譽田天皇　應�~天皇 元年春正月丁亥朔（AD270.01.01) 　　》》） 二年春三月庚戌朔壬子（AD271.03.03）　　》》 三年冬十月辛未朔癸酉（AD272.10.03）　　》》 五年秋八月庚寅朔壬寅（AD274.08.13）　　》》 六年春二月（AD275.02）　　》》 七年秋九月（AD276.09）　　》》 八年春三月（AD277.03）　　》》 九年夏四月（AD278.04）　　》》 十一年冬十月（AD280.10）　　》》 .	十三年春三月（AD282.03）　　》》 十四年春二月（AD283.02）　　》》 十五年秋八月壬戌朔丁卯（AD284.08.06）　　》》 十六年春二月（AD285.02）　　》》 百済三書　　》》 三国史記　　》》 三国遺事　　》》
(岩波文庫　日本書紀　坂本太郎･家永三郎･井上光禎･大野晋　校注　を読む。) 本文に使用した漢字テキストについては古代史獺祭からダウンロードさせていただいている。 譽田天皇（ほむたのすめらみこと）　應�~天皇（おうじんてんわう） 譽田天皇　足仲彥天皇第四子也　母曰氣長足姬尊　天皇以皇后討新羅之年　歲次庚辰冬十二月　生於筑紫之蚊田　幼而聰達　玄監深遠　動容進止　聖表有異焉　皇太后攝政之三年　立爲皇太子　【時年三】　初天皇在孕而　天�~地祇授三韓　旣產之宍生腕上　其形如鞆　是肖皇太后爲雄裝之負鞆　【肖　此云阿叡】　故稱其名謂譽田天皇　【上古時俗　號鞆謂褒武多焉　一云　初天皇爲太子　行于越國　拜祭角鹿笥飯大�~　時大�~與太子名相易　故號大�~曰去來紗別�~　太子名譽田別尊　然則可謂大�~本名譽田別�~　太子元名去來紗別尊　然無所見也　未詳】 攝政六十九年夏四月　皇太后崩　【時年百歲】 誉田天皇は、足仲彦天皇（たらしなかつひこのすめらみこと）の第四子（よはしらにあたりたまふみこ）なり。母（いろは）をば気長足姫尊（おきながたらしひめのみこと）と曰（まう）す。天皇（すめらみこと）、皇后（きさき）の新羅（しらき）を討ちたまひし年、歳次庚辰（ほしかのえたつにやどるとし）の冬十二月（しはす）を以て、筑紫（つくし）の蚊田（かだ）に生（あ）れませり。幼（いとけな）くして聡達（さとし）くいます。玄（はるか）に監（みそなは）すこと深く遠（とほ）し。動容（みすがたみふるまひ）進止（のり）あり。聖表（ひじりのしるし）異（あや）しきこと有り。皇太后（おほきさき）の攝政（まつりごとふさねをさめたまふ）三年に、立ちて爲皇太子（ひつぎのみこ）と為りたまふ。　【時に年三（みとしみつ）】　初め天皇在孕（はらま）れたまひて、天神地祇（あまつかみくにつかみ）、三韓（みつのからくに）を授けたまへり。既に産（あ）れませるときに、宍（しし）、腕（ただむき）の上に生（お）ひたり。其の形、鞆（ほむた）の如し。是（これ）、皇太后の雄（をを）しき裝（よそひ）したまひて鞆（ほむた）を負（は）きたまへるに肖（あ）えたまへり。【肖、此をば阿叡（あえ）と云ふ。】　故（かれ）、其の名（みな）を称（たた）へて、誉田天皇（ほむたのすめらみこと）と謂（まう）す。【上古（いにしへ）の時の俗（ひと）、鞆（とも）を号（い）ひて褒武多（ほむた）と謂（い）ふ。一（ある）に云（い）はく、初め天皇、太子と爲りて、越国（こしのくに）に行（いでま）して、角鹿（つぬが）の笥飯大神（けひのおほかみ）を拜祭（をが）みたてまつりたまふ。時に大神（おほかみ）と太子と、名（みな）を相易（あひか）へたまふ。故、大神を号（なづ）けて、去來紗別神（いざさわけのかみ）と曰す。太子をば誉田別尊（ほむたわけのみこと）と名くといふ。然らば則大神の本（もと）の名（みな）を誉田別神（ほむたわけのかみ）、太子の元（はじめ）の名（みな）をば去來紗別尊（いざさわけのみこと）と謂（まう）すべし。然れども見ゆる所無くして、未だ詳（つばひらか）ならず。】 攝政（まつりごとふさねをさめたまふ）六十九年の夏四月（うづき）に、皇太后（おほきさき）崩（かむあが）りましぬ。【時に年（みとし）百歳（ももとせ）】 足仲彦天皇（仲哀天皇）九年十二月に、「誉田天皇を筑紫に生れたまふ。故、時人、其の産処を号けて宇瀰と曰ふ（書紀巻9）。」とあった。蚊田は宇瀰の別名（集解等）ともされ、和名抄の筑後国御井郡賀駄郷（通証等、三井郡小郡町平方付近/北野（地図））とも注される。同年三月、山門縣に至り、土蜘蛛田油津媛を誅する時（書紀巻9）に水沼君が造船、蚊田宮造営に協力し、皇后はその船で三韓を下し、帰還時時に船で立ち寄ったといふ。「蚊田宮は稲数村之内賀田に御座候。当社は最初道主貴之境内にて神功皇后西征之時水沼別君行宮を造り皇船を調而奉建揆宮殿に而皇后三韓還幸之時御船火岬より廻り杵（キ）シマの水門（ミト）を通り中ツ海に入而三潴之湊夜明之浦に着船被成当社之蚊田宮に遷至り蚊田之淳名井（益影井）之神、水を酌み安産之祝祷被成産所を筑前国宇美郷に卜定而産殿を被爲造候。然共其産殿に遷幸無御座候而此蚊田宮に御座候間に忽御産気起り十二月十四日應神天皇を当所に御誕生被成候。其後吉日を撰　筑前の産殿に遷至而皇子御誕生の祝事を被祝行候。依之時之人其産殿之地を宇潮ウミと号候　宇潮者産字の訓に而今は宇美と書申居候。近来者世に宇美と蚊田を一所に混し申候。蚊田者潟字の訓にて今は賀田と書申候。此蚊田宮の遺跡に人皇六十七代三條院長和年中大宰府より天満宮を勧請仕同所之産神祭り来り申候（大城村史蹟めぐり）」。また、「これに類した伝説は筑前筑後一圓に分布しどこも本據は自分のところだと主張していますので、應神天皇は何べん誕生されたことかわからないほどです（大城村史蹟めぐり）」ともある。 東観漢紀、孝章皇帝紀巻二に、「幼而聰達才敏」、「動容進止聖表有異（動作進退：たちいふるまい）に不思議にも聖帝のきざしにあること」。随書、芸術伝に、「非常人而神監深遠（物事を深く遠くまでみとおす。）」、と注される。玄監とは心を奥深いところに落ち着けてみること。”ふさぬ”は総括する、まとめたばねること。攝政とは政（まつりごと）を総括して治める、と訓じている。在孕とは腹の中に居ること。 宍は贅肉のこと。鞆（とも）とは弓の弦が臂（ひじ）に当らぬやう着ける皮製の道具、左手の臂の肉が盛り上がっていた。これは皇后が男装して鞆を着用したことに”あえ（あやかる）”といふ。この鞆を昔は”ほむた”と謂ひ、これに誉田といふめでたい字をあてた。しかし、異説がある。これは古事記の記述であるが、角鹿の笥飯大神と名前を交換したといふ。蚊田でうまれたとき、韓風の去來紗別尊と命名されていた。皇位を継いだからにはこれでは困るので、誉田別神と名を交換し、誉田別尊を名乗った、といふ経緯については皇太后十三年（書紀巻9）で、すでにみた。しかし、未詳としてここに記述するのは、蚊田をここに登場させると同じく、書紀特有の後追い訂正の展開である。前出は建前であるがそれを事実として定着させたい、後出は本音で、ぽろりと落とす。人々は先を読み急いで、あまり気にかけず、記憶に残らない。この御子を本流とするために並々ならぬ努力が必要とされた。 元年春正月丁亥朔　皇太子卽位　◎是年也　太歲庚寅 元年（はじめのとし）の春正月（むつき）の丁亥（ひのとのゐ）の朔（ついたち）（AD270.01.01）に、皇太子即位（あまつひつぎしろしめ）す。　◎是年（ことし）、太歳庚寅（かのえとら）（AD270） 二年春三月庚戌朔壬子　立仲姬爲皇后　后生荒田皇女・大鷦鷯天皇・根鳥皇子　先是天皇以皇后姉高城入姬爲妃　生額田大中彥皇子・大山守皇子・去來眞稚皇子・大原皇女・澇來田皇女　又妃皇后弟弟姬　生阿倍皇女・淡路御原皇女・紀之菟野皇女　次妃和珥臣祖日觸使主之女宮主宅媛　生（うむ）菟道稚郎子皇子・矢田皇女・雌鳥皇女　次妃宅媛之弟小甂　【小甂　此云烏儺謎】媛　生菟道稚郎　姬皇女　次妃河派仲彥女弟媛　生稚野毛二派皇子　【派　此云摩多】　次妃櫻井田部鉏男鉏之妹糸媛　生隼總別皇子　次妃日向泉長媛　生大葉枝皇子・小葉枝皇子　凡是天皇男女　幷廿王也　根鳥皇子　是大田君之始祖也　大山守皇子　是土形君・榛原君　凡二族之始祖也　去來眞稚皇子　是深河別之始祖也 二年の春三月（やよひ）の庚戌（かのえいぬ）の朔壬子（みづのえねのひ）（AD271.03.03）に、仲姫（なかつひめ）を立てて皇后（きさき）とす。后（きさき）、荒田皇女（あらたのひめみこ）、大鷦鷯天皇（おほさざきのすめらみこと）、根鳥皇子（ねとりのみこ）を生（あ）れませり。是（これ）より先に、天皇、皇后の姉（いろね）、高城入姫（たかきのいりひめ）を以て妃（みめ）として、額田大中彦皇子（ぬかたのおほなかつひこのみこ）、大山守皇子（おほやまもりのみこ）、去来真稚皇子（いざのまわかのみこ）、大原皇女（おほはらのひめみこ）、澇来田皇女（こむくたのひめみこ）を生（な）しませり。又妃（またのみめ）、皇后（きさき）の弟（いろど）弟姫（おとひめ）、阿倍皇女（あへのひめみこ）、淡路御原皇女（あはぢのみはらのひめみこ）、紀之菟野皇女（きのうののひめみこ）を生（う）めり。次妃（つぎのみめ）、和珥臣（わにのおみ）の祖（おや）日触使主（ひふれのおみ）の女（むすめ）宮主宅媛（みやぬしやかひめ）、菟道稚郎子皇子（うぢのわきいらつこのみこ）、矢田皇女（やたのひめみこ）、雌鳥皇女（めとりにひめみこ）を生めり。次妃、宅媛（やかひめ）の弟（いろど）小甂（をなべ）【小甂　此をば烏儺謎（をなべ）と云ふ】媛、菟道稚郎姫皇女（うぢのわけいらつめのひめみこ）を生めり。次妃、河派仲彦（かはまたなかつひこ）の女（むすめ）弟媛（おとひめ）、稚野毛二派皇子（わかのけふたまたのみこ）を生めり【派　此をば摩多（また）と云ふ】。次妃、桜井田部連（さくらゐのたべのむらじ）男鉏（をさひ）の妹（いろも）、糸媛（いとひめ）、隼總別皇子（はやぶさわけのみこ）を生めり。次妃、日向泉長媛（ひむかのいづみのながひめ）、大葉枝皇子（おほはえのみこ）、小葉枝皇子（をはえのみこ）を生めり。凡（すべ）て是（こ）の天皇（すめらみこと）の男女（ひこみこひめみこ）、并（あは）せて二十王（はたはしらのみこ）ます。根鳥皇子（ねとりのみこ）は、是（これ）大田君（おほたのきみ）の始祖（はじめのおや）なり。大山守皇子（おほやまもりのみこ）は、是（これ）土形君（ひぢかたのきみ）、榛原君（はりはらのきみ）、凡て二族（ふたやから）の始祖なり。去来真稚皇子（いざのまわかのみこ）は、是れ深河別（ふかかはわけ）の始祖なり。 古事記に曰く、品陀和氣（ほむだわけ）の命、輕嶌（かるしま）の明（あきら）の宮に坐しまして、天の下治らしめしき。 この天皇、品陀眞若（ほむだまわか）の王の女、三柱の女王（ひめみこ）を娶（めと）したまひき。一（ひと）はしらの名は高木の入日賣の命。次に中つ日賣の命。次に弟日賣の命【この女王等の父、品陀眞若王は、五百木の入日子命、尾張連の祖、建伊那陀宿禰の女、志理都紀斗賣を娶して、生める子なり】。故、高木の入日賣の御子、額田大中日子（ぬかたのおほなかつひこ）の命。次に大山守（おほやまもり）の命。次に伊奢之（いざの）眞若の命。次に妹（いも）大原の郎女。次に高目（こむく）の郎女【五柱】。中つ日賣の命の御子、木（き）の荒田の郎女。次に大雀（おほさざき）の命。次に根鳥（ねとり）の命【三柱】。弟日賣の命の御子、阿倍（あべ）の郎女。次に阿貝知（あはぢ）の三腹の郎女。次に木の菟野（うの）の郎女。次に三野（みの）の郎女【五柱】。また丸邇（わに）の比布禮能意富美（ひふれのおほみ）の女、名は宮主矢河枝（みやぬしやかはえ）比賣を娶して、生みませる御子、宇遲能和紀（うぢのわき）の郎子（いらつこ）。次に妹（いも）八田若（やたのわき）の郎女。次に女鳥（めどり）の王【三柱】。またその矢河枝比賣の弟（いろと）、袁那辨（をなべ）の郎女を娶して、生みませる御子、宇遲之若（うぢのわき）郎女【一柱】。また咋俣長日子（くひまたながひこ）の王の女、息長眞若（おきながのまわか）中つ比賣を娶して、生みませる御子、若沼毛二俣（わかぬけふたまた）の王【一柱】。また櫻井の田部の連の祖、嶌垂根（しまたりね）の女、糸井（いとゐ）比賣を娶して、生みませる御子、速總別（はやぶさわけ）の命【一柱】。また日向の泉長（いづみのなが）比賣を娶して、生みませる御子、大羽江（おほばえ）の王。次に小羽江（をばえ）の王。次に幡日（はたひ）之若の郎女【三柱】。また迦具漏（かぐろ）比賣を娶して、生みませる御子、川原田（かはらだ）の郎女。次に玉の郎女。次に忍坂（おさか）の大中つ比賣。次に登富志（とほし）の郎女。次に迦多遲（かたぢ）の王【五柱】。また葛城（かづらき）の野伊呂賣（ののいろめ）を娶して、生みませる御子は、伊奢能麻和迦（いざのまわか）の王【一柱】。男王十一、女王十五。この中に、大雀（おほさざき）の命は、天の下治らしめしき（岩波文庫）。 古事記 高木入日賣 額田大中日子命 大山守命 伊奢之眞若命 大原郎女 高目郎女 品陀眞若王の女 中日賣命 木荒田郎女 大雀命 根鳥命 品陀眞若王の女 弟日賣命 阿倍郎女 阿貝知三腹郎女 木菟野郎女 三野郎女 ? 品陀眞若王の女 宮主矢河枝比賣 宇遲能和紀郎子 八田若郎女 女鳥王 丸邇比布禮能意富美の女 袁那辨郎女 宇遲之若郎女 矢河枝比賣の弟 息長眞若中比賣 若沼毛二俣王 咋俣長日子王の女 糸井比賣 速總別命 桜井田部連祖、嶌垂根の女 日向泉長比賣 大羽江王 小羽江王 幡日之若郎女 迦具漏比賣 川原田郎女 玉郎女 忍坂大中比賣 登富志郎女 迦多遲王 葛城野伊呂賣 伊奢能麻和迦王 書紀 高城入姫 額田大中彦皇子 大山守皇子 去来真稚皇子 大原皇女 澇來田皇女 仲姫 荒田皇女 大鷦鷯天皇 根鳥皇子 弟姫 阿倍皇女 淡路御原皇女 紀之菟野皇女 宮主宅媛 菟道稚郎子皇子 矢田皇女 雌鳥皇女 和珥臣の祖、日触使主の女 小甂媛 菟道稚郎姫皇女 宮主宅媛の弟 弟媛 稚野毛二派皇子 河派仲彦の女 糸媛 隼總別皇子 桜井田部連、男鉏の妹 日向泉長媛 大葉枝皇子 小葉枝皇子 長暦によれば、庚戌は四月朔で三月は庚辰朔と注される。天文観測に基づき、初めて日本人による暦法が作られ、暦が改められるのは、貞享2年（1685）、渋川春海（しぶかわはるみ　1639〜1715）、「貞享の改暦」を待ねばならない（書紀巻3）。こうして編纂された暦に基づいて書紀の暦と照合してみると（長暦）、間違いがあったといふことか？「書紀では月をあらわすのに、その朔（ついたち）の　「干支」　をもちいていますが、これを「月朔干支」といいます。　このやうな表記のしかたは書紀成立（７２０年）に先行する中国正史では『隋書』（６５６年完成）のみに見られ、それ以外には前例がない。」「書紀の編纂がスタートした時に最初に記述された卷では　「元嘉暦」　がもちいられたと考えられます。　しかし　「元嘉暦」　は、もう旧式の暦法でした。　中国の唐ではその年号で麟徳二年（西暦６６５年）に新しい暦法による暦が作成され使用されました。　これを　「麟徳暦（りんとくれき）」　といい、日本へは唐の年号で儀鳳年間（西暦６７６〜６７９）に伝来したため、わが国ではこれを　「儀鳳暦（ぎほうれき）」　とよびならわしています。」「神武から安康までの古い時代の月朔干支は新しい暦法の　「儀鳳暦」　で記述され、一方、雄略から天武・持統にいたる新しい時代は古い暦法の　「元嘉暦」　で記述されていたのです。」（古代史獺祭）」1年を、365.24671053日（元嘉暦）、365.24477812日（儀鳳暦）としやうと閏日、あるいは閏月をいれて調整しなければ暦は、季節と合はなくなる。 書紀は、「磐余に都をつくる。【是をば若桜宮と謂ふ】」とするが、古事記は、「輕嶌（かるしま）の明（あきら）の宮に坐しまして、天の下治らしめしき」とする。軽島豊明宮（奈良県橿原市大軽町「春日神社境内に碑あり」:地図）であり、軽の地と称される。 皇后とした仲姫は古事記によれば、「品陀眞若（ほむだまわか）の王の女（むすめ）・・・品陀眞若王は、五百木の入日子命、尾張連の祖、建伊那陀宿禰の女、志理都紀斗賣を娶して、生める子」とある。五百城入彦皇子は、大足彦忍代別天皇（景行天皇）と八坂入媛の間の子、稚足彦天皇（成武天皇）の弟、天皇家主流をなす名門である（書紀巻7）。その血筋を引き尾張（東国）にも影響力を有する一族の三姉妹をことごとく迎え入れることが基本戦略であった。 仲姫との間の御子、大鷦鷯天皇（仁徳天皇）が新たな流れを生み出すことになる重要な婚姻関係となる。 次は、和珥臣の祖、日触使主の女（むすめ）。使主（おみ）は、朝鮮からきた一種の敬称で、のちの姓（かばね）の一つにもなったと注される。半島との外交、交流を意図したものであらう。 その次、河派仲彦の女、河派仲彦は古事記では咋俣長日子王とされ、父は息長田別王、倭建命と一妻（あるみめ）の子とされ（書紀巻7）、日本武尊の子孫との和解が図られている。 その次は、桜井田部連、男鉏の妹（いろも）、古事記は嶌垂根の女（むすめ）としているが、桜井の屯倉の田部の管掌者と注される。経済面での安定を図ってのことであらう。 その次が日向泉長媛、日向に関しては、大足彦忍代別天皇（景行天皇）四年に、「日向髪長大田根、日向襲津彦皇子を生む。是れ阿牟君の始祖なり。次の妃、襲武媛、国乳別皇子と国背別皇子【一に云ふ、宮道別皇子】と豊戸別皇子を生む。其の兄、国乳別皇子、是れ水沼別の始祖なり。弟、豊戸別皇子、是れ火国別の始祖なり（書紀巻7）」とあった。阿牟は長門国阿武郡阿武郷、長門、水沼や火国は西方の要衝であり、前出の蚊田宮を念頭に置いているのかもしれない。この多彩な婚姻から生まれた御子達が更に多彩な婚姻関係を結び、この流れの根を張ってゆくことになる。 三年冬十月辛未朔癸酉　東蝦夷悉朝貢　卽役蝦夷　而作廐坂道　 十一月　處々海人訕哤之不從命　【訕哤　此云佐麼賣玖】　則遣阿曇鉏祖大濱宿禰　平其訕哤　因爲海人之宰　故俗人諺曰　佐麼阿摩者　其是緣也　 是歲　百濟辰斯王立之失禮於貴國天皇　故遣紀角宿禰・羽田矢代宿禰・石川宿禰・木菟宿禰　嘖譲其无禮状　由是　百濟國殺辰斯王以謝之　紀角宿禰等　便立阿花爲王而歸 三年の冬十月（かむなづき）の辛未（かのとのひつじ）の朔（ついたち）癸酉（みづのとのとりのひ）（AD272.10.03）に、東（あづま）の蝦夷（えみし）、悉（ふつく）に朝貢（みつきたてまつる）る。即（すなは）ち蝦夷を役（つか）ひて、廐坂道（うまやさかのみち）を作らしむ。 十一月（しもつき）に、処処（ところどころ）の海人（あま）、訕哤（さばめ）きて命（みこと）に従はず。【訕哤　此をば佐麼賣玖（さばめく）と云ふ】。　則（すなは）ち、阿曇連（あづみのむらじ）の祖（おや）、大浜宿禰（おほはまのすくね）を遣（つかは）して、其の訕哤（さばめき）を平（たひら）ぐ。因りて、海人（あま）の宰（みこともち）とす。故（かれ）、俗人（ときのひと）の諺（ことわざ）に曰はく、「佐麼阿摩（さばあま）」といふは、其れ是（こ）の縁（ことのもと）なり。 是歳（ことし）、百済の辰斯王（しんしわう）立ちて、貴国（かしこきくに）の天皇（すめらみこと）のみために失礼（ゐやな）し。故、紀角宿禰（きのつのすくね）・羽田矢代宿禰（はたのやしろのすくね）・石川宿禰（いしかはのすくね）・木菟宿禰（つくのすくね）を遣して、其の无礼（ゐやな）き状（かたち）を嘖譲（ころ）はしむ。是（これ）れに由りて、百済国、辰斯王を殺して、謝（うべな）ひにき。紀角宿禰等、便に阿花（あくゑ）を立てて王（こきし）として帰（かへ）れり。 蝦夷がことごとく朝貢してきたといふことは、対半島、西方ばかりでなく、東国にも対策が講じられていたことになるが、その説明はない。 「十五年秋八月壬戌朔丁卯　百濟王遣阿直伎　貢良馬二匹　即養於輕坂上廐」とあり、軽（橿原市大軽町付近：地図）の坂の上の廐、軽島豊明宮近辺の坂の上とならうか。道ばかりでなく、廐を整備し、馬を集めたことになる。魏志倭人伝には、「その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲（じゃく；さく）なし（魏志倭人伝-2）。」とあり、牛・馬は輸入されたものとされる。「現在の在来馬にいたる日本の馬は、４世紀末から５世紀頃に乗馬の技術や飼養技術とともに持ち込まれた家畜馬が起源と考えられている。その導入ルートについて、これまで定説とされていたのは、長谷部言人と林田重幸による説である。彼らは、古代馬には小型、中型の2型があり、小型馬が中国の四川、雲南、華南地方から沖縄、奄美を経由して九州に入り、中型馬がモンゴルから朝鮮半島を経由して日本に入ったと考えていた。そしてこれらの両型は、鎌倉時代には中型馬が多数を占めるやうになったが、南西諸島には小型馬がそのまま残ったと考えた。しかし現在では、野沢謙により提唱されている説がより現実的であるとされている。彼は現存する東アジア在来馬の血液蛋白を指標とした遺伝学的解析をおこなった結果、日本の在来馬は古墳時代に蒙古系馬がモンゴルから朝鮮半島を経由して、九州に家畜馬として導入されたものが起源であるとしている。在来馬には中型に分類される体高132センチ前後の北海道和種、木曽馬、対州馬、御崎馬と、小型に分類される体高108-122センチの与那国馬、トカラ馬、宮古馬、野間馬があるが、この体高の違いは飼育環境条件と人為淘汰作用によってもたらされたものとする。実際、血液蛋白の解析では、すべての日本在来馬及び東アジアの在来馬は、蒙古馬ときわめて近いことが認められている（JRA競走馬総合研究所）」。 この百済王は近肖古王を想定しており、干支二運先の事となり、すでにみたやうに、時系列が破綻していることに留意。 訕哤は説文に謗也とある。哤は哤異之言とあり、哤は乱声の貌。上をそしり、わけのわからぬ言葉を放つ意。”さばめく”と訓じている。”さばへ（五月蠅）なす”は、騒ぐこと。海人が命に従はないとはだういふことか？この記事はアマが、支配層と異なる言葉を使っていた異民族であることを示す記事とも解釈される、と注されるがどの民族の海人を想定してのことか？ 大浜宿禰については、筑前国風土記によれば、資珂島の海人、阿曇氏である。 曰く、「糟屋郡資珂島昔｜時〔左△〕《者》氣長足姫尊幸2於新羅1之時御船｜夜時《ヨル》來泊2此島1。有d陪從（ノ）名（ヲ）云2大濱｜小《ヲ》濱1者u。便《スナハチ》勅2小濱1遣2此島1覓v火。得早來。大濱問云。近有v家耶。小濱答云。此島與2打昇《ウチノボル》濱1近相連接、殆可v謂2同地1因曰2近嶋1。今訛謂2之資珂島1（○釋日本紀卷六述義二、神代紀阿曇連等所祭神〔七字傍点〕之註所v引）」「大濱小濱は兄弟と見ゆ。應神天皇紀三年に阿曇連《アヅミノムラジ》祖大濱宿禰とあると同人なり （西海道風土記逸文新考：私設万葉文庫）」。 資珂島は志賀島のこと。気長足姫尊が海路の幸を請奉り 志我神を祭ったとき、陪従として大浜小浜兄弟が居たといふ。仲哀天皇九年秋九月に「吾瓮海人烏摩呂をして、西海に出でて、国有りやと察しめたまふ。還りて曰さく、国も見へず。」又、磯鹿の海人、名は草を遣はして視しむ（書紀巻9）」とあり、磯鹿とは資珂であり、阿曇氏であった。対馬の豆酘（つつ:地図）より、磯良（安曇磯武良）が神功皇后の伴(水先案内)をしたと伝へられている。 さて、蚊田宮の造営に協力した水沼君は、宇佐と同じく宗像三女神を祭る海人族安曇氏の系統であった。阿曇連の祖、大浜宿禰が、訕哤を平げて海人の宰となった。佐麼阿摩は周防の海人の意かと注される。岡縣主の祖、熊鰐が仲哀天皇を出迎へ、魚鹽の地を献ったのが周芳の沙麼の浦であった（書紀巻8）。海人の宰とは、半島から九州、瀬戸内海、難波への海上ルートを阿曇氏が主導したといふことか？ すでにみたごとく、奴国の時から卑弥呼に至るまで、漢や魏との交易に携はった海人族がいた。古事記や書紀が無視したため、海人（あま）は入れ墨をして潜水して漁撈する族程度で、神功皇后の時に始めて新羅のあることを知ったかのごとく改竄されていた。実際には、倭（やまと）政権は彼等を取り込むために相当の譲歩をしたことであらう。伝承によれば、天照大神が素戔嗚尊の剣から生んだ三女を宗像氏の三宮に嫁がせている。大国主命がその一人と御子を為したともあり、海人族は神代にすでに力を有していた。 百済の辰斯王が失礼したとある。AD272+120＝AD392年の事象である。三国史記（国会図書館）、卷第二十五、百済本紀第三、辰斯王の八年（392年：125/259）によれば、「秋七月に高句麗王、談�ｺ（だんとく：広開土王）、兵四萬を帥ゐて、來り北鄙を攻む。石峴（せきけん）等十餘城を陷れる。王、談�ｺ能く用兵すを聞く。出でて拒むことを得ず、漢水の北諸部落多く沒す。冬十月、高句麗、關彌（かんぴ）城を攻め拔く。王、狗原（くげん）に田（田猟）し、旬（十日）經て返らず。十一月、狗原行宮にて薨る」とあり、談�ｺとは好太王（広開土王）。好太王に攻められ用兵の巧みさに翻弄され、田猟（かり）でさ迷い身体を壊して命を落としたといふところ。日本（やまと）が失礼を咎め、百済が謝罪のため辰斯王を殺した、とする書紀の言い分とは合致しない。これは仁徳天皇四十一年条（書紀巻十一）と関連しやう。 広開土王との戦いであり、それは碑文にも記されているが、文字の特定、主語、文章の切れ目の解釈について諸説があり（高句麗好太王碑文解釈試案、奥田尚（HP)）門外漢には難解。通釈は、「百残（百済）と新羅は舊く是れ属民。由り来き朝貢す。而して倭、辛卯年（391年）を以て来り、渡海して百残＊＊新羅を破り、以て臣民と為す」、。「（永楽）九年（399年）己亥、百残、誓を違へ倭と和して通ず。王、巡りて平穣に下る。而して新羅、使ひを遣はして王に云ひて曰く、倭人其の国境に満てりと」であった。 「百済と新羅が古くから属民」とあるが、三国史記、高句麗本紀をみるに、両国が古くから高句麗の属民とみえる記述はない。それが主張できるのは、広開土王以降長寿王の時代になってからのことである。宋に入朝し、車騎大将軍・開府儀同三司（車騎大将軍に任じられれば、幕府を開き幕僚を置くことができる）に任じられたのは、長寿王五十一年（463年）になってのことである。すでにみたごとく、百済本紀では、近肖古王二十六年(371年)に、百済は平壌を攻撃し、高句麗王斯由（しゆう）が戦死し、翌年百済は晋に朝貢し、鎮東将軍領楽浪太守に任じられていた。 新羅本紀第三・第十七代　奈勿尼師今の九年（AD364：20/259）に 、「夏四月、倭兵大きに至 る。王、之を聞きて、恐れ敵とすべからず。 草の偶人數千を造り、衣を衣せ兵（器）を持たせ、吐含山の下に列べて立てる。勇士一千を斧峴の東の原に伏せる。倭人、衆を恃みて直進す。伏せ發（弓をはな）ち其の不意を撃つ。倭人、大きに敗走し、追撃して之を殺し幾（ほと）んど盡きぬ」とあり、三十七年（AD392）に、「春正月、高句麗、使を遣す。王、高句麗の強盛を以て、送伊飡（2位聖骨）の大西知（だいせいち）の子実聖（じつせい）を質とす」、三十八年（AD393）に、「夏五月、倭人、来りて金城を圍み、五日解かず。将士、皆出でて戰ふを 請ふも、王の曰はく、今、賊舟を棄てて深く入り、死地に在り、鋒（ほこ）當るべからず。 乃ち城門を閉ざす。賊、功無くして退く。王、先に勇騎二百を遣し、其の歸路を遮ぎり、又、歩卒一千を遣し、獨山に追ひ、夾撃して之を大敗せしめ、殺し獲ること甚だ衆（おほ）し」とある。 倭軍が渡海して新羅(辰韓)を攻撃するのは奴国の時、卑弥呼の時でも常態であった。高句麗が渡海したとする説もあるが、騎馬族であり、新羅同様海戦の経験がなく、想定しづらい。海でなく毎の字とする説ともなる。新羅は強力化する高句麗に脅威を抱いていたことは伺へる。 百済本紀第三、阿莘王の即位については、気長足姫尊六十五年（書紀巻9）でみたごとく、辰斯王の死が十一月、直後に即位し、二年に高句麗を攻め、三年に敗戦、四年に談�ｺ自らの出陣で大敗、六年（AD397）、「夏五月、王倭国と好を結び、以て太子、腆支を質と爲す」とあった。 この390年代の日本（やまと）、百済、新羅、高句麗の情勢を書紀は、百済が高句麗に朝貢せざるを得なくなり、日本に朝貢しなくなったのを、四人の宿禰を派遣して圧力をかけ、阿莘王に政権を移し変へたと主張したことになる。 我が国では、年代からすれば、仁徳天皇の末期に当り、先にみた四十一年条と五十八年（370年）の冬十月条の「呉国、高麗国、並びに朝貢る」が相当するが、干支二運前の応神朝を想起せしめる一方、更に干支一運先の南朝の宋とおぼしき呉国を想起せしめ、それも朝貢した相手からの朝貢があったなど理解に苦しむ記述となっている（宋書、夷蛮伝に、「太祖(文帝）元嘉二年（425年）、讃（倭王）又司馬曹達に遣はして、表を奉り方物を献る」とある。応神天皇三十七年（306年）条では高麗王を通じて呉国に入ることができ、縫工女を得たとある。讃は応神、仁徳、允恭の三天皇が想定されることになった）。 倭と新羅、百済の三角関係に高句麗が介入することで、外交関係が複雑になったやうである。 古事記は、応神天皇の時に、千字文や論語、さまざまな技術が照古王（近肖古王）の時に阿知吉師によって伝へられたとしている。古事記では干支による年代設定がないため、見過ごされる。書紀では、応神天皇の十五年（284年）の秋八月条に、「百済王、阿直伎を遣して、良馬二匹を貢る」を記しており、近肖古王の五代前の古尓王の時となり、歴史的には成立しないことを平気で記している。 卑弥呼の時代に神功皇后を充てたために、応神天皇の時を干支二運を前倒しせざるを得なかったといふことか。このことにより、登場人物の年齢が異常に長くなる。 紀角宿禰は仁徳天皇四十一年（353年）に、百済へ派遣されており、272年の81年後となり、超老人となる。本来は仁徳朝の人であらう。紀角宿禰・羽田矢代宿禰・石川宿禰・木菟宿禰、彼等はいづれも武内宿禰の子であるが、彼の出生が極めて早期に設定されざるを得なく、超絶老人達とされてしまった。 武内宿禰は大足彦忍代別天皇（景行天皇）三年（ＡＤ73）に、屋主忍男武雄心命が紀伊国、阿備の柏原に住むこと九年、「紀直が遠祖、菟道彦の女、影媛を娶りて、武内宿禰を生む（書紀巻7）」とあり、AD82年生まれとすれば、AD272年では既に190歳となる。屋主忍男武雄心命の父は、彦太忍信命、古事記は、比古布都押之信命が「木国造（きのくにのみやつこ）の祖、宇豆比古（うづひこ）の妹、山下影日賣（やましたかげひめ）を娶り生む子、建内宿禰」と伝へている。大日本根子彦国牽天皇（孝元天皇）と伊香色謎命の間の子が、彦太忍信命であった（書紀巻4）。古事記によれば、「この建内宿禰の子、あわせて九、男七、女二。波多（はた）八代（やしろの）宿禰は、波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部君之祖なり。次に、許勢（こせ）の小柄（をからの）宿禰は、許勢臣、雀部臣、輕部臣の祖なり。次に、蘇賀（そが）の石河宿禰は、蘇我臣、川邊臣、田中臣、高向臣、小治田臣、櫻井臣、岸田臣等の祖なり。次に、平群（へぐり）の都久（つくの）の宿禰は、平群臣、佐和良臣、馬御木音戈連等の祖なり。次に、木の角の宿禰は、木臣、都奴臣、坂本臣の祖。次に、久米（くめ）の摩伊刀比賣（まいとひめ）。次に、怒能伊呂比賣（ののいろひめ）。次に、葛城の長江曾都毘古（ながえのそつびこ）は、玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣等の祖なり。また、若子（わくごの）宿禰は、江野財臣の祖。(岩波文庫）」であった。 紀角宿禰は、木角宿禰、羽田矢代宿禰は、波多八代宿禰、石川宿禰は、蘇賀の石河宿禰、木菟宿禰は、平群の都久宿禰でもあり、非常に影響力のある後の名門勢力である。彼等が誉田天皇（応神天皇）を支へていたことを誇示するものとなっているが、応神天皇紀を二運繰り上げないかぎり成立しない。 五年秋八月庚寅朔壬寅　令諸國　定海人及山守部　 冬十月　科伊豆國　令造船　長十丈　船旣成之　試浮于海　便輕泛疾行如馳　故名其船曰枯野　【由船輕疾名枯野　是義違焉　若謂輕野　後人訛歟】 五年の秋八月（はつき）の庚寅（かのえとら）の朔壬寅（みづのえのとらのひ）（AD274.08.13）に、諸国（くにぐに）に令して、海人（あま）及び山守部（やまもりべ）を定む。 冬十月（かむなづき）に、伊豆国（いづのくに）に科（ふれおほ）せて、船を造らしむ。長さ十丈（とつゑ）。船、既に成りぬ。試（こころみ）に海に浮く。便ち軽く泛（うか）びて疾（と）く行（ゆく）くこと馳（はし）るが如し。故（かれ）、其の船を名（なづ）けて枯野（からの）と曰ふ。【船の軽（と）く疾きに由りて枯野と名くるは、是れ義（ことはり）違（たが）へり。若（も）しは軽野（かるの）と謂ふを、後人訛（よこなば）れるか。】 海人部（海部）は海産物を貢納する品部、山守部は特定の山林を監守する部か？古事記は、「この御世に、海部（あまべ）、山部、山守部、伊勢部を定めたまひいき（岩波文庫）」とするが、記伝は山部と山守部は同一とする、と注される。 魏志倭人伝に、「倭の水人、好んで沈没して魚蛤を捕え、文身し、また以て大魚・水禽を厭（はら）う。後やや以て飾りとなす」とあり、倭人は、漁労に長けた民として知られていた。ただ、対馬暖流による交易を図る海人と、黒潮による交易を図る海人、瀬戸内海における海人とは相互に乗り入れがあるといえど違いがあったことであらう。 造船といふ事業ともなれば、これまでの漁労や祭祀、海運のみならず、造船・港湾技術、航海術、船材や錆止め（丹朱）調達など土木工事、船大工、鍛冶、製材や鉱物精錬など、人夫の動員、他の業種とのより高度な連携が要求されてくる。 御間城入彦五十瓊殖天皇(崇神天皇)十七年(BC81)に、「船は天下の要用なり。今、海の邊の民、船無きに由りて以て甚に歩運に苦ぶ。其れ諸国に令して、船舶を造ら俾む。冬十月、船舶を造り始めよ」とあった。今回は東国の伊豆国に十丈（約30ｍ）の船を造らせた。建造、進水させるための設備も大掛かりとなり、技術移転が必要とされやう。西国の海人族に遅れをとっていた東国の海人族には朗報であったかもしれない。 軽野は延喜神名式に伊豆国田方郡軽野神社（延喜式内神社）、和名抄に同郡狩野郷（伊豆市松ヶ瀬：地図）の地とされ、「造船所跡とも、船材を樹る山口祭斉行の所ともいふ（延喜式内神社）」。内陸部にありだういふことか？狩野川流域の楠の木で造船されたといふ。「縄文時代より伊豆は、造船の地だったのである。やがて枯野船、伊豆手船の大船が建造される。軽野船は全長三〇�b、一〇〇�d以上の巨船で、伊豆から難波まで回航され、応神天皇が朝夕使う清水を汲む業務に就いたと「日本書紀」にある。また、崇神天皇に献上した巨船の建造地は、西伊豆町仁科の入江で鍛冶屋浜の地名があり、造船に携わった製鉄工が住んだとされる。本文にないが、松崎町の伊那上・下宮の「伊那」は、造船匠の帰化人・猪名部氏に由来するといふ。そして軽野船の建造地は、伊豆市松ヶ瀬の軽野神社付近され、狩野川上流域にある。狩野の地名は、枯野→軽野→狩野に転訛される。それにしても山間が造船地になりうるのかの疑問に、良質な船材の自生地、建造船は川下りで海に送り出されたとする。現在の狩野川では考えにくいが、むかしは水量豊かで、川船が頻繁に上り下りし、筏流しが行われていた「川の道」であった、とする（書評「伊豆水軍」永岡治著） 」とある。伊豆半島は雨が多い土地とされるが、標高差が大きく流れが急とあり、如何なものか？造船に関する部民　新羅渡来人の猪名部が「イナ」と名付けた松崎町（地図）の方がむいている。伊那上神社・伊那下神社には、「彼國人とは神功皇后に從軍して軍船を守護したる雷臣命の子ならむ。雷臣命は亀トに名高き伊豆のト部の祖にして伊豆のト部は國のト部と島のト部とありて亀トを以て神道を普及し、神社を建設し、祭祀を盛大にし、神祇官に往復して伊豆の國内と島の各地に延喜式内の神社を夥しく増加せしは国史に徴して明かなり。(文学博士　井上頼圀翁説)（延喜式内神社）」とする伝承がある。 卜占については、魏志倭人伝に、「その俗挙事行来、云爲（うんい）する所あれば、輒（すなは）ち骨を灼（や）きて卜し、以て吉凶を占い、先ず卜する所を告ぐ。その辞は令亀の法の如く、火坼（かたく）を視て兆を占ふ」ともあり、亀を用ゐていた。三年条には、この伝統を継ぐ処々の海人が騒いだとあった。半島への侵攻、交易といふ事態により、海部の役割、貢納のあり方などが急激に変化し、九州の海部の変化に東国の海部にあたる磯辺（伊勢部）は対応できなかったのであらう。古事記においては海部と伊勢部を分けている。伊勢部は、皇孫、天津彦彦火瓊瓊杵尊に同道した天鈿女（猨女君）、道案内をした猨田彦神（猿田毘古神）を祖神とし、宗像三神や住吉三神を継ぐ海部の功績に同化することはできなかったのかもしれない。 折口信夫氏は、「山守部と山部とは別の部曲です。私は、山部を山人の団体称呼と考へてゐます。其宰領が、山部宿禰なのでせう。ちやうど海人部（アマベ）があまと言はれるやうに、山部も山（ヤマ）と言はれてゐます。山（ヤマ）ノ直（アタヘ）・山ノ君などいふのが、其です。海人は、安曇（アヅミ）氏の管轄で、安曇氏は海人部の族長ではない事を主張して居ます。が、山部氏は山人族の主長であるらしいのです。安曇氏の如きも、其ほど海人の血から離れてゐるか、信じられません。山人なる山部が、基本職を忘れて来る様になつて、山部・山守部の混同が起ります。山人とは、どうした部民でせうか。私の仮説では、山の神に仕へる神人だとするのです(翁の発生)」と山の神に仕へることを主とする山部と山林を監守する山守部を分けてみておられる。書紀としては、ここでは、祭祀者としての側面ではなく、一元的に部を統括する役職とみたものであらう。「海部の民は、呪法・呪詞に馴れて居ました。其が諸国の卜部の起原です(翁の発生)」ともあり、折口信夫氏は、山部に常世の海祇の呪法・呪詞が持ち込まれると、「うけての代表者は、山の神なので、其山の神が、多くの地物の精霊に海祇の呪詞を伝へる役をしました。・・・さうすると、山の神の呪詞は、宣下式ではなく、又奏上式でもありません。つまり仲介者として、仲間内の者に言ひ聞かせる、妥協を心に持つた、対等の表現をとりました。此を鎮護詞（イハヒゴト）と言ひます。・・・だから、海人が服従の誓約なる寿詞（ヨゴト）や御贄を奉るのは、山の神人の影響を更に受けたのです(翁の発生)」とし、両者の間で相互変貌する姿に言及しておられ、少し観点がずれるが興味深い。山部が骨を灼（や）いて卜すには動物を用ゐたとされ、大和朝廷では、鹿の肩胛骨を用ゐることが多かった。太占（ふとまに）と称された。 かやうなことは、この時期を270年代、魏志倭人伝の世界頃とみてのことであらう。しかし、干支二運（120年）先であれば、半島への軍事的関与を含む交易が常態化しており、高句麗を通じて呉国（江南の宋を想定）との交易まで視野に入っており、海人を全国的に再編、強化することが課題となっていやう。海産物、陸物を効率よく管理し、供給できるシステムも必要であり、造船振興とはさういふことと思はれる。 六年春二月　天皇幸近江國　至菟道野上　而歌之曰　知麼能　伽豆怒塢彌例麼　茂茂智亻嚢蘆　夜珥波母彌喩　區珥能朋母彌喩 六年の春二月（きさらぎ）（AD275.02.）に　天皇（すめらみこと）、近江国に幸（いでま）して、菟道野（うぢの）の上（ほとり）に至りて、歌（みうたよみ）して曰はく、 知麼能（ちばの）　伽豆怒塢彌例麼（かづのをみれば）　茂茂智亻嚢蘆（ももちだる）　夜珥波母彌喩（やにはもみゆ）　區珥能朋母彌喩（くにのほもみゆ） 千葉（ちば）の　葛野（かづの）を見（み）れば　百千足（ももちた）る　家庭（やには）も見（み）ゆ　国（くに）の秀（ほ）も見（み）ゆ 唐突な挿話に終わっている。古事記は、 「ここに天皇、大山守の命と大雀の命とに問ひて詔りたまひしく、「汝等（いましら）は兄（え）の子と弟（おと）の子と孰（いづ）れか愛（は）しき」とのりたまひき。【天皇、この問を發したまひし所以は、宇遲能和紀の郎子に天下治らさしめむ心ありるればなり】」。ここに大山守の命、「兄（え）の子ぞ愛（は）しきと白したまひき」。次に大雀の命は、天皇の問ひたまひし大御情を知らして白したまひしく、「兄（え）の子は既に人と成りて、これ悒（いぶせ：心配）きこと無きを、弟（おと）の子は未だ人と成らねば、これぞ愛（は）しき」とまをしたまひき。ここに天皇詔りたまひしく、「雀（さざき）、吾君（あぎ）の言（こと）ぞ、我が思ふが如くなる。」とのりたまひて、すなはち詔り別けたまひしく、「大山守の命は山海の政（まつりごと）をせよ。大雀の命は食國（をすくに）の政を執（と）りて白したまへ。宇遲能和紀の郎子は天津日繼（あまつひつぎ）を知らしめせ」とのりわけたまひき。故、大雀の命は天皇の命（みこと）に違（たが）ひたまふことなかりき。 一時（あるとき）、天皇、近つ淡海の國に越え幸（い）でましし時、宇遲野（うぢの）の上に御立（みた）ちいたまひて、葛野（かづの）を望（みさ）けて歌ひたまひしく、 　千葉（ちば）の　葛野（かづの）を見れば　百千足（ももちだ）る　家庭（やには）も見ゆ　國の秀（ほ）も見ゆ とうたひたまひき。故、木幡（こはた）の村に到りましし時、麗美（うるは）しき孃子（おとめ）、その道衢（ちまた）に遇（あ）ひき。ここに天皇、その孃子に問ひて曰ひしく、「汝（な）は誰が子ぞ」とのりたまへば、答えへ白ししく、「丸邇（わに）の比布禮能意富美（ひふれのおほみ）の女、名は宮主矢河枝（みやぬしやかはえ）比賣ぞ。」とまをしき。天皇すなはちその孃子に詔りたまひしく、「吾（あれ）明日（あす）還り幸（い）でまさむ時、汝（な）が家に入りまさむ。」とのりたまひき。故、矢河枝比賣、委曲（まつぶさ）にその父に語りき。こにに父答へて曰ひけらく、「こは天皇にますなり。恐（かしこ）し。我が子仕へ奉れ。」と云ひて、その家を嚴餝（よそほひかざ）りて候（さもら）ひ待てば、明日（またのひ）入りましき。故、大御饗（おほみあへ）を獻りし時、その女矢河枝比賣の命に大御酒盞（さかづき）を取らしめて獻りき。ここに天皇、その大御酒盞を取らしめながら御歌（みうた）よみしたまひしく、 　この蟹（かに）や　何処（いづく）の蟹　百傳（ももつた）ふ　角鹿（つぬが）の蟹　横去（よこさ）らふ　何處（いづく）に到る　伊知遲（いちぢ）島　美（み）島に著（と）き　鳰鳥（みほどり）の　潜（かづ）き息づき　しなだゆふ　佐佐那美路（ささなみぢ）を　すくすくと　我が行（い）ませばや　木幡（こはた）の道に　遇（あ）はしし嬢子（をとめ）　後姿（うしろで）は　小盾（をだて）ろかも　歯並（はな）みは　椎菱如（しひひしな）す　櫟井（いちひゐ）の　丸邇坂（わにさ）の土（に）を　初土（はつに）は　膚（はだ）赤らけみ　底土（しはに）は　丹�K（にぐろ）き故（ゆゑ）　三（み）つ栗（ぐり）の　その中つ土（に）を　かぶつく　真火（まひ）には當（あ）てず　眉書（まよが）き　濃（こ）に書（か）き垂（た）れ　遇はしし女人（をみな）　かもがと　我（わ）が見し子ら　かくもがと　我（あ）が見し子に　うたたけだに　對（むか）ひ居（を）るかも　い添（そ）ひ居（を）るかも とうたひたまひき。かく御合（みあひ）したまひて、生みませる御子は、宇遲能和紀郎子なり（岩波文庫）」と伝へている。 和珥臣の祖、日触使主の女（むすめ）、宮主宅媛との出会い、菟道稚郎子皇子誕生の経緯である。御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）の十年（書紀巻5）和珥臣の遠祖、彦国葺が武埴安彦を山背で討って以来、和珥氏は山背から近江へ進出していた。誉田天皇（応神天皇）は菟道稚郎子皇子に皇位を継がせたかったのであるが、書紀はこの経緯を削除した。近江国へ幸すとは、角鹿の笥飯大神への参拝に際しても逗留したであらう、母の里でもあり、高穴穗宮を開いた地をよく見ておきたいといふことであったのかもしれない。宇治に至ると西北に広がる葛野が望見できた。千葉は葛野にかかる枕詞で、六月で木々の葉がよく繁っていること。百千足るは数の多いこと、家は家屋、庭はこの場合平らな地、国がよく治まってきている様子が見受けられた。書紀はここで終っており、70数年前の忍熊王との戦いの跡形はすでになく、国が治まってきた感慨を与へるにすぎない。 古事記は木幡（葛野と醍醐方面への道衢：地図）での出来事をこう伝へた。天皇は和邇氏の乙女に遇ひ、帰路に寄ることを約す。和邇氏と息長氏とは密接な関係がある（書紀巻4）。宮主といふから、祭祀者でもあらう。翌日一族は家を飾り、天皇に大御饗を献る。天皇は比売から受けた大御酒盞を取り歌よみする。蟹と鹿は古来より山海の珍味、蟹が食膳にあった。和邇（鰐）と蟹の取り合はせが妙。活目入彦五十狹茅天皇（垂仁天皇）卅四年（書紀巻6）に山背大国の不遲（淵、宇治川筋）の女、綺戸邊（かにはたとべ）、山背苅幡戸邊（かりはたとべ）が登場する。綺は蟹機（かにはた）とあり、その技術をもつ渡来人がこのあたりに、住みついていた。蟹とは縁のある地である。天皇は、その蟹に我が身を例へた。自分は、実は、はるか角鹿からきた蟹（笥飯大神の名をいただいた）、横歩きして何処に至るかと思へば、美しい伊知遲島(未詳：市杵島比売命を祭神とする、神の斎く（いつく）島、竹生島ともされる)に着いた。鳰鳥（鳰の海：琵琶湖）が潜ったり息をついだり、”しなだる”は力なく傾くこと、ここでは佐佐那美（滋賀）路が上り下りしていること、琵琶湖から木幡に至る起伏のある坂道をすくすくとやってくると、乙女に出会った。後姿が小さな盾、ヒップ姿に目をやった。前から見ると、歯は椎の実のやうにくりくりとしている。茶色の皮のままか、皮をむいた白い実とみるかでイメージが変はる。菱は歯の何を形容しているのかは不明、犬歯であらうか、臼歯であらうか？生でも蒸しても食し、薬にもなる。「君がため 浮沼（うきぬ）の池の 菱（ひし）摘（つ）むと 我が染（し）めし袖（そで） 濡（ぬ）れにけるかも　万葉集 柿本人麻呂 」、癒し系の香りがあり、女性と関連付けられる何かがあった。眉の話で一気に櫟井（地図）の和邇坂に飛ぶ。「櫟井《イチヒヰ》　櫟本村の西に在り、今横田村と合し治道《チダウ》村と称す。和珥櫟井は昔同族の一地を分ちたる称なり、古事記云、天押足日子命者、壱比韋臣之祖也。姓氏録云、左京皇別櫟井臣、和爾部同祖彦姥津命之後也（大日本地名辞書）」とある。三栗とは、割れた栗に三つ並ぶの栗の実。美人といふより、はじけそうで茶目っ気のありそうな乙女である。表筒男、中筒男、底筒男、三の海神を連想させ、初中底の順の土、初を赤い状態、底を赤黒い状態としており、頭衝（かぶつ）く真火にあてて造る顔料があったのだらうが、さうはせずに適度な火で造った朱の顔料で眉を濃くかいた。垂れるといふは眉を切れ長にかくとされるが、頬に朱を垂らすともされる。膚も赤いといふ表現もあり、神楽を舞ふやうな化粧をしていたやうにも見受けられる。蟹が目出度い乙女に出会ったやうな滑稽さがある。ここの乙女等は、かもが、かくもが、ああであらうか、かうでもあらうかとはやしたてていたのであらうか？自分の求めた乙女とは、うたたけだに（未詳：宴が盛り上がるにつれて？）、向かい合ひ、横になり飲みあった。かくして御合ひ、誕生したのが菟道稚郎子皇子であった。格別の乙女であり、格別の御子であった、と古事記が伝へるところを書紀は削除した。 七年秋九月　高麗人・百濟人・任那人・新羅人　並來朝　時命武内宿禰　領諸韓人等作池　因以　名池號韓人池 七年の秋九月（ながづき）（AD276.09）に、高麗人（こまびと）、百済人（くだらびと）、任那人（みまなびと）、新羅人（しらきひと）、並（ならび）に来朝（まうけ）り。時に武内宿禰に命（みことのり）して、諸（もろもろ）の韓人等（からひとら）を領（ひき）ゐて池を作らしむ。因（よ）りて、池を名（なづ）けて韓人池（からひとのいけ）と号（い）ふ。 来朝となれば、宮のあるところ、書紀では、磐余、若桜宮となり、古事記では、軽島豊明宮となる。ただ、これは朝貢といふより、移住、帰化の様相であり、半島の情勢が安定せず、新天地を求めてやってきたやうな印象である。武内宿禰に命じて、これらの諸々の韓人等を率いて池を作らせ、韓人池と称した。 田原本町の北東部に位置する弥生時代の大規模な環濠集落跡、唐古・鍵遺跡にある唐古池（地図）とされたが、昭和58年に発見された唐古池と鍵池の絵図で、1703年（元禄16年）に普請された事が明らかになったといふ。唐古・鍵遺跡は、「弥生時代前期に始まり、古墳時代前期まで６００年間以上継続しました。巨大な環濠に囲まれていた（環濠集落）ため、災害や争乱による被害を未然に防ぐことに成功し、安定した発展を遂げることができた、その結果、次第に富を蓄積し、近畿一円の流通ネットワークの中枢の一つに成長したと考えられます。稲作農耕や雑穀の栽培、狩猟や牧畜（鶏形土製品等）を行い、青銅器生産（銅鐸鋳型等）や石器、木器にかかわる専業集団（生産の分業化）、楼閣のやうな高層建築物の存在、糸魚川周辺で採取されたヒスイ製勾玉（弥生時代最大級全長５・３�p）や様々な地域の土器に見られる各地との交流によって物流が集約されていることを考えると、極めて都市に近い構造を持っていたことがうかがえます（桜井インターネット研究会） 」とされる。 すでに開発された都市に近い所に池を作るとなれば、何の為の池であったのか？農業のための池造りは、「農は天下の大きなる本なり。民の恃み以て生くる所なり。今、河内の狹山の埴田水少し。是を以て、其の国の百姓、農の事に怠る。其れ多に池溝を開りて、以て民の業を寛めよ（書紀巻5）」に明らかな如く、御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）六十二年の依網池など三池、活目入彦五十狹茅天皇（垂仁天皇）卅五年の高石池、茅渟池、狹城池及び迹見池など、「諸国に令して、多に池溝を開らしむ。數八百。農を以て事と爲す（書紀巻6）」がふさわしい。大足彦忍代別天皇（景行天皇）五十七年（書紀巻7）に、「坂手池（地図）を造る。即ち、竹、其の堤の上に蒔く」とあり、これも、田原本町における灌漑用の一貫とみられ、竹利用といふ産業政策もおりこまれていやう。しかし、韓人池は、農業用ではあるまい。ここで韓人の土木技術が持ち込まれたともされるが、書紀的には上にみたやうに、それははるか昔の認識である。磯城津彦玉手看天皇(安寧天皇)二年（書紀巻4）に、「都を片鹽（地図）に遷す。これを浮孔宮と謂ふ」とあった。觀松彦香殖稻天皇（孝昭天皇）元年（書紀巻4）に、「都を掖上に遷し、これを池心宮（地図）と謂ふ」ともあった。 これらは造宮と関連しており、水運あるいは、庭として、宮の一部に組み込まれたものであらう。稚日本根子彦大日日天皇（開化天皇）五年（書紀巻4）に、「大日本根子彦国牽天皇を劔池嶋上陵に葬る」とあった。劔池（石川池:地図）である。軽池・鹿垣池・廐坂池も場所は特定されないが、すべて軽の地であり、韓人池と称されるごとく、当時としては韓風な趣をこらした、異国風なものがあったのではなからうか？外国よりの来朝が意識されており、宮を中心とした都といふものの体裁を整へることが課題とされたとみてみたい。 八年春三月　百濟人來朝　【百濟記云　阿花王立无禮於貴國　故奪我枕彌多禮　及峴南　支侵　谷那東韓之地　是以　遣王子直支于天朝　以脩先王之好也】 八年の春三月（やよひ）（AD277.03）に　百済人来朝り。【百済記に云ふ、阿花王（あくゑわう）、立ちて貴国（かしこきくに）に礼无（ゐやな）し。故（ゆゑ）に、我が枕弥多礼（とむたれ）、及び峴南（けんなむ）、支侵（ししむ）、谷那（こくな）、東韓（とうかん）の地（ところ）を奪（うば）はれぬ。是を以て、王子（せしむ）直支（とき）を天朝（みかど）に遣（まだ）して、先王（さきのこきし）の好（よしみ）を脩（をさ）む。】 来朝した百済人とは、王子直支と注される。阿莘王の六年（AD397：125/259）、「夏五月、王倭国と好を結び、以て太子、腆支を質と爲す」と合致する。四年（AD395）には、「（高句）麗王、談�ｺ、親ら兵七千を帥ゐて、浿水の上に陣し戰を拒む。我軍大敗し、死者八千人（125/259）」とあり、広開土王に攻め込まれている。広開土王碑によれば、「百残（百済）と新羅は舊く是れ属民。由り来き朝貢す。而して倭、辛卯年（391年）を以て来り、渡海して百残＊＊新羅を破り、以て臣民と為す。以て六年丙申（396年）王躬ら水軍を率いて科（＝百？）残を討つ。国軍■■壹八城を首め（以下城名省略）を攻め取る。・・・百残王、困逼し獻じて男女生白（＝口？）一千人、細布千匝を出す。王に歸りて自ら誓ふ。今より以後、永に奴客と爲す。太王恩赦■迷之録其の後之に順ひて誠。是に■五十八城、村七百、残王弟並びに大臣十人を将いて、師を旋し都に還す（古代史獺祭）」とあり、1年の差がある。五十八城、村七百の規模が分らないが、百済には甚大な敗北であった。ところで枕弥多礼は斉州島のこと。峴南（不明）、支侵は馬韓支侵国（忠清南道洪城付近、地図）、谷那（全羅南道谷城、地図）、東韓（不明）あるいは支侵（爾林）、谷那（高難）、東韓（峴南、支侵、谷那の総称）と注される。これでは百済は半島南部、東部並びに斉州島まで奪われたとなり、壊滅的、存亡不能事態となる。 しかし、高句麗本紀（廣開土王）、百済本紀（阿莘王）の記述からは、さやうな事態は想定できない。阿莘王の七年には高句麗に対して兵を興し、八年には大掛かりな徴兵を行ひ民が困窮したとあるが、半島からたたき落とされた形跡はない。 広開土王の九年に、高句麗は燕に朝貢するが、虚をつかれて燕に二城を抜かれており、百済どころではない状況に直面している。高句麗にとっては中国本土あるいは侵犯してくる北の騎馬遊牧民との関係改善が先決で、半島の南端、斉州島まで兵をすすめるメリットはあるまい。 ここの書紀の認識は、この時代の状況とは合致しない。百済が高句麗と新羅に対応するために、日本（やまと）と結ぶ必要性に駆られていたことは確かであらうが、燕が高句麗に圧力を加へてくれることがもっと望ましい事態であったらう。書紀は、阿花王が日本（やまと）に礼を欠いたがゆえに、破れたといふ見解（百済本紀には無い）を百済記を根拠に展開したかった。だから、来朝した、と。 九年夏四月　遣武内宿禰於筑紫　以監察百姓　時武内宿禰弟甘美内宿禰　欲廢兄　卽讒言于天皇　武内宿禰常有望天下之情　今聞　在筑紫而密謀之曰　獨裂筑紫招三韓令朝於己　遂將有天下　於是　天皇則遣使　以令殺武内宿禰　時武内宿禰歎之曰　吾元無貳心　以忠事君　今何禍矣　無罪而死耶　於是　有壹伎直祖眞根子者　其爲人能似武内宿禰之形　獨惜武内宿禰無罪而空死　便語武内宿禰曰　今大臣以忠事君　旣無�K心　天下共知　願密避之　參赴于朝　親辨無罪　而後死不晩也　且時人毎云　僕形似大臣　故今我代大臣而死之　以明大臣之丹心　則伏劔自死焉　時武内宿禰　獨大悲之　竊避筑紫　浮海以從南海廻之　泊於紀水門　僅得逮朝　乃辨無罪　天皇則推問武内宿禰與甘美内宿禰　於是　二人各堅執而爭之　是非難決　天皇勅之　令請�~祇探湯　是以　武内宿禰與甘美内宿禰　共出于磯城川湄　爲探湯　武内宿禰勝之　便執横刀　以毆仆甘美内宿禰　遂欲殺矣　天皇勅之令釋　仍賜紀直等之祖也 九年の夏四月（うづき）（AD278.04）に、武内宿禰を筑紫（つくし）に遣（つかは）して、百姓（おほみたから）を監察（み）しむ。時に武内宿禰の弟（おとと）、甘美内宿禰（うましうちのすくね）、兄（このかみ）を廃（す）てむとして、即（すなは）ち天皇に讒（よこ）し言（まう）さく、「武内宿禰、常（つね）に天下（あめのした）を望（ねが）ふ情（こころ）有り。今聞く、筑紫に在（はべ）りて、密（ひそか）に謀（はか）りて曰（い）ふならく、『独（ひとり）筑紫を裂（さ）きて、三韓（みつのからくに）を招（まね）きて己（おのれ）に朝（したが）はしめて、遂（つひ）に天下を有（たも）たむ』といふなり」とまうす。是（ここ）に、天皇（すめらみこと）、則（すなは）ち使（つかひ）を遣（つかは）して、武内宿禰を殺さしむ。時に、武内宿禰、歎（なげ）きて曰（い）はく、「吾（やつかれ）、元（もと）より弐心（ふたこころ）無くして、忠（まめこころ）を以（も）て君に事（つと）めつ。今何の禍（わざはひ）そも、罪無くして死（みまか）らむや」といふ。是に、壱伎直（いきのあたひ）の祖（おや）真根子（まねこ）といふ者（ひと）有り。其れ爲人（ひととなり）、能く武内宿禰の形（かたち）に似（たうば）れり。独（ひとり）武内宿禰の、罪無くして空（むな）しく死（みまか）らむことを惜（をし）びて、便（すなは）ち武内宿禰に語（かた）りて曰はく、「今、大臣（おほきみ）、忠（まめこころ）を以て君に事（つか）ふ。既に黒心（きたなきこころ）無きことは、天下共に知れり。願はくは、密（ひそか）に避（さ）りて、朝（みかど）に參赴（まう）でまして、親（みづか）ら罪無きことを弁（わきだ）めて、後に死（みまか）らむこと晩（おそ）からじ。且（また）、時人の毎（つね）に云（い）はく、『僕（やつかれ）が形（かたち）、大臣に似（たうば）れり』といふ。故（かれ）、今我（やつかれ）、大臣に代（かは）りて死（みまか）りて、大臣の丹心（きよきこころ）を明（あか）さむ」といひて、則ち剣（つるぎ）に伏（あた）りて自ら死（みまか）りぬ。時に武内宿禰、独（ひとり）大きに悲（かな）しびて、窃（ひそか）に筑紫を避りて、浮海（ふね）よりして南海（みなみのみち）より廻（めぐ）りて、紀水門（きのみなと）に泊（とま）る。僅（わづか）に朝（みかど）に逮（いた）ること得て、乃（すなは）ち罪無きを弁（わきだ）む。天皇（すめらみこと）則ち武内宿禰と甘美内宿禰を推（かむが）へ問（と）ひたまふ。是に、二人（ふたり）各（おのおの）堅く執（とら）へて爭（あらが）ふ。是非（まこといつはり）決（さだ）め難（がた）し。天皇、勅（みことのり）して、神祇（あまつかみくにつかみ）に請（まう）して探湯（くがたち）せしむ。是（ここ）を以て、武内宿禰と甘美内宿禰、共に磯城川（しきのかは）の湄（ほとり）に出でて、探湯す。武内宿禰、勝ちぬ。便ち横刀（たち）を執りて、甘美内宿禰を殴（う）ち仆（たふ）して、遂に殺さむとす。天皇、勅之して、釈（ゆる）さしめたまふ。仍りて紀直等（きのあたひら）の祖（おや）に賜ふ。 古事記は、「比古布都押之信（ひこふつおしのまことの）命は尾張連等の祖、意富那毘（おほなび）の妹、葛城（かづらき）の高千那毘賣（たかちなびめ）を娶り生める子が味師内宿禰（うましうちのすくね）、山代の内臣の祖。また、木国造（きのくにのみやつこ）の祖、宇豆比古（うづひこ）の妹、山下影日賣（やましたかげひめ）を娶り生む子、建内宿禰（たけうちのすくね）（書紀巻4） 」とする。書紀は、彦太忍信命の子、屋主忍男武雄心命、「紀直が遠祖、菟道彦の女、影媛を娶りて、武内宿禰を生む（書紀巻7）」と甘美内宿禰の出生にはふれていない。姓氏録、大和皇別では、「内臣。孝元天皇皇子彦太忍信命之後也」、山代の内は、和名抄、山城国綴喜郡有智郷、綴喜郡内神社（京都府八幡市内里内「地図」：内神社「延喜式調査」）となる。桂川沿いの葛野、宇治川沿いの木幡とトライアングルをなす木津川沿いの有智（内）である。忍熊王との戦いで忍熊王の先鋒と爲る熊之凝が葛野に居た（書紀巻９）。武内宿禰が山背より出陣するが、弟、甘美内宿禰の勢力を動かしていたことにならうか。この弟が武内宿禰を廃てむとした話は、古事記にはない。 誉田天皇（応神天皇）にとって、大足彦忍代別天皇（景行天皇）、足仲彦天皇（仲哀天皇）、気長足姫尊（神功皇后）の世を支えてきた功臣の処遇が困難となっていたのだらう。周の成王における周公のごとき位置を意識していやう。成王から疑いをかけられた周公は楚地方へ出奔する。金縢に納めた祈願の文により疑いは晴れることになる（金縢）。周公への讒言を成王が信じたから事が起こるごとく、誉田天皇が武内宿禰に対する甘美内宿禰の讒言を信じたことによる。讒言を”よこしまうす”と訓じている。”よこす”とは、ないことを悪く告げ口することである。誉田天皇の周辺の疑心に武内宿禰の弟の「兄は三韓を従え天下を有たむとする」といふ讒言は、「叔父上（周公）は荊蛮の家臣となり、わが周を脅かそうとしている」と畏れた成王の心境と変はりない。 実のところ、気長足姫尊（神功皇后）は神託といふことで三韓を討ち、その功績をもってその子に皇位を継がせたが、すでにみたごとく、日本(やまと）の外交の大転換であり、これを納得しない勢力との激しい戦いを引き起こし、皇后亡き後、その反感は、それを推進した武内宿禰に向かい、武内宿禰はその三韓を手中におさめて、天下を乗っ取る腹であると讒言する者が現れ、危険を感じた甘美内宿禰は、兄にそういふ噂があったとしても、私はそうではない、と先手をうったのかもしれない。武内宿禰を筑紫に遣して、百姓を監察しめたのは、筑紫で罪状を示し、反論の余地を奪い殺すために仕組まれた策謀であった。 武内宿禰は、筑紫で愕然とした。この窮地に、武内宿禰に黒心（きたなきこころ）なく、丹心（きよきこころ）あることを惜しみ、容貌が似（たうば）ることから、身代わりとなって死んだのが、壱伎直の祖、真根子とされる。その血筋がそうさせた。姓氏録右京神別に、「壱岐直、天児屋根命九世孫、雷大臣之後也」とあり、新撰姓氏録に、「左京諸番上、漢、伊吉連の出自は長安人の劉家なり。伊吉造、長安人劉家揚雍の後なり」と記されている。漢人であり後漢末から三国時代に壱岐に住み着いたとされるが、霹靂（いかづち）神社の神社明細帳に「神功皇后の時、雷大臣・安曇磯武良を新羅に遣わし、雷大臣彼地で女を娶り一男を産む。名を日本大臣と云う。新羅より帰り給う時、浜久須へ上り給う古跡なり（霹靂神社）」とあり、「雷大臣は、卜部の祖神。中臣烏賊津使主（いかつおみ）と同一人物と思われ、天児屋根命の裔。神功皇后の時に朝鮮に往来し、神とも人ともつかぬ存在であった。安曇磯武良は、安曇磯良とも呼ばれ、神功皇后の水先案内をした人物で、雷大臣同様、神とも人ともつかぬ存在であった（霹靂神社）」ともいふ。雷大臣の子が真根子、亀でト占をおこなう海人（あま）の多くを輩出したのが壱岐、魏志倭人伝の一大国（一支国）（魏志倭人伝-１）、壱岐には神聖なイメージがあった。古事記では、「伊伎島（いきのしま）を生みき。またの名を天之比登都柱（あめのひとつばしら）といふ」とあり、天地をつなぐ所である。書紀では、壱岐嶋は潮の泡、水の泡が凝ったものともいふ。蒙古語族には、原初の海洋に泡が出来、この泡からすべての生物、人間、神々が出現したとする伝承がある（書紀巻１）」。真根子の心は、各地のト占者にしっかりと伝へられたことであらう。「この壱岐氏は『顕宗朝阿閉事代任那へ奉使せしに月神の託宣ありて、我祖高皇産璽（たかみむすび）は天地鎔造の功あり宜しく民地を奉れとあり、事代其由を奏せしに因て、山背の歌荒樔田（うたのあらすだ）（葛野郡）を奉り、壹岐県主押見宿璽（いきのあがたぬしおしみのすくね）をして祠に侍あしむ』と『日本書紀』にあるその押見宿璽である（壱岐国史　山口麻太郎著）」。子孫の押見宿裲が葛野に住むといふ廻りあはせとなる、「惜しみ」と押見が語呂合わせとなり、真根子が生まれ変はったかのごとき印象を与へる。 (これには、中臣氏の祖が卜占を壱岐に導入したとする伝承を作らうとする意図が働いていやう)。 武内宿禰は、「竊（ひそか）に筑紫を避（さ）りて、浮海（ふね）よりして南海（みなみのみち）より廻りて、紀水門に泊る」。通常の海上ルートを避けて紀国に船で入り、紀ノ川をのぼり、磐余の若桜宮に突如現れたのであらう。「僅（わづか）に朝（みかど）に逮（いた）るを得て、乃ち罪無きを辨（わきだ）む」。辨とは分かつこと、言を分けて説明すること。この異常な事態に、天皇も困惑されたことであらう。二人を推問（かむがへとふ）、”かむがふ”は両者を比較して長短を察すること、であるが、是非がつかなかったといふ。武内宿禰に身の潔白を示す決定的な決め手はなかった。甘美内宿禰にも、実は、なかった。神祇に解決を求めると、探湯（くがたち）と出た。神に誓願した上で手を熱湯などに入れ、ただれたものを邪とする、と注される。一種の”うけひ”である。生命をやりとりする類のものでなく決着をつけることが、神意であった。勝った武内宿禰が甘美内宿禰を切り殺そうとすると、天皇は勅をもって、これをとどめ、甘美内宿禰を赦した。誉田天皇も自分が乗せられていたことに気付かれたのであらう。磐余の若桜宮を囲む空気には重苦しいものがあった。 十一年冬十月　作劔池・輕池・鹿垣池・廐坂池　◎是歲　有人奏之曰　日向國有孃子　名髪長媛　卽諸縣君牛諸井之女也　是國色之秀者　天皇悦之　心裏欲覓 十一年の冬十月（かむなづき）（AD280.10）に、剣池（つるぎのいけ）・軽池（かるのいけ）・鹿垣池（かのかきのいけ）・廐坂池（うまやさかのいけ）を作る。 是歳（ことし）、人有りて奏（まう）して曰（まう）さく、「日向国（ひむかのくに）に孃子（をとめ）有（はべ）り。名は髪長媛（かみながひめ）。即ち諸県君（もろがたのきみ）牛諸井（うしもろゐ）が女（むすめ）なり。是（これ）、国色之秀者（かほすぐれたるひと）なり」とまうす。天皇悦（よろこ）びて、心（みこころ）の裏うち）に覓（め）さむと欲（おもほ）す。 古事記に曰く、「天皇、日向の國の諸縣（もろがたの）君の女、名は髮長（かみなが）比賣、其の顏容（かたち）麗美（うるは）しと聞こしめして、使ひたまはむとして喚上（めさ）げしたまひし時、その太子大雀の命、その孃子（をとめ）難波津に泊（は）てたるを見て、その姿容（かたち）の端正（うるは）しを感（め）でて、すなはち建内宿禰の大臣に誂（あとら）へて告（の）りたまひけらく、「この日向より喚上（めさ）げたまひし髮長比賣は、天皇の大御所（おほみもと）にて請ひ白して、吾（あれ）に賜はしめよ」とのりたまひき。ここに建内宿禰の大臣、大命（おほみこと）を請へば、天皇すなはち髮長比賣をその御子に賜いき。賜ひし状（さま）は、天皇、豐明（とよのあかり）りを聞こしめしし日に、髮長比賣に大御酒の柏（かしは）を握（と）らしめて、その太子に賜ひき。ここに御歌よみしたまひしく、 　いざ子ども　野蒜（のびる）摘（つ）みに　蒜摘（ひるつ）みに　我（わ）が行く道の　香ぐはし　花橘は　上枝（ほつえ）は　鳥居（とりゐ）枯（が）らし　下枝（しづえ）は　人取り枯（が）らし　三（み）つ栗（ぐり）の　中つ枝（え）の　ほつもり　赤ら孃子（をとめ）を　いざささば　良（よ）らしな とうたひたまひき。　また御歌（みうた）よみしたまひしく、 　水溜（みづたま）る　依網（よさみ）の池の　堰杙打（ゐぐひう）ちが　挿しける知らに　蓴繰（ぬなはく）り　延（は）へけく知らに　我（わ）が心しぞ　いや愚（をこ）にして　今ぞ悔（くや）しき とうたひたまひき、かく歌ひて賜ひき。故、その孃子を賜はりて後、太子歌ひたまひしく、 　道の後（しり）　古波陀孃子（こはだをとめ）を　雷（かみ）の如（ごと）　聞こえしかども　相枕枕（あひまくらま）く とうたひたまひき。また歌ひたまひしく、 　道の後　古波陀孃子は　争そはず　寝（ね）しくをしぞも　愛（うるは）しみ思（おも）ふ とうたひたまひき（岩波文庫）。」 これらの池については七年九月にすでにみた。国色天香とは中国では牡丹の美しさを言ふ。「国色朝酣酒 天香夜染衣（詠牡丹：李正封）」国色は国のなかで最もすぐれた容色。朝に酒を楽しみほおに紅がさしている。天の香りが夜に衣を染め、酒の香とともにただよってくる。国色（かほ）之秀（すぐれる）者（ひと）とあるが、髪長媛は長い黒髪で牡丹のやうなあでやかさのある女（むすめ）とならう。日向より人を介して、噂が聞こえ、天皇は心を動かされたとある。大足彦忍代別天皇（景行天皇）四年に日向髪長大田根を娶っていた（書紀巻７）。日向髪長大田根は阿牟君の始祖に関係付けられており、阿牟は長門国阿武郡阿武郷とされ、日向に関しては、御刀媛が該当する（書紀巻７）。そして、大足彦忍代別天皇（景行天皇）を諸県において名水を用ひて饗応した泉媛の子孫が髪長媛。宮崎県都城市高城町（地図）、牧之原古墳群の中の一角に、｢髪長姫｣のブロンズ像が立っている（高城地区）。また、都城市早水神社（地図）に祀られている。諸県は和名抄の日向国諸縣郡、小林市（地図）、都城市、曾於市一帯（地図）とされ、君が泉媛、女王であった（書紀巻７）。 十三年春三月　天皇遣專使以徴髪長媛　 秋九月中　髪長媛至自日向　便安置於桑津邑　爰皇子大鷦鷯尊　及見髪長媛　感其形之美麗　常有（ます）戀情於是　天皇知大鷦鷯尊感髪長媛而欲配　是以　天皇宴于後宮之日　始喚髪長媛　因以　坐於宴席 十三年の春三月（やよひ）（AD282.03）に、天皇、専使（たくめつかひ）を遣（つかは）して、髪長媛を徴（め）さしむ。 秋九月（ながづき）の中（なかのとをか）に、髪長媛、日向（ひむか）より至（まういた）れり。便（すなは）ち桑津邑（くはつのむら）に安置（はべ）らしむ。爰（ここ）に皇子（みこ）、大鷦鷯尊（おほさざきのみこと）、髪長媛を見たまふに及（いた）りて、其の形の美麗（かほよき）に感（め）でて、常に恋（しの）ぶ情（みこころ）有（ま）します。是（ここ）に、天皇、大鷦鷯尊の髪長媛に感（め）づるを知（しろ）しめして配（あは）せむと欲（おもほ）す。是を以て、天皇、後宮（きさきのみや）に宴（とよのあかり）きこしめす日に、始めて髪長媛を喚（め）して、因（よ）りて、宴（とよのあかり）の席（ゐしき）に坐（はべ）らしむ。 専使（たくめつかひ）は、そのことだけのために遣わされる使者と注される。髪長媛を召すためのみの使者、大変な入れ込みやうであった。中（なかのとをか）は中旬のこと。桑津邑は、摂津国住吉郡桑津村（大阪市東住吉区桑津（地図））、和名抄には同国豊島郡桑津（久波都）郷（兵庫県伊丹市東桑津・西桑津（地図））とされる。 安置（はべ）らしむといふは、「神の資格を持った采女として、宮中の新甞祭に奉仕するために、日向の国より召され（桑津天神社）」たからとされる。噂を聞いて、天皇に先んじて、足を運んだのは大鷦鷯尊、恋（しのぶ）情（みこころ）とあり、天皇の召された女（むすめ）であり、あからさまにはできぬが、その恋心は天皇にも届き、後宮（きさきのみや）で宴を催し、その席に髪長媛を坐らされた。大足彦忍代別天皇（景行天皇）四年に、「天皇、美濃国造、名は神骨の女、兄の名は兄遠子、弟の名は弟遠子、並に有国色と聞し、則ち大碓命を遣はして、其の婦女の容姿を察しむ。時に大碓命、便ち密に通（たは）けて復命せず。是れに由りて、大碓命を恨みぬ（書紀巻７）」とあった。大碓命は密通をして怒りを買ったが、大鷦鷯尊はちがった。古事記は難波津に泊まった髮長比賣を見染め、建内宿禰に天皇に賜るやう請ひ願ひ、天皇が聞き入れて宴の席に召し、比売に大御酒を満たした柏を握らしめて、太子に賜はれたといふ。 時�ﾋ大鷦鷯尊　以指髪長媛　乃歌之曰　伊奘阿藝　怒珥比蘆菟湄珥　比蘆菟瀰珥　和餓喩區瀰智珥　伽遇破志　波那多智麼那　辭豆曳羅波　比等未那等利　保菟曳波　等利委餓羅辭　瀰菟遇利能　那伽菟曳能　府保語茂利　阿伽例蘆塢等�刀@伊奘佐伽麼曳那　 時に大鷦鷯尊を�ﾋ（め）して、髪長媛を指（さししめ）したまひて、乃（すなは）ち歌（みうたよみ）して曰（のたま）はく、 　伊奘阿藝（いざあぎ）　怒珥比蘆菟湄珥（のにひるつみに）　比蘆菟瀰珥（ひるつみに）　和餓喩區瀰智珥（わがゆくみちに）　伽遇破志（かぐはし）　波那多智麼那（はなたちばな）　辭豆曳羅波（しづえらは）　比等未那等利（ひとみなとり）　保菟曳波（ほつえは）　等利委餓羅辭（とりゐがらし）　瀰菟遇利能（みつぐりの）　那伽菟曳能（なかつえの）　府保語茂利（ふほごもり）　阿伽例蘆塢等��（あかれるをとめ）　伊奘佐伽麼曳那（いざさかばえな） 　いざ吾君（あぎ）　野（の）蒜摘（ひるつ）みに　蒜摘（ひるつ）みに　我（わ）が行（ゆ）く道（みち）に　香（か）ぐはし　花橘（はなたちばな）　下枝（しづえ）らは　人皆取（ひとみなと）り　上枝（ほつえ）は　鳥居枯（とりゐが）らし　三栗（みつぐり）の　中枝（なかつえ）の　ふほごもり　赤（あか）れる孃子（をとめ）　いざさかばえな 大鷦鷯尊を召して、髪長媛を指して、歌された。古事記では、「いざ子ども」と皆に呼びかけている。皆と吾君（人を親しんで呼ぶ語）と大鷦鷯尊に呼びかける相違がある。野に蒜を摘む、野蒜を摘むと相違がある。道すがらに花橘がある。橘は田道間守が中国より持ち帰った非時（ときじく）香菓（かくのみ）（書紀巻６）、香りがよい。上枝からか下枝からかの相違があるが上の枝の花は鳥がついばみ、下の枝の花は人が取り、枯らしてしまう。 三つ栗はふくよかに膨らんだ栗の実で、三つ栗の真ん中を示し、中の枕詞、優れたものを称する。「ほつもり」は、未詳、宣長古事記伝が「ふほみつぼまり」の約で、「わづかになり初たる橘ノ實の状」とする。書紀では「ふほごもり」、「ふふむ」は花がまだひらかないこと、「こもる」は、隠る、ひきこもること。まだ蕾のごとくこもっている、ほほの紅潮する孃子（をとめ）、髪長媛のこと、古事記では酒でほほが紅潮しているとならうか。 「いざささば」は、未詳、「いざさす」を「人を誘(いざな)ひ起(たつ)る」の意とする（宣長古事記伝）。誘いなさいといふ。「いざ」は、さあ、「さす」は「（標を）刺す」で占有を意味する、自分のものとすればよろしからうとなる。書紀は、「いざさかばえな」、さあ、咲かせてごらんなさいではないか。本来なら、天皇親（みず）から一緒に野に蒜を摘みに出たかった媛であらう。 於是　大鷦鷯尊　蒙御歌　便知得賜髪長媛　而大悦之　報歌曰　瀰豆多摩蘆　豫佐瀰能伊戒珥　奴那波區利　破陪鷄區辭羅珥　委遇比菟區　伽破摩多曳能　比辭餓羅能）　佐辭鶏區辭羅珥　阿餓許居呂辭　伊夜于古珥辭氐　 是に、大鷦鷯尊（おほさざきのみこと）、御歌を蒙（たまは）りて、便（すなは）ち髪長媛を賜（たま）ふこと得（う）るを知りて、大（おほ）きに悦（よろこ）びて、報歌（かへしうた）たてまつりて曰（まう）したまはく、 　瀰豆多摩蘆（みづたまる）　豫佐瀰能伊戒珥（よさみのいけに）　奴那波區利（ぬなはくり）　破陪鷄區辭羅珥（はへけくしらに）　委遇比菟區（ゐぐひつく）　伽破摩多曳能（かはまたえの）　比辭餓羅能（ひしがらの　佐辭鶏區辭羅珥（さしけくしらに）　阿餓許居呂辭（あがこころし）　伊夜于古珥辭氐（いやうこにして） 　水渟（みづたま）る　依網池（よさみのいけ）に　蓴繰（ぬなはく）り　延（は）へけく知（し）らに　堰杙築（ゐぐひつ）く　　川俣江（かはまたえ）の　菱茎（ひしがら）の　さしけく知（し）らに　吾（あ）が心（こころ）し　いや愚（うこ）にして　 蒙御歌の蒙は受身をあらわし、御歌せらるの義、”たまはる”と訓じられている。歌を聴き、髪長媛を賜ふとの天皇の意向を知り、歌を返された。古事記は賜ふ天皇の愚かしく、悔しい気持ちを歌っているが、書紀は、天皇の心を知らなかった大鷦鷯尊が己の愚かしさを歌ったと変へた。 依網池は御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）の六十二年（書紀巻５）に河内につくられた。桑津邑の地でもある。津であり、そこまで船で入りこめた。川俣（地図）は川が分かれている所、川俣江とあり、入江であった。 蓴、ぬなわ、食用にする”じゅんさい”のこと。延へけく、とは縄で囲ふこと、標を刺すと同じく、占有を示すものとされる。 古事記では、天皇が引き継いで歌っておられる。池には水がたまっていたので、池の堰に杙を打つ者（大雀命）が杙を挿したのも知らず、蓴を手繰り、（髪長媛を）囲うていたのも知らずに、我が心にして、いや愚かにも（知らなかったとは）今になって悔やまれる、と二人はすでに出来ていたと暗示される。 書紀では、大鷦鷯尊の歌となり、全く意味が異なる。「依網池でじゅん菜を手繰って、ずっと先まで気を配っていたのを知らずに、また岸辺に護岸の杭を打つ。川俣の江の菱茎が、遠くまで伸びているのを知らず（天皇が髪長媛を賜うやうに、配慮されているのを知らないで）私は全く愚かでした。菱茎の”さしけく”の”さす”は（光が）射すと同根で、一方に直線的に伸びること」と注されるが、しっくりこない。 知らず、私の心にして、愚かなことの主体が大鷦鷯尊となれば、大きに反省をする報歌となりどうして大きに悦ぶとなるのか不明、書紀のこの改変はうまくいっているとは思はれない。 大鷦鷯尊　與髪長媛旣得交慇懃　獨對髪長媛歌之曰　彌知能之利　古破嚢塢等綿塢　伽未能語等　枳虚曳之介逎　阿比摩區羅摩區　又歌之曰　彌知能之利　古波嚢塢等綿　阿羅素破儒　泥辭區塢之敘　于蘆波辭彌茂布 大鷦鷯尊、髪長媛と既に得交（まぐはひ）すること慇懃（ねむごろ）なり。獨り髪長媛に對（むか）ひて歌（みうたよみ）して曰（のたま）はく、 　彌知能之利（みちのしり）　古破嚢塢等綿塢（こはだをとめを）　伽未能語等（かみのごと）　枳虚曳之介逎（きこえしかど）　阿比摩區羅摩區（あひまくらまく） 　道（みち）の後（しり）　古波嚢孃子（こはだをとめ）を　神（かみ）の如（ごと）　聞（きこ）えしかど　相枕枕（あひまくらま）く 又歌（みうたよみ）して曰はく、 　彌知能之利（みちのしり）　古波嚢塢等綿（こはだをとめ）　阿羅素破儒（あらそはず）　泥辭區塢之敘（ねしくをしぞ）　于蘆波辭彌茂布（うるはしみもふ） 　道（みち）の後（しり）　古波嚢孃子（こはだをとめ）　争（あらそ）はず　寝（ね）しくをしぞ　愛（うるは）しみ思（も）ふ この既は、既に得交（まぐはひ）していたの義ではなく、得交して慇懃（ねむごろ）となったので、髪長媛に歌した、とその後に起こったことを述べていることになる。ここの既は、あることが満たされたので次のことが起こるといふ時系列になる。 道の後は、道の果て、遠い国、古波陀は日向の地名（不詳）、と注される。都城市早水神社に祭られ、都城市高城町にブロンズ像が立つ髪長媛に関して古波陀が地名として知られないといふは妙な話である。 濃い肌、情深く、健康さうな女（むすめ）であったかもしれない。書紀は、神、古事記は雷。道の果ての日向の古波陀の孃子、皇孫、天津彦彦火瓊瓊杵尊が日向に降りて、子をもうけた相手は鹿葦津姫、亦の名神吾田津姫、亦の名木花之開耶姫といった。 大足彦忍代別天皇（景行天皇）を諸県において名水を用ゐて饗応した泉媛、神々しい伝統の姫君の地、日向と聞かされてきた、それが今こうして互ひに枕し合っている、意外に従順で愛おしく思はれる、が書紀。 古事記は雷のごとくとどろいており、気性の激しい美貌の才媛かと構へていたが、濃い肌、情深く、可愛いい女（むすめ）だね、とならうか。 国色之秀者、長い黒髪で牡丹のやうなあでやかさのある女（むすめ）ではなかった？ 【一云　日向諸縣君牛　仕于朝庭　年旣耆耇之不能仕　仍致仕退於本土　則貢上己女髪長媛　始至播磨　時天皇幸淡路嶋　而遊獵之　於是　天皇西望之　數十麋鹿　浮海來之　便入于播磨鹿子水門　天皇謂左右曰　其何麋鹿也　泛巨海多來　爰左右共視而奇　則遣使令察　使者至見　皆人也　唯以著角鹿皮　爲衣服耳　問曰　誰人也　對曰　諸縣君牛　是年耆之　雖致仕　不得忘朝　故以己女）髪長媛而貢上矣　天皇悦之　卽喚令從御船　是以　時人號其著岸之處　曰鹿子水門也　凡水手曰鹿子　蓋始起于是時也】 【一（ある）に云（い）はく、日向（ひむか）の諸県君牛（もろがたのきみうし）、朝庭（みかど）に仕（つか）へて、年既に耆耇（お）いて仕ふること能（あた）はず。仍（よ）りて致仕（まかりさ）りて本土（もとつくに）に退（まか）る。則ち己（おの）が女（むすめ）、髪長媛を貢上（たてまつ）る。始めて播磨に至る。時に、天皇（すめらみこと）、淡路嶋（あはぢしま）に幸（いでま）して、遊猟（かり）したまふ。是（ここ）に、天皇、西（にしのかた）を望（みそなは）すに、数十（とをあまり）の麋鹿（おほしか）、海に浮き来れり。便ち播磨の鹿子水門（かこのみなと）に入りぬ。天皇、左右（もとこひと）に謂（かた）りて曰（のたま）はく、「其（かれ）、何（いか）なる麋鹿（おほしか）ぞ。巨海（おほうみ）に泛（うか）びて多（さは）に来る」とのたまふ。爰に、左右共（もとこひととも）に視て奇（あやし）びて、則ち使（つかひ）を遣（つか）はして察（み）しむ。使者（つかひ）、至りて見るに、皆人なり。唯（ただ）角（つの）著（つ）ける鹿（か）の皮（かは）を以（も）て、衣服（きもの）とせらくのみ。問ひて曰（い）はく、「誰人（たれ）ぞ」といふ。対（こた）へて曰（まう）さく、「諸県君牛（もろがたのきみうし）、是（これ）年（とし）耆（お）いて、致仕（まかりさ）ると雖も、朝（みかど）を忘るること得ず。故（ゆゑ）に、己（おの）が女（むすめ、髪長媛を以て貢上（たてまつ）る」とまうす。天皇、悦（よろこ）びて、即（すなは）ち喚（め）して御船に従（つか）へまつらしむ。是（ここ）を以て、時人、其（か）の岸に著きし処（ところ）を号（なづ）けて、鹿子水門（かこのみなと）と曰ふ。凡（おほよ）そ水手（ふなこ）を鹿子（かこ）と曰ふこと、蓋（けだ）し始めて是（こ）の時に起れりといふ。】 さて、またここで、実のところは、髪長媛を天皇が特に召したといふのではない、諸県君牛は朝庭に仕へていたが、年老いて諸県に退き、代はりにといってはなんだが女（むすめ）を貢上ったのが事の起こりだといふ。天皇にさほどの思い入れがあったわけではない。大鷦鷯尊に賜って悔しいほどのものでもなかった、といはんばかりである。 天皇が髪長媛に遇はれたのは、淡路嶋であった。天皇が淡路嶋に幸して、遊猟されたとき、数十の麋鹿が、海をわたり播磨の岸に入るのが望まれた。使者を出して確認をすると、鹿の角と皮を着けた人間であった。それが、諸県君牛、退いたが朝を忘れることができず、髪長媛を貢上るために来たといふ。髪長媛を淡路嶋に召し御船で一緒に、播磨にゆかれ、その岸は鹿子水門（賀古郡：地図）と称されることになった。 諸県君牛と鹿。諸県は和名抄の日向国諸県郡、小林市（地図）、都城市（地図）、曾於市（地図）一帯。景行天皇十二年条に襲国に熊襲の渠帥者（いさを）厚鹿文（あつかや）・迮鹿文（さかや）、熊襲梟帥（くまそたける）の女（むすめ）に市乾鹿文（いちふかや）・市鹿文（いちかや）とあった。鹿の字が充てられている、日向に鹿野田（地図）があり、古代には鹿の狩場であったといふ。鹿の骨は太占（ふとまに）に用ゐられ、九州では北部で卜占の鹿骨が出土度している。志賀海神社の志賀は鹿から来るとされ、古来より多くの鹿の角が奉納されたといふ。 諸県君は牛諸井（うしもろい）であるが、牛（うし）と呼ばれている。宮崎牛を連想せしめるが、宮崎牛は戦後のことで、ブランドとなるものは1986年以降とされるやうで、古代の日向の牛のことは検索しても挙がってこない。”うし”は大人であり、貴人を指す語である。大きくて力強く、牛の神のやうに思はれていたのであらうか？ 十四年春二月　百濟王貢縫衣工女　曰眞毛津　是今來目衣縫之始祖也 是歲　弓月君自百濟來歸　因以奏之曰　臣領己國之人夫百廿縣而歸化　然因新羅人之拒　皆留加羅國　爰遣葛城襲津彥　而召弓月之人夫於加羅　然經三年　而襲津彥不來焉 十四年の春二月（きさらぎ）（AD283.02）に、百済の王（こきし）、縫衣工女（きぬぬひをみな）を貢（たてまつ）る。真毛津（まけつ）と曰ふ。是（これ）、今の来目衣縫（くめのきぬぬひ）の始祖（はじめのおや）なり。 是歳（ことし）、弓月君（ゆづきのきみ）、百済より来（まうけ）り。因（よ）りて奏（まう）して曰（まう）さく、「臣（やつかれ）、己（おの）が国の人夫（たみ）百二十県（ももあまりはたちのこほり）を領（ひき）ゐて帰化（まう）く。然（しか）れども新羅人（しらきひと）の拒（ふせ）くに因りて、皆加羅国（からのくに）に留（とどま）れり」とまうす。爰（ここ）に、葛城襲津彦（かづらきのそつびこ）を遣（つかは）して、弓月（ゆづき）の人夫（たみ）を加羅（から）に召す。然れども三年（みとせ）経（ふ）るまでに、襲津彦来（まうこ）ず。 283+120=403年、三国史記、卷第二十五、百済本紀第三、阿莘王の十一年（AD402）に、「夏、大旱、禾苗焦げ枯れる。王親（みづから）��岳を祭りて、乃ち雨ふる。五月、使を倭国に遣はして大珠を求む（国会図書館　125/259）」。同十二年（AD403）の春二月に、「倭国の使者、至れり。王、迎へて勞すこと特に厚し（国会図書館　125/259）」とある。往来に関しては裏付けられるが、内容は異なる。 新羅本紀第三・第十八代　実聖尼師今（在位 ＡＤ402-417）の元年（AD402）の三月に（国会図書館　21/259）」、「倭国と好を通じ、奈勿王の子、未斯欣を質と為す」とあるが、気長足姫尊（神功皇后）前紀十月条（書紀巻9）・同五年三月条（書紀巻9）のこととされ、一貫しない。 書紀は、百済の王が縫衣工女、真毛津を貢ったことを採用した。裁縫技術である。姓氏録、和泉諸蕃に、「衣縫、百済国、神露命（かむろのみこと ）より出るなり」とあり、このことに関する日本（やまと）の関心は強かった。糸と鉄製の針とが流通したものと思はれる。山城国久世郡の水主神社では、「大縫命、小縫命の二柱の比�盗_は、天香語山命の御子天村雲命九世の御孫にして人皇１３代成務天皇の御宇志賀高穴穂宮に仕え奉り、糸縫針の職を掌り給いしにより其子孫に衣縫の氏を給う（新撰姓氏録参照）、故に此神を衣縫の祖大神、衣縫の宮、衣縫大神として敬称し奉る（延喜式神名帳）」とあり、針にも大小と縫う対象により、技術が分かれていた。これを400年代のこととみるか、卑弥呼の時代とみるか？ 卑弥呼が班布二匹二丈（麻織物とされる）を献じた答礼品は「絳地交龍錦五匹・絳地縐粟罽十張蒨絳五十匹紺青五十匹（魏志倭人伝3）」、四年後親魏倭王の答礼に献じたものが「倭錦絳��縑緜衣帛布、倭錦は和の錦織、絳青縑は濃い赤と青の糸で堅く織った絹、緜衣は綿の衣、帛布は白いふすい絹の布（魏志倭人伝3）」であり、この四年の間に絹糸、綿糸などの製糸、製織に格段の進歩が見られている。衣服にするには、製針、裁縫技術が欠かせない。帛布ともなれば、骨や木、銅、青銅の針でなく、良質の鉄製針が求められたのであらう。縫衣工女を”きぬぬひをみな”と訓じておりそこに関心があった。裁断する鋏は古墳時代を待たねばならないやうである。卑弥呼は楽浪郡で直接、魏と手を結んだ。楽浪郡は漢の先進文化に通じる半島で最も開けた地であり、公孫氏を通さず、楽浪から魏に一直線にルートを再興したことがその政治手腕であった。四年でそれだけの製糸、製織技術を進歩させるには、卑弥呼のみならず、一大率を窓口とする半島との交易に関する旺盛な意欲が倭の諸国の王の側にあったことを物語る。書紀はそれを、気長足姫尊（神功皇后）の時代として、一切伏せてしまったのであるが。 弓月君が百済国の人夫百二十県を帰化させやうとして新羅に拒まれ加羅に留まったといふ。弓月君は融通王ともされる。姓氏録、左京諸蕃に、「太秦公宿禰、秦始皇帝三世孫孝武王より出るなり。男功満王。帯仲彦天皇（謚仲哀）の八年に来朝す。男融通王（一に、弓月王と云ふ）誉田天皇（謚応神）十四年。来廿七県の百姓を率ゐ帰化す。金銀玉帛等の物を献る」。山城国諸蕃に、「秦忌寸、太秦公宿禰と同祖、秦始皇帝の後なり。功智王。弓月王。誉田天皇（謚応神）の十四年に来朝す。上表して更に帰国す。百廿七県の伯姓を率ゐ帰化す。并せて金銀玉帛種々の宝物等を献る。天皇これを嘉ぶ。大和朝津間腋上の地を賜ひここに居す」あり、と注される。御間城入彦五十瓊殖天皇（崇神天皇）三年でみたごとく（書紀巻５）、秦氏は秦始皇の後といふ所伝・系譜をもつが、非常に辿りづらいとされる。 ところで、明治以降の日本人が欧米に憧れたやうに、倭人には半島の楽浪の彼方の漢人文化に対する憧れがあり、漢人の系譜は値打ちが高かったのであらう。辰韓の耆老の所伝によると秦滅亡時、秦人が逃れて馬韓に来り、馬韓はその東界を割いてこれに与えた、と伝へられている。この集団は百済、新羅が起こると半島南部、加羅に追い込まれ、更に、倭に逃れて来たとされる。時代的には魏が公孫氏を滅ぼし半島に圧力をかけ、部族連合の半島に国家としての高句麗、百済、新羅が形成される時代であり、卑弥呼の後の時代のことである。書紀は、阿莘王の時代としている。さて、人夫百二十県は数字からすれば、大規模と思はれるが八年三月でみた五十八城、村七百同様、実際はどれほどのものか、疑問がある。葛城襲津彦を遣はしたが、三年を経て帰ってこないといふ。 十五年秋八月壬戌朔丁卯　百濟王（こきし）遣阿直伎　貢良馬二匹　卽養於輕坂上廐　因以阿直岐令掌飼　故號其養馬之處　曰廐坂也　阿直岐亦能讀經典　卽太子菟道稚郎子師焉　於是　天皇問阿直岐曰　如勝汝博士亦有耶　對曰　有王仁者　是秀也　時遣上毛野君祖荒田別・巫別於百濟　仍徴王仁也　其阿直岐者　阿直岐史之始祖也 十五年の秋八月（はづき）の壬戌（みづのえいぬ）の朔（ついたち）丁卯（ひのとのうのひ）（AD284.08.06）に、百済の王（こきし）、阿直伎（あちき）を遣（まだ）して、良馬二匹（よきうまふたつぎ）を貢（たてまつ）る。即ち軽（かる）の坂上（さかのうへ）の廐（うまや）に養（か）はしむ。因りて阿直岐を以て掌（つかさど）り飼（か）はしむ。故（これ）、其の馬養（うまか）ひし処（ところ）を号（なづ）けて、廐坂（うまやさか）と曰（い）ふ。阿直岐、亦能く経典（ふみ）を読めり。即（すなは）ち、太子（ひつぎのみこ）菟道稚郎子（うぢのわきいらつこ）、師（みふみよみ）としたまふ。是（ここ）に、天皇（すめらみこと）、阿直岐に問ひて曰（のたま）はく、「如（も）し汝（いまし）に勝（まさ）れる博士（ふみよみひと）、亦有りや」とのたまふ。対（こた）へて曰（まう）さく、「王仁（わに）といふ者（ひと）有り。是（これ）秀（すぐ）れたり」とまうす。時に上毛野君（かみつけのきみ）の祖（おや）、荒田別（あらたわけ）、巫別（かむなきわけ）を百済に遣（つかは）して、仍（よ）りて王仁を徴（め）さしむ。其れ阿直岐は、阿直岐史（あちきのふびと）の始祖（はじめのおや）なり。 この御世に、海部（あまべ）、山部、山守部、伊勢部を定めたまひき。また劍（つるぎ）の池を作りき。また新羅人（しらぎびと）參渡（まゐわた）り來つ。ここをもちて建内の宿禰の命引き率（ゐ）て、堤池に役（えだ）ちて百濟（くだら）の池を作りき。また百濟の國主（こにきし）照古王（せうこおう）、牡馬壹疋（をまひとつ）、牝馬壹疋（めまひとつ）を阿知吉師（あちきし）に付（つ）けて貢上（たてまつ）りき【この阿知吉師は阿直史等の祖】。また横刀（たち）及び大鏡を貢上りき。また百濟の國に、「もし賢（さか）しき人あらば貢上れ」と科（おほ）せたまひき。故、命（みこと）を受けて、貢上れる人、名は和邇吉師（わにきし）。すなはち論語十卷（とまき）、千字文一卷（ひとまき）、并せて十一卷（とをまりひとまき）をこの人に付けてすなはち貢進（たてまつり）き【此の和邇の吉師は、文首等の祖】。また手人韓鍛（てひとからかぬち）名は卓素（たくそ）、また呉服（くれはとり）の西素（さいそ）二人を貢上りき。また秦造（はたのみやつこ）の祖・漢直（からのあたい）の祖、また酒を釀（か）むことを知れる人、名は仁番（にほ）またの名は須須許理（すすこり）等（ども）、參渡（まゐわた）り來つ。　故、是の須須許理、大御酒を釀みて以ちて獻りき。ここに天皇、この獻りし大御酒にうらげて、御歌よみしたまひしく、 　須須許理（すすこり）が　釀（か）みし御酒（みき）に　我酔（われゑ）ひにけり　事無酒（ことなぐし）　笑酒（ゑぐし）に　我酔ひにけり とうたひたまひき。かく歌ひて幸行（い）でましし時、御杖をもちて大坂の道中（みちなか）の大石を打ちたまへてば、その石走り避（さ）りき。故、諺（ことわざに）に、「堅石（かたしは）も醉人（ゑひびと）を避（さ）く」といふなり（岩波文庫）。 百済王とは、阿莘王となるが、古事記は照古王とする。照古王は近肖古王とされ、百済本紀第二、近肖古王の三十年（AD375）に、「古記に云ふ。百濟、開国して已來、未だ文字記事を以てすこと有らず。是に至り博士、高興を得る。始めて書記すこと有り。然るに高興、未だ嘗て他書に顯れず。其れ何許の人か知られず（国会図書館　123/259）」とある。 半島における漢字の流入は、「漢四郡（ハンサグン）が設置されて以来、広く普及され、三国時代の初期には文語としての地位を占めるやうになった。したがって、言語生活において話し言葉と書き言葉が異なっていたため、韓国語を記録するために漢字の音と訓を借りて表現した。その作業は、高句麗によって行われた。 小獣林（ソスリム）王の時に建てられた太学ではそれを教え、この方法が新羅に伝わった。漢字が使われはじめ、様々な記録が行われるやうになり、自然に漢文学が発達した。高句麗の広開土大王の碑文や新羅の真興王の巡狩碑文などが代表的な例と言えやう。更に、国家の仕事を公式的に記録し、編纂する作業が行われた。一番注目されるのは、国史の編纂であった。高句麗の場合、国の初期から書き始められた『 留記 （ユギ）』100巻があり、百済では 近肖古（クンチョゴ）王（346-375）の時、博士高興（ゴフン）によって『書記』が編纂された。新羅では真興王6年（565）に、 居漆夫（コチルブ）によって『国史』が編纂された。現在の三国の歴史書は残されていないが、その内容は金富軾（キム・ブシック：1075年 - 1151年）が編纂した『三国史記』に影響を与えたやうだ（Korean net）」とあるごとく、楽浪、帯方郡中心に入り込んだ漢文化の伝播をもたらした。楽浪、帯方郡に入居した漢人は、楽浪、帯方郡が崩壊するとき、高句麗、新羅、百済に吸収され、百済に逃れた高氏、王氏の子孫が高興、王仁に連なるとされる。書記は国史編纂、経典は国家運営、帝王学を学ぶことである。 横刀と大鏡は異なるが、阿直伎は同じ。約30年の差があるが、阿直伎等が育つにはそのくらいの年月は必要とならう。阿知吉師ともされ、キシは朝鮮語でもと族長に対する敬称、吉士とも書き、新羅十七階官位の第十四と注される。更に、後の子孫、続日本紀、延暦四年（785年）の坂上田麻呂等の上表では、「右衞士督從三位兼下総守坂上大忌寸苅田麻呂等表を上（たてまつり）て言（まう）す。臣等（やつかれら）は、本と是れ後漢の靈帝の曾孫、阿智王の後（のち）なり。漢の祚（統治）、魏に遷（うつ）るに、阿智王、神牛の教（牛を尊ぶ教、仏教か？）に因りて、出でて帶方へ行けり。忽ち寳帶の瑞を得る（高位に就いた）。其の像（かたち）宮城に似たり。ここに國邑を建て、其の人庶を育せり。後に父兄を召して告げて曰く、吾、聞く、東國に聖主有り、何ぞ歸從せざらむや。若し久しく此處に居をしては、恐らく覆滅を取らむ（根こそぎ滅びむ）と云ふ。即ち女弟迂興徳*、及び七姓の氏を携へて、歸化、來朝せり。是れ則ち誉田の天皇（応神）の天下を治めたまふ御世なり。是に於て阿智王、奏して請ひて曰さく、臣、舊居帶方に在り。人民男女皆、才藝有り。近者（このころ）、百濟高麗の間に寓し、心懷くに猶豫ねて未だ去就を知らず、伏して願はくは、天恩使を遣して追召（めしこさ）しめたまはんことを。乃ち勅して臣八腹氏を遣し、頭を分けて發遣せしむ。其の人（民）男女、擧（こぞ）りて落（ぬ）け使に隨ひて盡く來たりて、永く公民と爲る。年を積み代を累（かさ）ねて、以て今に至れり。今在る諸國の漢人も、亦是これ其の後なり（続日本紀　362/405：筆者訓）」とある。漢政権が魏政権となり漢王の後裔であった阿智王は帯方郡で邑を建てたものの、帯方郡は百済と高句麗の間でせめぎ合いとなり、そのまま居ては滅びると日本（やまと）に受入を打診、受諾され、百済、高句麗、新羅等に分散した七氏族をも避難をさせることができた。漢人であり、それぞれが才芸に秀でており、お役にたつであらうといふ文脈である。*（母弟𨑲興徳ともされる）。 姓氏録逸文第廿三巻坂上大宿禰。坂上系図には、「阿智王、誉田天皇（諡応神）の御世、本国の乱を避け、母並び妻子、母弟迂興徳、七姓漢人等を率ゐ帰化す・・・天皇、その来る志を矜（あはれ）みて、阿智王を號（なづ）けて使主と爲す。仍りて二つの大和国桧隈郡の郷を賜ひ、一（ある）は野に居さしむ。時に阿智使主、奏（まう）して言（まう）さく、臣、入朝の時、本郷の人民、往きて離散す。今聞くに、高麗、百済、新羅等の国に遍在せり。使を遣し喚來すを望請す、と。天皇、即ち使を遣し、これを喚せしむ。大鷦鷯天皇（諡仁徳）の御世に、挙（ことごと）く落（ぬ）けて隋ひ來（まう）く。今、高向村主（以下二十九村主名略）等、是その後なり。この時阿智王奏して今来郡を建て、後、改めて高市郡と号（なづ）く。而して人衆（つど）ふこと巨多（はなはださは）、居地は狭隘。更に諸国に分置せり。摂津、参河、近江、播磨、阿波等、漢人の村主（すぐり）、是なり（漢部郷(綾部市 - 丹後の地名　筆者訓）」ともある。 しかし、お役に立ってきたが身分が卑しい、宿禰を賜りたいと上表したものもある。 続日本紀、延暦十年（791年）四月の文忌寸（ふみのいみき）等最弟（もおと）等の上言に、「漢の高帝の後を鸞（らん）と曰ふ。鸞の後、王狗、転じて百済に至れり。（百済）久素王（貴首王）の時に、聖朝（日本）、使を遣して文人を徴召（めしまね）かしむ。久素王、即ち狗が孫王仁を以て貢れり。是れ文（ふみ）、武生（たけふ）等の祖（おや）なり」とあり、「是に於て最弟及び真象等八人に姓（かばね）宿禰を賜はる（続日本紀　392/405：筆者訓）」とつづく。 阿智王が阿智使主で阿直伎といふことなら、これを見るかぎりでは、百済王が派遣したものとは思はれない。書紀は、さらに優れた博士を求め、王仁を得たといふ。 続日本紀、延暦九年（790年）七月の百済王仁貞らの上表に、王辰爾系諸氏の祖先渡来伝説を述べ、「其の後、軽島の豊明の朝（みかど）御宇（あめのしたしらします）応神天皇、上毛野氏の遠祖、荒田の別に命（みことのり）し、百済に使して有識の者を捜し聘せしむ。国主、貴須王、使の旨を恭（つつしみ）て奉（たてまつ）りて、宗族を択採し、其の孫、辰孫王〈一に、智宗王と名づく〉を遣して使に随ひて入朝せしむ。天皇嘉焉（よみして）、特に寵命を加へ、以て皇太子の師と為したまふ（続日本紀　387/405：筆者訓）」ともある。荒田別は気長足姫尊（神功皇后）の四十九年（AD249.03）に鹿我別と共に新羅に派遣された将軍であった（書紀巻９）。35年前であり、人脈があったのであらうか。鹿我別（かがわけ）は弟、巫別（かむなきわけ）も弟であらうが、巫覡（かむなき）のことであり、神官であったことになる。 貴首王とは近仇首王（375-384年）のことであり、上に見たやうに、父の近肖古王（346-375年）の方が合致する。書紀は近肖古王との関係は気長足姫尊（神功皇后）の時代のことにしている（書紀巻9）。 三国史記百済本紀では、高興のみ記され、阿直伎、王仁は現れない。金 富軾は、日本書紀、古事記、続日本紀の記述を打ち消す方向で記述していやう。 軽の坂上の廐の韓馬を見たい豪族が沢山いたことであらう。太子、菟道稚郎子が経典を読むとは、帝王学を学ぶことを目指したことを意味する。聖徳太子（廐戸皇子）に至るまでに、相当の蓄積がなされることを暗示していやう。 十六年春二月（きさらぎ）　王仁來之　則太子菟道稚郎子師之　習諸典籍於王仁　莫不通達　所謂王仁者　是書首等之始祖也 是歲　百濟阿花王薨　天皇召直支王謂之曰　汝返於國以嗣位　仍且賜東韓之地而遣之　【東韓者　甘羅城・高難城・爾林城是也】 八月に、遣平群木菟宿禰・的戸田宿禰於加羅　仍授精兵詔之曰　襲津彥久之不還　必由新羅拒而滞之　汝等急往之撃新羅　披其道路　於是　木菟宿禰等進精兵　莅于新羅之境　新羅王愕之服其罪　乃率弓月之人夫　與襲津彥共來焉 十六年の春二月（きさらぎ）（AD285.02）に、王仁来（まうけ）り。則（すなは）ち太子（ひつぎのみこ）菟道稚郎子（うぢのわきいらつこ）、師（みふみよみ）としたまふ。諸（もろもろの）の典籍（ふみ）を王仁に習（なら）ひたまふ。通（とほ）り達（さと）らずといふこと莫し。所謂（いはゆる）王仁は、是（これ）書首等（ふみのおびとら）の始祖（はじめのおや）なり。 是歳（ことし）、百済の阿花王（あくゑわう）薨（みまか）りぬ。天皇、直支王（ときわう）を召して謂（かた）りて曰（のたま）はく、「汝（いまし）、国に返（かへ）りて位（くらゐ）に嗣（つ）げ」とのたまふ。仍（よ）りて且（また）東韓（とうかん）の地（ところ）を賜ひて遣（つかは）す。【東韓は、甘羅城（かむらのさし）・高難城（かうなんのさし）・爾林城（にりむのさし）、是なり。】 八月（はつき）に、平群木菟宿禰（へぐりのつくのすくね）、的戸田宿禰（いくはのとだのすくね）を加羅（から）に遣す。仍りて精兵（すぐれるいくさ）を授けて、詔（みことのり）して曰はく、「襲津彦（そつびこ）、久（ひさ）に還（かへりまうで）こず。必ず新羅の拒（ふせ）くに由りて滞（とどこほ）れるならむ。汝等（いましら）、急（すみやか）に往（まか）りて新羅を撃（う）ちて、其の道路（みち）を披（ひら）け」とのたまふ。是（ここ）に、木菟宿禰等、精兵を進めて、新羅の境（さかひ）に莅（のぞ）む。新羅の王（きみ）、愕（お）ぢて其の罪に服（ふ）しぬ。乃（すなは）ち弓月（ゆつき）の人夫（たみ）を率（ゐ）て、襲津彦（そつびこ）と共（とも）に来（まうけ）り。 書紀は、経典、典籍とするが、古事記は論語十卷、千字文一卷とする。千字文（智永 真草千字文：琴詩書画巣）は、梁（502 - 549年）の武帝が、文官の周興嗣（470 - 521年）に作らせたものであり、時代的には合はない。漢字習得、習字の手本に必須とされた千字文の由来をここに求めたかったといふことか？論語は魯論二十一巻、斉論二十二巻のうちの十巻（学而第一より郷党第十）とならうが、書紀は慎重に含みを持たせた。書経、詩経、易経等の経典を考慮したのであらう。 菟道稚郎子がそれをすぐに理解したといふは想定しがたい。文字が読めれば意味が分るといふものではない。王朝の礼楽、祭祀や軍事、租税、司法、教育、職制官位等を貫くものの考へ方といふものは、実際それを運営するといふ社会的発展を経ずして、理解できるものではない。 論語は漢代以降の中国においては、太子に帝王学を教へる形で編纂注釈されたものである。地縁血縁ではなく公の原理、国家を優先させる、さういふ枠組みづくりが現実課題となり、経典の理解が得られるのは、やはり、日本（やまと）では聖徳太子（厩戸皇子）の時代を待たねばなるまい。 半島や中国との外交における文書作成、交易の管理といふ実用性も視野にいれていやうが、ここでは、書首等の始祖を説明するものとなっている。文首ともされ、文、武生の祖ともあった。阿直伎の子孫、「東文（倭漢書：やまとのふみ）氏に対して西文（河内書：かふちのふみ)氏とされる。文筆専門の氏として、河内在住の史姓諸氏の中心的位置を占め、本居は河内国古市郡古市郷、今の大阪府羽曳野市古市の西麻寺付近で、分派に馬史（のち武生連）、桜野首、来栖首、高志史などがある。天武十二年九月に連、同十四年に忌寸、延暦十年四月に宿禰に改姓した」と注される。 いきなり、天皇、太子の側近として阿直伎、王仁両氏が位を得たとは考へにくい。延暦年間(782〜806年)に宿禰、天武年間（672〜686年）では連であり、400年代では所謂冠位など存在せず、師を”ふみみよみ”としており、285年と設定すれば、両者は歴史上存在すらしない。 子孫は高位を得るために祖先に由緒ある漢人を捜し出す努力をしたであらうし、一方対半島との交渉の歴史を綴るために、編纂側はそこにはめ込むことのできる人物を見い出す努力をしたのであらう。 歴史上からすれば、半島の漢人の運命を変へた転機は、漢の武帝が楽浪郡を設置したこと（前108年）、公孫氏が楽浪郡の南に帯方郡を分離したこと（204年）、魏が卑弥呼の倭と結び公孫氏を滅ぼし楽浪郡、帯方郡を回復したこと（238年）、高句麗が楽浪郡を占拠したこと（313年）であったらう。そのことによって帯方郡も瓦解をはじめた。正始元年（240年）、魏が帯方太守弓遵、建中校尉梯儁（ていしゅん）等を倭の卑弥呼に遣はし親魏倭王を授けた時、帯方郡の漢人が公式に倭を訪問したことになる。正始八年（247年）、魏は卑弥呼の要請に従ひ、軍事顧問の塞曹掾史（さいそうえんし）張政等を遣はしている。これも帯方郡からの派遣であらう。この時代の楽浪、帯方郡の漢人にとって、半島の彼方からやってくる倭人ばかりでなく、列島そのものの倭人への関心が高まり、魏略あるいは魏志倭人伝に記されることとなった。 邪馬壹【臺】国は、伊都国に一大率（いちだいそつ）を置き、諸国を検察せしむといふシステムを有し、半島の国とは比較にならない勢力を持つ女王国と認識されたことが分る（魏志倭人伝2）。楽浪郡が高句麗に併合され、帯方郡が孤立した時に、その南にあったのは部族連合の馬韓、弁韓、辰韓であった。彼等の亡命の選択肢に、かつて直接つながりのあった倭国が浮上して不思議はあるまい。倭人が漢人を厚遇すると知られれば猶のことであらう。 高興等の漢人が登用されはじめるのは、百済が国としての体裁を整へる近肖古王（346-375年）の時代であった。国を形成するといふ動機が働かねば、漢人の文化を有効に吸収することはできない。百済と新羅の間で特異な位置を占めていたのが加羅であった。連合諸国であり、鉄の産地であり交易で栄えた地、亡命者が流入しやすい地、日本（やまと）の半島への窓口となった地でもあった。 書紀や古事記はこの邪馬壹【臺】国の貢献に蓋をし、日本（やまと）の聖王に帰化する話に変形してみたり、気長足姫尊（神功皇后）の神託によりはじめて半島進出が始まるとか、干支を二順先送りし120年時代を進めてみたり、400年前後の事象を気長足姫尊（神功皇后）と誉田天皇（應神天皇）の功績に都合よくバラして組み込み、史実としての一貫性が描けないもどかしさに苦しむことになっている。書かれて以降千三百年にならんとする年月の間に、重大な史実が消され、作為が人々を動かし、いつの間にかそれに従事する人々の伝統となり、動かしがたい歴史となるといふ現象を引き起こし、虚実をこえた人々の営みと化してきた。事実は小説より奇なりの世界そのものである。 是歳、百済の阿花王薨りぬ、は405（285+120）年のこと。三国史記、卷第二十五、百済本紀第三、腆支王に曰く、「腆支（てんし）王、或は直支（ちょくし）。と云く。梁書、映（えい）と名づけり。阿莘（あしん）の元子、阿莘在位第三年、立ちて太子と爲る。六年（397年）、出でて倭国に質す。十四年(405年）、王薨れり。王の仲弟の訓解（くんかい）、攝政す。以て太子の国に還るを待つ。季弟の碟禮（せつれい）、訓解を殺し、自ら立ちて王と爲る。腆支、倭に在りて訃を聞く。哭泣し歸るを請ふ。倭王、兵士百人を以て衛送す。既に国界に至るに、漢城人、解忠（かいちゅう）、來りて告げて曰す、大王、世を棄て、王の弟、碟禮兄を殺し自ら立つ。願くば太子、輕（かるがる）しく入ること無かれ。腆支、倭人を留めて自衛し、海島に依りて以て待つ。国人、碟禮を殺し、腆支を迎へて即位せしむ。妃、八須夫人、子の久尓辛（くにしん）を生む（国会図書館125/405）」と。 東韓の地、甘羅城・高難城・爾林城としているも、地域未詳と注されるも、全羅北道、全羅南道、忠清南道の中に充てられており、地理的には東韓といふよりは南韓の広範囲な地域となる。八年条で「枕弥多礼（とむたれ）、及び峴南（けんなむ）、支侵（ししむ）、谷那（こくな）、東韓（とうかん）の地（ところ）を奪（うば）はれぬ」とあった。広開土王碑からすれば、高句麗に奪はれたと想定されるも、三国史記百済本紀からは、そこまでの敗北の形跡はなく、理解に窮した。 書紀では、気長足姫尊（神功皇后）四十七年（247年）に加羅七国を平定し百済に賜うた（書紀巻9）ものを、阿花王が失ってしまい、直支を質としていた。応神朝十六年(285年）に、東韓の地を賜ふとなれば、日本（やまと）がそれらの地を回復しいることが前提となる（120年後のことを盛り込んでおり非歴史）。日本（やまと）がそれらの地域で支配力を行使しているのであれば、新羅の圧力により加羅で弓月の人夫が留め置かれる状況にはなるまい。百済本紀も、経緯は異なるが、倭人の協力を得て直支が王位を継いだとする。 倭が警護の兵士百人をつけて送り返すとあり、もし、加羅を経由するとすれば、他国に兵士を通さしめる権限も有していたことになり、重大な影響力をもっていたことになる。それとも船で直接百済へ運んだのであらうか？七年に、「高麗人、百濟人、任那人、新羅人、並に來朝り」とあるごとく、任那時代の意識で加羅や百済をみており、読む側の意識が混濁する。 葛城襲津彦が任務を果たせないために平群木菟宿禰、的戸田宿禰に精兵を授け、新羅を討つことを命じた。木菟宿禰は三年（272年）に辰斯を問責し、阿花を王位につけて、帰国した将軍等の一人であった（書紀巻10）。当時の紀角宿禰・羽田矢代宿禰・石川宿禰等を含め、木菟宿禰も葛城襲津彦も武内宿禰の子孫であるが、九年（278年）に兄弟の対立が起こり、甘美内宿禰に同心したものとの軋轢が生じており、半島に対する影響力も低下していたものと思はれる。平群は、忍熊王の軍の先鋒となった熊之凝（書紀巻9）の子孫が住んだ地、気長足姫尊（神功皇后）四十七年（247年）に登場した千熊長彦の地（書紀巻9）ともされ、結構将軍を輩出している。姓氏録、山城国、皇別に、「的臣は石川朝臣と同祖、彦太忍信命三世孫の葛城襲津彦命の後なり。」とあり、的臣の祖、盾人宿禰が高麗から献上された鉄的を射通して、的戸田宿禰をといふ名を賜った（仁徳十二年八月条）ともあり、的臣の祖砥田宿禰（同十七年九月条）とも注され、的戸田宿禰は次世代につながる若手とならう。的、盾、砥とあり、軍事的色彩の強い皇族とならう。実力ある将軍が精兵をもって来訪したことにより、新羅が服し、弓月の人夫を率てくることが可能となったといふ。政治、軍事状況を歴史的に一貫して理解しやうとすれば、頭が混乱する。多分、さういふ風にはなっていないのだらう。 書紀としては、この機に多くの渡来人が来たが、百済王が派遣し、太子の師となった阿直伎、王仁、百済王が派遣してきた縫衣工女、新羅の圧力を排してまで入国させた弓月の人夫、その他諸々と、序列をつけたものとなっている。その氏族の伝承をもとに、後の国家への貢献に鑑み、その経緯、その背景を誉田天皇（應神天皇）の対半島政策に資するやうに組み立てていったものと思はれる。 2008.06.14　了　2022.09.02　更新、修正 百済三書 書紀に引用されている「百済本記」、「百済記」、「百済新撰」を、門外漢が理解することは困難である。国立歴史民俗博物館研究報告　第 194 集 2015 年 3 月の著作、「『日本書紀』編纂史料としての百済三書、仁藤敦史(HP)」を参照させていただいた。 �@研究史の整理と課題　�A百済三書の基礎的検討　おわりに　となる大著である。 国の歴史を記述するとは、古代においては王の系図、治世、特異な出来事を記述することになるのであるが、国としての統治機構、文字の導入がなければ、始らない。漢の武帝による朝鮮遠征があり、郡県制が導入され、漢人の官吏による統治を受けたのが発端となる。文字そのものは早くから入っていたが、詔が文書により通達され、記録されるやうになるには、統治機構の体裁が整へられる必要があった。これは高句麗が早く、新羅、百済と伝播したやうで、百済では近肖古王の時（346-375年）、高興等の漢人により記述されるやうになったとされる。 百済ではその頃から、所謂「正史」にあたるものが編纂されていたのであらうが、百済の滅亡といふこともあり、失はれた。663年白村江での敗戦後、数年で唐の支配下となり、亡命者が日本（やまと）に逃れ、この中には漢人も含まれていた。亡命貴族にとっては、その出自の格、果してきた役割、貢献度を明らかにする意味でも、それらを記して提出する必要があったのでしょう。 「亡命百済王氏の祖王の時代を記述した「百済本記」がまず成立し，百済と倭国の通交および，「任那」支配の歴史的正統性を描く目的から「百済記」が，さらに「百済新撰」は，系譜的に問題のあった�F毗有王〜�J武寧王の時代を語ることにより，傍系王族の後裔を称する多くの百済貴族たちの共通認識をまとめたものと位置付けられる。三書は順次編されたが，共通の目的により組織的に編纂されたのであり，表記上の相違も『日本書紀』との対応関係に立って，記載年代の外交関係を意識した用語により記載された。とりわけ「貴国」は，冊封関係でも，まったく対等な関係でもない「第三の傾斜的関係」として百済と倭国の関係を位置づける用語として用いられている（前掲書）」と解説されている。 「天皇」「天朝」「日本」「貴国」などの用語については、「「天皇」の用語が三書共通に用いられているのに対して，「貴国」の用語は「百 済記」にのみみえる用語で（貴国の用例は神功紀と応神紀に七例あり，そのうち 3 例が「百済記」 の引用文），古い時期の百済と倭国の関係を示す用語として用いられている。これに対して，主に「百済新撰」は「倭」「倭国」，「百済本記」は「日本」の用語を使用し，『日本書紀』はこれらの用語を 統一していないことが前提として指摘できる」とあり、これらの語を書紀編纂者の捏造とする見解を避け、記されているまま、統一せずに引用しているとみておられる。 貴国は書紀の訓では”かしこきくに”となっている。”かしこし”は畏しであり、恐れ多いことが原義となる。「百済の立場からは，倭国＞百済＞加耶諸国という相対的な序列で位置付けていたと考えられる。冊封・君臣関係ではないが，さりとて，まったく対等な関係でもない「第三の傾斜的関係」として百済と倭国の関係を位置づけるべきものと考える。冊封・君臣関係でも，対等平等な関係でもない，「第三の傾斜関係」というこうした概念」、「百済が倭国に対して「結好」「修好」「和好」という君臣関係で はない，基本的に対等な関係を望みながら，百済が倭国を大国 = 貴国と「敬仰」する形式的上位 の国としても位置付けていたことの関係が合理的に説明できる」とある。 この三書の成立年代については、「「百済本記」が複雑な編纂物で，『日本書紀』編者が，その原文をできるだけ統一せずに尊重して いることを前提とするならば，成立が最も古いと推測される本書において「日本」号が用いられて いたことは重要である。すなわち，大宝公式令詔書式条には「御宇日本天皇詔旨」（古記）とあり，「日本」と「天皇」がセットで用いられており，『旧唐書』日本伝の記載により，海外諸国に対して正 式に「日本」号を用いたのが，「大宝令」の施行以後の遣唐使（702 年出発）であるとすれば，三書の成立はいずれも八世紀初頭に位置付けるのが自然である 」としておられる。 三国史記 金富軾（キム・ブシク）は高麗文宗二十九年（1075年）に、新羅の武烈王の流れをくむ慶州の名門貴族の子として誕生。22歳で科挙に合格、1116年に宋に使臣として派遣され、宋王から史書を贈られ、高麗の史書を編纂することを決意したとされる。 1126年の李資謙（イ・ジャギョム）の乱で、開京（開城）の王宮が焼けた時、僧の妙清（ミョチョン）が西京（平壌）遷都論を唱へたが、金富軾等王党派はこれに反対をする。妙清等は遷都の見込みがなくなり、西京で国号「大為」、年号「天開」とし1135年に乱を起こしたのを、儒家でもある金富軾が三軍を指揮して鎮圧をしており、文武に秀でた官人であった。1142年に官を辞し、史書編纂に従事し、1145年に終えた。 「三国史記」の研究者、井上秀雄氏は「『三国史記』の原典をもとめて」において、引用された史料として、「海東古記」、「三韓古記」、「新羅古記」の他、「新羅関係だけで固有の史料54種・中国史料36種、高句麗関係では固有の史料10種･中国史料17種、百済関係では固有の史料6種・中国史料11種を数える（『三国遣事』王歴の高句麗と新羅、鄭早苗、HP）」といふ。 金富軾が自ら執筆したのは、巻1〜28の各部分の文頭と論賛、巻41〜50の列伝であり、新羅、高句麗、百済の記録、巻29〜40の年表・雜志は、「崔山甫（チェ・サンボ）ら8人の参考と、金忠孝（キム・チュンヒョ）と鄭襲明（チョン・スプミョン）の二人の管句など、王が特別に派遣した11人の書記官（金富軾　KBS WORLD）」によるものを、総責任者の立場で編纂したとされるようです。 編纂当時には、「すでに勅撰の『旧三国史』が存在したことが李奎報の「東明王篇」などでも知られるが、重撰となる正史の編纂がなぜ必要とされたのかということについては、未だ定説に至っていない（豆瓣）」とある。金富軾が「旧三国史」のことを一切取り上げなかったといふは、そこに貫かれていた志向が、李資謙の乱、妙清の乱といふ高麗王朝の政変を鎮圧した金富軾等の目指す編纂方針とは余程異なるものがあったとみえる。 その編纂の動機を「進三国史記表」で、「今の学士大夫は皆五経・諸子百家之書・秦漢史書などには詳しいが、我国の史実には暗くその始末を知らないので非常に嘆かわしい。新羅・高句麗・百済が国を建て互いに鼎立し、禮を持って中国と通交し漢書や唐書列伝に記載されている。しかしそれは国内（中国）のことは詳細になっているが国外（三国）のことは簡単にかかれているため失われていることが多い。更に古記には文学が粗く内容がはっきりしないために、君主・后の善悪・臣下の忠邪・国家の安危・人民の行動などすべてを取り上げて後世に伝えることができない。従って三長の人材を迎え一家の史を記録して万世に残す（朝鮮神話に見る女神の原像、北島 由紀子、HP）」と記しているといふ。 古事記や日本書紀の編者は「魏志倭人伝」や「後漢書」、「晋書」など中国の書を引用して編纂することはなかった。「旧三国史」においては、中国史書に依拠することが多く、三国の独自の記述に欠けると批判していやう。また、善悪、忠邪、安危の区別ができていないとみなしたのであらう、国政における悪、邪、危を明確にし、儒家の五常（礼 義 智 信 仁）により、後世に資するものとする、孔子が春秋を編纂する方針を踏襲するやうな志向があったとも思はれる。 古事記や日本書紀の編纂においては、中国の史書による倭人の朝貢から卑弥呼に至る歴史は無視され、倭の五王の朝貢もあいまいにされた。中国への朝貢国といふ立場、謂はば臣下扱いされる口実となる記述を改変あるいは削除したのであらう。三国史記の編纂達は日本（やまと）書紀に記されていることを十分意識し、日本（やまと）の影響を最小限なものとする改変、削除をしていやう。 ここで国史編纂の動機について考へておきたい。 『日本書紀』推古二十八年(620年）是歳条に、「皇太子、嶋大臣、共に議りて、天皇記及び國記、臣連伴造國造百八十部幷て公民等の本記を録す」とある。遣隋使を派遣した結果、王の出自や系譜、国情を説明するに窮した。随書によれば、「俀王は天を以て兄と為し、日を以て弟と為す。天未（いま）だ明けざる時に、出でて政（まつりごと）を聴くに跏趺（かふ）して坐す。日出ずれば、すなわち理務を停（とど）めて、我が弟に委（ゆだ）ぬと云ふ。高祖曰く、此れ太（はなはだ）義理なし。是に於て訓（おし）えて之を改めしむ」とあり、高祖は意味不明とし、意味の通るものに改めるよう指示をさせたとある。書紀では、「煬帝を日沒する處の天子と称し、自らを日出ずる處の天子と称し」、「煬帝は蛮夷の無礼、二度と聞くなと申され」たとし、煬帝の返書を本国に伝達するに苦慮し、これを百済で盗まれたとした。推古朝に天皇記や国記等の編纂を迫る切実な現実となっていやう。 高句麗では、小獣林王（しょうじゅうりんおう、在位:371年 - 384年）の時に、372年に太学を立て、373年に律令を頒布、375年に肖門寺を創建したと三国史記に記され、そこまで発展しておれば、「留記」が編纂されて当然とみられるかもしれない。414年には好太王碑があり、また、中原高句麗碑もあり、中原高句麗碑は新羅人にも通じる表記になっているとされ、新羅にも新羅風に漢字が普及していたことが知られる。しかし、国史の編纂は、政権の大義を対外的にも明らかにしなければならぬ事態に直面し、各豪族にそれを納得せしめる強制力がなければできない。この時代の対外となれば、中国王朝にその正当性を認識せしめることであり、半島の政権も倭政権が直面したやうな経験をくぐっていたと思はれる。 「留記」は、嬰陽王（えいようおう）十一年（600年)条に、「国が初めて文字を始用した時、人有りて事を記すこと百巻、名づけて留記と曰ふ（国会図書館　102/259）」とあり、井上秀雄氏の注によれば、史書といふより百科事典のやうなものとみておられる。同条に、「使を遣はし随に入り朝貢せしむ。大学博士の李文真（りぶんしん）に詔し、古史を約し新集とす」とある。「是に至り刪修す（不要なものを削って文章を整へる）」ともあり、やうやく史書が編纂されたとした。九年（598年)に嬰陽王は遼西に攻め入り、これを怒った隋の文帝が三十万の軍勢で高句麗討伐の軍を起こした。長雨と疫病で隋は撤退したのであるが、嬰陽王は使者を送り謝罪をし、討伐は中止された。そのことを受けて、「新集」が編纂され、使者が600年に派遣されている。いづれにせよ、「留記」も「新集」も現存しない。王統の交代や国の滅亡が起こると、秦の始皇帝の焚書同様、それ以前のものは改変されたり、破棄されることとなり、維持することはことのほか難しい。 百済では、三国史記、近肖古王の三十年（AD375）に、「古記に云ふ。百濟、開国して已來、未だ文字記事を以てすこと有らず。是に至り博士、高興を得る。始めて書記すこと有り。然るに高興、未だ嘗て他書に顯れず。其れ何許の人か知られず」とあり、漢人の博士により編纂が指導され、「古記」が編纂されたとすることはすでにみた。371年に、近肖古王が高句麗の平壌を攻め、故国原王を討ち、372年に東晋に朝貢し、鎮東将軍・領楽浪郡太守を叙任されており、これを得るには出自を編纂して上奏する必要があったであらう。 漢字は箕子朝鮮、衛氏朝鮮の時代から入ってきており、漢や魏による郡県制度が施行されたことで官制に組み込まれ、それを習得するものも出てきた。漢人と交易をするには言葉や字の理解は不可欠であり、漢字は早くから流通していやうが、史書編纂には国家が成立し、その大義を内外に知らしめる切実なる動機が生じる時をまたねばならない。部族社会や部族連合から国家を形成するには、郡県制に習熟した漢人を登用し、相応の官制を有する組織の形成が不可欠であり、朝貢して、中国王朝に正当なる王統と認めせしめる困難さに直面したことであらう。 高句麗と百済は敵対関係でみられるが、その祖は共に扶余族の出自とされる。「魏書」や「後漢書」からすれば、箕子朝鮮、衛氏朝鮮の地に南下した扶余族があり、その地が後に漢が設置した玄菟郡の高句驪県に当り、高句麗と称されることになったとされ（中国の学者はこの地域を中国の地方史に組込み、韓国の学者は朝鮮の歴史とし、国をかけた厳しい論争がある）、衛氏に追われた箕子朝鮮の最後の準王が数千人を率いて馬韓に渡り、韓王を称したといふことになる。朝鮮では壇君神話の延長線で濊貊の後裔として展開をする。百済の祖の扶余族は朱蒙（しゅもう）等に離反し、更に南下し馬韓に入り支配を拡大したとする。馬韓は54ヶ国からなり、それぞれに臣智（しんち）とする首長がおり、伯済国が有力となり百済となったともされ、説が分かれ門外漢の頭は混乱する。 半島南部海岸には漢や弁韓や倭の交易者が植民する地もあり、漢人と漢人の技術、文化はかなり早くから浸透しており、楽浪郡や帯方郡に進出していた漢人は、これらの郡が消滅すると、亡命先を三国に求め、日本（やまと）にも及ぶことになる。 新羅の祖は高句麗、新羅に比して複雑であった。古くは、月氏（辰）が南下しており、秦が漢に滅ぼされた際にはその遣民が流入しており、濊貊（わいはく）や粛慎（しゅくしん）ー挹婁（ゆうろう）ー靺鞨（まっかつ）や倭の侵入に直面してきた。中国との間には高句麗と百済があり、加羅諸国のごとく海運にも習熟しておらず、孤立する傾向にあった。建国神話において、赫居世に始まる朴氏、第4代脱解に始まる昔氏、第13代味鄒に始まる金氏の三姓の王の交代となっており、伝承の統一もできかねた。 奈忽尼師今の二十六年(381年：国会図書館　21/259）に、衛頭（えいとう）を符氏の秦国に派遣したところ、秦王の符堅（ふけん）が「卿は海東の事を言ふも、古（いにしへ）と同じでないは何故か」と問ふと、衛頭は、「時代が変革すれば名号も改易する。今もそれと同じ（中国の王朝の変革、国号の改変と同じ）」、と応へたと記されている。中国側が「魏書」「晋書」で辰韓と認識していたところに「斯羅（しら）」ないしは「斯蘆（しろ）」と説明したのでしょう。 新羅の名称が用ゐられるのは、智證麻立干（ちしょうまりつかん）四年（503年：国会図書館　25/259）のこととなる。群臣が奏上し、「始祖創業以来、国名が未定、斯羅あるいは斯蘆あるいは新羅（しんら）と称してきた。臣等が思ふに、新は「徳業日に新た」、羅は「四方を網羅す」の義であり、国号とするに（よろ）宜し。また、古より国家は皆て帝や王を称す。我が始祖が国を立てて二十二世、いまだ方言（それぞれの王号）を称して正しく号を尊んでいない。今、群臣、意を一にし、謹んで新羅国王の尊号を上（たてまつ）り、王はこれに従った」とある。史書の編纂については、これ以降のことであり、真興（しんこう）王の六年（545年）に、伊湌の異斯夫（いしふ）の上奏に、「国史は君臣の善悪を記し、万代に褒貶をしめすもの。修撰（編纂）有らずんば、後代何をば観む。王深く然りとし、大阿湌の居柒夫（きょしつふ）等に命（みことのり）し、広く文士を集め、之を修撰せしむ（国会図書館　27/259）」とある。金富軾的な儒家思想のごとく映るが、井上秀雄氏の注には、「列伝四居柒夫伝に関連記事がみえる。この国史の内容は、儒教的なものではなく、山城の築城など当時の対外戦争や地方行政に関連したものであったらしい」とある。いずれにせよ史書として該当する名が記されておらず、不詳。 聖�ｺ王の時、真骨貴族であり学者、唐へ留学し帰国後、聖�ｺ王三年（704年）に漢山州都督に就任した金大問（きんだいもん）が、《高僧傳》、《雞林雜傳》、《花郎世記》、《樂本》、《漢山記》等を著作したが、いずれも現存しない。崔致遠（さいちえん）は868年に12歳で唐に留学し、18歳で科挙に合格。黄巣の乱(875年〜884年)において「討黄巣檄文」により名をなし、唐書の列伝にも載された。憲康（けんこう）王十一年（885年）に帰国し、『四六集』一卷、『桂苑筆耕』二十卷、『文集』三十卷、『帝王年代暦』、『金廋信行録』等を著述している。「海東古記」、「新羅古事」、「新羅古記」等は、唐の観察使（地方行政監察官）や中書舍人（皇帝秘書官）などを勤めた官人が新羅への使節に同行し、見聞した記録のやうであり、唐側も慎重に新羅の動向を伺っていたのであらう。 金富軾と11人の書記官が編纂方針を協議し、担当部署を定め、厖大な資料から適切なものを加工し、精査し、三年をかけずして完成させている。その意味では、彼等は比較的一貫した方針で編集ができたと思はれる。 三国遺事 高麗(こうらい)時代の高僧一然(いちねん)（1206―89）晩年の著作で、弟子の無極が一部補筆。5巻。巻頭に年表としての王暦を置き、以下、紀異第一、同第二、興法、塔像、義解、神呪(しんじゅ)、感通、避隠、孝善の9編に分かれる。興法編以下はほとんど仏教関係記事である（コトバンク）。 年表（王暦）は永元十七年（105年）〜天�ｔｪ年（943年）に亘り、羅（新羅）、麗(高句麗）、済（百済）、洛（駕洛）の四段に記されている。 紀異第一には叙がある、三国史記が儒家的とするならば、三国遺事は仏教的であり、男尊女卑でなく、貴賤、貧富もなく、随順衆生を旨とするやうである。 「大抵、古の聖人、方（まさ）に其の禮樂邦を興し、仁義教を設く。則ち怪力亂神、語らざる所在り。然れど而して帝王の將（まさ）に興るや、符命を膺（う）け、圖籙（とろく）を受け、必ず以て人に異る者有り。然して後に能く大變に乘じ、大器を握り、大業を成すなり。故に河は圖を出し、洛は書を出し、而して聖人作（おこ）り、以て虹が神母を繞（めぐ）りて羲（伏羲）を誕み、龍が女登を感じて炎（炎帝）を注（きざ）し、 皇娥（こうが）の窮桑の野に遊びて、神童有りて自ら白帝子を稱し、交はり通じて小昊を生み、簡�\は卵を呑みて契を生み、姜嫄（きょうげん）跡を履（ふ）みて棄を生み、胎孕（みもごること）十四月にして堯を生み、龍が大澤に交はりて沛公を生むに至る。 此より降（のち）、豈に殫記すべきや。然らば則（すなは）ち三國の始祖、皆て神異に發すこと、何（いか）にぞ怪むに足るや。此れ紀異の諸篇を𠌲（せん）する所以なり。意斯（ここ）に在り」。 「怪力乱神を語らず」は孔子が春秋を編纂する方針とされる。しかし、始祖たる帝王や聖人の伝承となれば、怪力乱神の世界を無視することはできない、とする。 当時、東天を守護し人間界を見守る桓因（かんいん；帝釈天のこと）が信仰されていたといふ。その子の桓雄（かんゆう）天王が人間界を治めたいと思ふことを知り、山に降ろした。風伯。雨師、雲師を連れ、穀物、命、病、刑、善悪、万事を司った。山の洞窟に一緒に住んでいた熊と虎が人間になりたいというので、秘薬を与へ、百日日光を見てはならないとした。熊はそれを守り女身を得たが、虎は守らず得られなかった。女身を得、壇樹の下で、子を孕みたいとする願ひを知り、桓雄が男と化して子を授けた。その子を壇君王倹といふ。それは中国の聖人堯の即位50年のことであり、平壌に�ｷを置き朝鮮と称した。その1500年後に周の武王が箕子を朝鮮に封じたため、壇君は山に隠れ、山神となった、とする。「魏書」の壇君王倹の伝を根拠として、朝鮮の歴史は箕子朝鮮に始るのではなく、中国と同じく怪力乱神、聖人の壇君王倹に始ると、その独自性を主張した。 帝釈天の子と熊女の間の子を祖とするのは仏教が伝来以降の説話と思はれ、「古記」の壇君と同様ではあるまい。朝鮮では、小儒家、小中華と称され、本家より本家たらうとする傾向があり、一然には仏教により始り仏教を失ふことで終はる感覚があるやうだ。 一然の編纂の姿勢には、「多くの信仰の説話や神異を伝え、当時の社会における庶民の苦しみを強く認識していたものであるということはできる。高麗の政治が蒙古から干渉されはじめた十三世紀になると、儒教の政治史観のみでは現実の矛盾を克服するのに力不足であった。そのために一然は仏教教学に関する資料ではなく、主に信仰心と神異の事例をあげて一般庶民の仏教信仰生活の具体的な姿を伝えている。一然自身は禅宗すなわち迦智山門の流れをくむ禅師であるが、それに拘わることなく、仏教に対する意識の領域は甚だ広かったようである。従って禅や教の立場に止まらず、通仏教的な立場をとり、ある特定の信仰のみに固執したり強調することなく、それらを綜合的にとりあげ、それぞれに意味づけをしている。それによって戦乱と社会的不安におびやかされている人々に仏教信仰心を鼓吹せんとする意図が窺われる（普覚国尊一然の仏教観―『三国遺事』を中心として―　張愛順(戒環)　HP）」とある。 了　2022.09.17
岩倉紙芝居館　古典館　日本書紀　10-1 上田　啓之 .