こし）の前（みちのくち）の角鹿（つぬが）に假宮（かりみや）を造りて坐さしめき。ここに其地（そこ）に坐す伊奢沙和氣（いざさわけ）の大神の命（みこと）、夜の夢（いめ）に見えて云（の）りたまひしく、「吾が名を御子の御名に易（か）へまく欲（ほ）し。」とのりたまひき。ここに言祷（ことほ）きて白ししく、「恐（かしこ）し。命（みこと）の隨（まにま）に易（か）へ奉らむ。」とまをせば、またその神詔りたまひしく、「明日（あす）の旦（あした）、濱に幸（い）でますべし。名を易（か）へしる幣（まひ）獻らむ。」とのたまひき。故、その旦（あした）濱に幸行（い）でましし時、鼻を毀（やぶ）りし入鹿魚（いるか）、既に一浦（ひとうら）に依れり。ここに御子、神に白さしめて云（の）りたまひしく、「我（あれ）に御食（みけ）の魚（な）給へり。」とのりたまひき。故、またその御名を稱（たた）へて御食津（みけつ）の大神と號（なづ）けき。故、今に氣比（けひ）の大神と謂ふ。またその入鹿魚（いるか）の鼻の血、臰（くさ）かりき。故、その浦を號けて血浦（ちうら）と謂ひき。今は都奴賀（つぬが）と謂ふ。
ここに還り上りましし時、その御祖（みおや）息長帶日賣の命、待酒（まちざけ）を釀（か）みて獻らしき。ここにその御祖、御歌（みうた）よみしたまひしく
この御酒（みき）は 我（わ）が御酒ならず 酒（くし）の司（かみ） 常世（とこよ）に坐（いま）す 石立（いはた）たす 少名御神（すくなみかみ）の 神壽（かむほ）き 壽（ほ）き狂（くる）ほし 豊壽（とよほ）き 壽（ほ）き廻（もとほ）し 獻（まつ）り（こ）来し御酒（みき）ぞ 乾（あ）さず食（を）せ ささ
とうたひたまひき。かく歌ひて大御酒を獻りたまひき。ここに建内の宿禰の命、御子の爲（ため）に答へて歌ひけらく、
この御酒（みき）を 釀（か）みけむ人は その鼓（つづみ） 臼（うす）に立てて 歌ひつつ 釀（か）みけれかも 舞ひつつ 釀みけれかも この御酒の 御酒の あやにうた楽（だの）し ささ
とうたひき。こは酒樂（さかくら）の歌なり。
凡そ帶中津日子の天皇の御年、五十二歳（いそぢまりふたとせ）【壬戌の年の六月十一日に崩りましき】。御陵は河内（かふち）の惠賀（ゑが）の長江（ながえ）にあり。【皇后は御年一百歳にして崩りましき。狭城の楯列の陵に葬りまつりき。】（岩波文庫）」
角鹿の笥飯大神への参拝は唐突として意味が定かでないが、古事記においては、禊としており、忍熊王を滅ぼした戦いの直後に角鹿に假宮を造って勤めた、とある。太子に禊が必要といふことは、太子が穢れていることを意味している。本来ならば、足仲彦天皇（仲哀天皇)崩御を継ぐ者は、大中姫との間の御子、麛坂皇子・忍熊皇子であった。古事記は「息長帶比賣（おきながたらしひめ）の命【こは大后なり】を娶して生みませる御子、品夜和氣（ほむやわけ）の命。次に大鞆和氣（おほともわけ）の命、亦の名は品陀和氣（ほむだわけ）の命【二柱】とあり、品陀和気命には兄がいたことになり、その兄の消息がわからないが、それをも押しのけたことになる。書紀では「來熊田造が祖、大酒主の女、弟媛を娶りて、誉屋別皇子を生む（書紀巻8）」と母が異なると訂正している。
日本武尊も神意を疎かにするところがあり、連なる者に神意に背くものがある。神意は新羅攻撃、後継者は息長足姫尊の腹の御子にあるとした。熊襲を討つより新羅侵攻を望む勢力は、息長足姫尊（神功皇后）とその御子を立てた。しかし、正当なる血筋を絶やしたことが障りとならぬやうに禊が必要とされたのであらう。書紀はそのやうな憶測を生じさせないやうに、サラリと十五年後の参拝と記した。
禊のために角鹿に假宮を立てた。その地は伊奢沙和気大神の坐す処であった。その神が夢に現れ、御子と名を交換したいと云ふ(御子の名は品陀和気命であり、生まれたときに腕に鞆（とも）の如き宍（しし）があったことから号（なづ）けられたとあった)。合意すると、明早朝に浜で名を交換する幣を御子に献ると云ふ。明早朝に浜に鼻を毀されたイルカがあった。御子への幣は傷付いたイルカ、それは御食（みけ）の魚（な）であった。”みけ”といふ”な（名）”をよしとし、伊奢沙和気大神を御食津大神（みけの大神）と改名され、それが気比大神となった。
また血浦（tiura)が都奴賀（tunuga）、となったといふ地名由来談となっており、御子と名を交換するといふ観点では理解しがたいものとなっている。
書紀では、応神紀にこの経緯が述べられるが、御子の「鞆（とも）の如き宍（しし）」から大鞆和気命と名づけられ、鞆を”ほむた”といふことから誉田とされたといふのが公式見解である。一云を引用し、角鹿の假宮に坐す神を笥飯大神とし、名を交換したとあり、その地の神名は”ほむた”であり、御子の名は”いざさ”であったとしている。名を交換したとする記述から類推されたのであらうが、御子の名を去来紗別（いざさわけ）命、その神が品陀、誉田大神であったと証するものを未詳としており、実証困難である。
松本弘毅氏が「品陀和気と神（HP）」において、「太子・品陀和気命は、そもそも天照大神らによつて即位が保証されていたが、同時に息長帯日売命の血によって神との交渉能力も確かに身につけた存在であると位置づけられているのではないか。こうした太子の能力を証明するのが、先に見た気比大神の説話であると考える。太子と気比大神とは、互いに敬意を示し合う仲にあることが示されていた。古事記が香坂三・忍熊王の乱に連続する形で気比大神の説話を載せているのは、太子と気比大神の説話を通して、太子が仲哀天皇の子でありながらも息長帯日売命のように神に通じ得る者であると示すためなのである」としておられ、啓発される。
伊奢沙和気大神とは、假宮の地が伊奢沙（いざさ）であり、その地の大神とみることができやう。”いざ”に「去来」を充てるやうでもあり、”さ”は矢、神稲でもあり、矢、稲が去来するイメージとなる。大国主命の国譲りの地が伊耶佐（いなさ）五十田狭（いたさ）の浜であった。また出雲国風土記によれば、大国主命と少彦名命が稲種を各地にもたらしたとする。息長足姫尊がその血を継ぐ新羅の王の子、天日槍が奉納した太刀が膽狹淺（いささ）大刀（書紀巻6）、韓に通じる地の響きがある。
崇神天皇の時に、意富加羅国の王子、額に角の生えた都怒我阿羅斯等（つぬがあらひと）が船で穴門から出雲を経て笥飯（けひ）浦に来着したことが、「角鹿（つぬが）」の語源となっていた（書紀巻六、二年是歳条）。このルートは、旧石器時代の隠岐の黒曜石が、新潟や四国、更には朝鮮半島、ウラジオストクから出土しているごとく（海を渡った黒曜石；いにしえの島根）、古くから利用されていた。広島大学、李国棟氏の「玉で結ぶ日本列島と長江下流域 （HP)」によれば、長江下流の越人は 、日本に渡った越人を通じ北越の赤玉、翡翠を入手していたといふ。大国主命が高志の沼河比売に求婚したのは翡翠を入手するためでもあったとされる。「韓国出土ヒスイ勾玉の集成と流通過程に関する考古学的研究（HP)」によれば、日本の弥生・古墳時代の翡翠勾玉が韓国から出土しており、慶州に全体の六割が集中しており、釜山地域では3世紀後葉～4世紀前葉に遡るとされている。日本出土のものと同定し、流入経路やその勢力を特定することが課題となっており、詳細がいずれ明らかにされやう。
かやうなルートからすれば、伊奢沙和気大神は、海の彼方からやってきて三輪に入った大物主神と同じく、元来は外来系の神であったとみられやう。品陀和気の和気（わけ）が、王族の子であることを示す「別」であり、伊奢沙和気もある高貴な神に連なることを意味しやう。天神（あまつかみ）ではなく地祇（くにつかみ）と想定され、大国主神、大物主神、大国魂神の系列が想定される。御食津大神となれば、出雲国風土記の伊弉奈枳（いざなき）の麻奈子（まなこ：いとし子）、熊野加武呂乃命（くまのかむろのみこと）、伊弉奈枳に御食（みけ）を供へる熊野大神をも想起せしめる。
ただ、古事記の意図は、図り難ひ。結果からすれば、伊奢沙和気大神が品陀和気命にイルカを弊として献り、品陀和気命がそれを御食（みけ）とみなし、伊奢沙和気大神は御食津（の）大神（食の神）、”けひ；食（け）霊（ひ）”、気比大神と変神せしめたことになる。また、”つぬが”の由来を角鹿から血浦に転じ、都奴賀、敦賀と変化したとした。それで何故禊となるのか？この過程において、品陀和気命の禊が完了している。禊は、神に近づくに、水の浄化力により、水に浴し身をきよめること、身の穢れを祓ふことであった。中国では獣の血で浄める、血盟する風習があるが、我が国では血を忌む、イルカの血が何を意味するのか？これも分からない。
禊をせねば、御子は太子となることが出来かねたのであらうが、そのあたりの心理が分からない。
縄文時代の遺跡である能登の真脇遺跡からは、おびただしい数のイルカの骨が発掘され、食されていたことが知られ、またそこには、十本の木の柱のサークルがある。「縄文人の能舞台: ロンドン報告『神々の数学史』 上野和男氏、HP」に、「能登半島突端の須須（すず）神社では、・・・イルカを神の使いと考え、捕獲と食用にすることを禁じている。しかし、反対に真脇の氏神である高倉神社では、イルカ漁を行うたびに初穂をこの神社に奉納していた。・・・アイヌ語ではイルカはtuwayukuとかtuwayyukといって、tuwa（とぶ）yuk（獲物または鹿）・・・波間に弧を描きながら群れ飛ぶイルカを、山々を跳躍しながら走る鹿の群れになぞらえている。・・・アイヌ研究家として知られる知里真志保（ちりましほ）（によれば）、この言葉は特にイブリアイヌとかヒダカアイヌの用いる言葉で、tuwayukuは、tu-way-uk、tu-wan-ukと分解でき、tu（数）wan（十）uk（鹿）、十匹の鹿となる。・・・真脇のイルカ漁と十本の柱の組み合わせは、イルカのための祭祀が十の数に関係していることを暗示している。・・・柱の一本一本が、イルカの一頭に対応し・・・柱の一本がイルカ一頭のための幣にそれぞれなっているといふ見方もできる」とあり、アイヌのイヨマンテ（熊祭り）に相当するイルカ祭祀とみておられる。この脈絡からすれば、伊奢沙の地にはこの祭祀の伝統があり、伊奢沙和気大神が品陀和気命に幣としてイルカを供したことは、品陀和気命に神性を認めたことにならうが。
古事記では皇后が待酒を釀みて獻ったとある。待酒とは待つ人が無事に来ることを待つ酒と注される。書紀では皇太后が觴を挙げて壽したといふ。觴は酒器、もと獣角をもって作ったが、のち漆器のものが用いられ、両耳を羽のようにつけるので羽觴（うしょう）といふ（字統）。少御神は少名彦命（書紀巻1）、この世の人々や畜産の療病方を定め、鳥獣、昆虫の災いを払うための禁厭法を定め、大国主命とともに天下の経営を行ひ、道半ばにして、熊野の御碕に至り、遂に常世郷にゆかれた神、人間には大恩ある癒しの神である。碕は石の険しいさま、”いはたたす”とは、御碕から常世にゆかれたことをさすのであらう。”ほく”は祝ふこと。”もとほす”は巡らす、回らすこと、少彦名命の釀まれた神酒、神人和合してめくるめく酔いしれる酒、とよみて祝ひ、祝ひめぐりて、奉納してきた酒。乾杯、残さずに飲み干せ、さあさあ、と太子に勧めた。皇太后は太子が神人和合し、”ひつぎのみこ”としての祝福を得ることを願って歌はれたことであらう。
少彦名命も大国主命の幸魂、奇魂となって海の彼方から現れた大物主神も渡来系であった。大国主神が国譲りをされ皇孫が降りてこられる間の葦原中国の統治を天照大神から任されたのが大物主神であった。この禊はこれらの神々に見守られてなされたといふことか？天照大神の意向が実現されているのであるが、これで天照大神の了解が得られたものか？理解に苦しむ。
卅九年 是年也 大歲己未 【魏志云 明帝景初三年六月 倭女王遣大夫難斗米等 詣郡 求詣天子朝獻 太守鄧夏遣吏將送詣京都也】
卅九年 是年也 大歳己未（つちのとのひつじ）（AD239） 【魏志（ぎし）に云（い）はく、明帝（めいてい）の景初（けいしょ）三年の六月、倭（わ）の女王（ぢよわう）、大夫（たいふ）難斗米等（ら）を遣（つか）はして、郡（こほり）に詣（いた）りて、天子に詣（いた）らむことを求めて朝献（てうけん）す。太守（たいしゆ）鄧夏、吏（り）を遣はして将（ゐ）て送りて京都（けいと）に詣らしむ。】
魏志とは魏志倭人伝である。ここも分注で記されている。古事記にはこの記述はない。古来ここも問題が多い。釈紀、秘訓には、「先師曰 魏志文惣不可読之」といふ。また集解は後人の加へたものとして、関する箇所をすべて削除、通釈もこれに従っている、と注されている。また、倭の女王は卑弥呼であり、卑弥呼に伝説上の神功皇后を擬し、卑弥呼の生存年代をもって神功皇后の在世年代とした、とも注されている。
さて、魏志倭人伝では、「景初二年六月 倭女王遣大夫難升、米等詣郡求詣天子朝獻 太守劉夏遣吏将送詣京都」とある。明帝の景初二年一月、司馬懿は、四軍（四万）の兵を率いて遼東の公孫淵討伐に出撃、八月、遼陽城は落城、帯方郡を目指して公孫淵は逃れやうとするが捕へられて戦闘は終結する。この戦闘の最中の六月に使節を派遣するのは困難があり、翌年の景初三年六月が適当とされる。
景初三年の六月であるが、明帝は景初三年の正月に病死していることに留意せねばならない。少帝即位をめぐって、権力闘争が起こっていたからである。魏志倭人伝では、難斗米は難升米、鄧夏は劉夏（あるいは劉昕）とある（魏志倭人伝3）。
景初二年の十二月、司馬懿が遼東の公孫淵を討った後に、倭女王卑弥呼に親魏倭王の制詔があった。卑弥呼が公孫淵と縁を切り、魏から密かに楽浪、帯方郡に派遣された鮮于嗣、劉昕と手を握ったことが、公孫淵の退路を断ち、ひいては、蜀と呉との戦いの背後の脅威を除去する大きな功績となった。それが認められての親魏倭王であらう。
書紀の編者は「倭女王」が「求詣天子朝獻」と経緯を省きサラリと記述した。正式に”やまと”の女王ならば「日本女王」と記すべきもの、魏志倭人伝のままの倭女王を使った。日本女王なら神功皇后であり、親魏倭王などとはまるで関係のなく、天照大神の命に従って新羅を従へた皇后であり、混同さるべき筋合いではない、といふのが書紀の立場。
天子といふも何処の天子か、魏志倭人伝を知らねばわからない。不可読之、と公開されなければ、結局誰だか分からない。郡も同様不明、これが帯方郡、京都が洛陽と分かる人も居ないに等しい。呑気な人なら日本の天子、妙な国内問題と思ひかねない。国書であるから、中国側が読めば、明帝で帯方郡、洛陽とすぐ分かるが、中国側から指摘を受けることがあっても、卑弥呼は倭（奈良）の女王であるが日本（やまと）では神功皇后が政権を握っており、魏から任じられた女王とは誰のことか？敵対していた熊襲の女王が朝献でもしたのかな、貴国の勘違いでは？と白を切る腹である。書紀では倭は”やまと”と訓じられ、”わ”と訓じられることは普通はない。卑弥呼は未だ、畿内なのか九州なのか、何処にいたのか分からぬ有様。特定不能にしておくのが得策であった。といふか、卑弥呼の痕跡を消したいのであらう。神功皇后すら何処で政務を行っていたのか、磐余に都といふが、あやふやである。そして400年頃の対朝鮮半島との紛争の歴史を神功皇后の業績に組み込んだ。実際は、卑弥呼が果たした大陸と半島をまたにかけた外交と交易の成果を取り込んでしまうことが狙いであったのだらう。
卑弥呼がもたらした数十年の平和な時代が当時の倭の国力を増強させたことは間違いあるまい。公孫淵といふ共通の障害を取り除き、帯方、楽浪両郡から魏への直接ルートが開けたことは、かつて奴国が後漢から王と任ぜられ手にし、倭国王、帥升が手にできなかった、令和の言葉でいえば、国益を回復したことになる。書紀の編者の時代には、かつて倭が中国に臣従していたことを口実に、臣下としての扱いを受けることを断固として避けねばならない時勢にあった。
卌年 【魏志云 正始元年 遣建忠校尉梯携等 奉詔書印綬 詣倭國也】
卌年（AD240） 【魏志に云はく、正始（せいし）の元年に、建忠校尉（けんちうかうゐ）梯携等（ていけいら）を遣（つかは）して、詔書（せうしよ）印綬（いんじゆ）を奉（たてまつ）りて、倭国（わのくに）に詣（いた）らしむ。】
魏志倭人伝では、「正始元年、太守弓遵、建中校尉梯儁（ていしゅん）等を遣わし、詔書・印綬を奉じて、倭國に詣り、倭王に拜仮し、ならびに詔を齎（もたら）し、金帛・錦目罽・刀・鏡・采物を賜ふ。倭王、使に因って上表し、詔恩を答謝す」とある。
景初三年の正月に明帝が少帝を即位させて亡くなり、景初四年一月を正始元年としやうとしたが、一月が明帝の命日にあたるため、これまで採用していた三統暦をやめ、夏暦（ニ月から新年）に変へるため、景初三年十二月を二度行ひ、正始元年に移行している。
書紀は、帯方郡太守弓遵を省いた。建中校尉梯儁を建忠校尉梯携と変へた。詔書の内容、親魏倭王（卑弥呼）の金印紫綬、率善中郎将（難升米）、率善校尉（都市牛利）の銀印青綬を単に印綬とのみ記した。
書紀では倭国といふと、「倭国（やまとこく）の磯城邑」のごとく、奈良盆地の国を指すのであるが、ここでは魏志倭人伝に鑑みて”わのくに”と訓じているが奈良にある国の義である。日本国（やまとこく）とは明確に使い分けており、注意が必要である。
また、中国ではかやうな使節の場合、皇帝が謁見するものであるが、どうやら卑弥呼はそれを避け、詔書印綬を直接受けとっていなかったやうである。王に任ずる詔書印綬を直接受けとらないといふのは、太守弓遵や建中校尉梯儁が本人を確認して渡すといふ役目を果たせないことを意味し、物議をかもしたことであらう。
卌三年 【魏志云 正始四年 倭王復遣使大夫伊聲者掖耶約等八人上獻】
卌三年（AD243） 【魏志（ぎし）に云はく、正始（せいし）の四年に、倭王（わわう）、復（また）、使大夫（つかひたいふ）伊聲者掖耶約等（ら）八人（やたり）を遣（つか）はして、上献（しやうけん）す。】
魏志倭人伝では、「その四年、倭王、また使大夫伊声耆・掖邪狗等八人を遣わし、生口・倭錦（わきん）・絳青縑（こうせいけん）・緜衣（めんい）・帛布・丹・木𤝔・短弓矢を上獻す。掖邪狗等、率善中郎将の印綬を壱拜す」とある。倭の女王は詔書印綬を得て以降、倭王（わわう）となる、 決して”やまと”の王とは訓じない。伊聲耆を伊聲者、掖邪狗を掖耶約とここも微妙に違へている。
さて、弓遵や梯儁にしてみれば、卑弥呼に謁見することができず、「その國、本また男子を以て王となし、住（とど）まること七、八十年。倭國乱れ、相攻伐すること歴年、乃（すなわち）共に一女子を立てて王となす。名づけて卑弥呼といふ。鬼道に事（つか）え、能く衆を惑わす。年已に長大なるも、夫婿（ふぜい）なく、男弟あり、佐（たす）けて國を治む。王となりしより以来、見るある者少く、婢千人を以て自ら侍せしむ。ただ男子一人あり、飲食を給し、辞を伝え居処に出入す。宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人あり、兵を持して守衛す」とあり、男弟あるいは男子一人との会見で、中国的には王とは言ひ難き対応であり、不本意な本国への報告となったと思はれる。彼等の報告も魏志倭人伝に反映されていやう。
卑弥呼が共立される前、180年前後頃には倭国は大いに乱れ、半島、大陸との交渉はとだえ、また、後漢においても184年黄巾の乱となり、200年遼東で後漢の遼東太守公孫度（こうそんたく）が自立し、大陸、半島情勢も安定を欠いていた。
倭においても変化があった。銅鐸が聞く機能から見る機能に変化し、見る銅鐸も消え銅鏡が導入された時代、弥生的地域共同体はすでに崩壊し、北部九州、山陰、中部瀬戸内、畿内、東海といった首長間の連合関係が形成されていた。
奈良の纒向遺跡、福岡の比恵・那珂遺跡群、三雲遺跡群をはじめとして、各地であらたな大規模集落遺跡が繁栄した時代、葬制でも、方形や円形の主丘に突出部を取り付けた前方後円形、前方後方形、四隅突出形などの首長墳墓が登場し自らの階層的、政治的立場を顕示する行動をはじめる。
広域物資流通がそれを促し、鉄器をめぐる流通が注目されている。北部九州を経由して瀬戸内海から東へと流入していたルートが閉ざされるといふ事態が起こり、東方社会が日本海まわりの物資流通に活路を見出さざるを得なくなり、出雲から吉備、因幡から播磨、丹後から畿内・東海へといふ南北ルートが瀬戸内以東の生命線となった、とされる緊張関係が生まれた。
いわゆる高地性集落の時代でもある。キャスティングボードを握った吉備勢力が畿内勢力と連携したことにより、物資東伝のメインルートは再び瀬戸内にシフトし、畿内地域に首長のあらたなるシンボルとなる神獣鏡が集積されることになる。近江、紀伊、阿波、土佐、播磨西部、但馬、丹後には近畿式の「見える銅鐸」が分布し、これが画文帯神獣鏡の分布と一致するといふ（邪馬台国から大和政権へ：大阪大学出版会）。
倭が大陸や半島から求めたものは、端的にいえば、魏が卑弥呼に授与したものであらう。「金印紫綬を仮し、装封して帯方の太守に付し仮授せしむ。汝、それ種人を綏撫し、勉めて孝順をなせ。汝が来使難升米・牛利、遠きをわたり、道路勤労す。今、難升米を以て率善中郎将となし、牛利を率善校尉となし、銀印青綬を仮し、引見労賜し遣わし還す。今、絳地交龍錦五匹・絳地縐粟罽十張蒨絳五十匹紺青五十匹を以て、汝が献ずる所の貢直に答う。また特に汝に紺地句文錦三匹・細班華罽五張・白絹五十匹・金八両・五尺刀二ロ・銅鏡百枚・真珠・鉛丹各ヽ五十斤を賜い、皆装封して難升米・牛利に付す。還り到らば悉く録受し、もって汝が國中の人に示し、國家汝を哀れむを知らしむべし。故に鄭重に汝によきものを賜うなり」。絳地は濃い赤の地、龍が交わる柄の錦織、縐はちぢみのある、粟は粟粒のやうな、罽は毛織物、壁掛けのやうなもの、蒨は茜色、絳は濃い赤、深紫紅の布、紺青の布と権力を象徴する豪華なもので宮室を飾る物であらうか。卑弥呼用のものとして、紺地、句は曲がっていること曲線模様の錦織。細かいまだらの花柄の毛織物の壁掛、白絹、金。真珠・鉛丹は銅鏡を磨くものであり、真珠の粉末は長寿薬、解熱剤、鉛丹は化粧用品でもあった。儀式用の刀一対、銅鏡100枚は倭の国情をや卑弥呼の朝貢の意図を理解してのこと。太刀と銅鏡は倭においては、格好の物であり、わざわざ製作させたものと考へられている。
まずは、倭国の王と認定されること。印綬を以って序列を定めるといふ身分のあり方。錦織、毛織物、絹布（織物技術）、金、真珠･鉛丹（装身具、医薬、化粧品）、刀と銅鏡（精錬技術）。倭が魏に献上したものは、人間、倭製の織物、絹布、丹朱、木製の弓、矢であった。ある水準の絹や絹織物を見せたかった。丹朱は「真珠・青玉を出だす。その山には丹あり（魏志倭人伝２）。朱丹を以てその身体に塗る（魏志倭人伝２）」俗が倭人伝に記され、倭では豊富とみられており、中国では枯渇気味で当時流行していた神仙思想においても欠くべからざるものであり、重宝されたものであらう。秦の始皇帝の墳墓は不老不死を願って水銀（丹朱）をしきつめ、金、銀や水銀や砒素などを正しく薬として飲めば不老不死が得られると信ぜられていた。倭人はそのやうな墳墓、死して生けるがごとき世界を模した墳墓のあること、不老不死に憧れを抱いたのであらうか？倭の弓矢は弩弓中心の中国には珍しいものであった。
「その人の寿考、あるいは百年、あるいは八、九十年。その俗、國の大人は皆四、五婦、下戸もあるいは二、三婦。婦人淫せず、妬忌（とき）せず、盗竊（とうせつ）せず、諍訟（そうしょう）少なし。その法を犯すや、軽き者はその妻子を没し、重き者はその門戸および宗族を没す。尊卑各ヽ差序あり、相臣服するに足る。租賦を収む、邸閣あり。國國市あり。有無を交易し、大倭をしてこれを監せしむ（魏志倭人伝２）」とあり、倭人は長寿とあり、書紀はやたらに長寿の天皇を登場させる。一夫多妻で婦人は嫉妬せず、盗みも訴訟も少ないと中国と対比させている。身分差があり、租税を徴収しており、宮殿があり、市があり、大倭といふ職が管轄しているといふのが、中国側の見方であった。「女王國より以北には、特に一大率（いちだいそつ）を置き、諸國を検察せしむ。諸國これを畏憚（いたん）す。常に伊都國に治（ち）す。國中において刺史の如きあり。王、使を遣わして京都・帯方郡・諸韓國に詣り、および郡の倭國に使するや、皆津に臨みて捜露し、文書・賜遣の物を伝送して女王に詣らしめ、差錯するを得ず（魏志倭人伝２）」とあり、中国における刺史（皇帝直属の監察官）のごとき一大率が諸国を検察しており、対外貿易は伊都国の一大率が文書でもって管理している。中国側の見解であるが、中央集権的要素を示すシステムの存在を伺はせている。
その中での鉄器は武器のみではなく、灌漑、土木工事、製材、建築、造船等に欠かせぬ道具としての役割を見過ごしてはならない。まさに、先に見た鉏（さひ）、である。湿地の水抜き、灌漑用水、土手工事これらに鉄器を用いることは目を見張る成果をもたらした、宮室を建築し内装する、倉を設け、柵で囲ふ、運搬に船は欠かせない、大陸の王朝の生活ぶりが首長達に伝はれば、かくありたいと願ふのは今も昔もかはりあるまい。衣食住すべてにわたり、よきものを大陸、半島に求めたとしても不思議はない。「もって汝が國中の人に示し、國家汝を哀れむを知らしむべし。故に鄭重に汝によきものを賜うなり」、卑弥呼が回復したものとはその夢ではなかったか？卑弥呼が民に示したものは、鬼道に代表されやうか？王と称され、賜った宝物、そして、死して作られた墳墓ではなかったか。「大いに冢（ちょう）を作る。徑百余歩、徇葬する者、奴婢百余人（魏志倭人伝3）」。卑弥呼も死して、永遠の生を願ったのではあるまいか？その偉大なる卑弥呼を民の記憶から消し去るためには、息長足姫尊（神功皇后）の存在で事足りたのであらうか？
卌六年春三月乙亥朔 遣斯摩宿禰于卓淳國 【斯麻宿禰者 不知何姓人也】 於是 卓淳王末錦旱岐 吿斯摩宿禰曰 甲子年七月中 百濟人久氐・彌州流・莫古三人 到於我土曰 百濟王 聞東方有日本貴國 而遣臣等 令朝其貴國 故求道路 以至于斯土 若能敎臣等 令通道路 則我王必深德君王 時謂久氐等曰 本聞東有貴國 然未曾有通 不知其道 唯海遠浪嶮 則乘大船 僅可得通 若雖有路津 何以得達耶 於是 久氐等曰 然卽當今不得通也 不若 更還之備船舶 而後通矣 仍曰 若有貴國使人來 必應吿吾國 如此乃還 爰斯摩宿禰卽以傔人爾波移與卓淳人過古二人 遣于百濟國 慰勞其王 時百濟肖古王 深之歡喜 而厚遇焉 仍以五色綵絹各一匹 及角弓箭 并鐵铤卌枚 幣爾波移 便復開寶藏 以示諸珍異曰 吾國多有是珍寶 欲貢貴國 不知道路 有志無從 然猶今付使者 尋貢獻耳 於是 爾波移奉事而還 吿志摩宿禰 便自卓淳還之也
卌六年の春三月（やよひ）の乙亥（きのとのゐ）の朔（ついたちのひ）（AD246.03.01）に、斯摩宿禰（しまのすくね）を卓淳国（とくじゆんのくに）に遣す。【斯麻宿禰は、何（いづれ）の姓（かばね）の人といふこと知らず。】 是（ここ）に、卓淳（とくじゆん）の王（こきし）、末錦旱岐（まきむかんき）、斯摩宿禰に告げて曰（い）はく、「甲子（きのえね）の年の七月（ふみづき）の中（なかのとをか）に、百済人（くだらびと）、久氐（くてい）・彌州流（みつる）・莫古（まくこ）の三人（みたり）、我（わ）が土（くに）に到りて曰（い）はく、『百済（くだら）の王（こきし）、東（ひむがし）の方（かた）に日本（やまと）の貴国（かしこきくに）有ることを聞きて、臣等（おのら）を遣（まだ）して、其（そ）の貴国（かしこきくに）に朝（まう）でしむ。故（かれ）、道路（みち）を求めて、斯（か）の土（くに）に至りぬ。若（も）し能（よ）く臣等（おのら）に教（をし）へて、道路を通（かよ）はしめば、我が王（こきし）、必ず深く君王（きみ）を德（おむがしみ）せむ』といふ。時に久氐等（くていら）に謂（かた）りて曰（い）はく、『本（もと）より、東（ひむがしのかた）に貴国（かしこきくに）有ることを聞けり。然（しか）れども未だ通ふこと有らざれば、其（そ）の道（みち）を知らず。唯、海遠く浪（なみ）嶮（けは）し。則（すなは）ち大船（おほふね）に乗りて、僅（わづか）に通ふこと得（う）べし。若し路津（わたり）有りと雖（いへど）も、何を以（も）てか達（いた）ることを得（え）む』といふ。是（ここ）に、久氐等が曰く、『然らば即（すなは）ち当今（ただいま）は通（かよ）ふこと得（う）まじ。若（し）かじ。更（さら）に還（かへ）りて船舶（ふね）を備（よそ）ひて、後に通はむには』といふ。仍（またしき）りて曰ひしく、『若（も）し貴国（かしこきくに）の使人（つかひ）、来（きた）ること有らば、必ず吾（わ）が国に告（つ）げたまへ』といひき。如此（かく）いひて乃（すなは）ち還りぬ」といふ。爰（ここ）に斯摩宿禰（しまのすくね）、即ち傔人（したがへるひと）、爾波移（にはや）と卓淳人（とくじゆんのひと）過古（わこ）の二人（ふたり）を以て、百済国（くだらのくに）に遣（つかは）して、其の王（こきし）を慰労（ねぎら）へしむ。時に百済の肖古王（せいこわう）、深く歓喜（よろこ）びて、厚（あつ）く遇（あ）ひたまふ。仍（よ）りて、五色（いつくさ）の綵絹（しみのきぬ）各（おのおの）一匹（ひとむら）、及び角弓箭（つののゆみや） 并（あはせて）鐵铤（ねりかね）卌枚（よそねり）を以て、爾波移に幣（あた）ふ。便（たちまち）に復（また）宝の蔵を開きて、諸（もろもろ）の珍異（めづら）しきものを示（み）しめて曰（まう）さく、「吾が国に多（にへさ）に是（こ）の珍宝（たからもの）有り。貴国（かしこきくに）に貢（たてまつ）らむと欲ふとも、道路（みち）を知らず。志（こころざし）有りて従（かな）ふこと無し。然れども猶（なほ）今使者（つかひ）に付（さづ）けて、尋（つ）ぎて貢献（たてまつ）らくのみ」とまうす。是に、爾波移（にはや）、事を奉（う）けて還りて、志摩宿禰に告ぐ。便（すなは）ち、卓淳より還（まうかへ）れり。
魏志倭人伝では正始八年（AD247）魏よりの援軍を受けた卑弥呼は狗奴国の男王卑弥弓呼との戦いの中で亡くなる時代であるが、ここでは、百済記（日本書紀逸分として確認される）より、干支で二運（120年）くりあげた時代の記述が行われる。
366年に斯摩宿禰を卓淳国に派遣した。先にみた葛城襲津彦、百済記では沙至比跪（さちひこ）が新羅に派遣されたのが壬午年(AD382年)であり、後の話。干支では時代が循環し、歴史的な時代相違は事情通以外では分らなくなる。逆に神功皇后の時代はこの頃であったとなるのかもしれない。ともかくも、この時代の対朝鮮外交に関する記述を取り込んでゆく。斯摩（志摩）宿禰といふ不詳の人物を派遣したといふ妙な展開となる。百済記に記されていた人物だが、日本側で確認されない人物とされている。
卓淳国は加羅七国の一つ、慶尚北道大邱（地図）、新羅の西側に接する交通の要衝にあたる。末錦（まきむ）と寐錦（むきむ）は同じく新羅の王号とある。旱岐は加羅諸国の王号、さすれば、末錦旱岐とは王王、どう解釈すればいいのか？
甲子の年は364年、中とは中旬（上旬、中旬、下旬の中旬の十日）のこと。2年前に百済王は、卓淳旱岐のもとへ、日本へ渡る道を知っているか三人の使者を送って問ふた。德（おむがしむ）は”よろこばし”と注される。教えてくれれば百済王は必ず深く卓淳旱岐をよろこばせやう。ところが、卓淳旱岐も知らないといふ。そこで、もし、日本から使者が来ることがあれば教えて欲しいと告げて帰ったといふ。
傔人は従者と注される。斯摩宿禰は、従者の爾波移と卓淳人、過古の二人を百済王のもとに送り、日本から来た事を告げせしめた。爾波移も過古も未詳。百済の肖古王を、”こきし”ではなく”わう”と訓じている。日本と同等の王とみなしたことにならうか。百済王は深く歓喜し、使者を厚遇し、珍宝を賜ひ、日本に朝貢することを約した。
五色綵絹の綵（しみ）は、染め、自然の采色、あやぎぬ、とされる。糸を染める技術に優れていた。角弓とは、竹・桑・櫟・水牛の角・牛の筋・ミンオブレプル（牛皮を長く煮込んで冷ました糊。木材の接着などに使った）・桜木の皮の材料で作られた弓で射程距離は洋弓のほとんど二倍（弓を射る時、的との距離は145m）ある。軽くて大きさも小さくて馬に乗りながら使ふことができた。日本には導入されなかったが、騎馬を主とするモンゴル人はこれを用ゐヨーロッパ人を震撼せしめた。鐵铤は鉄の延べ板、鉄材、魏志弁辰伝に、「国出鉄 韓・濊・倭皆従取之」とあった。
ここで触れられていないことは、百済王が日本に朝貢することを深く歓喜する理由である。後にそうなることは読み進めば分かるのであるが、この時点で何故そうなのかは分からない。御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）の六十五年の秋七月(BC33.07)に、「任那国、蘇那曷叱知を遣して、朝貢らしむ。任那は、筑紫国を去ること二千餘里。北、海を阻て以て鷄林の西南に在り（書紀巻5）」とあった。新羅の建国には倭人の貢献があった。活目入彦五十狹茅天皇（垂仁天皇）の三年の春、三月(BC27.03)に、「新羅の王の子、天日槍來歸り（書紀巻6）」とあり、王子は帰化しその血が息長足姫尊（神功皇后）につながり、新羅侵攻後、新羅が「内官家として、絶ゆること無く朝貢らむ（書紀巻9）」といふのが書紀の立場であり、突然、百済が日本（やまと）を貴国としてその使者を歓喜、厚遇すと記されても、えっ、それは本来新羅の立場でしょう？書紀のみを読む読者ならば、面食らふのが普通であらう。新羅侵攻の際（AD200年）に一説によれば新羅の王を禽獲にして殺し、現地に残った日本（やまと）の宰をその妻が殺し、その妻を臣下が殺す、あるいは五年（AD205年）に質、微叱許智伐旱を逃がした新羅の使者三人を殺したといふ不幸な事件を記述しており、両国間に不穏なものがあることは暗示されているけれど。
卌七年夏四月 百濟王使久氐・彌州流・莫古 令朝貢 時新羅國調使 與久氐共詣 於是 皇太后・太子譽田別尊 大歡喜之曰 先王所望國人 今來朝之 痛哉 不逮于天皇矣 群臣皆莫不流涕 仍検校二國之貢物 於是 新羅貢物者 珍異甚多 百濟貢物者少賤不良 便問久氐等曰 百濟貢物 不及新羅 奈之何 對曰 臣等失道 至沙比新羅 則新羅人捕臣等禁囹圄 經三月而欲殺 時久氐等 向天而咒詛之 新羅人怖其呪詛而不殺 則奪我貢物 因以 爲己國之貢物 以新羅賤物 相易爲臣國之貢物 謂臣等曰 若誤此辭者 及于還日 當殺汝等 故久氐等恐怖從耳 是以 僅得達于天朝 時皇太后・譽田別尊 責新羅使者 因以 祈天神曰 當遣誰人於百濟 將検事之虚實 當遣誰人於新羅 將推問其罪 便天神誨之曰 令武内宿禰行議 因以千熊長彥爲使者 當如所願 【千熊長彥者 分明不知其姓人 一云 武藏國人 今是額田部槻本首等之始祖也 百濟記云 職麻那那加比跪者 蓋是歟也】 於是 遣千熊長彥于新羅 責以濫百濟之獻物
卌七年の夏四月（うづき）（AD247.04）に、百済の王、久氐（くてい）、彌州流（みつる）、莫古（まくこ）を使（つかは）して、朝貢（みつきたてまつ）らしむ。時に新羅国（しらきのくに）の調（みつき）の使（つかひ）、久氐と共に詣（まうけ）り。是（ここ）に、皇太后（おほきさき）と太子（ひつぎのみこ）誉田別尊（ほむたのわけのみこと）と、大（おほ）きに歓喜（よろこ）びて曰（のたま）はく、「先（さき）の王（きみ）の所望（ねがはしみ）したまひし国人（くにひと）、今（いま）来朝（まうけ）り。痛（いたま）しきかな。天皇（すめらみこと）に逮（およば）さざることを」とのたまふ。群臣（まへつきみたち）、皆流涕（かなし）びずといふこと莫（な）し。仍（よ）りて二（ふたつ）の国の貢物（みつきもの）を検校（かぞ）ふ。是に、新羅の貢物は、珍異（めづら）しきもの甚多（にへさ）なり。百済の貢物は少（すくな）く賤（いや）しくして良（よ）からず。便（すなは）ち久氐等に問ひて曰はく、「百済の貢物、不新羅に及（し）かざること、奈之何（いか）に」とのたまふ。対（こた）へて曰（まう）さく、「臣等（やつかれら）、道に失（まど）ひて、沙比（さひ）の新羅に至りぬ。則（すなは）ち新羅人（しらきひと）、臣等を捕（とら）へて囹圄（ひとや）に禁（かた）む。三月を経（へ）て殺さむとす。時に久氐等、天（あめ）に向（むか）ひて咒（のろ）ひ詛（とご）ふ。新羅人、其（そ）の呪ひ詛ふことを怖（おそ）りて殺さず。則ち我（やつかれ）が貢物を奪（と）りて、因（よ）りて、己（おの）が国の貢物とす。新羅の賤しき物を以（も）て、相易（あひか）へて臣（やつかれ）が国の貢物とす。臣等に謂（かた）りて曰（い）はく、『若（も）し此（こ）の辞（こと）を誤（あやま）てらば、還（かへ）らむ日に及（いた）りて、当（まさ）に汝等（いまし）を殺さむ』といふ。故（かれ）、久氐等、恐怖（おそ）りて従（したが）へらくのみ。是（ここ）を以て、僅（わづか）に天朝（みかど）に達（まういた）ることを得（え）たり」とまうす。時に皇太后、誉田別尊、新羅の使者（つかひ）を責（せ）めて、因りて、天神（あまつかみ）に祈（の）みて曰（まう）さく、「当（まさ）に誰人（たれ）を百済に遣（つかは）してか、事の虚実（いつはりまこと）を検（かむが）へしめむ。当に、誰人を新羅に遣してか、其の罪を推（かむが）へ問はしむべけむ」とまうす。便（すなは）ち天神誨（をし）へて曰（のたま）はく、「武内宿禰（たけしうちのすくね）をして議（はかりこと）を行（おこな）はしめよ。因りて千熊長彦（ちくまながひこ）を以て使者とせば、当（まさ）に、所願（ねがひ）の如くならむ」とのたまふ。【千熊長彦は、分明（わきわき）しく其の姓（かばね）を知らざる人なり。一（ある）に云はく、武藏国（むさしのくに）の人。今は是（これ）額田部（ぬかたべの）槻本首等（つきもとのおびとら）が始祖（はじめのおや）なりといふ。百済記（くだらき）に、職麻那那加比跪（ちくまなながひこ）と云へるは、蓋し是か。】 是に、千熊長彦を新羅に遣して、責むるに百済の献物（たてまつりもの）を濫（けがしみだ）れりといふことを以てす。
百済と新羅が共に朝貢に来たといふ。120年後だから367年のこと、百済記によるといふことだが、三国史記巻第二十四、百済本紀第二、近肖古王（346～375）においてはこのやうな記述は一切ない。新羅本紀第三・第十七代 奈勿 尼師今九年 夏四月（364年）に、倭兵の大軍が至るが、計略によりことごとく殺した、といふ記述があり、新羅が朝貢すべき状況にはなく、11年、13年には百済から新羅に貢を送っている状況。
書紀は、皇太后と太子誉田別尊と、大きに歓喜としている。皇太后78歳、誉田別尊は47歳。先の王とは足仲彦天皇（仲哀天皇）であり、この二国の来朝を所望していたが、存命中に及ばなかった、群臣もそれをいたみ悲しんだ、とそれが足仲彦天皇（仲哀天皇）の意思であり、それをすべてのものがその意思を継承しているイメージを持ち出した。四十七年前の記述からは首をひねる見解である。ならば、麛坂王、忍熊王の叛乱は起こりえなかった。
ところで、両国の貢物を検校すると、百済の貢物が著しく劣っていた。久氐等によれば、百済の使節は道に惑ひ、沙比の新羅、沙比は先にみたごとく新羅の枕詞ごとき使はれ方となっている、事もあらうに新羅に着いた。
”ひとや”人家、獄、牢屋のこと。”かたむ”は堅く監禁すること。人を呪詛するのが”のろふ”、自分の潔白をあかすために、神に対して自己詛盟するのが”とごふ”（字訓）。天に向ひて行はれる咒詛に殺すことがはばかられ、殺すことができず、貢物を取替へ日本への朝貢を行ふことにし、そのことを口外すれば殺すと脅したといふ。”かむがふ”は”か”と”むかふ”、両者を向はせて、ことの真偽を確かめること（字訓）。
新羅の使者を責め、だうやらそれがはっきりしてきたが、天神に、事の虚実を検へ、罪を推へることのできる適任者を問ふと、天神は、武内宿禰を指名し、千熊長彦を使者にするやうに、とのことであった。
”わきわきし”ははっきりしていること、千熊長彦がはっきりしないといふのも妙である。百済記に、職麻那那加比跪（ちくまなながひこ）といふ人物が記されていたとみられている。千熊長彦（ちくまながひこ）については、捏造されたとする説、そういふ人物がおり当てはめられたといふ説もあると注される。この期の対朝鮮外交に大きな足跡を残しながら、その子孫がはっきりしない？武藏国の人、今は、額田部槻本首等が始祖かな？では、子孫がうかばれない。「額田《ヌカタ》郷 和名抄、平群郡額田郷、訓奴加多。今平端村本多村なり、大字額田部《ヌカタベ》あり、東は山辺郡二階堂村に接し北は筒井村（旧添下郡）南に佐保川あり、古名熊凝と云ふ地是也。日本書紀云、千熊長彦者額田部槻本首等之始祖也。〔神功紀〕今本多村に大字｜椎木《シキ》あり槻の訛か。又仁賢紀云、日鷹吉師還自高麗、献工匠須流枳奴流枳等、今倭国山辺郡額田邑｜孰皮《カハシ》是其後也。書紀通証云、今山辺郡嘉幡村（今二階堂）西十町許有皮工邑、隣平群郡額田部村、孰熟本字。姓氏録云、大和諸蕃額田村主、出自呉国人天国（一作呉）古也（大日本地名辞書 119/933）」とある。
古名熊凝とは、忍熊王の軍の先鋒となった熊之凝（書紀巻9）の子孫が住んだ地、平端村柏木に近いのであらう。聖徳太子や中大兄皇子ら皇室の警護として大きな役割を果たす武人の出は東国となる。さういふことから武蔵国を持ち出したのであらうか？いづれにせよ、書紀としては、新羅とは百済をめぐって抜き差しのならない関係となったと、話を展開させることになった。それが、時代が先の話であることは分かった上で、皇太后の時代に起こったとしたかった。
卌九年春三月 以荒田別・鹿我別爲將軍 則與久氐等共勒兵而度之 至卓淳國 將襲新羅 時或曰 兵衆少之 不可破新羅 更復 奉上沙白・蓋盧 請増軍士 卽命木羅斤資・沙沙奴跪 【是二人 不知其姓人也 但木羅斤資者 百濟將也】 領精兵 與沙白・蓋盧共遣之 倶集于卓淳 撃新羅而破之 因以 平定比自㶱・南加羅・喙國・安羅・多羅・卓淳・加羅七國 仍移兵 西廻至古奚津 屠南蠻忱彌多禮 以賜百濟 於是 其王肖古及王子貴須 亦領軍來會 時比利・辟中・布彌支・半古 四邑 自然降服 是以 百濟王父子及荒田別・木羅斤資等 共會意流村 【今云州流須祇】 相見欣感 厚禮送遣之 唯千熊長彥與百濟王 至于百濟國 登辟支山盟之 復登古沙山 共居磐石上 時百濟王盟之曰 若敷草爲坐 恐見火燒 且取木爲坐 恐爲水流 故居磐石而盟者 示長遠之不朽者也 是以 自今以後 千秋萬歲 無絕無窮 常稱西蕃 春秋朝貢 則將千熊長彥 至都下厚加禮遇 亦副久氐等 而送之
卌九年の春三月（やよひ）（AD249.03）に、荒田別（あらたわけ）、鹿我別（かがわけ）を以て将軍（いくさのきみ）とす。則（すなは）ち久氐等（くていら）と共に兵（いくさ）を勒（ととの）へて度（わた）りて、卓淳国（とくじゆんのくに）に至りて、将（まさ）に新羅を襲（おそ）はむとす。時に或（あるひと）の曰（まう）さく、「兵衆（つはもの）少（すくな）くは、新羅を破るべからず。更復（また）、沙白（さはく）、蓋盧（かふろ）を奉（たてまつ）り上（あ）げて、軍士（いくさびと）を増（ま）さむと請（こ）へ」とまうす。即（すなは）ち、木羅斤資（もくらこんし）、沙沙奴跪（ささなこ）【是の二人は、其の姓を知らざる人なり。但し、木羅斤資のみは、百済の将（いくさのきみ）なり。】に命（みことおほ）せて、精兵（ときいくさ）を領（ひき）ゐて、沙白、蓋盧と共に遣（つかは）しつ。倶（とも）に、卓淳に集（つど）ひて、新羅を撃ちて破りつ。因（よ）りて、比自㶱（ひしほ）、南加羅（ありひしのから）、喙国（とくのくに）、安羅（あら）、多羅（たら）、卓淳（とくじゆん）、加羅（から）七（なな）つの国を平定（ことむ）く。仍（よ）りて兵を移して、西（にしのかた）に廻（めぐ）りて古奚津（こけいのつ）に至り、南蛮（ありひしのからくに）の忱弥多礼（とむたれ）を屠（ほふりさ）き、百済に賜ふ。是（ここ）に、其の王（こきし）肖古（せうこ）及び王子（せしむ）貴須（くゐす）、亦、軍（いくさ）を領（ひき）ゐて来会（まうけ）り。時に比利（ひり）、辟中（へちう）、布弥支（ほむき）、半古（はんこ）、四（よつ）の邑（むら）、自然（おのづから）に降服（したが）ひぬ。是（ここ）を以（も）て、百済の王（こきし）父子（かぞこ）及び荒田別、木羅斤資等、共に意流村（おるすき）【今、州流須祇（つるすき）と云ふ】に会ひぬ。相見（あひみ）て欣感（おむかしみ）す。礼（ゐや）を厚（あつ）くして、送（おく）り遣（つかは）す。唯し、千熊長彦（ちくまながひこ）と百済の王とのみ、百済国に至りて、辟支山（へきのむれ）に登りて盟（ちか）ふ。復（また）、古沙山（こさのむれ）に登りて、共に磐石（いは）の上に居（を）り。時に百済の王（こきし）盟（ちか）ひて曰さく、「若（も）し草を敷きて坐（ゐしき）とせば、恐るらくは火に焼（や）かれむことを。且（また）、木を取りて坐とせば、恐るらくは水の為（ため）に流されむことを。故（かれ）、磐石に居（ゐ）て盟ふことは、長遠（とこしへ）にして朽（く）つまじといふことを示す。是を以て、今より以後（のち）、千秋萬歳（ちあきよろづよ）に、絶ゆること無く窮（きはま）ること無けむ。常に西蕃（にしのとなり）と称（い）ひつつ、春秋（はるあき）に朝貢（みつぎたてまつ）らむ」とまうす。則ち千熊長彦を将（ゐ）て、都下（みやこ）に至りて厚く礼遇（ゐやまふこと）を加（くは）ふ。亦、久氐等を副（そ）へて送る。
荒田別は後、応神紀に、「時に上毛野君祖荒田別、巫別を百済に遣し、仍りて王仁を徴す」とある。御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）と紀伊国荒河戸畔の女（むすめ）の子、豊城入彦命（書紀巻5）の四世の孫。豊城入彦命は上毛野君・下毛野君の始祖（書紀巻5）となる。狹穗彦を撃ったその子、八綱田（やつなだ）が上毛野君の遠祖（書紀巻6）。東山道の十五国の都督に任ぜられ春日の穴咋邑で病死して上野国に葬られた彦狹嶋王（書紀巻7）がその子。父の代わりに東国を領めたのがその子、御諸別王、「其の子孫、今に東国に有り（書紀巻7）」とあり、荒田別はその子となる。名門の出であり、毛野国＝木の国＝紀の国とされるくらいで、紀国と関連が深く、武内宿禰とも繋がり、彼は素性が記されることになった。鹿我別は荒田別の弟。
或は或る人のこと、誰かは分からないが新羅について詳しい人物。もう一度、沙白、蓋盧を通じて、増軍を要請したのであるが、要請した相手とは誰か？百済王か？沙白、蓋盧が軍士を増す権限を有していることになる。二人は未詳と注される。沙白は水に洗われた砂粒の白、蓋盧とはおおいかくされた黒、白黒対比の妙な名である。
高句麗の長寿王（413～491年在位）が427年に平壤に遷都後、475年に百済の首都漢城を攻め蓋鹵（がいろ）王を滅ぼしている。蓋鹵は蓋盧に同じとされるが、音は同じだが別であらう。長寿王が新羅を従へたことを記す中原高句麗碑碑文（タングンワールド）には、「盖盧共■募人新羅土内衆人」とあり、新羅領内で300人を徴発して高句麗軍官の指揮下に置いており、盖盧は蓋盧に同じ、兵を集める役職かもしれない。
木羅斤資は三国史記、百済本紀、蓋鹵王の二十一年（475年）の「文周(王）は乃ち木劦滿致（ぼくきょうまんち）祖彌桀取（そびけつしゅ）と<木劦、祖彌、皆複姓、隋書は以て木劦を二姓『木氏と劦氏』と爲すも、未だ孰（いづれ）が是（ぜ）か知らず>南に行きぬ」の木劦滿致の父と注される。百済王は木羅斤資、沙沙奴跪に命じて、精兵を率ゐさせ、沙白、蓋盧共々新羅を撃破することができた。荒田別、鹿我別は主役といふよりは脇役であった。
比自㶱は慶尚南道昌寧（地図）の古名（古名地図）、南加羅は慶尚南道金海（地図）、魏志倭人伝の拘邪韓国のこと、”ありひし”は韓語の南、喙国は慶尚北道慶山（地図）、安羅は慶尚南道咸安（地図）の古名、伽倻のこと、多羅は慶尚南道陜川（地図）、卓淳は慶尚北道大邱（地図）、加羅は慶尚北道高霊（地図）。新羅の南西の七国。
更に西へ行き、古奚津は全羅南道康津（地図）、忱彌多禮は済州島、南蛮とは百済からみてのこと。この島を百済に賜ふといふことで、王と王子が軍を率ゐてきたため、比利、辟中、布彌支、半古、四の邑、自然に降服してきたといふ。比利は全羅北道全州（地図）、辟中は全羅北道金堤（地図）、布彌支は忠清南道公州市新豊（地図）、半古は全羅南道羅州（地図）。百済の南である。意流村は百済始祖温祚が都を置いた京畿道河南市の漢山（地図）、慰礼城の地（松坡区にある風納土城説もある）。新羅王子天日槍の降臨した意呂山（蔚山）説。肖古王時代なら王都漢城（地図）説。今といふのは書紀編纂時、州流須祇は、百済滅亡当時、鬼室福信の百済復興軍の拠点となった周留城、と注される。辟支山は辟中と同所、古沙山は全羅北道古阜（地図）と注される。
七国平定も百済主導の日本（やまと）との連合軍によるもの、四国降服は百済王自らの南下によるものである。中国では南北朝対立があり、北方民族の侵入があり、半島では、高句麗、新羅、百済の対立があり、百済が日本と連携しその南方の安定図り、日本がそのことで半島への進出の拠点を築く、双方の利害の一致した時代の意識をここに持ち込んでいることになる。
書紀は、百済王との会談に臨んだのは、将軍の荒田別ではなく、使者の千熊長彦とした。まずは、草でも木でもなく磐石に居て盟ふことが、長遠之不朽、千秋萬歳、無絶無窮と盛り上げた。書紀としては、百済の常稱西蕃、春秋朝貢はここに起因する、としたかった。
五十年春二月 荒田別等還之
夏五月 千熊長彥、久氐等 至自百濟 於是 皇太后歡之問久氐曰 海西諸韓 旣賜汝國 今何事以頻復來也 久氐等奏曰 天朝鴻澤 遠及弊邑 吾王歡喜踊躍 不任于心 故因還使 以致至誠 雖逮萬世 何年非朝 皇太后勅云 善哉汝言 是朕懷也 増賜多沙城 爲往還路驛
五十年の春二月（きさらぎ）（AD250.02）に、荒田別等還（かへ）れり。
夏五月（さつき）に、千熊長彦（ちくまながひこ）、久氐等、百済より至（かへりいた）る。是（ここ）に、皇太后（おほきさき）、歓（よろこ）びて久氐に問ひて曰（のたま）はく、「海（わた）の西（にし）の諸（もろもろ）の韓（からくに）を、既に汝（いまし）が国に賜（たま）ひつ。今、何事ありてか頻（しきり）に復（また）来（まうく）る」とのたまふ。久氐等、奏（まう）して曰（まう）さく、「天朝（みかど）の鴻沢（うるほひ）、遠く弊（いや）しき邑（くに）に及ぶ。吾（やつかれ）が王（こきし）、歓喜（よろぶ）び踊躍（ほどはし）りて、心にえ任（しの）びず。故（かれ）、還使（かへるつかひ）に因（よ）りて、至誠（ねむごろなること）を致す。万世（よろづよ）に逮（およ）ぶと雖も、何（いづれ）の年にか朝（つかへまつ）らざらむ」とまうす。皇太后（おほきさき）、勅（みことのり）して云（のたま）はく、「善（よ）きかな、汝（いまし）が言（こと）。是（これ）朕（わ）が懐（おもふこと）なり」とのたまふ。多沙城（たさのさし）を増し賜ひて、往還（かよ）ふ路の驛（うまやたち）としたまふ。
荒田別等は一足先に帰国とは、百済には行かず帰還したといふことになる。この荒田別の素性が明らかにされる一方、使者として百済王と直接交渉を行った千熊長彦の素性が分からないといふのは如何にも不釣合ひである。三ヶ月遅れて、千熊長彦は、久氐等を伴って帰国。かくも重要な位置を占める久氐も百済人としか分からないといふのも妙である。
諸韓とは加羅七国、忱弥多礼、四邑とならう。これを百済に賜ふたのであるが、復来たのは何故か、と皇太后が問ふた。鴻は大きな鳥、白鳥、沢はうるおひ、つや。踊躍は仏教では信仰を得たとき、おどりあがってよろこぶこと、儒教では論語を読んで理解ができると手足がおどりだすこと。”ほど”は深く至ること、”はしる”はわくわくすること。任は身に引き受けてたえること、”しのぶ”はこらえること。”みかど”の”うるほひ”に心ふるえおどることを、こらえることができないほどうれしく、そのこころを伝へたい、万世におよび、仕へないといふときをむかへることはない、といふ。皇太后は、それこそおもふところ、と勅された。
多沙城は慶尚南道と全羅南道の道堺、蟾津江の河口付近（地図）、河東郡、獄陽県がもと少多沙県（三国史記、地理志）、全羅南道光陽県の古跡の多沙川所（輿地勝覧）の地と注される。、全羅南道側が百済、慶尚南道側が加羅の領域であり、係争地の城であり、倭人と加羅は元来良好な関係にあったと思はれ、百済の来朝の地点としての”うまやだち（駅館）”として、この城を賜ふとしたが、紛争の種を残したことにならう。
五十一年春三月 百濟王亦遣久氐朝貢 於是 皇太后語太子及武内宿禰曰 朕所交親百濟國者 是天所致 非由人故 玩好珍物 先所未有 不闕歲時 常來貢獻 朕省此款 毎用喜焉 如朕存時 敦加恩惠
卽年 以千熊長彥 副久氐等遣百濟國 因以 垂大恩曰 朕從神所驗 始開道路 平定海西 以賜百濟 今復厚結好 永寵賞之 是時 百濟王父子 並顙致地 啓曰 貴國鴻恩 重於天地 何日何時 敢有忘哉 聖王在上 明如日月 今臣在下 固如山岳 永爲西蕃 終無貳心
五十一年の春三月（やよひ）（AD251.03）に、百済の王（こきし）、亦（また）久氐（くてい）を遣（まだ）して朝貢（みつきたてまつ）る。是（ここ）に、皇太后（おほきさき）、太子（ひつぎのみこ）及び武内宿禰（たけしうちのすくね）に語（かた）りて曰（のたま）はく、「朕（わ）が交親（むつましみ）する百済国は、是（これ）天（あめ）の致（たま）へる所なり。人に由（よ）りてその故（ゆゑ）に非（あら）ず。玩好（もてあそびもの）、珍（めづら）しき物、先より未だ有らざる所なり。歳時（とき）を闕（お）かず、常に来（まうき）て貢献（たてまつ）る。朕（われ）、此（こ）の款（まこと）を省（み）るに、毎（つね）に用（も）て喜（よろこ）ぶ。朕（わ）が存（い）けらむ時の如（ごと）くに、敦（あつ）く恩惠（うつくしび）を加へよ」とのたまふ。
即年（そのとし）に、千熊長彦（ちくまながひこ）を以て、久氐等（くていら）に副（そ）へて百済国に遣（つかは）す。因（よ）りて、大恩（うつくしび）を垂（た）れて曰はく、「朕（われ）、神の験（あらは）したまへる所に従ひて、始めて道路（みち）を開く 海（わた）の西（にし）を平定（ことむ）けて、百済に賜ふ。今、復（また）厚（あつ）く好（よしび）を結びて、永（ひたぶる）に寵（あが）め賞（たまひもの）す」とのたまふ。是（こ）の時に、百済の王（こきし）の父子（かぞこ）、並（ならび）に顙致地（をが）みて、啓（まう）して曰（まう）さく、「貴国（かしこきくに）の鴻恩（みうつくしび）、天地（あめつち）よりも重し、何（いづれ）の日、何の時にか、敢（あ）へて忘れまつること有らむ。聖王（ひじりのきみ）、上（かみ）に在（ま）しまして、明（あきらか）なること日月（ひづき）の如し。今臣（やつかれ）、下（しも）に在（はべ）りて、固（かた）きこと山岳（やま）の如し、永（ひたぶる）に西蕃（にしのとなり）と爲（な）りて、終（つひ）に弐心（そむくこころ）無（な）けむ」とまうす。
さて、神託で神が海の向こうで降服してくるとしたのは、「眼炎の金・銀・彩色、多に其の国に在り。是を栲衾新羅国と謂ふ」であった。しかし、いつの間にか新羅ではなく百済が中心となっている。珍異しきもの甚多なる新羅の貢物は、百済のものを横取りしたといふ事件があり、新羅との関係は悪化し、百済との交親が主流となった。新羅は攻めて手中にいれたものの、だうもぎくしゃくしている。百済は自ら交親を求めてきたのであるが、それは天が致すところのもの、百済から玩好、珍物は届いていないが、きちんと朝貢に来る。自分が死んだ後も、敦く恩惠を加へるやう、太子及び武内宿禰に告げたとする。日本（やまと）と百済の関係は天の定めたものと書紀の編者はしたかった。
即刻、来貢した久氐等と共に千熊長彦を百済へ派遣、「神の驗したまへる所に從ひて、始めて道路を開く」は新羅であったはずだが、百済となった。「海の西を平定けて」は百済の加勢あってのこと、賜ふといふのは如何なものか。顙致地は額を地面にすりつける、と注される。”をがむ”と訓じられる。”かしこきくに”の”みうつくしび”が天地より重い、それを忘れることはない。日月のごとき聖王とは堯を思はせる。山岳のごとく固い臣としての不動の志。歴史上では、251年は251+120＝371年は、百済が高句麗を攻め平壌を占拠し、372年には東晋に入貢し、鎮東将軍領楽浪太守の号を授けられている。ここで述べられた百済王の発言は、この時期を考えれば、東晋に向かって述べられる言葉であっても、日本（やまと）に向かって発せられるものではなからう。しかし、書紀は皇太后の時代にこうであったと、だうしてもしておきたかった。
五十二年秋九月丁卯朔丙子 久氐等從千熊長彥詣之 則獻七枝刀一口・七子鏡一面 及種種重寶 仍啓曰 臣國以西有水 源出自谷那鐵山 其邈七日行之不及 當飮是水 便取是山鐵 以永奉聖朝 乃謂孫枕流王曰 今我所通 海東貴國 是天所啓 是以 垂天恩 割海西而賜我 由是 國基永固 汝當善脩和好 聚斂土物 奉貢不絕 雖死何恨 自是後 毎年相續朝貢焉
五十二年の秋九月（ながづき）の丁卯（ひのとのう）の朔（ついたち）丙子（ひのえねのひ）（AD252.09.10）に、久氐等（くていら）、千熊長彦（ちくまながひこ）に従ひて詣（まうけ）り。則（すなは）ち七枝刀一口（ななつさやのたちひとつ）・七子鏡一面（ななつこのかがみひとつ）、及び種種（くさぐさ）の重宝（たから）を献（たてまつ）る。仍（よ）りて啓（まう）して曰（まう）さく、「臣（やつこ）が国の西（にしのかた）に水（かは）有り。源（うなかみ）は谷那（こくな）の鉄山（かねのむれ）より出（い）づ。其の邈（とほ）きこと七日行きて及（いた）らず。当（まさ）に是（こ）の水を飲み、便（すで）に是の山（むれ）の鉄（かね）を取りて、永（ひたぶる）に聖朝（ひじりのみかど）に奉（たてまつ）らむ」とまうす。乃（すなは）ち孫（うま）枕流王（とむるわう）に謂（かた）りて曰（い）はく、「今我が通（かよ）ふ所の、海（わた）の東（ひむがし）の貴国（かしこきくに）は、是（これ）天（あめ）の啓（ひら）きたまふ所なり。是（ここ）を以（も）て、天恩（みうつくしぶ）を垂（た）れて、海の西を割きて我に賜へり。是（これ）に由りて、国の基（もとゐ）永（とこしへ）に固（かた）し。汝（いまし）当（はた）善（よ）く和好（よしび）を脩（をさ）め、土物（くにつもの）を聚斂（つみあつ）めて、奉貢（みつきたてまつ）ること絶えずは、死ぬと雖（いふと）も何（なに）の恨みかあらむ」といふ。是（これ）より後（のち）、年毎（としごと）に相続（あひつ）ぎて朝貢（みつきたてまつ）る。
書紀としては、ここで百済より 重宝がもたらされたとした。百済の西の水とは川。臨津江あるいは礼成江の水源といふことであらうが、水源といふよりは黄海北道の谷山郡（古地名図）あたりといふ。鉄を産するとあり、371年に高句麗を攻め平壌を攻略した折に、この鉄山を手中に入れたもの、と注される。時の百済の王都が広州古邑（南漢山北麓）にあったとされ、そこから七日の遠さであったといふ。この鉄を奉納する、その証が七枝刀とならう。
肖古王の子が貴須（くゐす）、その子が枕流（とむる）、帰国した久氐が孫枕流王に、日本（やまと）は天が啓（ひら）きたもうた国、天恩により百済に海の西（新羅の南西の七国等）を与へたもうた。永久に奉貢ること絶やしてはならない、と説得した。これは、百済が滅亡せんとする七世紀中葉の意識が持ち込まれており、372年の時点では成立困難、252年の世界ではあり得ない。
七子鏡、通釈は、「周りに七箇の子ありて俗に七曜紋と云ものの状したる鏡」といい、喜田貞吉は七鈴鏡かといふ。文徳実録斉衡二年二月条に備中吉備津彦社神庫内の鈴鏡が見える。鈴鏡の実物は朝鮮には出土の例がなく、日本のも後期古墳からのみであることが、この場合弱点である。小校経閣金文拓本巻十五に「九子竟（鏡）」云々の銘をもつ東晋ごろの鏡があり、芸文類聚、天部の梁簡文帝の望月の詩に、「形同七子鏡 影類九秋霜」とある七子鏡は満月を円い形容であり、前の九子鏡と共に円鏡といふことになる。奈良時代までの鏡は一般に円形であるから、本文の七子鏡も例外ではなからう、と注される。卑弥呼の時代の三角縁神獣鏡は神仙思想の影響を受けたものであったが、刀と鏡は道教の儀器とされるといふ。ここで七がよく用いられるのは、七国平定の七に関連があると見るむきもある。
七枝刀であるが、石上神宮の宝庫に納められて伝来、鉄製で、茎を加えて全長75センチ、真直ぐな両刃の剣身両側に左右交互に三つ宛の両刃の小枝を出し、身と枝に金象嵌の界線を作り、身部の界線内に同じく金象嵌で銘文を加えてある。この銘文については明治初年以来、菅政友、星野恒、福山敏男、榧本亀次郎等の研究が発表された。福山の解読によると、
泰和四年□月十一日丙午正陽造百練釦（鋼？）七支刀□辟百兵宜供候王□□□□作（以上表）、
先世以来末有此刃百濨（済）王（？）世子（？）奇生聖音故為倭王旨造傅□世（以上裏）となり、表には、
「泰和四年（東晋海西公の太和四年、369）某（正か四か五）月十一日の純陽日中の時に、百練の鉄の七支（枝）刀を作る。以て百兵を辟除し、候王の供用とするのに宜しい。某（あるいは工房）これを作る」と記し、裏には
「先世以来未だ見なかったこのやうな刀を、百済王と太子とは、生命を御恩に依存しているが故に、倭王の御旨によって造った。願わくはこの刀の永く後世伝わるやうに」
と記したものと解せられる。太和四年は近肖古王二十四年にあたる」と注される。
最近では、泰和四年（369年）五（あるいは十一）月十六日丙午正陽とされるやうだ。泰和（太和）は東晋の年号。五行でいふ丙午は真夏の猛火、丙（ひのえ）は火を表し、午は真夏、正陽は、聖主当陽、日至中天、万国瞻仰とされ、夏の陽の照りつけるとき、とならう。（泰和四年「369」□月十一日で丙午となる日がないのが問題）
造百練鉄とされるが、「鉄を入念に鍛錬してこの刀を作った」の記述があり、日本刀と同じく 鋼を加熱鍛錬して刀を作ったとする説が一般的である。しかし、この「錬」の意味については多くの人が検討していて、中国の文献では「錬」前に「煉」の字が充てられ、刀剣の製作工程では「加熱」を意味し 銑鉄・鋳鉄を加熱・鍛錬するごとに材質を脱炭・脱滓が進み、回数を重ねることで 清浄な鋼になる。これが基本的用法といふ。「百錬」とは百回の折り曲げ加熱・鍛造を意味する。しかし、加熱溶融させた銑鉄に空気を吹き込んで脱炭して鋼を作る方法が発明された後も「鋼」を十分な加熱・鍛造を繰り返して仕上げることを「百錬」「八十錬」と回数に関係なく用法が残ったといふ。したがって、この七支刀の材質が銑鉄であるのか 鋼であるのかは 分析からは良く解らない。
ほぼ同じ古墳時代に銘文が刻まれた刀、「百錬利刀」の文字がと刻まれている稲荷山鉄剣（5世紀後半）はその鉄錆の分析から鉄.などと同じ鋼素材。「廷刀八十錬」の文字が刻まれている江田船山古墳銀象嵌太刀は錆が薄片状に発生していることや「利刀」ではなく「廷刀」の文字から 折り返し鍛造ではなく鉄.のやうな薄素材を重ねて、鍛造圧着させたものでないか・・・といわれる。そんなことを考えると刀に用いられた材質を金属学的にきっちり分析しないと「錬」の用法からは使われた材料が「鋳物銑鉄」なのか 「鋼」素材なのか 即答は出来ないのである。（石上神宮の国宝「七支刀」復元展にあわせて 物部氏の布留を訪ねる）」。鍛冶鍛造されたのか鋳造されたのか結論づけられないとされる。
谷那の鉄を使ってと書紀が記すのは、高句麗を撃破して手に入れた鉄を暗示させる。七支刀（ 出）辟百兵、は七支刀出でれば百兵（多くの兵）を避けることができること。宜供供侯王は、供供たる（恭しくつかえる）候王に宜（よろ）し、天子が侯王に下す慣用句。侯王とは、天子から封せられたその地の王。東晋の年号ではじまり、東晋の帝が侯王に七支刀を下賜したといふ文意。西晋高祖宣帝の正始元年（240年）、世祖武帝の泰始二年（266年）、東晋安帝の義熙九年（413年）近辺であれば倭から朝貢をしており、日本（やまと）の王が侯王たりえやうが、369年に東晋と倭には該当する関係は無く、この侯王たりうるのは百済王となるのが自然である。しかし、実際は、これは、百済王から日本（やまと）の王に与へられたものであり、書紀では百済王が日本（やまと）の王に献上したことになっている。侯王は倭王で、百済王が倭王に下賜したといふ説（七支刀と年号の論理：新・古代学の扉）があるが、これでは書紀の記述自体がぶち壊しとなり、この銘文は、絶対他に見せてはならぬものとなる。実に、やっかいな銘文である。
369年となれば、東晋は海西公（司馬奕、在位365-371、兄の哀帝、司馬丕を継いで即位するも、国政の実権を握っていた宰相の桓温に廃位され海西公に降封）の時代。百済は、371年に高句麗を攻め平壌を攻略、372年に東晋に入貢し、簡文帝より、鎮東将軍領楽浪太守の号を授けられている。銘文から判断すれば、製作されたのは東晋廃帝時、目的は侯王の武勇を守護する刃を下賜すること。製作者、製作地は不明。東晋が百済に高句麗を攻めることを要請するためにこれを下賜したといふ可能性はある。369（249+120）年、書紀では、荒田別、鹿我別と木羅斤資、沙沙奴跪等による加羅七つの国を平定の年であり、東晋から下賜されていた七支刀の裏面に銘文を記して、あるいは模倣して、372年に日本（やまと）の王に献上したといふ説も面白い（第３回COE領域横断ゼミ：九州大学 21世紀COEプログラム）。
先世以来末有此刀は、先の世以来、かつてこのやうな刀はなかった。百済王世（子）、世子とは太子・貴須を指しており、「奇」は太子の名・貴須を漢字１字で記したもの。奇生聖音、聖音は道教思想とされ、刀と鏡は道教の儀器ともあり（七支刀：Toron talker ）、太子が「辟百兵」の呪力を刀に込める道教の影響を受けて生きているためとする説がある。奇（寄）生聖音（晋）ともされ、生を聖なる晋の皇帝に寄せる、とする説もある。故為倭王旨造は、故に倭王、旨の為に造るとする説があるが、旨といふ名の倭王がいない、ともあり（七支刀）、東晋皇帝が百済王に賜われた「旨」を倭王とも共有しやうとこの刀を（贋製して）「造」った（第３回COE領域横断ゼミ）ともされる。旨（けい）は詣、稽からくるものがあり、迎えて拝すること（字統）、また、よい、うまいの義がある。旨造とは倭王のことに非常に気を配って立派に造るとも考へてみた。伝示後世は、後の世に伝えて示すこと。
369～372年といふ時代を想定するならば、主役は百済であらう。高句麗と対峙するために廃帝時の東晋と結び、新羅と対峙するために倭と結ぶ、外交においても、軍事においてもこれが機能している。百済は北は高句麗の平壌を攻略し、南は倭と連携し済州島までを平定、新たな東晋の帝、簡文帝より、鎮東将軍領楽浪太守を授けられた。倭も卑弥呼以来、再び政権として半島への足がかりを築くことになる。七枝刀、七子鏡がこの連携を示すものとして評価されやう。「侯王」、「倭王」が誰であるか、十一日丙午が定まっておらず、門外漢の推測にすぎないが。
書紀はそこへ、七世紀の日本と百済との関係を持ち込み、卑弥呼の時代に起こったこととして、天が啓きたもうたこと、神意によりこれが成就された、と記述したことになる。
五十五年 百濟肖古王薨
五十五年（AD255）に、百済の肖古王（せうこわう）薨（みう）せぬ。
三国史記、卷第二十四、百済本紀第二、近肖古王三十年（375年）冬十一月条に、「王薨」とある。255+120＝375であり、干支を二運（60年ｘ2）すすめて合致させていることが確認される。
五十六年 百濟王子貴須立爲王
五十六年（AD256）に、百濟の王子（せし）貴須（むくゐす）、立ちて王（こきし）と爲る。
三国史記、卷第二十四、百済本紀第二、近仇首王前文に、「近仇首（きんきゅうしゅ）王 一に諱を須と云く。近肖古（きんしょうこ）王の子・・・近肖古在位三十年に薨じ、即位す」とある。書紀としては、ここに実在の百済王を二運前倒しして登場させる必要があった。半島や大陸の史家がみれば成立しない年代設定であるが、なんと言はれやうとこれで押し切る覚悟で、近仇首王元年（376年）、気長足姫尊五十六年（256年）は同年であるとなした。
六十二年 新羅不朝 卽年 遣襲津彥撃新羅 【百濟記云 壬午年 新羅不奉貴國 貴國遣沙至比跪令討之 新羅人莊飾美女二人 迎誘於津 沙至比跪 受其美女 反伐加羅國 加羅國王己本旱岐 及兒百久至・阿首至・國沙利・伊羅麻酒・爾汶至等 將其人民 來奔百濟 百濟厚遇之 加羅國王妹旣殿至 向大倭啓云 天皇遣沙至比跪 以討新羅 而納新羅美女 捨而不討 反滅我國 兄弟人民 皆爲流沈 不任憂思 故 以來啓 天皇大怒 卽遣木羅斤資 領兵衆來集加羅 復其社稷 一云 沙至比跪 知天皇怒 不敢公還 乃自竄伏 其妹有幸於皇宮者 比跪密遣使人 間天皇怒解不 妹乃託夢言 今夜夢見沙至比跪 天皇大怒云 比跪何敢來 妹以皇言報之 比跪知不兔 入石穴而死也】
六十二年（AD262）に、新羅朝（まうでこ）ず。即年（そのとし）、襲津彦（そつびこ）を遣（つかは）して新羅を撃（う）たしむ。【くだら記（くだらき）に云（い）はく、壬午年（みづのえうまのとし）（AD382）に、新羅、貴国（かしこきくに）に奉（つかへまつ）らず。貴国、沙至比跪（さちひこ）を遣はして討たしむ。新羅人（しらきひと）、美女（をみな）二人（ふたり）を莊飾（かざ）りて、津（とまり）に迎へ誘（をこつ）る。沙至比跪、其の美女（をみな）を受けて、反（かへ）りて加羅国（からのくに）を伐（う）つ。加羅の国王（こきし）、己本旱岐（こほかんき）、及び兒百久至（こはくくち）、阿首至（あしゅら）、国沙利（こくさり）、伊羅麻酒（いらます）、爾汶至等（にもんちら）、其の人民（ひとくさ）を将（ゐ）て、百済に来奔（に）ぐ。百済、厚く遇（みあ）ふ。加羅の国王（こきし）の妹（いろも）、既殿至（けでんち）、大倭（やまと）に向（まうで）きて啓（まう）して云（まう）さく、「天皇（すめらみこと）、沙至比跪（さちひこ）を遣（つかは）して、新羅を討たしめたまふ。而（しか）るを新羅の美女（をみな）を納（と）りて、捨てて討たず。反（かへ）りて我が国を滅（ほろぼ）す。兄弟（はらから）、人民（ひとくさ）、皆（みな）爲流沈（さすら）へぬ。憂（うれ）へ思ふにえ任（しの）びず。故（かれ）、以て来（きた）り啓（まう）す」とまうす。天皇、大（おほ）きに怒りたまひて、即ち木羅斤資（もくらこんし）を遣して、兵衆（いくさびと）を領（ひき）ゐて加羅に来集（まうつど）ひて、其の社稷（くに）を復（かへ）したまふといふ。一（ある）に云はく、沙至比跪、天皇の怒（みいかり）を知りて、敢へて公（あらは）に還らず。乃（すなは）ち自（みづか）ら竄伏（かく）る。其の妹（いろも）、皇宮（みかど）に幸（つかへまつ）ること有り。比跪、密（ひそか）に使人（つかひ）を遣（まだす）して、天皇の怒（みいかり）解（と）けぬるや不（いなう）やを間はしむ。妹、乃ち夢（いめ）に託（つ）けて言（まう）さく、「今夜（きぞ）の夢に沙至比跪を見たり」とまうす。天皇、大きに怒りて云（のたま）はく、「比跪、何ぞ敢へて来（きた）る」とのたまふ。妹（いろも）、皇言（おほみこと）を以て報（かへりごと）す。比跪、兔（ゆるさ）れざることを知りて、石穴（いはつぼ）に入りて死ぬといふ。】
新羅不朝、襲津彦に討たしたといふのが記述であるが、百済記を引用したことで混乱が生じる。
百済記に「貴国」が用いられていたかなど改竄、潤色の疑いがあると注される。沙至比跪の立場が襲津彦にあたるため、同一人物とする混乱が生じかねない。
貴国が沙至比跪を派遣して新羅を討つが、莊はかおかたちが端正で威厳のあること、新羅の貴族の女（むすめ）であらう、二人の美女に誘惑され、新羅について加羅国を伐った。仲哀天皇九年冬十月（AD200.10）にみたやうに、「新羅は美女で名高い国であり、『倭国からは再三にわたって王や王子に新羅の娘を嫁に欲しいといふ申し込みが行われていて、日本の王たちが新羅の美女たちを欲しがっていたことを新羅の王たちは十分に知っていた（書紀巻９）』」。
己本旱岐、兒百久至、阿首至、国沙利、伊羅麻酒、爾汶至、既殿至すべて未詳と注される。己本旱岐、及び兒百久至、阿首至、国沙利、伊羅麻酒、爾汶至等が、百済に逃げた、といふならまだしも、人民まで率いて百済に来奔、百済が厚遇とある。四十九年に加羅等を平定し、五十一年に百済に賜ふとあった。この記述との整合性がない。加羅の国王の妹が大倭に向きて窮状を訴へるといふも、百済の将軍、木羅斤資を天皇が派遣するといふも、違和感がある。
百済記は大倭（やまと）とする。書紀は倭を”やまと”と訓じ、後に、”やまと”に日本を充てる。
流は遠くへゆくこと、沈はかくれること、爲流沈を”さすらふ”と訓じている。社は土地の神、稷は五穀の神、宮殿の右に社、宗廟の左に稷を祭る（角川漢和中辞典）、社稷を”くに”と訓じている。
一に云はく、以下も百済記とされるが如何なものか。公は”あらは”私は”しのび”、不敢公還は、ひそかに還ること。竄は逃げ隠れること、竄伏は潜伏と同じ。沙至比跪は秘かに本国に還り、妹に天皇の怒りが解けるかどうかを問はし、解けぬと判り、自殺する。死んだといふことで、実は沙至比跪は襲津彦ではないと判明するが、襲津彦のごとき印象を与へることには変はりない。
葛城襲津彦は、五年（AD205）に新羅の使者三人を捉へて、檻中に納めて、火を以て焚き殺し、草羅城を落とし、俘人等（桑原・佐糜・高宮・忍海、凡て四の邑の漢人）を連れ還ったことがあり、自分の女（むすめ）が仁徳天皇の皇后となる名門である（書紀巻９）。この時には、もう57年を経ており、相当の老人となる。その老人に新羅が美女二人を用意し、誘惑された襲津彦が、新羅を討たずに、加羅国を討つなど理解しがたい。新羅は朝貢することを約し、美女二人を差し出したのであらう。気を良くして加羅に戻ったところ、加羅の国王、己本旱岐は、”貴方は騙されている、美女二人を差し出すは時間稼ぎ、新羅にしてやられましたね。こんなことがありましたよ。奈勿 尼師今（在位 ＡＤ356-402）の十八年（ＡＤ373） のこと、「百済の禿山（とくざん）城主が人三百を率いて来投した。王は彼等を迎え入れて、六部に分けて住まわせた。百済王は（新羅王に）国書を送って、つぎのようにいった。 両国は国交を結び、兄弟となることを約束した。（ところが）いま大王はわが国から逃げたものを迎え入れている。（このことは両国の）和睦の意に甚だしく反するので、 大王も望んでいるところではないでしょう。どうか（彼らを）返してほしい。 （新羅王は）これに答えて、『民には常心がないので、よいと思えば来るし、いやになれば去り、（彼らの欲する）ところに安住するものです。 大王は（あなたの国）民の不安に配慮しないで、私をなぜそんなに強く責められるのですか』といった。百済ではこの（新羅の）返事うぃ聞いても反論しなかった（平凡社、井上秀雄訳注） 」。
新羅はしたたか。美女二人連れて帰られたとしても、そのあとは何も起こりませんよ。ここは生き馬の目を抜く半島、列島のやうに穏やかならいいのですが・・・”烈火のごとく怒った襲津彦に恐れをなして、己本旱岐、兒百久至、阿首至、国沙利、伊羅麻酒、爾汶至等が百済に逃げたくらいなら理解ができるが。襲津彦ほどの者が君命に背き新羅と通じ加羅国を討ったとするなら、本国に還り、妹に天皇の怒りが解けるかどうかを問はし、自殺するといふ愚かな行動をとることはない。誤解を生みかねないことを承知で引用しているところに意図があるのだらうが、襲津彦はこの後も対新羅外交に携はっており、本文はあくまでも新羅を討ったでとどまっていることに留意すべきである。書紀特有のトリッキーな展開である。
六十四年 百濟國貴須王薨 王子枕流王立爲王
六十四年（AD264）に、百済国（くだらのくに）の貴須王（くゐすわう）薨（みまか）りぬ。王子（せしむ）枕流王（とむるわう）立ちて王（こきし）と爲（な）る。
三国史記、卷第二十四、百済本紀第二、近仇首（きんきゆしゅ）王十年（AD384）、「夏四月 王薨る」。枕流（ちんりゆう）王、「枕流王 近仇首王の元子（嫡男）、母を阿尔（あじ）夫人と曰ふ。父を繼ぎて即位す。秋七月、使を遣はし、晉に入りて朝貢す。九月、胡（こ）僧、摩羅難陁（まらなんだ）晉より至り、王これを迎へて宮内に致り、禮敬す。佛法ここに始まる。（三国史記 123/259）」とあり、枕流王の時代に仏法が晋より百済に伝来している。
六十五年 百濟枕流王薨 王子阿花年少 叔父辰斯奪立爲王
六十五年（AD265）に、百済枕流王薨りぬ。王子阿花（あくゑ）年少（としわか）し。叔父（おとをぢ）辰斯（しんし）奪ひて立ちて王（こきし）と爲る。
枕流王二年（AD385）に、「冬十一月 王薨」とある。三国史記、卷第二十五、百済本紀第三、辰斯王に、「辰斯王、近仇首王の仲子（次男）、枕流の弟、人と爲りは、強勇、聰惠にして、智略多し。枕流の薨なり。太子少（わか）し、故に叔父、辰斯、即位す三国史記 124/259）」とある。阿莘王、「阿莘王、或ひと阿芳と云く、枕流王の元子。初め漢城別宮に生るに、神光、夜を炤（てら）し、壯に及びて志氣、豪邁（豪勇英邁）、鷹馬（鷹狩り騎馬）を好む。王薨りし時、年少く、故に叔父、辰斯位を繼ぐ。（辰斯）八年に薨り、（阿莘）即位す（三国史記 125/259）」とある。阿華王ともされ、華=花で阿花となる。
六十六年 【是年 晉武帝泰初二年 晉起居注云 武帝泰初二年十月 倭女王遣重譯貢獻】
六十六年（AD266）に、【是年（ことし）、晋（しん）の武帝（ぶてい）の泰初（たいしょ）の二年なり。晉の起居（ききょ）の注に云はく、武帝の泰初の二年の十月に、倭（わ）の女王（ぢょわう）、譯（をさ）を重ねて貢献（こうけん）せしむといふ。】
晋書、卷三、帝紀第三、世祖武帝（司馬炎）、「泰始二年（AD266）十一月己卯 倭人來りて方物を獻ず」とある。起居注とは、中国で天子の言行ならびに勲功を記した、日記体の政治上の記録と注される。「周礼」に左史・右史があり、天子の左史はその言を、右史はその行を記すが起源とされる。晋泰始起居注は二十巻（李軌撰）あり、そこに記述されているのが上文である。唐以降には失はれており、原文との照合ができないが、書紀編纂当時には日本でも利用されていたことになる。梁書(636年成立)には、「正始中、卑彌呼死す。更に男王を立てる。國中服さず。更に相誅殺す。復た卑彌呼の宗女臺與を立てて王と爲す。其後復た男王立ちて、並びに中國の爵命を受く（梁書、諸夷傳、倭国条）」とある。倭の女王とは、この場合、臺與となる。ここの年代は二運繰上げはなく、実年代となる。倭（わ）と日本（やまと）は使ひ分けされている。気長足姫尊（神功皇后）とは全くの別人としている。
六十九年夏四月辛酉朔丁丑 皇太后崩於稚櫻宮 【時年一百歲】
冬十月戊午朔壬申 葬狹城盾列陵 是日 追尊皇太后 曰氣長足姫尊 ◎是年也太歲己丑
六十九年の夏四月（うづき）の辛酉（かのととり）の朔（ついたち）丁丑（ひのとのうしのひ）（AD269.04..17）に、皇太后（おほきさき）、稚桜宮（かわさくらのみや）に崩（かむあが）りましぬ。【時に年（みとし）、一百歳（ももとせ）】
冬十月（かむなづき）戊午（つちのえうま）朔壬申（みづのえさるのひ）に、狹城盾列陵（さきのたたなみのみさざき）に葬（はぶ）りまつる。是の日に、皇太后を追（お）ひて尊（たふと）びて、氣長足姫尊と曰す。◎是年、太歳、己丑（つちのとのうし）（AD269.）。
稚桜宮は三年の春正月（書紀巻9）にすでにみた。百歳といふことは、稚足彦皇天皇（成武天皇）三十九年(AD169）生まれとなる。日本武尊の第二子の足仲彦天皇（仲哀天皇）が日本武尊死後34年の誕生とされる不可解な設定（書紀巻8）についてもすでにみた。稚日本根子彦大日日天皇（開化天皇）と和珥臣の遠祖、姥津命の妹（妻）、姥津媛の子孫（書紀巻4）、近江國坂田郡に勢力を築いた気長宿禰王が父、母は新羅の王の子、天日槍を祖とする田道間守（書紀巻6）の血をひく葛城高顙媛である。気長宿禰は、稚日本根子彦大日日天皇の曾孫であり、大足彦忍代別天皇（景行天皇）の時代、葛城高顙媛もその時代、気長足姫尊は足仲彦天皇と同じく、大足彦忍代別天皇の時代に生まれたとみるべきかと思はれる。狹城盾列陵もすでにみた（書紀巻8）。稚足彦皇天皇（成武天皇）陵の北側（地図）とされる。
書紀は、御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）六十五年(BC33)に、「任那国、蘇那曷叱知を遣して、朝貢らしむ。任那は、筑紫国を去ること二千餘里。北、海を阻て以て鷄林（新羅）の西南に在り（書紀巻5）」といふことから半島への対応を記述し始めた。任那の成立は4世紀末、5世紀初頭とみられ、朝貢となれば、時代的には合はないが、任那の地から半島との関係が始まるのは頷ける。
活目入彦五十狹茅天皇（垂仁天皇）二年(BC28)に、蘇那曷叱智が帰国を請ひ、「蘇那曷叱智に敦く賞す。仍りて、赤絹一百疋を齎たせて、任那の王に賜す。然して新羅人道にこれを遮へて奪ひつ。其の二の国の怨、始めて是の時に起る（書紀巻6）」と任那と新羅両国の緊張関係を記した。
これには異説があり、実は、朝貢ではなく、意富加羅国の王の子、名は都怒我阿羅斯等（つぬがあらひと）亦の名は、于斯岐阿利叱智干岐（うしきありしちかんき）が帰化したといふ伝承を紹介している。同三年に、新羅の王の子、天日槍が宝物を携へて帰化してくる(書紀巻6)。任那の地の次に新羅との関係が始まるといふも地理的に頷ける。両者とも、「日本（やまと）国に聖皇有す」と聞き帰化をしたといふ。
都怒我阿羅斯等は穴門に来たが、伊都都比古に邪魔をされ、出雲国を経て、越の国の笥飯浦に着いたとされる。瀬戸内海ルートが遮断された場合のルートである。彼についてはもう一つ異説があり、童女を求めて、結果的に日本国に入ったにすぎぬといふ。
新羅の王子天日槍は、瀬戸内海ル－トで播磨国に着き、菟道河から北、近江国の吾名邑に入り、近江より若狹国を経て、西、但馬国に住んだ(書紀巻6)。同八十八年（ＡＤ59）に、天日槍の曾孫、清彦に宝物を献上させるが、刀のみ淡路嶋へ飛んでいった(書紀巻6)。同九十九年（ＡＤ70）の翌年清彦の子、田道間守は、非時の香菓を入手し、常世国より帰る(書紀巻6)。中国辺境を捜し歩いた。その子孫が気長足姫尊であった。
気長足姫尊（AD169～AD269）の生きた時代は、まさに卑弥呼（共立されたのが184年、248年に没）の時代に相当する。気長足姫尊は神託をもたらした神々を慎重に特定し、新羅への侵攻が日本（やまと）の神々の意志であることを確認し、熊襲を討つために吉備臣の祖、鴨別を引き入れることに成功した。熊襲の背後に新羅の影をみていたのかもしれない。神田を潤す裂田溝が落雷で開けたこと、髮を解きの”うけひ”で更に神々の意志を確認し、「夫れ師を興し衆を動すは、国の大事なり。安さも危さも成り敗れむこと、必に斯に在り。今征伐つ所有り。事を以て群臣に付く。若し事成らずば、罪群臣に有らむ。是、甚だ傷きことなり。吾婦女にして、加以不肖し。然れども暫く男の貌を假りて、強に雄しき略を起さむ。上は神祗の靈を蒙り、下は群臣の助に藉りて、兵甲を振して嶮浪を度り、艫船を整へて財土を求む。若し事成らば、群臣、共に功有り。事就らずは、吾獨罪有れ（書紀巻9）」と決意を披露する。身重の皇后が男となって決行するといふ。
日本（やまと）が、半島に侵攻することは国論を二分する重大な路線変更であった。足仲彦天皇（仲哀天皇）と大中姫との間の御子との皇位継承問題もあり、皇后は中洲（奈良盆地）の反対勢力に子供を宿していることを伏せねばならぬ事情があった。神々の加護により海水とともにおびただしい船師海に満ちて新羅王は、「吾聞く、東に神国有り。日本と謂ふ。亦聖王有り。天皇と謂ふ。必ず其の国の神兵ならむ。豈兵を擧げて距くべけむや（書紀巻9）」と人質を出し朝貢を約した。高麗、百濟は軍勢を送り様子見したが、この有様を見て、新羅同様朝貢を約すことになった。皇后は、新羅に内官家屯倉を定めて、帰国、筑紫で子を産む。
戦勝を謝し、神表筒男、中筒男、底筒男、三神の言に従ひ、荒魂を、穴門の山田邑に祭り、神田を定める。皇后、群卿及百寮を領ゐて、穴門豊浦宮に移るが、麛坂王、忍熊王を次期後継とする中州勢力は東国の兵を興し、犬上君の祖倉見別と吉師の祖五十狹茅宿禰を将軍として播磨に砦を築かんとして対立が深まる。麛坂王が播磨で不慮の死を迎え、難波へ撤退する。皇后は武内宿禰に子を託し安全をはかり紀伊に避難させ、難波を指すが、船が進むことが出来なくなる。
天照大神は荒魂を広田国に、稚日女尊は吾を活田長峽国に、事代主尊は吾を長田国に、表筒男、中筒男、底筒男、三神は和魂を大津の渟中倉の長峽に祭ることを求め、皇后は祭主と神田を定め、海を度ることができた。紀伊で武内宿禰と子に合流し、難波を目指すと、忍熊王等は菟道に撤退。
この時、紀伊の小竹で、小竹と天野の社の祝（はふり）の阿豆那此（あづなひ）の罪で昼の暗きこと夜の如くなるといふ現象が起こった。これは、皇后側に不幸が起こったといふ噂を広めることに効果があった（書紀巻9）。菟道では、皇后側は騙まし討ちにて忍熊王を破り、瀬田の田上にて忍熊王は水死、日本武尊に連なる者はことごとく死を迎へた。
皇后は皇太后となり摂政を行ひ、二年（AD202）に河内国の長野陵に足仲彦天皇（仲哀天皇）を葬るや、三年（AD203）に誉田別皇子を、異例中の異例、二歳強で皇太子とする（書紀巻9）。傍系の気長足姫尊が主流となるために欠かせぬ皇子であり、半島との交流を目指すあらたな政権の後継者であった。
五年（AD205）に新羅は朝貢した折に、人質の帰国を求め、皇太后は、葛城襲津彦を副へて遣す。新羅は対馬で人質を逃亡させ、襲津彦は新羅の草羅城を拔き、漢人を俘人として連れ帰っている。日本（やまと）も、文化の源、漢人を求めていた。
十三年（AD213）に少年に成長した太子に角鹿の笥飯大神に参拝させ、足仲彦天皇と大中姫との間の御子、麛坂皇子・忍熊皇子の血を絶やしたことの禊を行った。
卅九年（AD239）以降は、魏志倭人伝の世界に干支二運(120年）後の半島情勢を持ち込み、書紀編纂時の意識で解釈し、魏志倭人伝、卑弥呼の世界を消し去った。倭（わ）と日本（やまと）とは峻別し、倭（わ）の女王や倭王（わおう）の中には中国の天子に朝獻、上獻したものがあらうが、日本（やまと）の天皇や皇后が中国に朝貢することはありえない。何故なら、日本が半島へ侵攻したことは、日本の神々の意志、新羅や百済、高句麗が朝貢してくるのは、日本が神国であるからといふ態度に出た。氣長足姫尊（神功皇后）は、国論を二分してまで、神意を呈して半島に侵攻して神意を成就したもので、親魏倭王の卑弥呼を混同してもらっては困るといふか、親魏倭王など属国扱いされかねぬ口実を与へかねぬものは消し去ってしまへ、といふのが書紀の立場であらう。
魏志倭人伝でみたごとく、卑弥呼の外交手腕にはすばらしいものがあった。魏の置かれた状況、半島の情勢をよく読んでいた。漢が楽浪郡、帯方郡に進出して以来、漢人の存在が半島に大きな影響をもたらしてゆく。半島に高句麗、新羅、百済が組織されるのも漢文化の影響である。漢が滅び、楽浪郡、帯方郡の役割が低下していたが、公孫氏との戦いで魏が楽浪郡に出てきた時、これと素早く手を結んだのが卑弥呼であった。
半島においてもこの両郡にもたらされた漢文化を手中にしたものが、力を蓄へることになる。書紀が引く百済は、高句麗の平壌を攻略し、372年には東晋に入貢し、鎮東将軍領楽浪太守の号を授けられる時期のものであった。百済は高句麗との対抗上東晋と結び、新羅に対抗するために半島南端に拠点を求める大倭（やまと）と結んだ。新羅とて大倭と結ぶのが有益であった。卑弥呼は倭がそういふ位置にあることを知っており、直接魏と手を結び、数十年にわたる平和を確保し、実は、倭におおいなる文化を導入していた。書紀の篇者達もそのことは分っていたであらうが、そういふことが言えない政治風土の中で史書が編纂されていた。それらを全く無視した古事記や古語拾遺とは異なり、書紀は非常に苦労して、魏志倭人伝、晋者起居注を引用したことになる。気長足姫尊（神功皇后）を一巻として天皇並に扱ふこととされた。
2008.05.01 了 2022.07.31更新
三国史記などによる倭人
三国史記による新羅の建国は、始祖赫居世（かくきょせい）居西干（きょせいかん；王号、在位前57～後4年）に始まり、瓠公（ここう）といふ海を渡ってきた倭人が外交に用ゐられていた。彼は前20年に、馬韓との交渉に趣く。秦から逃れて来た民が馬韓の東の辰韓と雑居していたのであるが、それが力を得たことで馬韓がこれを憎んだとある。これによれば、辰韓ではなく秦の遣民が新羅を起したごとき印象を与へるが、彼等の一部は列島に至る秦氏である。後の新羅と百済の間の争いの遠因ではあった。
倭人が新羅の辺境に侵攻したといふ記述の最初は前50年となっており、奴国が後漢から「漢委奴國王」とされたのが建武中元二年（57年）年のことであり、その百年余り前から倭人は半島を襲っていたことにならう。当時には国境といふ概念はなく、相互にさまざまな交易・交流が行はれており、争いとなることも希ではなかったやうだ。
半島の歴史は漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし、前108年に楽浪郡・真番郡・臨屯郡を設置し、漢人による統治が始って以降、その郡県制度はなかなか定着しなかったが、漢文化の取得と漢との交易は進展し、倭人も弁韓を通じて、後漢との交易を図り、奴国は王位を得ていた。倭人が楽浪郡・帯方郡に至るには、海岸沿いの航路、洛東江を遡り竹嶺から漢江を下るルートがあった。これを安定的なルートとすることが、後漢や魏との交易を促進する上で極めて重要であったらう。
新羅本紀によれば、倭人の侵入はしばしばみられるも、四代の脱解尼師今（だっかいにしきん）の三年(59年）に、「夏五月に、倭國と好（よしみ）を結び聘を交す」とあり、倭国とあるが奴国と外交関係を結んだのであらう。後漢書「安帝紀」に、「永初元年(107年）、 冬十月に倭國使を遣はし獻を奉る」、東夷伝に、「安帝永初元年に、倭國王帥升等、生口百六十人を獻り、見を願請ふ」とあり、対象とする相手を明確に倭国と認識していやう。六代祇摩（ぎま）尼師今の十二年（123年）に、「春三月に、倭國と講和す」とある。祇摩尼師今は加耶と戦をしており、加耶は洛東江に勢力を有し、当時の交易の決済には鉄が用ゐられており、倭国は加羅に交易の便を求めていたとみられ、加耶に加勢する立場にあったと思はれる。新羅は倭国との関係に留意したのであらう。
秦の始皇帝が広東地方に南海郡、広西地方に桂林郡、さらにベトナム北部に象郡の３郡を置いたのが前214年。南海産の犀角・象牙・玳瑁（タイマイ）・翡翠（ヒスイ）・真珠・珊瑚などの物産を手にいれることが可能となった。漢の武帝が南海の九郡をおき、交趾、九真、日南の三郡には漢人の太守が派遣されたのが前111年、ベトナム、マレー半島、インドとの交易が行はれ、シルクロードを経由してローマに絹が中国に金がもたらされたといふ。辰韓は月氏でもあり、大月氏を通じてローマの物産がもたらされていた。駕洛国記によれば、建武二十四年(AD48年）に、首露の王妃として、許黄玉（ホファンオク：インドのアタ国王の娘とされる）が、駕洛に嫁入りした話があり、駕洛の鉄を求めインド商人が交易に訪れていたとあった。
アレクサンドロス大王がインドに入ったのが前326年頃、ギリシア人が神や英雄の像を持ち込んだことから、仏像が製作されるやうになった。仏教の教えを広めることは困難があるが、仏像を拝むといふことなら比較的容易となる。後に、大きな潮流となる交易への動きが秦代、漢代から起こっていたことに留意する必要があらう。
八代阿達羅（あだつら）尼師今二十年（173年）に、「夏五月に、倭の女王卑彌乎、使を遣はし來聘す」とある。「三国志、東夷伝」では卑弥呼が帯方郡に使者を派遣するのは景初二年(238年）であり、干支一運(60年）を遡らせたとみられると注される。公孫氏が勢いを有す時で、洛東江を遡り竹嶺から帯方郡へ至るルートを確保するための交渉を行ったとみることもできやう。189年に遼東太守であった公孫度（こうそんたく）が漢から自立し、嫡子の公孫康（こうそんこう）は204年には楽浪郡の南に帯方郡を設け支配体制を確立し、近隣部族の漢との交易には大きな支障となった。その子、公孫淵（こうそんえん）は魏･呉の間で狡猾な外交を繰り広げ、その変節に業を煮やした魏の司馬懿に238年に討たれ、これに協力した卑弥呼は「親魏倭王」として魏との交易を回復することができた。魏志倭人伝（HP）でみたごとく卑弥呼の政権の外交力を評価する必要がある。
また、魏の毌丘倹が高句麗を討ったことで半島は安定し、倭人は交易において有利な立場に立ったのであらう。靺鞨の侵入に悩む百済が新羅を攻める事態となり、倭人もしばしば新羅に攻め込んでいる。百済では、古尓(こに)王の時(260年）に六佐平（さへい）を定め、王命の伝達、財政、儀式、近衛兵、司法、軍事を制度化し、十六品の官位を定めたことにより、国力を高める素地を整備している。
気長足姫尊六十六年条でみたごとく、「晋書、武帝紀」、泰始二年（266年）十一月の条に、「十一月己卯、倭人来りて方物を献ず」とあり、卑弥呼の後ではあるが、「大夫率善中郎将掖邪狗等二十人を遣はし」とあり、このあたりまでは倭国（わこく）、歴史上では、まだ倭(やまと)政権は無かった時代のことであった。卑弥呼の時代に、帯方郡、楽浪郡、洛陽に交易をする倭の商人、武人が結構おり、伊都国の一大率がそれらの動向を把握していたことにならう。
新羅は高句麗、北方の諸族、百済、倭人による侵入に対処せざるを得なかった。儒礼（じゅれい）尼師今の時（295年）には、百済と謀り渡海して倭国を討つといふ提案がなされたが、百済が応じる可能性は低く、新羅は海戦には不慣れであり、不測の危険があると諌める声があり断念している。倭国と使者を交換（300年）、倭国王の息子のための求婚要求に応じて阿飡（6等官）の急利の女（むすめ）を嫁入りさせる（312年）など対応に苦慮していた。
近肖古王の時に、百済は高句麗の平壌に攻め込む力を蓄へており372年に、晋に朝貢し鎮東将軍領楽浪太守に任じられている。この背後に倭(やまと)政権の支援があったことを後にみよう。
百済三書
『百済記』・『百済新撰』・『百済本記』
百済における国史編纂のことは、三国史記、巻二十四の近肖古王紀（在位346－375年）の末尾に、「古記に云く、百済開国已来、未だ文字を以て事を記すること有らず。是（近肖古王）に至り、博士髙興（こうこう）を得て、始めて書を記すこと有り。然るに髙興は未だ嘗て他。書に顕はれず、其れ何許（いづこの）人かを知らず」と記されている。井上秀雄氏はこのことについて、「この文章から百済の国史編纂が近肖古王代にはじまるとする説が多いが、これは可能性を示すにとどまっている」と注しておられる。
『日本書紀』編纂史料としての 百済三書、(仁藤敦史、国立歴史民俗博物館研究報告 第 194 集 2015 年 3 月、HP)によれば、これまでの研究を検討され以下のように記しておられる。
『日本書紀』編纂史料として八世紀初頭段階に「百済本位の書き方」をした原史料を用いて，「日本に対する迎合的態度」により編纂した百済系氏族の立場とのせめぎ合いとして解釈した。
『日本書紀』編者は「百済記」を用いて，干支年代の移動による改変をおこない起源伝承を構想したが，「貴国」（百済記）・「（大）倭」（百済新撰）・「日本」（百済本記）という国号表記の不統一に典型的であらわれているように，基本的に分注として引用された原文への潤色は少なかったと考えられる。
その性格は，三書ともに基本的に王代と干支が記載された特殊史で，断絶した王系ごとに百済遺民の出自や奉仕の根源を語るもので，「百済記」は，「百済本記」が描く 6 世紀の聖明王代の理想を，過去の肖古王代に影し，「北敵」たる高句麗を意識しつつ，日本に対して百済が主張する歴史的根拠を意識して撰述されたものであった。
亡命百済王氏の祖王の時代を記述した「百済本記」がまず成立し，百済と倭国の通交および，「任那」支配の歴史的正統性を描く目的から「百済記」が，さらに「百済新撰」は，系譜的に問題のあった⑦毗有王～⑪武寧王の時代を語ることにより，傍系王族の後裔を称する多くの百済貴族たちの共通認識をまとめたものと位置付けられる。
三書は順次編纂されたが，共通の目的により組織的に編纂されたのであり，表記上の相違も『日本書紀』との対応関係に立って，記載年代の外交関係を意識した用語により記載された。とりわけ「貴国」は，冊封関係でも，まったく対等な関係でもない「第三の傾斜的関係」として百済と倭国の関係を位置づける用語として用いられている。
なお前稿では，「任那日本府」について，反百済的活動をしていた諸集団を一括した呼称であることを指摘し，『日本書紀』編者の意識とは異なる百済系史料の自己主張が含まれていることを論じたが，おそらく「百済本位の書き方」をした「百済本記」の原史料に由来する主張が「日本府」の認識に反映したものと考えられる。
「任那」支配については，倭国が支配する「蕃国官家」（継体二十三年三月是月条）から，百済の「蕃」となった「的臣敬受二天勅一来撫二臣蕃一」（欽明十四年八月条）への転換は，百済による侵攻を前提にした「中間以二任那国一，属二賜百済一」（大化元年七月丙子条）の認識によると考えられる。
書紀の編者達は、中国史書に現れる奴国、倭王、卑弥呼などの歴史を認識していたが、推古朝の記述において、「東の天皇、敬みて西の皇帝に白す*」と対等の立場を貫く姿勢を強調しており、それらの出来事を倭(やまと)政権以外の地方の王や女王のなした事とするスタンスをとった。卑弥呼の政権は倭国大乱の歴史を治め、半世紀に亘り安定した政権となり、洛陽に至る交易を再興し、偉大なる足跡を残していた。これを気長足姫尊、神功皇后の功績として、応神天皇につなぐ歴史とするには、相当の知恵者の工夫が求められたのであらう。百済三書自体が原史料から改変されていたとする可能性があるやうだが、これを組み込むにも相当の智惠を要したことであらう。本文と一書、一書で違和感があるのは干支で二運(60年ｘ2）差のあることが併存する以上当然である。内容もさることながら、書紀では干支による年月日の特定が必要であり、暦博士による確認をも要した。
*隋書俀（倭）国伝 （余談）
「・・・漢、光武の時、使を遣はして入朝し、大夫を自称す。安帝の時また使を遣はし朝貢す。これを俀奴国と謂ふ。桓霊の間、その国大きに乱れ、遞ひに相攻伐し、歴年主無し。女子有り。名は卑弥呼、能く鬼道を以って衆を惑はす。ここにおいて、国人は共に立てて王と為す・・・法を為すこと甚だ厳し。魏より、斉、梁に至るまで、代、中国と相通ず。開皇二十年（600年）、俀王、姓は阿毎（あま）、字（あざな）は多利思北孤（たりしほこ）、阿輩雞彌（あはけみ）と号（なづく）は使を遣はし闕に詣る。上（高祖：楊堅）は所司（担当役人）をしてその風俗を訪（と）はしむ。使者の言く。俀王は天を以って兄と為し、日を以って弟と為す。天が未だ明けざる時に出でて政を聴き、跏趺して（両足を組んで）坐す。日出ずれば、すなわち理務を停め、我が弟に委ねむと云ふ。高祖曰く、これ大いに義理無し（理に適っていない）。ここに於いて、これを改むこと訓令す。・・・
大業三年(607年）、その王、多利思北孤は使を遣はし朝貢す。使者曰く。海西の菩薩天子（高祖）、重ねて仏法を興すと聞く。故に、遣はして朝拝し、兼ねて沙門数十人来たりて仏法を学ばむとす。その国書曰く。日出ずる処の天子、書を日没する処の天子（高祖：楊堅）に致す。恙なきや、云々。帝（煬帝）は之を覧じて悦ばず。鴻臚卿に謂りて曰く、蛮夷の書、無礼有るは復（また）以て聞かすこと勿かれ。
推古朝になると、勃興してきた随の動向を探ることが懸案となり、百済や新羅、高句麗からも情報を集め、その帰趨を見守った。楊堅(文帝）が政権を掌握すると、周辺国はこぞって朝貢をし、推古朝八年（600年）に倭政権も入朝した。倭王の使者が、倭王は天を兄とし、太陽を弟とし、太陽が昇るまでは政（まつりごと）をし、その後は弟（太陽）に任す、と申したとの役人の報告を受け、高祖文帝は意味不明とし、意味の通じるよう改めよと返答させた。
推古朝十三年には、推古政権は始めて銅の丈六の仏像と刺繍による丈六の仏画の二体を造り、元興寺の金堂に設置し、仏教の導入を明確にした。仏教を再興し菩薩天子と称された楊堅(文帝）への親書を託し、小野妹子を随に派遣した。倭国は太陽の出る側、貴国は太陽の沈む側にあるが、仏教を奉じる天子であることは同じ、文帝におかれては、つつがなくあらせられますことを、これなら理解がいただけやうとした。しかし、文帝は亡くなっており、後継煬帝はこれを無礼の極みとし、二度と取り次ぐことを禁じ、その旨の返書を持ち帰ることが憚られ、処分に窮すことになった。
それらの過去の苦い経験により、書紀では、「東の天皇、敬（つつし）みて西の皇帝に白（まう）す」と、いささかも敬意を表する文言であったと訂正した。
古事記には天皇崩御年に干支が記されることもあるが、干支による時系列の制限は受けておらず、神代のことかどの天皇の時のことか留意しておけばそれで済む。国書である日本書紀は史書であり、神武天皇即位以降は干支による時の限定が必須となる。暦博士が導入されるのは欽明天皇以降であり、記録にまともな干支が記されるのはそれ以降となる。それ以前であったも、政権内では穀物、貢納、交易品の保管には何らか形で品名や出入りの年月日を記せねばならず、卑弥呼の時代にあっても、一大率ではさやうな管理はなされていたことでしょう。
干支が記されていない事象については、半島や中国の史書と照合して干支を定めることが可能であったらう。しかし、政権が神武天皇即位を編纂の年から干支を23運遡る辛酉年（年表）としたことで、暦博士達は嘆息、頭を抱へたことであらう。一運は60年である。応神天皇即位の庚寅(270年）あたりは百済三書や中国の史書の干支と照らし合はせれば確定はできたのであらう。七運前のことである。そこから十五運の干支の表に、どの天皇の、どの事績を、どの運の、どの年の、どの月の、どの日の干支に当てはめるのか？気の遠くなる作業となる。
当時の人間の一生は干支一運くらいのものであり、暦博士は神武天皇即位辛酉年を元年として通年で把握もしているが、役人といえども数運遡ればその先はあいまいとなり、昔し昔しの事、干支さえあっておれば事足れり、庶民などは、今日が何年何月何日の干支に当てはまるかなど知るよしもない。720年代の人達が200～270年の出来事、7～8運前の干支を再現するのであり、2運の入れ替へが起るとてストーリーが成立するなら、それを取り込むにやぶさかでなかったのであらう。
さりとて、好き勝手に干支を決め、中国や半島の史書と合致することがなくば、国書として意味を為さない。その意味で、魏志倭人伝や百済三書は気長足姫尊（神功皇后）紀の干支を定める上で大きな役割を果したことであらう。
了 2022年8月11日
岩倉紙芝居館 古典館 日本書紀 9-2 上田 啓之
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